2話:ここはどこ? オレはしみずいたるです
「ここをキャンプ地とする!」
高らかに宣言したからには準備をしなければならない。
先ほどの焚き火と車を離して停め直すと、トランクを開け、備品を取り出していく。
荷物を詰めたリュックを背負い、他の道具を探っていく。まずは暖をとる場所を作るために道具をおろそうと振り返ったとき、空気を切る音ともに足元に何かが刺さった。
見るとそれはよく見たことのある、矢だ。
矢。矢である。
矢………?
ここグンマーだったっけ……?
顔を上げたそこにいたのは、
「レゴラ◯っ!?」
ロード・オブ・ザ・リン◯が大好きの彼にとって、夢の人がその場に立っていた。
2メートルは超えている身長と、象徴的な尖った耳!
何よりも色白で整った顔立ちが精悍で男性とは思えないほどの麗人だ。
長い髪はプラチナブロンドで真っ直ぐの髪がサラサラと風で揺れている。それは耳上で編み込みが施され、革紐で後ろに一本に縛りまとめてある。それが男性らしく、エルフの几帳面さを表しているように見えて、エルフ度がアップ!!
さらに纏っている服はまさしくエルフの民そのものだ。
草木に溶ける若草色の布地でチュニックが作られており、腰にはベルトがはめられ、短剣が下がっている。足には脚絆も備わって身軽さが際立つ。
背には矢筒とともに矢がみっちりと仕込まれ、その上から革のマントが羽織られているのだが、大きめのフードがまた使い込まれた雰囲気で、本当に素敵すぎる……!
だが見惚れる一方で、半端ない殺気が注がれている。
ガラス玉のような深い青い目が彼を捉えて離さない。
「ヒューマン、どこから来た」
「……え?」
話しかけられたが言葉にならない。
だいたい、ヒューマン呼びって何!?
「その鉄の塊はなんだ? 何かの召喚魔術か?」
「ちょ、まっ、ま、ま」
「そのカバンを見せろっ」
じりりと足がずれた。矢が至近距離で向けられる。
これは銃口を向けられるより、なんだろう、どこか現実味がない。
だがいつ殺されてもわからない状況にただ冷や汗があふれ、ヒューマン呼びへの違和感にただ震えるしかない。
きっとこの美しい人は、エルフ大好きコスプレ厨二病患者なのだ。
少し離れたキャンプ場で、よく森に住むターザンよろしくエルフの民になりきるのが週末の唯一の楽しみなのだろう。
そのような相手なら、変に刺激すると本当に矢を放つ恐れがある。
彼はおずおずとカバンと呼ばれたリュックを差し出した。
その厨二エルフは、カバンの開き方がわからないらしく、ファスナーに戸惑っている。
少しファスナーを下ろし開けてやると、そのまま割くようにファスナーを指で下げ、中身を探り始めた。
その様子を見ながら、設定が作り込まれているキャラに感心してしまう。
きっと彼の世界観ではファスナーというものは存在しないのだろう。
「Крло, цис?」
「……は?」
聞こえた音はロシア語の発音に似ているが、ロシア語がわかるわけでない。
なんだ、この設定……
「……Ит, эт че?」
「……何言ってるかわかんないですね……
カロリーゼロ理論ならわかりますけど」
白けながら言った途端、リュックが地面へ投げ捨てられ、弓を構え直された。
彼は慌てながらも、両手を上げつつリュックを引っ掴むと、
「ちょっとあんた、人の物を投げるってどういう神経してるんだよっ」
「この私が下等種族に尋ねているのに無視するとはどういうことだ」
「はぁ? ヒューマンだって生きてんだよっ。下等か高等なんて関係あるかっ」
「なんだと、この……」
———話が通じる……!
2人ともに今の状況を理解ができたようだ。
言葉を一度止めると、お互いに深呼吸を繰り返した。
厨二エルフは矢を筒へ戻し弓を肩にかけ、入念に彼のリュックを調べ始める。
彼が抱えるリュックをぐるりと眺め、ひとつ指を刺した。
「この鈴だ。
この鈴に魔力が込められている」
わぁ、可哀想な人……!
