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《番外編》後日談 〜お片付け編

 本当であれば今日1泊をし、明日帰ってくる予定だったのだが、異世界でキャンプを終えてきたため、本日はまだ土曜日。明日は日曜でお休みだ。


 至は運転をこなしながら、帰ってから何をしようか考えていた。


「……やっぱ、荷物の片付けかなぁ……」


 背の高いビルが空を覆い、アスファルトをこするタイヤの音を聞きながら、こんなに狭い世界で生きていたのかと至はうんざりする。

 だがこれが現実で、これが自分の生活の場所なのだと思うと、ため息と一緒に納得してみる。


「帰るを選んだ俺が悪いんだよなぁ……」


 空は青くはない。

 いや晴れているので青だ。

 だがくすんだ色に見える。

 異世界の青が、澄みきっていて、それに目が慣れてしまったようだ。


 途中スーパーで適当に食材を買い込み、アパートへと戻ると、すぐに寝袋を洗濯機へと突っ込んだ。

 そして自身も風呂場へと入っていく。

 本当であれば湯船に浸かりたかったのだが、何よりも体を洗いたい。

 すぐにシャワーの蛇口をひねり、頭からかぶる。


「おおぉぉ……」


 思わず声が漏れてしまった。

 丸1日風呂に入らないだけでこれほどにシャワーが気持ちいいとは……!!!


 わっしゃわっしゃと頭を洗い、次に体。顔をごしごしと洗い、シェイバーでヒゲをそり、歯を磨く。

 そこ、汚いとかいわない。

 男の一人暮らしは効率が求められるのだ!


 頭を適当に吹き上げ、腰にタオルを巻き、洗濯機を見るとあと20分と表示されているので、これはそのまま放置しておく。

 その流れで冷蔵庫の中から取り出したのは缶ビールだ。


 恵比寿顔が表示された、正真正銘の、ビール!!!!!


 それを開けて口をつけると、ほのかな苦味とともに鼻に抜ける香りが爽やかだ。喉越しが程よく、どこまでも飲み干せる気がする。


 エアコンの空気を浴びながら、1人なのをいいことに、牛の鳴き声よろしくげっぷが出てくる。


「……はぁ……やっぱ、ビール、うまいわぁ……」


 再び洗面所へと戻った至は自身の体を見直した。

 どこも怪我などはしておらず、引き締まった体は少し陽に焼けたようだ。腕と体の色が違う。


「ちょっと日焼けしたか……ま、いいか」


 真っ黒な髪をかきあげ、もう一度タオルで体を拭き直すと、パンツを手に取り身につける。ちょうど寝袋の洗濯が終わったようだ。至はそれをベランダに干し終えると、次にジーンズを履いて外へ出た。

 荷物の回収である。

 リュックを背負い、捨てる瓶を玄関へ運び入れ、次に諸々のケースを玄関へと移動させれば完了である。

 食器類を片付けながら、これであの2人と食事をしたのだと思うと不思議でならない。

 ふと携帯の画面を立ち上げる。

 そこには嬉しそうに頬張る2人と、自分の姿が写っている。


「やっぱ夢じゃなかったんだなぁ……」


 携帯から視線を戻すと、最後の難関とでもいうようにダッチオーブンが鎮座している。


「はぁ……

 やっちゃいけないけど、やってしまうか」


 至はおもむろにタワシと洗剤を取り出した。

 お湯をかけ、ゴシゴシと洗う。洗う。洗う………

 そしてしっかりとすすぎ、火にかけ乾かしていくのだが、これは本当はしてはいけない作業なのだ。


「洗剤は使っちゃいけませんとは言われても……」


 そう、ダッチオーブンやスキレットなどはお湯で汚れを浮かし、こそぎとってから使用するものなのだ。


「カレーとかのなんかが残りそうで嫌なんだよな……」


 というわけで、洗ってしまった至は、煙が出るまで熱したダッチオーブンにオリーブオイルを垂らし、油をなじませていく。


「こんなの、サビなきゃいんだよ、サビなきゃ」


 自分に言い聞かせての作業だ。

 現にスキレットはこれでやりくりしているので問題がない、はず……


「にしても今日の夕飯、なんにすっかなぁ……めんどうだなぁ……」


 リビングのソファに腰をかけ、あの鈴を振ってみる。

 チリチリと音はするが、綺麗な音色は響かない。


「……お前は異世界と通じてないと音が鳴らないのか?」


 耳元でカチカチ揺らすが音は鳴らず。ぽんとソファに鈴を投げて、至もソファへ寝転がった。


「はぁー、今頃、厨二たちは何してるかなぁ……

 つーか、やっぱスルニスの胸、すごかったなぁぁぁぁぁぁ」




 ……ちょ、ガンディア、聞きなさい、ガンディア!!!!

