19話:朝食ターイム!!!!
スルニスは大きめの葉を手早く洗うと、至の膝に乗せた。
そこにガンディアが焼魚を手渡してくる。
手のひらより大きいぐらいの魚だが、塩は白く結晶化され、少し高くなった陽に照らされ、ちらりと煌めく。
至は目の前に掲げて見てみた。
鱗は川魚のようにキメが細かく、火を通した鱗は赤く色が変わっている。獲ったときは青かったはずだ。
細かな湯気とともに魚の匂いが鼻をかすっていく。
生臭みはなく、香ばしい、それはいい香りだ。
「さ、食べてみろ」
眺める至をせっつくようにガンディアに言われ、さっそく至は背中にパクリと食いついた。
中骨を残してほぐれた身だが、口のなかでしっとりと広がった。
小骨は多くなく、噛めば消えてしまう。舌に広がる塩味はちょうどよく、柔らかな魚の身は淡白でありながら、ほんのりと甘味を感じる。
やはり、生臭みはない。それより魚の脂が口の中にまとわりつく。これが甘味の元だろうか───
「厨二、まじ、これ、うますぎっ」
至が言うと、ガンディアは満面に笑顔を咲かせた。
「それなら良かった」
そう言った彼も、至と同じように頬張った。ひと口噛みしめ、思った通りの味だったようで小さく頷く。
パンの実がぱちぱちと弾く音がし始めると、スルニスがそれを火から離し、地面に置いた。
コップにあった水を焼けたパンの実にかけたとたん、大きな硬いサヤがパカンと開いた。
そこにあったのはふんわりとしたパンだ。
それも白いパン。耳のないパンである。
3つコブがあるため、それを1つずつスルニスが手渡していく。
「魚をはさんでめしあがってください」
パンからはほんのりと粉モン特有の甘い香りが広がっている。
まだ少し熱いパンを言われた通りに半分にちぎり、そこに身をほぐした魚を入れて頬張った。
「うおっ! これなに!? すごい、うまいっ!」
というのも、そのパンの味が米粉で作ったパンに似ていたのだ。
甘味が強く、和らいが歯ごたえもある。
小麦のパンよりも重量感のあるパンのため、塩気の強い魚がとても合う。
まったりとパンが口のなかで広がり、さらに魚の皮のパリッとした食感と脂の焦げた風味、魚の優しい旨味がパンに染み込み、旨さが引き立ってくる。
至は、「あ、」と言う声とともに立ち上がると、車からなにやら取り出してきた。
大きめの紙コップとともに持ってきたのは、即席味噌汁だ。
「な、これも一緒に飲もう」
鍋から紙コップで器用に湯を汲むと、乾燥した四角い塊を入れた紙コップに注いでいく。
「イタル様、その四角いのは……?」
「味噌汁の水分を抜いたやつ。これにお湯を注ぐと、味噌汁に戻るんだよね」
透明フィルムに入った味噌を溶くタイプももちろん美味しいのだが、フリーズドライされたこの味噌汁は、まさにリアル。
ナスの味噌汁を今回持ってきたのだが、みずみずしいナスの食感はもちろん、風味も損なわれていない素晴らしい味噌汁なのだ。
これを知ってからは、至は非常食用に常に準備してある。値段が高めなのがいただけないが、毎日飲むものでもない上に、日持ちもするため、意外と重宝する優れものだ。
注がれた四角の味噌汁が、しっかりふやけて溶けたところをスプーンでかき回せばできあがり。
使い捨てのスプーンを2人に渡すと、至は早速、その味噌汁をすすりながら魚サンドを頬張った。
「……はぁぁぁ……やっぱ、日本人の朝は、これでしょうぉぉぉ」
見事なマッチングだ。
味噌汁の汁気、ナスのシャキシャキ感、そこに米粉パンの風味、さらに塩焼きの魚……
見た目はちぐはぐだが、口の中は日本人の朝食のそれである。
──もう、完璧すぎる……!
