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9話:カレー作り、本番ですよ! 準備&煮込み編

 エルフの2人によって瞬く間に起こされた火ではあるが、至の中では松ぼっくりを拾い、枝を集め、火を灯すのが理想だった。

 だが、火起こしが簡単にできてしまうのであれば、せめて、せめてウッドキャンドルを灯させてはくれないだろうか……


 と言わんばかりの悲しげな瞳で丸太を抱える至を、2人は黙って見つめていた。


「……私、このウッドキャンドルでカレー作りをしたいのです。火を分けて頂いてもよろしいですか?」


 至が車から降ろしたウッドキャンドルとは、見た目は丸太だ。

 直径30センチほどの丸太上部半分程に切り込みが入っており、その切り込みに着火剤などを仕込み火をつけ、上部から火を灯して使う。焚き火にもなり、松明にもなり、さらにコンロのようにも使えるという、優れもの(らしい)。

 インターネットで見かけて憧れていたものの1つで、わざわざネットで注文し、車に詰め込んできたのだ。

 しかもあと3本ある。

 30分ほどで燃え尽きるとあったため、料理の流れを考えての3本。あとはコールマンのファイヤーディスクで火を起こすことを考えていた。このファイヤーディスクは、名前の通り焚き火台だ。形は中華鍋に脚をつけたものを想像して欲しい。その中で炭、または薪で火を起こし、網を乗せれば焼肉、五徳を乗せれば鍋で調理ができ、さらに薪を積めば焚き火もできるという、何役もこなせる素敵な焚き火台なのだ。基本はビギナー用の焚き火台としての役割のようだが、割と調理用で使用する口コミもあったため、至はそれを購入し今回持参していたのだが、今日の出番はなさそうだ。


 すべてのウッドキャンドルを下ろしたところで、

「イタル様、こちらの欠片をお使いください。差し込めばすぐに火がつくはずです」


「お、ありがとっ」


 受け取った欠片は意外と軽かった。水晶のように先端が尖った六角形の柱状のものなのだが、火の精霊の欠片だけあり、色は紅く、透き通っている。特に熱さはない。着火できるものに触れるまでは火が灯らない仕組みなのだろうか。

 さっそく言われた通り、丸太の切れ目に赤い欠片を至は差し込んだ。とたんに欠片が溶けだし、まるで小さなマグマの塊が丸太の奥で渦巻いている。すぐに丸太の切り込みに染み込ませた油に火が移つり、小さな爆発音とともに炎が立ち上がった。


「この欠片、すっげぇ」


「これは袋から出してから20呼吸ほどで火がつく。あまりモタモタしてると腕が丸焦げになるので気をつけろ、ヒューマン」


「……それ、もっと早く言うべきじゃね?」


 差し込みすぐについたということは、時間的に危なかったということだ。

 至は睨むが、ガンディアは涼しい顔だ。

 ここは責めても先に進めない。


「……厨二は、鍋ってある?」


「もちろんだ!」

 意気揚揚と掲げられたのは、使い込まれたいい艶のある鉄鍋だ。少し深めの寸胴なので、これは役に立ちそうだ。


「したら、俺の鍋でカレー作って、そっちの鍋で湯を沸かして欲しいんだけど」


「お安い御用だ」


「じゃ、スルニス、野菜切ろうか」


「お手伝いしますわ」


 水辺へ移動すると小さな切り株があり、まな板として使えるのだが、側に寄るだけで湖に住む悪食人魚がこちらに泳いでくる。ハシ切れが欲しいのか、至の肉がたまらないのか。

 きっとどちらもなのだろう。

 至はスルニスを挟んで湖となるようにさりげなく移動し、玉ねぎを剥き始めた。

 スルニスも慣れた手つきで人参の皮を向き、刃を入れようとするが、


「切り方は?」


「ああ、うんと、ざっくりでいいや。ただ大きさは同じぐらいにして」


「はい」


 彼女は小さく返事をし、大きな胸を腕で退けながら人参を切り出した。

 ボリュームのある胸はこんなところでも邪魔をするのか……


 白のローブを外し、ワンピースのみとなった彼女の姿は、とても艶かしかった。

 ゆったりとした布の理由は、明らかに、胸が大きいから。

 胸に合わせての服のため、少しサイズが大きい。

 だがそれが彼女の細い腰、足回りをシルエットのように型取り、より想像を膨らませられるというか、なんというか、とにかく、雑な言葉で言えば、エロい。もっと単純に言えば、ヤバい。


 見とれながらも、至はなんとか玉ねぎを剥き終え、一息つくと、思考を切り替えるために、今まで疑問に思ったことを尋ねてみた。


「ねぇ、スルニス、」


「なんです?」


 顔にかかる髪を耳にかけながら振り返る。

 追い打ちをかけるように、その姿はさらに美しかった。

 湖面の日差しに照らされ、それは美しい横顔に一瞬息を飲む。

 至はむいた玉ねぎを手に取り、視線を無理やり縛り付けた。


「そ、あれ、野菜の名前ってさ、鈴をとおしても通じないだろ?

