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20話:じゃ、またな!

 至の荷物、とはいってもテントがあるわけではないので、スルニスが車内で使用した寝袋やマットなどを片付けてしまえば、あとは鍋やグラスをしまって終了である。

 至は手際よく元の場所へと戻し、車のハッチを閉めてから振り返った。

 エルフの2人はすでに荷造りを終えており、至を待っていたようだ。


「ヒューマン、最後に写真でも撮らないか」


 そう言ったのはガンディアだ。


「なんかエルフから言われると、すごい違和感」


 至は答えながら、リュックを探ってみる。

 そんな至の言葉にガンディアは首を傾げたが、スルニスは「異世界慣れしすぎです」と笑っている。

 笑い声が転がるなか、至がリュックから取り出したのは携帯用の三脚だ。蛸の足のようにギュニュっと動き、どこでも立てられるという優れもの。

 至は携帯をはめ、車の上にしっかり設置すると、3秒タイマーでシャッターを切ってみた。

 撮れた画像を見て、ちょうど正面にある木の前に立てば全身写真が撮れそうだ。


「厨二とスルニス、その木の前に立ってみて」


 指差した場所に2人を立たせ、もう一度(うつ)して確認すると、彼らの身長でもしっかり全身がおさまった。


「オッケー。そこで写真撮るから、2人はそのまま。

 時間おいてシャッター切れるようにするから、……ボタン押したら、俺そっちに行くっ」


 至はワタワタとセットをし、2人の元へと向かう。

 肩を寄せていた2人が、ふっと離れた。ここに入れという意味だ。

 至は空いた隙間、ようは中央に体を埋め、息を整える。

 その数秒後に連続音が響き、記念撮影はあっけなく終了した。


 すぐに携帯を取り上げ確かめた至だが、喜ぶ顔をすぐに浮かべた。

 再び2人の元へと駆けよると、手元の画面をかざして見せる。


「見てよ、これ! しっかり撮れてるよぉ!

 これ、まじいい写真だわぁ……まじ、ありがと…あ、これ見て見て!

 ほら、木の色とか空もわかるし、月もちょうど映ってるし……

 はぁ…この写真なぁ、2人にも渡せたらいいのになぁ」


 残念そうに至が呟くと、


「わたくし、ちゃんとイタル様との思い出を記録しておりますっ」


 スルニスが弾ける笑顔で取り出したのは、手のひらサイズの白い石だ。六角柱の形をしたそれは、白とはいっても半透明な乳白色に染まっている。日差しに当たると花びらのように光の筋が伸び、とても神秘的な石だ。


「こっそり、昨日から記録を残してあるのですよ?」


 彼女が石に手をかざすと映像が立ち上がった。

 だがそれは平面ではなく、立体だ。

 新聞の見開きほどのフィールドが石の上に浮かび上がったかと思うと、それを地面にして、昨夜の再現をするべく、小さな3人がちょこまかと動きだした。


「な、なにこれ……」


 まじまじと顔を寄せ見つめる映像は、とてもリアルだ。

 土の地面は軽く湿っているのがわかるし、覗き込めば、辺りが暗いのがわかる。

 昨夜の3人が火を囲み、楽しげな会話も聞こえてくる。


 至はそぉっと映像に触れてみた。

 だが指先からは何も感じられない。

 温度もなければ、感触もない。そして触れたからといって映像が乱れることもない。

 これも魔力の技なのかと、不思議な映像に釘付けになってしまう。


 3人は完成したカレーを頬張り始めた。至が携帯で写真を撮っている姿もある。

 そんな3人の細かな表情がしっかりと記録されているのはもちろん、手の中のワインの揺らぎ、覗きあげれば満点の星空を見ることもでき、風のそよぎ、夜の動物の鳴き声、カレーの匂いまでも、あの風景がそのままここに閉じ込められている───


 カレーを頬張る姿を見つめるスルニスが、感動の声を漏らした。


「あのカレー、本当に美味しかったですわ……」


 ガンディアも大きく頷き、


「ああ、あれほどに美味いカレーは今までなかった……」


 恍惚の表情で2人は語るが、


 カレーしかないのか!!?

 

