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5話:月が綺麗ですね。←これ、異世界でも通じそう

 霞んだままの目が、動く影を捉えた。

 仁王立ちのそれは、すぐさまガンディアに近づき、


「ちょっと、国を丸1日あけるってどういう神経してるのかしらっ!?」


 怒声をぶつけた。


 かなり頭に響く声だ。金切り声とはこういう声のことを指すのだろう。

 低音と高音が行ったり来たりする声は美しいとは言い難い。

 至はまだはっきりしない頭で、目を凝らしていく。

 ようやく慣れた目が見つけたものは、ガンディアの胸ぐらを掴み、彼の頬を殴り続けるエルフの姿だった。


 だが、至はその暴力的な光景を、なぜか恍惚の表情で見つめている。

 なぜなら、現実に生きているとは思えないほど、美々しいエルフがそこにいたからだ———


 華奢な手首が袖からあらわになっているが、その折れそうな手でガンディアを激しく殴る姿は、勇ましさよりもどこか妖艶な魅力に感じてしまう。

 また彼女の横顔は完璧な稜線を描き、すらりと伸びた鼻筋、薄い唇、丸みを帯びた顎先、どの部位にも狂いがない。

 一定の間隔で振り乱れる髪の色は、淡い紫。それはアメジストのように輝き、絹をまとっているようにも見えるほど。さらにガンディアを睨む朱色の瞳は、すみれ色のまつ毛が揺れて、煌びやかな宝石のブローチを眺めている気分になる。


 口が薄く開いたまま魅入る至に、突如鋭い視線が突き刺さった。


「貴様、何を見ているっ!」


 言葉と同時に指が刺されるが、正面から見る顔もまた美しい。

 高揚した頬が赤く染め上げ、人形が、生きた人形へと生まれ変わったようだ。

 脆く華奢な腕を振り回しながら、彼女は何か喚くが、至の心には全く届かない。


 ガンディアと同じく胸ぐらを掴まれ、怒鳴られた時、ようやく正気に戻った至だが、それでもこんな美しいものが目の前にあるなんて……再び彼女の美しさに囚われてしまう。


 心が囚われた至は、虚ろな意識のまま、彼女の頬を指でなぞった。

 なぞってみたくなったのだ。

 陶器のように青白い肌だが、触れると暖かく、そして吸い付くようにキメが細かい。

 さらに頬をかするように触れてみる。

 彼女の頬の産毛が指にあたり、柔らかな羽毛のようだ。


 突き放すように至の胸ぐらから手を離し、彼女は頬に手を添えながらたじろいだ。

 数歩下がった彼女の歩数分、至が足を踏み込んでいく。


「……綺麗だ……」


 その言葉に彼女の目に再び怒りが宿った。


「……下賤なヒューマンが。私の容姿が醜いことを笑うための行動かっ!」


 眼前に広がる小さくも、まとまった美しい顔に見惚れながら、彼はゆっくり首を横に振った。

 彼女の肩にかかった長い髪をすくい取り、手のひらに乗せると、光を当てるように滑らせ落としていく。


「……そう、これ……この君の髪が…あ、あの月? その…薄紫の月の色に似ていて、本当に美しくて……

 すみれの花のように可憐だし、君からは春の感じがして、俺は素敵だって思ったんだ……

 見すぎたのは謝る。俺、エルフなんて見慣れてないから。それは悪かったけど、」


 至の言い訳を聞き終わらないうちに、彼女は顔を覆い、俯いてしまった。

 勢いよく後ろを向いた彼女だが、尖った耳が薄紅色に染まっている。


 泣いてしまったのかとあたふためく至に、ガンディアは冷静な声で、


「ヒューマン、遅ればせながら、これは我が妹のスルニスだ」


 ガンディアが手をかざした妹は、まだ顔を伏せ、屈み込んだままだ。

 その紹介してくれたガンディアだが、原型が残っているかわからないほどに、頬が腫れ、鼻血も流れている。


「お前、ひどいな」


 至がガンディアに向けて言うと、小脇にかけた布袋から小さな瓶を取り出し、一気に飲み干した。

 数呼吸すると見る間に腫れが引き、元の美しい顔に戻っていく。


「……ようやく、スルニスと厨二が兄妹(きょうだい)だってわかったよ」


 未だうずくまる彼女を見下ろしながら、


「なぁ、俺、なんか変なこと言った……?」


「容姿を他人から褒められたことがスルニスにはないことだ」


「こんな月みたいに綺麗なのにっ?」


 自分の世界の女性に対し、至はこんな言葉を吐いているのか?