 なんで動物の名前は通じるんだ?」


 人参は綺麗な乱切りだ。玉ねぎはスライスと伝えると、半分に切り落としたあと、繊維にそってさらに薄く玉ねぎが刻まれていく。

 最後の肉はひと口大でと、これは至が自身の包丁で切っていくが、肉はやはり野生の鳥だけあり、筋があって硬い。

 しっかり煮込まないと、美味しいカレーにはならなそうだ。


「たぶん、ですけど、野菜の知識がこの世界は足りません。

 でも動物は知識が共通する点が多いのでしょう。だから鈴がちゃんと訳してくれているのだと思います。

 そうですね、この、コカトリスなどの名前はここに来た異世界人が持ち帰ったものだと思います。

 あなたの世界では、この生き物はいないのでしょう?」


「よく知ってるね。そしたらペガサスとかもそうなのかな?」


「羽根のある馬のことですよね?」


「おぉ、やっぱ共通なんだな」


「お互い異世界ではありますが、共通なものがあるから繋がれているのでしょうね。

 もし私たちがスライムのような形で言葉を喋っていたら、きっと至様は発狂してるはずです」


「確かに、間違いない」


 笑いあう姿を微笑ましく見つめているのはガンディアである。


 これほどにこやかにスルニスが会話をする姿を見るのは久しぶりだ。

 愚鈍で下等なヒューマンであるが故に、彼女の魔力に当てられることなく、平然と過ごせているのもあるのだろう。

 やはり下等なヒューマンは、彼女にとって良きあい」


「褒めるのか貶すのかどっちかにしろ!」


 すかさず至がガンディアに声を荒げるが、


「なんだ愚盲なるヒューマン、理解ができぬか?」


「できてるから怒鳴ってんだろぉが!」


「イタル様、本当に兄が申し訳ありません。でも兄なりに、イタル様を慕ってのことかと」


「はぁ?」


 至が半ギレでガンディアを見ると、顔を赤らめている。

 身長がひょろ長く、さらに端整な顔立ちの男性が、顔を赤らめている。


 ………キモい!


 悶えるように顔を隠すガンディアを横目で流しながら、


「……意味わかんないんだけど、スルニス」


「兄なりの友好の気持ちがあるのです」


「余計にわかんねぇ。

 あいつ、国民から嫌われてるんじゃね?」


「いえいえ、他の種族との明確な差別主義で人気があります」


「あいつ、サイテーだな」

 真顔で返すが、スルニスはすかさず首を横に振った。


「イタル様誤解なさらないでください。

 我々の差別は、区別と同意。どの種族がどの事柄に秀でているのか、我々エルフはよく存じております。

 それを曖昧にするのではなく、適材適所にまとめることが兄の方針なのです。

 ヒューマンが愚鈍であると兄が言う理由は、欲望に忠実で、物事の解釈に素直な種族ということです」


「そう言えばいいんじゃない?」


「エルフのプライドが許さないのでしょう」


「なるほど。

 俺にはさほど関係ないし、別にいいけど。

 さて、材料も揃ったから、煮込んでいくか」


 至は自身が持ち込んだダッチオーブンを取り出し、火のついたウッドキャンドルに乗せた。

 オリーブオイルを入れて熱している間に、下味をつけてから小麦粉を薄くまぶした肉を焼いていく。


「なんで粉を?」

 覗き込んできたガンディアを押し出しながら、


「とろみもつきやすくなるし、肉の旨味もしっかり閉じ込められるし、一石二鳥だろ?」


「なるほど」


 火は通らなくていいので、表面にしっかり焼き色がついたら、切った野菜を入れ、トマト缶を半分程度と赤ワインを野菜がかぶるより少なく注ぎ込んだ。さらにローリエ、コンソメを加え、蓋を閉める。


「今日は、メインは赤ワインなんだよ、君たちっ!」

 至は目を輝かせながら、料理で使ったワインを掲げあげた。


「カレーと一緒に飲みたいから、カレーにもワインを入れてみたんだ。コカトリスの肉は硬いから、しばらく煮込んでいこう。1時間は煮込みたいねぇ。まだ陽も高いし、いいだろ?」


 至は言いながら見ただけでわかる安いグラスを取り出し2人に渡すと、そこにすかさずワインを注いでいく。

 さらにチーズの皿とクラッカーが出てきた。既に用意済みと見るに、本当にこれが目的だったようだ。


 ガンディアが起こした火の周りには丸太が寝かされており、それを椅子にして腰をかけるが、至がグラスの置き場に迷っていると、ガンディアが何やら唱え始めた。

 終えたとたん、ガンディアは見えない空間にグラスを置く仕草をする。慌てて受け止めようと至は手を伸ばすが、その場でグラスは止まっている。まるで時間が止まったと思えるほど、ピタリと止まるが、ガンディアが持ち上げ、また別の場所に置く仕草をすると、またそこでグラスが留まっている。浮いているというより、見えないテーブルに置いた感じだ。


「ヒューマン、テーブルなどいらぬ。

 お前も好きなところにおいてみろ」


 恐る恐る膝のそばに乗せるようにおいてみると、かつんと感触がある。

 手を離し、覗き込む至だが、


「これは空気を固める呪文だ。

 我々は野宿の時、いつもこうしている」


「便利だなぁ」


 感心したように至が言うと、鼻を膨らまし、「そうだろう」と腕を組んで見せるが、そんなに嬉しいのか……


「よし、カレーが出来上がるまでワイン飲んで、ゆっくりしよう」


 暖かな火の中、始まった夕食会。

 だが、これは序章に過ぎなかった……

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