きっと表情に出ていたことだろう。
厨二エルフの表情が顕著に歪んだ。心の中で蔑まれたのがわかったようだ。
なんとか顔に平静を宿そうと努力するが、無理だ。
だいたいこの鈴は昨夜たまたま訪れたバーで、マスターから譲り受けた熊よけの鈴である。
魔力なんか込められててたまるか。
「ヒューマン、よく見ろ。鈴に小さく文字が刻まれてるだろ。コレが魔力の源だ。
これのおかげでお前はここに来れたのだろう。さらに言葉も通じるようにしてくれている。
だいたい音色がよく響く。これが魔力の力ではなく、なんだというんだ」
確かにこの鈴は澄んだ音色で、遠くまで伸びのある音が奏でられている。
きっと高い熊よけ鈴なんだよ。
言いたいのをぐっと我慢し、彼はあたりに視線を投げた。
これ以上、厨二エルフを眺めていたら、気がおかしくなる……
湖を挟んで背の高い山が佇んでいる。太陽を背に受け、青白い陰影が美しい。
その背景を彩るように、薄紫に染まった月が浮かんでいる。それも山を飲み込みのではというほどに大きい。
鳥のさえずりが聞こえたので木々の先を見やると、そこには30センチほどだろうか。透明な虫の羽を宿したヒトが浮かんでいる。唇であるはずの場所がクチバシとなっており、髪の毛は薄桃色に染まってそれは可愛らしい人面鳥だ。
湖の少し先で手を振る人影が見える。
思わず目をそらした。上半身が裸の女性だ。
だが横目でさらに確認すると、豊満なバスト! よりも髪の毛が藻のように緑色をしている。それは風になびきふわふわとしていて、さらに薄水色の肌だ。
だが見てしまった。見えてしまった。指の間に、水かきがあった……
視力が高いのをこの時ばかりは憎くなる。
となりの厨二エルフが湖の水色の人に手を振り返すと、それに満足したのか、ちゃぷんと小さな飛沫を上げて彼女は潜って行ったが、足が魚……あれは魚だった………
彼は崩れ落ちるように地面に膝をつき、頭を抱えながら、
「ここはどこ……? オレは清水 至です……」
長身の厨二エルフは彼を見下げながら、
「ここ? ここはエルフ領のリミエルの森だ。
お前は別次元からきたヒューマンだ。納得するしかない。
祖父から聞いたことがある。遠い昔、ニッポンという国から来た男がいたと」
マスター、あんた言ったよね? 熊は避けるし、人を寄せる素敵な鈴だって!?
次元変えてまで、人寄せしちゃいけないだろ!
俺はゆるいキャンプしてる可愛い女の子に会うために、1人でソロキャンに来たんだよ?
何してくれてんだよ。
本当に、何してくれたの?
なんでくれたの!??!
抱える頭を持ち上げ、至は言った。
「イタルって呼んでほしんだけど……」
「下等種族が戯言を。お前はヒューマンで十分だ」
大きなため息をついて、彼は地面に力なく腰を下ろした。
うまい話には裏があるものなんだな。
「俺はヒューマンで構わないが、あんたはなんて呼んだらいいんだ?」
「私はガンディアだ」
「わかった。厨二エルフって呼ぶよ」
「ちゅうに」という音の意味がわからず首をひねるガンディアを置いて、至は地面にあぐらをかいた。
そう、マスターに会っているのだから、帰れるのである。
帰れる! その安心が別の問題を思い出させた。
「あーーーーー!!!!!!!!」
至から悲鳴にも似た声が上がる。
「食材がねぇ!!!!!」
騒ぐ至を冷ややかに見つめるガンディアだが、これから2人にとって濃密な時間が訪れるとは、まだ想像できていなかった。