8話:カレー作り、本番ですよ! ジャガイモ編
肉も手に入った一行だが、あとはじゃが芋となったとき、ガンディアが意気揚々と袋を掲げた。
「ヒューマン、ここにジャガイモがあるっ」
「お! 厨二、用意がいいな」
という割には、小袋だ。片手で収まるかというほどの小さな袋に、じゃが芋がいくつ入っているのだろう。
袋を受け取り、口を広げるとそれは3つ。
手のひらに乗せるが、あまりにも小さなじゃが芋だ。
「……ちっさ……」
「ヒューマン、これでも大きく育ったのだぞっ。
種から育て収穫するこのジャガイモは、異世界の民からもたらされた大切な食料だ。
どんな料理にも合いやすく、越冬できるのがまたいい。
だが収量がなかなか伸びないのが難点だ……
だが今年は収穫が多い。なので、下賎な民であるヒューマンよ、この3つのジャガイモを分けてやろうではないか」
至はじゃが芋をじっくりと見つめ、
「種って、芋の茎から出てくる小さな実から種取ってるの?」
「そうだが」誇らしげなガンディアの顔がある。
「越冬は納屋で行うの?」
「当たり前だろう。納屋は温度が低いからな」
「芽が出てくるだろ? その芋は?」
「お前は捨てるとでも思っているのか? 芽は毒というから、きれいに削ぎ落として調理している。
だが削ぎ落とすとほんの少ししか芋が残らないので、大変心苦しいが致し方がない……」
ガンディアとスルニスは苦く微笑むが、至はガンディアの胸ぐらを掴んだ。
「……なんで……
なんで……芽がでた芋を…土に埋めないんだよ……!」
悔しげな声とともに吐き出された言葉は、ガンディアたちに衝撃が走る。
……埋める?
2人で顔を見合わせたとき、至は指示を出した。
「はい、2人ともこれから芋の時間です。座って聞いてねー」
2人は素直に地面に腰を下ろしたので、至は一度手を叩き、仕切り直す。
「はい! これから芋の話をしますよ。
芋は、」
話し始めたところで、ガンディアの腕がまっすぐ上がった。
「先生、イモってジャガイモのことですか?」
「厨二くん、いい質問ですね。
芋はジャガ芋のことを指します。芋にもたくさん種類があるんですね。
ジャガイモという野菜が異世界に1種類だけではないので注意が必要です」
2人はジャガイモという野菜が1つだけだと思っていたようだ。
話が脱線しそうなので、すぐに至は話を戻していく。
「芋ですが、もちろん種からも育てることはできますが、発育に時間がかかり、また苗が弱く、実が小さく少ないのが難点です。
そこで、種芋の登場です。
種芋というのは、芽がでた芋のことを指します」
すぐにスルニスの腕が上がり、
「先生、それは腐るんじゃないんですか?」
ごもっともな質問が飛んできた。
「スルニスくん、いい質問ですね。
確かに腐りそうな芋ですが、芽が出た芋はすでに種のようなものです。
このくらい小さな芋であれば、芽を出したらそのまま畑に植えて構いません。
ただ手のひらほどの大きな芋であれば、40g……じゃわかんないよね?」
2人の顔が傾げるので、ここでは重さなどの単位は使えないことを理解すると、至は言い換えた。
「鶏の卵1個分程度の重さになるように、芽を分けるように切るのがいいでしょう。
切った芋は草木灰を切り口につけて、乾燥させてから植えましょう。乾燥させすぎるとしなびけてしまうので、注意します」
至は近くにあった雑草を抜き取り、
「これを芋の苗だと仮定して、5センチじゃなかった、人差し指より短いぐらい伸びたら、丈夫な芽を2、3本選び、他の芽は落としてしまってから、肥料と一緒に土寄せをします。土寄せというのは、根から茎にかけて土を盛り上げることです」
いいながら茎に土をかけていく。
「さらに膝ぐらい? 花が咲く前にもう一度土寄せをします。
暗くなった茎から芋を実らせる植物なので、この土寄せをすることで、収量を増やすことができます。
花が咲いたら今まで集めていた緑色の実、種になる実は早めに取ってしまいます。この種の栄養も実に回したいのが理由です。
その後、収穫となりますが、種にする芋の保管は、できれば土の中で保管するのが温度が安定し、さらに糖度も上がって食用のものも美味しい芋になります」
さらに至は穴を掘り、
