7話:解体は気合で!
コカトリスが罠にかかっている。
そう断言したのはガンディアだが、コカトリスの嘴には牙があり、噛まれると相当痛いという。
そのため罠にかけたものの、どうコカトリスを捕まえたらいいのか悩んでいたところに、至の車が到着したのだという。
ようはコカトリスを後回しにしたのだ。
「……で、そんなに、痛いの?」
至はどれだけコカトリスが凶暴であるか滔々と語るガンディアに尋ねると、
「痛いってものではない。指が千切れるほどの大怪我をする」
子供の頃に噛まれた記憶がトラウマとして残っているようで、コカトリスへ近づくのすら恐怖のようだ。
至の後ろに隠れきれない頭をぴょこぴょこ出しながら、ガンディアがついてくる。
さらに至の右には相変わらずスルニスがおり、大きな胸を絡ませて歩いてくれているのだが、小柄なヒューマンにエルフが固まって歩くのは珍しいらしく、妖精が彼らを指差し笑いながら飛び去っていく。
「妖精、だよな、あれ」
「ええ、そうですわ、イタル様」
「めっちゃ笑われてるぞ、厨二」
「いいんだ、妖精ごときに笑われても。もう二度とコカトリスに噛まれたくはない。
なので、ヒューマン、お前の出番だからな」
恥も威厳もないようだ。自身の安否だけを最優先に考えている。
スルニスにとっては至とともに行動できることが幸せなようで、終始笑顔が絶えない。
「おい、厨二、道はこれであってんのか?」
「ああ、ここの小道をまっすぐでいい」
声音ははっきりとしてるが、至の肩越しからガンディアの声がする。
いったい、どれほど怖がっているのだろう。
歩いていくと、道の真ん中で、木にぶら下がる茶色いものが見えてきた。
近づいていくとよくわかる。
中型犬並みのチャボだ。
鶏冠は真紅にそまり、威嚇で激しく開く嘴はサメのように鋭く細かい牙が交互にびっしりと刺さり込んでいる。
ただコカトリスは特殊な網にかかっているようで、まるで羽毛のままボンレスハムになったようだ。
網の間から嘴と脚はでているが、それだけで体はしっかりと網がからみ、身動きが取れない状況だ。
小刀で吊るしてある網の紐を枝から切り、ボンレスハムのコカトリスを地面に置くが、コカトリスの闘志はまだ衰えていない。必死に嘴を鳴らし、さらに脚を激しくばたつかせている。
「ヒューマン、お前、解体できるだろ?」
「は? 厨二、お前捕まえたんだから、お前やれよ」
「こういう仕事は国王の仕事ではない。ヒューマンがやるべきだ」
「なら、なんで罠しかけてんだよ?」
至は呆れてしまうが、今目の前のこれをどうにかしないと肉にはありつけない。
だがどうすればいいのか、全く、わからない。
携帯は通じないのだから、鳥の解体方法など調べられるわけもない。
小さく唸る至に、スルニスが一歩前へ出た。
「イタル様、コカトリスはこのように捌くのがいいかと」
そういうやいなや、自身の小脇に差し込んでいた小刀を抜き取ると、網目から出ている鶏冠を掴み、コカトリスを持ち上げた。首を起こすように釣り上げると、「まずここに刺します」スルニスが羽の流れの境目である首と胸の隙間に小刀を一気に差し込んだ。ちょうどコカトリスの首の真横に突き刺した感じだ。
「毛の流れと同じように鱗にも境目があるので、その境目に小刀を差し込みました。
この刺さった刃で気道と動脈を切るように、テコの原理で小刀の柄を後ろに押して掻き切ります」
言った通りに刃が起こされ、コカトリスの首が半分切れた状態になる。
そのまま暴れる足を掴み、逆さに吊るすと、まだ動く嘴を伝って血が流れていく。
「血を抜いたあとは、肉に熱がこもるのですぐ内臓を取るのが重要です。
先ほどもお伝えしましたが、内臓は毒を含んでいるので、水の中で行います」
血抜きをしながらも暴れるコカトリスを彼女は小脇に抱え、近くの水辺まで移動した。
「肛門からヘソにかけて鱗に堺があるので、肛門に小刀を差し込み、ヘソに向かって刃を入れていきます。魚を捌く感じと似てますね」
彼女は片足でコカトリスの足を踏みつけ、左手でもう片足を持ち上げると、肛門からヘソへ向けて切り込みを入れはじめた。彼女がいうヘソまで切り込むと、少量の血液とともに、半透明の袋に包まれた内臓がだらりとこぼれてくる。彼女は内臓がこぼれたまま水の中にコカトリスを浸し、複雑に絡んだ内臓を引きずり出していく。
「素手で触ると毒で手が穢れ、激しく荒れます。ですが、この聖なる湖で解体すれば穢れることなく、激しい手荒れにもなりません」
引きずり出した内臓を彼女が遠くに投げ飛ばすと、海藻頭の人魚といっていいのだろうか。その彼女たちが内臓をキャッチした。すぐさま美味しそうに血で顔を汚しながら口に運んでいく。
「イタル様、水辺は絶対にわたくしと一緒にいてくださいね。あの者に食われます」
「は? 捕食対象なの、俺?」
「その通りです。魔力がないヒューマンは簡単に水の中に引きずり込まれてしまいます」
「……気をつけるわ」
無邪気に内臓を取り合い、食べているそれらを見つめ、自分も引きずりこまれたらあのように楽しげに食事をされると思うと、背筋が寒くなる。
リアルで感じる、ゾンビが内臓を食べる映像だ。美しい人型であればあるほど、人喰いのおぞましさを感じてしまう。
そう思っているうちに、彼女は綺麗にコカトリスの内臓を抜き、中を洗い流したあと、おもむろに皮と肉の間に指を入れた。
「コカトリスは皮膚がとても硬く防具に適しているのですが、実は肉からは大変剥がれやすくなっています」
彼女の指が皮と肉の間を滑っていく。
それだけで皮が綺麗に剥がれるが、羽の部分、脚の付け根などは剥がれきれないため、関節めがけて小刀が振り落とされる。
そうやって処理されたコカトリスの姿は、見た目はローストチキンになる前の、あの鶏である。
だが鳥皮がすべて剥がれているため、ピンク色の胸肉が鳥の形を象っているようにも見え、あまり美味しそうではない。つるりと脂身がなく、皮もないため、見た目からして淡白であっさりしている。
彼女は器用に綺麗に肉から骨を外し、解体していくのだが、それでもかなりの量だ。
中型犬ほどの大きさは伊達じゃない。大雑把に見積もっても、鶏モモ肉8枚分はゆうにあるように見える。
3人で食べ切れない分は抗菌作用のある草で包めば3日は保つというので、その草で三等分にまとめ、肩掛けバックに詰め込んだ。
「残りはジャガイモだな」
そう張り切ったのはガンディアだ。
———次回、「これからが、カレー作り本番ですよ!」 お楽しみに。