16話:朝食づくり
背の低い木々の間を抜けて行く。
朝露に濡れた木々は冷たいが、小枝に結晶が宿ったようで弾かれる水滴に思わず至は微笑みながら歩く。
だがガンディアとスルニスはいつもの景色のようで、淡々と道なき道を進んで行く。
少しぬかるむ土を踏みしめていくと、柔らかな水の流れる音が聞こえてきた。
草を割って踏み込んでいくと砂利が広がり、小さな小川が現れた。それは真っ青に染まり、覗き込むがそれほど深い川ではない。さらに透明度が高いため川の底まで見渡せる。流れる水草、小魚に手のひらより大きいだろう魚も泳いでいるのが見える。魚たちの鱗が光を反射し、水の流れに逆らう度に白く煌めき、藍色の川の中が夜空に見える。
至は小さな歓声をあげながら水をすくい、泳ぐ魚を眺めて言った。
「厨二、ここで何するんだ?」
「見ての通りだ。魚を獲る」
「今から釣りするの?!」
至は声を裏返しながら携帯の時刻を見るが、ガンディアは余裕の表情で首を横に振った。
「そんなものではない。至極簡単に魚を獲ることができる」
至は小さく手を叩き、「あ、魔法使うのか」納得したようにうなづくが、
「魔法を放てば生態系が崩れかねない。もっと簡単で小規模な方法だ。スルニス、頼む」
「お任せくださいませ」
スルニスは小さな小川の前に一歩近づくと、あの顔を作った。
あの顔とは、朝ガンディアを吹き飛ばした時の、あの顔だ。
禍々しい空気が辺りに一気に立ち込めた。
胃が痛くなり吐き気がするような、緊張感のある嫌な空気だ。
だが彼女が普段の表情に戻した途端、その雰囲気が一気に消え、清々しい朝の小川に戻った。
途端、手のひらより少し大きいくらいの魚が一匹、二匹、浮かんでくる。
「おい、厨二、この魚……」
「スルニスお得意の失神漁だ」
ガンディアは親指を立て、スルニスは頬を赤らめているが、明らかにこれは……
「……当てたのか」
「恐怖で魚が麻痺するんだ。こうすると鮮度が良くていい」
「じゃなくて、他の水の中の生態系が崩れるんじゃないの、これ?!」
「スルニスが睨んで浮かぶ魚は7匹程度。問題ないだろ」
「いや、水中生物もいるじゃん? ねぇ? ね、聞いてる?」
2人は黙々と魚を取り、すぐに転移する石を放り投げ車まで戻ると、すぐさま魚をさばきにかかる。
スルニスは水場に移動し、エラに指を入れ外すと、次にナイフで腹に切り込みを入れ、内臓を取り除く。内臓は水辺に来た海藻人魚に投げて渡し、次に背骨にある血合いをしっかり洗い流していく。
それを綺麗な葉の上に並べている間にガンディアが小刀で用意したのは、50㎝ほどの竹串だ。正確に言うと竹に似た枝を切り出し作ったものだ。
塩でぬめりを取るようにまぶして洗い流したあと、すすいだものを枝に刺していく。
「ヒューマンもやってみるか?