「こう、水がつかないように底上げした穴に麻袋にでも入れて、それにしっかり土を被せたらかなり冷え込んでも凍らなくていいと思う」
付け足し説明をすると、ガンディアが輝かしい瞳を向けて、至の手を取った。
「ヒューマン、お前は芋学者かなにかなのか!?」
「いや、小学校のとき、自由研究で調べて……」
「素晴らしい! これはすぐに通達を出そう」
感激のあまりガンディアは神に祈る勢いだが、なぜなら彼は大の芋好きなのだ。
この食材が手に入って、彼の食事は一変した。
これほど食感が変わる食材はないと思うほどだ。確かに似た食材はあるが、煮ても焼いても蒸しても美味しい食材はそうなかった。しかも淡い味はどんな料理にもマッチしてしまう。
できれば毎食食べたいところだが、いつもお腹いっぱい食べられるのは収穫時期の最初だけで、そのあとは少しの芋を少しずつ食べる日々が続く。
だが至の育て方なら、その苦労から解放される可能性がある! そう思うといてもたってもいられなくなるのか、嬉しさのやり場に困るらしく、ひたすらに奇声を上げている。
感動で騒ぐガンディアを眺めながら、
「こういうこと研究するやついないのかよ?」
至は疑問に思ったことを口にした。
普通は与えられたものを改善していくことが多い。よりよいものを得るためだ。
この世界であれば、特にエルフであれば人よりも遥かに長く生きられるのだろう。それだけの時間があれば、改善も改良も、すべて大きく変化していてもおかしくはない。
逆に言えば、もっと近代的に進化していてもいいと思う。
だが見る限り、彼らはファンタジーの中のエルフの姿で、さらに鉄の乗り物が闊歩しているようには見えない。
木々と山に囲まれ、それは牧歌的な暮らしぶりである。
「ヒューマンにはわからないかもしれないが、
我々は与えられた恵みを、ありのままで享受している」
ガンディアは微笑み、そう言った。
それは今とても満足だという、そんな表情だ。
「この世界は、ヒューマンの世界のように飢えや、戦もない。
ただ自分の領地を管理し、ときに他の領主と助け合い生きているんだ」
「異世界からきた方は驚かれますが、この世界は私たちにとって不自由のない世界なのです。
移動するのであれば馬やドラゴンもおりますし、魔力があれば、移動石も使えます。
そこに少しだけ必要なものを与えてくれるのが、異世界からの転移者なのです」
だから今回、ジャガイモの育て方を教えに至が転移してきたのだ、そうスルニスは言う。
2人の幸せそうなその顔に、至も思わず笑ってしまった。
こんな自由研究程度の芋の育て方を伝えるためにここに来たのだという彼らの解釈が、とても気に入ったのだ。
「きっとイタル様の世界にも、何かしらの影響を与える転移者が来ているはずですわ」
スルニスが続けて言うが、きっとこれはUSAが隠しているに違いない……!
至は、USAめ……! と無駄な敵対心を燃やすが、目の前の問題はカレー作りである。
まずは火起こしをしなくてはならない。
3人は車が停めてある場所へと戻り、至は荷物を降ろす準備を始めた。
「……まずは、火を起こしをして、火をならしてる間に車をテントに変えるか……」
トランクからウッドキャンドルを降ろそうと振り返ったとき、すでに火が燃えている。
それは高く、美しく、炎が立ち上っている。
「……は?」
「ヒューマン、驚くことではない。火がいるんだろう?」
確かに火は必要なのだが、背を向けた一瞬で火がついているとはどう言うことだろう。
薪を集めていたわけでもなく、2人が持っていたとも思えない。
すでに火を焚く場所を石で囲ってあったのはわかっていたが、どうやって火をつけたのだろう。
至が近づいて見ると、そこには火しかない。
そう、強火の炎のみが浮いているのだ。
「………は?」
「さきほどからイタル様は、はしかおっしゃってませんが、どうかされましたか?」
「木とか燃やさないの……?」
「火の精霊の結晶があれば、ひと晩の野宿で火が消えることはない」
「さ、イタル様、カレーの準備をいたしましょう」
本当にここは便利な世界なのだと、至は再認識したのだった———
次回、ようやくテントの紹介ができるかも!
お楽しみに。