 至はそう思ってしまう。

 確かに、彼らは食べ尽くしていた。それほどまでに旨かったのだろう。

 ───が、カレーが思い出の中心とは……


 至は映像を眺め、少し寂しそうに目を細めると、


「これがあれば、わたくし、イタル様を忘れることはございません」


 彼女は映像ごと、胸に包み込んだ。

 柔らかい微笑みとともに、映像が彼女の中に吸いこまれていく。

 至はそれを見たとき、彼女の思い出の一部に自分がなれたのだと、素直に感じた。

 思い出が彼女の皮膚をとおりぬけ、心に刻まれたのだ。

 至も携帯を握りしめてこくりと顔を揺らす。

 俺も忘れない。少し恥ずかしくて、声には出せなかったが、至は心の中で強く思った。


「あー……イタル、」


 振り返ると、ガンディアが言った。


「次来る時は倍のワインを持ってくるのだ。これは国王命令だっ!」


 言いながら強く肩を叩かれた。

 それはまた会えるのを楽しみにしているという気持ちのこもった強さなのだが、何だろう、この違和感……

 恥ずかしさが垣間見える。

 至は持ってくるよと答えた後、その違和感に気がづいた。


「……あ、……ガンディア、名前で呼んだっ!!」


「……う、うるさいぞ、ヒューマンっ。

 というか、私のことはチュウニと呼べ!」


 照れ隠しなのか、顔を外に向けていうが、耳の先が赤い。

 こういうときのエルフは感情がわかりやすい。

 デカいけど、カワイイ。いや、デカいからカワイイ。

 悶える姿はドン引きだったが、この照れた表情は似合っていると思う。

 至はほっこりと顔をゆるめていたとき、ガンディアが至の携帯をもぎとった。


「スルニスと2人で写真を残しておけ。

 そちらの世界で、妻だと言ってもいいぞ」


 至を彼女のそばへ移動させようとしたとき、スルニスが顔を真っ赤に染めながらガンディアの肩を小突いた。

 嬉しさと恥ずかしさに魔力が宿ったようで、小突いた手は簡単にガンディアを吹っ飛ばしてしまう。

 ガンディアは震える手で何本目になるだろう回復薬を口に含むと、すぐに笑顔を取り戻し、立ち上がった。

 だがあまりの激しいスキンシップに、至の心は引き気味だ。

 少し冷めた至をおいて、ガンディアは改めて携帯を構えた。


「もっとくっついていいぞ?

 あ、イタル、この白い丸か?」


「そう、」至が返事をしたとたん、それを長押しされてしまった。

 あまりにも激しい連写を浴びせられるが、彼は何を思ってか指を離さない。

 それを止めようと至が腕を伸ばしたとき、スルニスがその腕に絡み、彼女自身に引き寄せた。至はそれに微笑み、2人で笑い合うと、ガンディアを見てまた笑顔を浮かべる。


「……よぉし、撮れたぞ」


 手渡された携帯を確認した至は、満足げに鼻の下を伸ばした。


 大変、()()()()()()だ。


 胸が、腕に、当たっている……!!!!!


 この写真を見れば思い出すことができる……

 あの胸の感触を、あのたわわな胸の輪郭を、あの下乳の風景を…………


「厨二、……ありがとうっ!」


 至は改めて礼を述べて携帯をしまうと、そっと振り返った。


「やはり、帰るのか」


 車に向いた至を見て、ガンディアが寂しそうに目を伏せる。スルニスも同じく、笑顔ではあるが寂しそうな微笑みだ。至も一瞬顔を曇らせたが、すぐに笑顔を作り、


「まあな。お前たちだって国王の仕事があるだろ?」


 努めて明るく言うと、スルニスが至の前へと出てきた。


「イタル様、最後にあなたの幸福を祈らせてください」


 スルニスは至の頬を両手で優しく触れ、自身の額を至の額に当てる。

 そして彼女は至に言葉をふりかけるように、ゆっくり囁いていく。

 その囁きを鈴は訳すことができないようで、ただ優しい音色が聞こえてくる。

 だがあまりに近いスルニスの頬に、至は呼吸を止めて魅入ってしまった。

 至のソロ人生の中で、これほどに女子と顔を近づけたことがない。

 カチリと固まったまま、至は祈りが終わるのをじっと待つ。

 

 彼女の囁きは枯葉の舞い上がる音に似ている。

 そう思いながら目を閉じていくばくか。

 とても長い時間に感じたが、実際はそうではないのだろう。

 だが至にとって、それは秋の心地を思いだす、素敵な時間だった。


 顔を上げたスルニスは、


「……お元気で」


 そう紡ぐと、その柔らかな唇が、至の頬へしっかりと触れた。

 温かい感触が頬に宿る。

 名残惜しそうに頬を抱えたスルニスは、しっかりと至の目を捉えるが、彼女のガラスのような瞳は潤んでいる。


 だが、彼女は微笑んだ。


「また、ここへ来てくださいね」


 頷くと、白いスルニスの手が離れ惜しそうに滑っていった。

 思わず手を伸ばしそうになるが、至はそれを我慢した。手を掴んだら離せなくなる気がしたからだ。


 彼女が2歩下がったとき、ガンディアが前に出てきた。

 ガンディアも同じように至に額をつけ、彼も囁き始めた。

 意味はわからなくとも、ガンディアの声はとても艶があり、思いが込められているのがよくわかる。

 力強くも優しい声音が至へと降ってくる。

 喜びと寂しさで胸が詰まるなか、彼の祈りも終わったようだ。

 離された顔が再び近づいてくる。

 ハグをするのかと身構えたとき、ガンディアの唇が至の頬に吸い付いた。


 しかも、スルニスにされた、その頬に、だ。


 もう上書き以上である。


 有り得ない。

 ………有り得ないぞ、ガンディアあぁあぁぁあぁぁ!!!!!!!


「………おおおおおおおおおお!!!!!!!!!