エラから枝を刺して、背骨を縫うように進めていく」
枝と魚が手渡されたため、至もガンディアの言う通りに刺そうとするのだが、意外と難しい。
「背骨に枝を絡ませるように刺して、尾っぽのところで出せばいい。
エラから入れて背骨の上、次は背骨の下、次は背骨の上……そうそう、布を縫うようなそんなイメージだ」
至の手際をみながらガンディアと進めていくが、彼は国王であるようだが、面倒見はいいようだ。
3本目となると手際も良くなり、見た目も綺麗に仕上がるようになった。
「やはりヒューマンは手先が器用だ」
ガンディアは至を褒め、最後の一本をうけとると塩をふっていく。それはウロコの模様がわからなくなるほど真っ白に塩が振られる。さらにヒレにはたっぷりの塩をつけている。
「なんでヒレに塩たくさんかけてるんだ?」
「こうするとヒレが焦げにくいのと、食べている時に塩気が足りないとき、ここのヒレをしゃぶりながら身を食べれば塩気が足りる」
言われるが、真っ白に染まった魚を取り上げた。
「魚の表面に真っ白になるまでかけてたけど、足りなくなるの?」
「火に当てると塩が熱ではぜる。なのでそれほど塩っぽくはならないんだ」
6匹を串に刺し終え、ガンディアは魚を抱えて火の場所へと移動する。
「最初は強火の遠火がいいんだ」
ガンディアは説明しつつ火を強くし、少し遠めに魚の串を地面に刺す。動かないように石をあて、しばらくはじっと待つ時間だという。
ただ待つのもなんなので、スルニスと至は魚を見張るガンディアを置いて、木の実を取りに出かけることにした。木の実とはいっても、パンのような味と食感がするというここの地方では朝食によく食べる木の実だ。
「この丘の先にあります」
スルニスの言葉に呼ばれ、至はどんな木の実なのか想像がつなかないまま歩き出した。スルニスは生えている場所がわかるからと先頭を歩くが、やはり足の長さの差か、少し距離が空いてしまう。
彼女は振り返っては歩幅をゆるめるものの、なかなか2人の歩く速度が合わない。
それに業を煮やしたのか、至がスルニスの手を取った。
「スルニスごめん。その場所に着くまで、先導してくれ」
スルニスは一瞬驚いた顔を作ったものの、薄く微笑み、小さくうなづいた。
お互いの手は繋がったまま、無言の時間が続く。
何か口を開くにもタイミングが逆に合いすぎて言葉にならない。
小さく笑いあって、至は「寒くない?」聞いてみた。
ようやくできたタイミングだ。スルニスはローブを着ずに歩いている。朝方の今、至はパーカーを着込んでいるので問題ないが、彼女は薄着に見える。
「わたくしは大丈夫です。ここの朝は冷えますが、慣れております」
「そっか」
再び踏みしめる砂利の音を聞きいていると、
「イタル様、」
「ん?」
「やはり、帰られるのですか」
スルニスは前を見たまま、歩くのをやめずに言った。その声は尋ねるのではなく、確認の声音だった。
明るくはない声に至は戸惑うが、努めて明るく至は言った。
「俺は帰るよ。ここに長く居られるだけのものを持って来てないしね」
「ですが、ここにいる間は、イタル様の時間は止まります。
いくらでも居ていただいていいのですよ?
城には部屋がたくさんありますし」
「ありがとう。
でも俺も仕事を忘れるほどいるわけにはいかないから」
自分に言い聞かせるように至はいうが、スルニスの手が一層強く握られる。
「でも、もう一泊ぐらい……」
気持ちのこもったその手のあたたかさに、至は返事をするように握り返す。
彼女の少し骨ばって柔らかい大きな手が自分のことを引き止めようとしている。
その気持ちが心地よく、そしてもうその時刻が迫っていることを切に感じながら、彼女の手のぬくもりを忘れないように肌に刻んでいく。
ゆっくりスルニスが振り返った。
それは悲しそうな表情だ。
「だって、パンの木はかなり凶暴なので」
至は思い出した。
ここの土から生える食べ物には、なんらかの動きがあることを───
すかさずスルニスの腕を引っ張り止まるが、彼女の力は強い。
「あと、少しでパンの木の群生地帯ですから、急ぎましょう」
「ねぇ、ちょ、……ちょっと待って、それなんで言わないの?!
つか、ここの食べ物、基本暴れるんだったね、そうだったね!!!
いや、スルニス、ちょっと待って、全然心積もりができてないっ!!!!!」
叫ぶ至の手はしっかりとスルニスに握られたまま、引きずられていく。
至は無事にパンをもぎ取れるのか!!!!!