 イタル様がわたくしの胸が良かったそうですわよっ!!!!」


 その頃2人は鈴を通して盗聴をしていた。


「ああ、聞こえてる。よっぽど気に入られたようだな。良かったな、スルニスっ」


「わたくしも感激ですわっ!」


 鈴と手元の水晶をつなげ、至の世界の音を拾うことに成功したスルニスは、至の独り言を耳をピタリと貼り付け聞き入っている。


「はぁ……イタル様、本当に素晴らしい方だわぁ」

「私もそう思うぞ、スルニス」

 そう手を取り合った2人を裂くように現れたのは、それはそれは美しい少年である。

 少女に見紛うほどの容姿をした少年だが、2人を見つけた彼は顔を醜く歪めながら、ガンディアとスルニスの鼻に指をかけた。


 リアル鼻フックだ。


「あんたたち、そこ喜ばない!!!! だいたいこれ、犯罪でしょ!!!!」


「痛い、痛いわ、エスガルっ。これはイタル様のここの影響がないかを調べるため」


「そうだ、スルニスの言う通りだ、エスガル、痛い」


 エスガルと呼ばれた少年はガンディアとスルニスの弟であり、現第3国王だ。

 彼らの言葉を全く無視し、無慈悲に鼻フックを続ける。


「だいたい、兄様と姉様は国を放ってキャンプしてたって意味がわかりません。キャンプってだいたいなんですか!?」


 言い切ると同時に指を振り上げ抜くと、2人から悲鳴があがる。

 ガンディアはすぐに回復薬を飲み込み、元の鼻へと戻すと、


「キャンプのことか。野宿のことだそうだ」


 端的に返すが、その態度がいけなかった。

 耳をほじり言うガンディアに、エスガルは鳩尾に一発叩き込んだ。


「あんたたちがいない間に、僕がどれだけの仕事をしているかわかってるんですかっ!!!」


 うずくまる2人に対し、両手を腰に当てて怒鳴るエスガルに年上組はなんともやる気のない顔つきだ。


「いいじゃないのよ、エスガルのほうが人気あるんだし。わたくしは魔力強すぎて滅多に外でられないしぃ」

「”美しすぎる国王”でモテてるんだからいいだろう。あ、私はこれからはジャガイモの整備に忙しくなるからな!」


「兄様も姉様も無責任すぎますっ!!!!」


 鬼の形相のエスガルの後ろから、ノイズ交じりの至の声がぼわりと上がる。


『…ガンディア、芋好きだったよなぁ……

 ポテサラでコロッケとかってどうかな……』


 それにガンディアが食いついたのは言うまでもない。

 

 至はスーパーで買ってきたのはポテトサラダとお好み焼きだった。

 いつも惣菜コーナーで買っている定番の品だ。

 今日はビールを飲むために買ってきたのだが、もう少しこってりした食べ物が食べたい気分になったのだ。

 今から唐揚げを買ってくるのも面倒だし、逆に鶏を揚げようにも冷凍してありすぐには難しい。

 だいたいトンカツ用の肉もない。


 なら、ポテトサラダでコロッケにしたらどうだろう!


 という経緯だ。


 今回のポテトサラダは大きなパックのものを買ってきていた。明日も食べようと思ったからだがこれだけあればコロッケにしても食べ応えは充分だ。特にここのポテトサラダは芋を完全に潰したタイプではなく、ゴロゴロ食感を残したタイプなのだ。

 

 間違いない美味しさ……!


 至はさっそく準備を開始した。


「まずは……ポテトサラダだろ、あとスライスハムつかっちゃおう……卵と粉は水で混ぜて…パン粉パン粉」


 少し深めのフライパンに油を注ぎ火を入れながら、別の器には衣液とパン粉が準備される。


「して、このスライスハムに……ポテサラを入れて巻いて……衣つけて、揚げる!」


 投入されたコロッケはいい音を立てながら油の中に浮いている。

 それをスライスハムの数だけ繰り返すと、至は順次油から引き上げ始めた。

 すぐ食べられる食材のため、中まで火が通れば問題ないのだ。


「これと、あとは冷えたビールで……」


 至はお好み焼きもレンチンし、揚げたてのポテサラコロッケを頬張った。

 さっくりとした食感と酸味のあるポテトに塩気がきいたハム。

 手軽で簡単なおつまみだ。


「あっつ、……うっまっ! ……ビールに合う…

 ワインだったら、白かなぁ……ロゼもいいか。つかこれ厨二喜ぶだろうなぁ……

 ……はぁ…厨二とまた飯食いてぇなぁ……」


 その言葉を聞いて涙目になったのはガンディアだ。


「いつでも帰ってきていいぞ、イタルっ!!!

 私はいつでもジャガイモ料理を待っているからな!!!!!」


 その姿をため息交じりでエスガルは眺めるが、


「つか、なんであんたたち僕の部屋で通信してるわけ?!?!」


「なんかエスガルの部屋のほうが安定するのよね」


「そんなことあるかいっ!!!!!!!」


 スルニスにツッコミをいれるものの、ため息交じりに美味しそうにコロッケを頬張るイタルの声を聴きながら、


 ───会ってみたかったな。


 そう思うエスガルだった。

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