幸せそうに堪能する至だが、それはガンディアとスルニスも同じだった。
「このミソシル、すごく美味しいです、イタル様。
塩気があって、それに、この紫の野菜、この歯ごたえが面白いですわ」
「これは飲んだことがなかった……
このパンにすごく合うな、ヒューマン」
「だろ? だろぉ? 日本人の心を知ってくれ」
「「ニホンジン?」」
首を傾げた2人に、至はどう説明しようか考えた。
「今までさ、俺以外の人で、肌がすごく白いとか、目の色が青い人とかいなかった?」
「はい、おりました」
答えるスルニスだが、手元は器用に魚をほぐし、次の魚サンドへと移行している。
「そういう人たちって住んでいる国が違うんだ。
俺は日本っていう国に住んでる人で、日本の人はこの味にすごい親しみがあるんだよね。
あ、ちなみに、ニッポンってとこから来た人も、日本人で同じだからな」
2人の顔が固まった。
「イタル様、国の名前が変わるのはどうしてですの?」
「ヒューマン、ニッポンとニホンがどうして同じなんだ!?」
矢継ぎ早に質問攻めに合うが、至は答えられない。
そう、答えられない。
日本人は自分の国の名称にそれほど気にかけていないのだ。
「……ごめん。なんか日本人ってこだわりないみたい」
苦笑いでごまかそうとするが、
「やはりヒューマンの国は大らかで良い国だな」
「本当ですわ。こだわりがないというのは、それだけに自由な国なのでしょう」
2人に感心されて返す言葉がない。
至は喋らないことでその場の時間を過ごそうと、味噌汁をすすりあげた。
「しかし、場所によって馴染みの味が違うのは面白いものだな。
ここは西の国になるが、北の国ではまた食べ物も違うからな。生まれ育った味というものか」
ガンディアはひとり納得したようで、2個目の魚サンドにかぶりついた。
その魚サンドに至は目を見張った。
何か緑の葉っぱが挟まっている。
「おい、厨二、その葉っぱは何?」
「お? これか? 少し鼻にツンとするが、辛味がある葉っぱでな。
いいアクセントになる。試してみるか?」
やるやる! と言わんばかりに、葉っぱをもらった至は手元の魚サンドに挟み込んだ。
葉っぱは大葉に似ている。だが色が黄色味がかった緑だ。
一気に噛み切ると、辛味が上がって来るのがわかる。
「おお、ワサビにそっくりだっ」
歯ごたえはしゃきしゃきと青菜に似ているのだが、噛みしめるたびに感じる辛味はワサビと同じだ。
鼻にツンとくるが、それがいい。
ご飯にワサビ、焼き魚に味噌汁。
ちょっと合わなそうにも感じるが、ワサビのピリリとした味が食欲を増進させてくれる。
足りない塩味もこの辛味があれば問題ない。
至は味噌汁をすすり、魚サンドを堪能しながら、
「思ったんだけど、なんでこれ、パンの実って名前なの? 植物は俺の世界とは共通じゃないもんね?」
「ああ、それか。
これを初めて食べたのは異世界の人間だったそうだ。その人間が、『パンにそっくりだ。パンの実だ』と言ったことで、パンの実という名前になった」
「ということは、今まで食べてこなかったのか、あの実」
至は殻を取り上げ、じっくりと見つめながら呟いた。
「ええ。近づくと足や腕が取られ、危険だったもので近づくこともありませんでした。
ですが、たまたま落ちたその実を薪としてくべたそうです。それで焼けた中から出てきたのが、このパンというわけです」
「へぇ、初めてが異世界人ってのは驚きだなぁ」
ガンディアは頷きながら、
「それ以降、あのパンの木は改良され、人の身でも採ることができるようになった。蔓を短くして育てるなど方法が取られたんだ。
だが野生のパンの木のほうが味が濃く、身が柔らかく、大変美味だ。
今日はこれを一緒に食べられて良かった」
「わたくしもです、イタル様。大変美味しい朝食でした」
いつのまにやら3人ともに食べ終えていたようだ。
目の前には骨が残った葉っぱがある。
葉っぱをくるりと丸め、火の中に焼べると、ちりちりと音を立てながら縮んで燃える。
それを見届けると、至は立ち上がった。
「さ、帰る準備、始めるか」
エルフの2人は寂しげに微笑み、自身の身の回りのものを整理し始めた。
至もまた車を近づけ、片付けを始める。
2人を背に感じながら、「やっぱ、寂しいな」聞こえないように呟いた。





