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6話:コカトリスとバジリスクの違い、わかりますか?

 細かな刺繍が施されたローブはすっぽりとスルニスの体を隠しながら、それは光に溶けるように輝いている。純白のローブのため、彼女の色白の肌とラベンダーを溶かしたような色の髪をよく引き立てている。

 その彼女が美しい微笑みをたたえながら、至の腕にしっかり絡みついて離れない。


 なぜこんなことになっているのか……


 至は遠くを見つめ、黙りこくった。

 だが彼女はそんなことなど関係なしに矢継ぎ早に質問を繰り返し、今まで何をしていたいのか、これから何をするのか、どんな異世界から来たのかなどなどなどなど……


 だが至の思考は今、その質問に答えられる状態ではない。


 腕にまとう、胸の圧力……

 スレンダーと見せかけての、ギャップからくるこの胸の大きな重み……


 ……たまりません………っ!


 声に出して言いたくなるのを堪え、至は右腕にからむ胸の温もりに癒されていた。

 ローブがめくれて見えた胸は、Hカップぐらいだろうか。

 ど定番なフレーズでいうとマシュマロのようにふんわりとしていて、たっぷりした温もりが腕を通して伝わってくる。

 その感触を確かめながら、至は歯科助手の胸を思い出していた。

 毎月歯のメンテナンスと称して通っている歯科助手の胸とまるで違うのだ。

 見た目にはほぼ同じだが、あちらは詰め物でもしているのだろうか、かなり硬い。

 至としては、押し当てられる胸の弾力が、それが若い張りのある胸なんだ! と、目しか見えない助手の顔を見て感動していたのだが、実は違うという可能性が高まった。

 

 スルニスの胸は夢と希望が詰まっているが、歯科助手の胸には、金と欲望が詰まっていそうだ———


 不意にスルニスは顔を赤らめた。

 尖った耳の先まで赤く染まっていく。


「……イタル様、私の胸に腕を押し当てるなんて……なんて方なのかしら……」


 つい歯科助手の感触を思い出すために、スルニスの胸を無意識に腕でたぷたぷと揺らしていたようだ。


 このたゆんと揺れる感触、とめられません!

 とは思うものの、その物理的なセクハラ行為の現実に、慌てながら離れようとする至だが、むしろ腕に絡まる力が強まった。


「そ、それならば、イタル様が気の済むまでこうしておりますわ」


 もうすでにツンが消え、デレしかない。

 至は必死に腕から彼女を押し離そうと努力するが、びくともしない。

 これは魔力の賜物か!?


「い、いや、いいって! だ、大丈夫っ! あーすんげーふわふわ! あー……っ!

 いや、ちょ、厨二も言ってくれよ。お前兄貴だろ? なんとも思わないのかよっ」


 ガンディアは悲しそうな表情を浮かべるが、その意味はまるで違った。


「確かにお前は無能で愚鈍な異世界のヒューマンだが、妹がこれほどに好意を抱いているのであれば、それは兄として見守るべきことだと考えている……」


「バカにするのか、バカなのか、どっちかにしてくれよっ!」


 大きくため息をつくが、スルニスはべったりと至に張りついたままである。

 それほどまでに離れない彼女に観念したのか、至は張りつけたまま車まで移動し、ペットボトルのお茶を取り出すと、それを一気の飲み干した。スルニスにも飲むかと表情で尋ねてみたが、首を横に振ったのでもう1本はしまい込んだ。ガンディアが欲しそうな顔をしていたのは見て見ぬ振りをする。


「イタル様、次の食材は何を取りに行くのです?」


 彼女の興味はそちらに向いたようだ。

 どうもこのエルフたちは至が取り出したペットボトルなど、あまり興味がない。

 それよりも異世界から来る者に慣れていると言ったほうがいい。

 彼らの祖父が王であった時代に異世界からの来訪が度々あったらしく、その知識が至を拒絶せず、さらに持ち込まれたものに対し寛容である(むしろ興味がない)原因のようだ。


 しかしながら、彼女いわくカレーは幼少の頃に一度食べたことがあるという。

 祖父の頃に来た異世界の者が振舞ってくれたとのこと。その味は本当に美味しかったと記憶にあり、再び食べられるならと彼女はとても協力的だ。


 実はここで1つ違和感がある。

 ガンディアだ。

 ガンディアは異世界来訪者は遠い昔に1度来たような表現をしていたが、彼女の口ぶりだとそれほど昔のようには聞こえない上に、複数回の来訪があったようだ。

 だいたいスルニスはカレーを食べたことがある。

 ガンディアが食べていないだけかもしれないが、食材の確保に動いたことがカレーを知っていたからだとすると、あの玉ねぎに向かった背中は、やる気に溢れていたように感じなくもない———


「おい、厨二」


「なんだ」


「俺に、何か隠してないか?」


「何をだ」


「カレー、知ってただろ」


「……………

 ……なんのことだ……」


 無言の間と視線を合わせないのが激しく気になる。


「……俺に格好つけるかなんかしようと思ったんだろ……?」


「…………」


「カレー、食べたかったんだろ」


 ガンディアは地面に伏せたかと思うと、顔を覆いながら転がり出した。


「国の王になったら、異世界から転移者が来るって決まってて……

 ようやく来たから、来てくれたから、嬉しくてどうしようかと思って……

 ……ちょっと格好良く登場しようと思ったら……あんなことに………しかもカレー作るっていうし……」


 2メートルの人間が転がる様は異様であり、可愛くない。

 激しく、可愛くない。

 だが彼の中ではたった数時間前のことが、黒歴史になりえたようで、激しく悶え苦しんでいる。


「そんな気持ちになるなら素直に言えばいいのに」


 至は呟くが、やはり厨二の異名はダテじゃない。

 簡単に黒歴史を積み上げていくメンタルがある。なかなか真似できなることではないだろう。


 転がるガンディアを無視し、彼はスルニスに言った。


「玉ねぎと人参が手に入ったから、あとは肉と、ジャガ芋が欲しいんだけど……」


 それに反応したのはガンディアだ。

 塵ひとつ服につけずに立ち上がると、


「コカトリスが罠にかかっている」


 満面の笑みで彼が言うが、コカトリスとは、コカトリスである。

 至は顔を青くしていく。


「あ、あんな、あんなデカいものを……?」


「イタル様、何をおっしゃっているんですか?」


「え? コカトリスって、こう、象ぐらい大きくて、蛇の尻尾を持った鶏のことじゃないの?」


 身振り手振りで至は言うが、スルニスは首を傾げ、


「それはバジリスクですわ、イタル様。

 コカトリスは犬ほどの大きさの鳥です。見た目は鶏と同じですが、皮膚は鱗で覆い、その上に羽毛が生えています。

 味はとても淡白なので、濃い味付けからシンプルなものまで、何の料理にも使えましょう。

 さらに皮も防具に使えるほどに丈夫なので、骨から皮、羽毛も全て使える万能の鳥なのです。

 最近は養殖も盛んですが、やはり野生のコカトリスは煮込むほどに美味しく、カレーにも似合う鶏肉かと。

 あ、ただ内臓は毒があって食べられませんが」


 なるほど。

 至は理解するものの、防具に使える皮を持った鳥を、どう捌けというのでしょう……?


 次回、「解体は気合」

 お楽しみに!

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