 ちょ、おっっっ!!!!!」


 怒りが湧き上がるが、声が上がったのはその強引なキスが終わってからだった。

 至は頬を抑え、噛みつく勢いで睨みつけるが、


「この第一国王が直々に親愛の証を示してやったのに、なんだその態度は」


 腕を腰に当て見下す視線に、至は怒声を飛ばす。


「ば、おま、男が男にキスするか!!!!!!!!」


「これは親愛の証であって、キスという野蛮なものではない」


「せっかくスルニスのキスで帰れると思ったのに、なんでお前の感触で帰らなきゃいけねぇんだよっっ!!!!」


「なにを!!??

 この私が、ヒューマンごときのお前に愛を示してやったのにっっ!!!!!」


 再び額がくっつくほどいがみ合う2人の間に、色白の手が差し込まれた。


「お2人とも、おやめなさい」


 優しい声音が響くのだが、それでも2人の怒りは収まらない。

 少し距離を離した2人だが、睨む視線は結ばれたままだ。


「……やめなさい」


 あの表情だ。


 ───悪魔のスルニス、降臨である。


 胃袋が掴まれるような、この気迫、そして恐ろしい顔面。

 魔力の全開放による結果なのだが、森が騒ぎ、鳥が奇声をあげて飛び立ち去るなか、空は見る間に黒い雲が覆いはじめ、水辺は波立ち、今にも天変地異が起こりそうだ。

 激変を始めた辺りの光景に、男2人は慄き震え、手を取り合って頭を下げた。


「「ご、ごめんなさい……」」


「……よろしい」


 至は気を取り直して手を差し出した。それは握手をするためだ。

 スルニスの柔らかく白魚のような手を握ったあと、ガンディアの男らしくもしなやかな力強い手を握る。

 彼ら2人は、やはり間近で見れば見るほど、人形のように美しい。


 そう、第一印象は『美しい』だった。


 だが、今はどうだろう。


 表情は豊かで、この世界を誰よりも楽しみ、日々を自由に生きているのがわかる。

 よく描かれているファンタジーの世界は間違っている、至はそう思う。

 それこそ指輪の話なら、エルフは高貴なる生き物で、感情の起伏が薄く、冷淡で冷静だと表現されている。


 だが、本物のエルフはとても感動屋で、長い時間を楽しむことに長けた、素晴らしい種族だっ!!!!


 至は2人を目に焼きつけ、心のなかでファンタジーを罵った。

 それは『俺は本物を知っている』という傲りの気持ちからだ。

 どうだ羨ましいだろう? ファンタージーへ語りかける。答えなど返ってこないが、これだけで十分だ。

 真実を知っているのは、自分(あと、マスター?)だけなのだから───


 至は運転席に腰を下ろした。

 妙に懐かしく感じる車内から見える風景に、至は目を慣らしていく。

 来た道を辿れば帰れるというので、ぐるりと車をまわし、2人の横へ車をつけると、窓から半身を乗り出す勢いで手を振り言った。


「……じゃ、またなっ!」


 彼らの視線を振り切るように走り出した車だが、至は腕を振るのをやめられなかった。バックミラーに映る2人が、いつまでも手を振っているからだ。

 前を見ると急なカーブがある。もう腕を戻さざるを得ない。

 小さく縮んだ2人の姿をバックミラーごしに眺めながら至はハンドルを傾けた。

 だが、彼らに気を取られすぎたようだ。

 思っていたよりも急なカーブだったため、大きな水溜りに勢いよく入ってしまった。さらに急ハンドルを切ったのもいけなかった。泥水が高く跳ね上がり、フロントガラスにびしゃりとかかる。

 黒く潰れた前を開くため、至は慌ててウォッシャー液をふりかけ視界を広げた。

 前は見えるようになったが、ざらついたウォッシャー液が窓を伝っている。

 これは洗車に行かねばならない。至は時間を確認しようと視線をずらしたとき、


『コノ先、シバラク道ナリデス』


「……うぉっ! 喋った……」


 電子音に驚いた至だったが、すかさず携帯を取り上げた。


 電波が届いている───

 

 至はゆっくり停車させると、ハザードをつけて車から降りた。

 振り返った後方だが、ただの道だ。


 そう、道。


 ここは砂利道だが、200mほど戻れば舗装道路だ。

 横に視線を上げると、『キャンプ場は1㎞先』と看板がある。


「……帰ろ」


 誰に言うわけでもないが、至は声に出した。

 再度乗り込んだ車内の静けさに、


「……やっぱ、……帰ってこなきゃよかったかな…」


 鼻の奥がツンとする。


 至は車をUターンさせ、舗装道路へと向かう。

 左右確認の際に、携帯をタップした。

 時刻とともに浮き上がったのは、カレーを頬張りながら撮った、あの写真だ。


 至は頬を指の腹でなぞり、


「……次のキャンプで何作ろうかな……」


 2人も、楽しみだ。そう言うように、鈴がリンと音を鳴らした。

ラストまでお付き合いいただけましたこと、感謝いたします。

また至とともにキャンプに行きますので、その際はどうぞよろしくお願いいたします。

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