 答えはノー。

 イタリア育ちでもない、純粋な日本人だ。そんな言葉がでてくることなど皆無である。

 だがここで見える美しさは現実離れした繊細なディティールで表現されている。

 そのため芸術作品を褒める感覚で「綺麗」という言葉が出てくるようだ。


 先ほどの頬を撫でたり、髪を手で流したりと、キザな男の代名詞的な動きを見せていたが、それはすべて『美しいエルフのフィギュア』を見ている感覚に近かったからこそできた芸当で、自身の世界の女性にすることなど、みじんこ分もできないだろう。

 だいたい女性とプライベートで話すことも皆無に近い。


 だから、ソロキャンパーなのだ。

 そう、だから、ソロ、なのだ———


 驚きながら美しいを連呼する至に、ガンディアはさらに続けた。


「スルニスは魔力が高く生まれてきた。

 本来ならエルフの民は金髪碧眼であって、色の濃い薄いはあってもそこから大きく離れることはない。

 だが高い魔力は、その者の髪と目を赤く染める。

 これは太古からの理であって致し方がないことなんだが、魔力が高いというのは、便利だけではない。畏怖の対象となる。未知の力というのは人を怯えさせるに十分だ。それはエルフであってもな……」


 至は納得し、改めて彼女の背を眺めた。

 確かに白いローブを着込んでいるが、大きなフードがついている。

 いつもであれば、それを目深にかぶりながら生活しているのだろう。

 こんなに美しいものを隠しているなんてと至が感慨深く思っていると、


「まさかお前が、スルニスを月に喩えるとは……」


 ガンディアは今まで見せたことのない驚喜の表情を浮かべている。

 お前がここまで言うとは、そんな言葉が聞こえそうな表情だ。

 至は思わずガンディアの腕を取り、彼を抱え込むと、素早く小声で尋ねた。


「……月に喩えちゃ、ダメなの……?」


「………求婚と同義なほど、好意があるという意味があるが………」


 ガンディアも思い出した。

 こいつはヒューマンでも、異世界のヒューマンであったと……


 お互い目を合わせ、お互いに頷いた。

 至は目を細め、『深い意味はないんだよ、兄さん』そう視線で呟くと、ガンディアも『ああ、お前が異世界のヒューマンで、無能であったのを忘れていた』うすら笑いで顔に文字を書く。


「……ちょ、ちょっとそこの、ひゅ、ヒューマン、名前はっ?」


 まだ頬が赤いままの彼女は立ち上がるなり、指をさした。

 目の前に立ち上がった彼女は、至より少し大きいだろうか。

 若干見下ろされ、さらに命令口調ではあるが我慢しよう。


「俺は、清水至。至って呼んでくれ」


「シミズ・イタル。わかったわ、イタルと呼べばいいのね。私も改めて紹介するわ。この西のエルフの国、ゴベンの第2国王、スルニス。よろしく、異世界の方」


 彼女はローブの裾をつまみ、恭しく膝を折り、頭を下げた。

 だが至の中でこの言葉がリフレインしている。


 ———ゴベンの第2国王。


「ちょ、国王って……」


「ヒューマン、私は第1国王だぞ?」


「……はぁ?

 威厳なくない?」


 ガンディアに殴られたのは言うまでもない。


 頭を殴られさする至だが、スルニスがするりと彼の横についたかと思うと、そっと手をかざす。

 何か小声で囁いたとき、手をかざしている箇所がじんわりと温まっていく。

 心地よくなった途端、彼女の手が外され、少し寂しく思うが、先ほどの殴られた頭の痛みは、きれいサッパリ消えていた。


「ありがと、スルニス。すごいね」


「べ、別に。これぐらい簡単ですわっ」


「あ、スルニス様とか言った方がいいのかな……?」


 思わず上目使いとなった至に、スルニスが顔を真っ赤に染めながらそっぽを向くが、


「い、いえ、問題ないわ、イタル。

 そうでしょ、ガンディア」


「私は素晴らしい名をもらっているから問題ない」

 

 ガンディアは鼻を鳴らして言うが、


「ちょっと何よ、ガンディアだけ。

 イタル様から名前をいただけるなんてっ」


 ………今なんて言った?


 そう思ったのは至だけではないようだ。

 ガンディアと視線がぶつかった。


 その空気を裂くようにスルニスの叫び声が上がる。


「あーっ! もーっ!!!

 イタル様、私がガンディアの代わりについて歩いてさしあげます。

 だから私にも名前をつけなさいっ!」


「……え……

 ……ツンデレ……」


「つん……?」


「い、いや、スルニスはスルニスのままのほうがいいよ。素敵な響きだからっ」


 動く人形にしか見えない彼女は、至の腕にしがみつき、矢継ぎ早に質問を浴びせてくるが、しっかりと当たる胸の輪郭と柔らかな感触に、リアルの人形はこんな感触なんだなぁとどこか他人事で至は考える。

 だがそんな幸せな時間は長くは続かないものだ。


 次回、コカトリスとバジリスクの違い、答えられますか?

 乞うご期待!

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