14話:夜中の語らいといえば、恋話でしょ!
ガンディアも細く酒を流し口に含むと、ゆっくりと舌で転がしてから飲み込んだ。
そこから話し出したのは、至への感謝の言葉だった。
「……へ?」
「へ? じゃない。国王が直々に礼を述べてやっているのだぞ?」
「なんかうまく聞き取れなくって、もう1度言ってもらえたら……」
「二度もヒューマンに頭を下げれるか」
そうは言うが、口元は笑っている。
「だが、あんなにスルニスが笑い、話すとはな……」
再び酒を飲み込むが、心底嬉しそうに呟くガンディアに、至がたまらず尋ねた。
「魔力がどうとか昼間言ってたけど、それと関係あるの?」
「ああ、そうだ。
魔力で心が揺らされるのを『当てられる』と表現するのだが、スルニスのように魔力が強いと、意図せずに魔力の弱い者を当ててしまうんだ」
「え? したら俺も当てられてるの!?」
たじろぐ至にガンディアは冷ややかな目を向けた。
「お前は魔力が全くない。微塵もない。微かにもない。爪の垢ほどもない」
「そんなに否定しなくてもいいだろ……」
「そのおかげでスルニスは今日1日、自由に、彼女らしく振る舞うことができた。
あんなスルニスを見ることができるなど、思いもしなかった」
再びちびりと酒を飲み込み、思い出して微笑んでいる。それほどまでに彼女にとっても、ガンディアにとっても貴重な時間だったようだ。
至もガンディアと同じく酒を少し舐め、喉の焼ける感じと芳しいハーブの香りに浸ってみる。
グラスの中から湧き上がる高貴な香りを楽しみながら、
「普通だったらそんな長い時間は無理なのか?」
揺れる液体を眺めながら至は言った。
「あれほどの魔力があるから、……そうだな普通の平民であれば、5分も持たずに発狂するだろう。
魔力は恐怖と同じ効果がある」
「そんな状態で国政務まるの……?」
至極真っ当な疑問かもしれない。
それほど恐ろしい人物が人の上に立つことができるのだろうか?
いるだけで害がでるなど、迷惑な話だ。
「私や我々のそばで働く者たちは、スルニスの魔力を弾くものを身につけているから問題ない。
あと国民の謁見の場合も、魔力を封じる幕越しに行うから問題ない」
感心したように頷き、
「なるほど。したら何も気にせず人と話せる機会というのは、スルニスにとって本当に貴重なことなのか」
酒を飲み込み、ほうと小さく息を吐く。やはりこの酒は度数が高い。胸が熱くなる。
胸を叩き、熱さをなだめる至を見ながらガンディアは水を差し出し、
「そういうことだ。だから彼女なりにはしゃいだ部分もあっただろう。
無礼をしたな、ヒューマン」
自身も水を飲み込み、火に向かって謝罪する。
目を見て謝れないのは、恥ずかしいからか、ヒューマンだからか。
きっとどちらもなのかもしれない。
至はそんなガンディアの心に触れながら、
「俺はラッキーなことが盛りだくさんだったから問題ないよ」
にっこりと笑顔を浮かべた。
それにつられてガンディアも白い歯を見せ笑顔を作る。
「お前がここの民なら、スルニスの婿候補にしてやるのに」
「俺が国王となんか釣り合うわけないだろ。
だいたい、厨二、お前のほうこそ妻の1人や2人いるんだろ?」
「ここは一夫多妻ではない。
……だいたい妻がいたら城など空けん」
ガンディアは一気に酒を飲み干し、また小さな小瓶から注いでいく。
今回は舐める程度の量ではない。湾曲したグラスのポイントまで注いでいる。
「お、おい、それ」
焦る至を差し置いて、彼は至のグラスにまでたっぷりと酒を流し込んだ。
「今日は飲むぞ、ヒューマン。
お前だって1人だからここに来たんだろう?」
「そうだよ。1人は自由だからなっ」
「負け惜しみを」
「厨二だって1人だろうが」
「これでも国王だ。恋文の一つや二つ……」
「そんなの社交辞令だろ?」
「そんなことは私でもわかっているっ!
だがそこにすがらなければ私の心はもう……」
「そんなに彼女とか欲しいの?」
「欲しいっ!!」
静まり返った夜更けの森に、ガンディアの悲痛な叫びがこだまする。
再び鳥が森から飛び立つが、そんなことなどお構い無しだ。
「ヒューマンは欲しくないのか?
女性の愛情、温もり、優しさ、どれも与えられたいものばかりじゃないかっ!」
「俺は今日、スルニスから温もりを教えてもらった……」
「戯言を……」
哀れみに満ちた目で至を見下ろすが、彼は自慢げにガンディアを見つめる。
「厨二はまだ女の胸の柔らかさを知らないだろ?」
言うと、茹で蛸のように顔が真っ赤である。
「そ、そんなことはない。
女の柔肌ぐらい……」
自分で言っているのにも関わらず顔がどんどん赤く染まっていく。
酒で酔う赤さではない。
耳も首すら赤いのは、このまま倒れるのではと思うが、彼は水を飲み込み鎮火を始めた。
少し落ち着いたのか、ガンディアは顔を手で覆って小さく丸まった。
「私だってそういうことがなかったわけではいが、そういうことになると、もう、自信がなくなってしまって何をいっていいか、何をすればいいのかわからなくなるのだ」
本当にこいつは思春期なんだろうか……
至は思うが、口には出さずそっと見守ることにする。
「逆に聞くが、ヒューマンは好きな人ができたら、どうするんだ?」
「俺に聞く?」
「だって聞く相手いないもん」
いないもん……
この言葉が頭の中でリフレインするが、確かに彼は国王だ。
側近に『恋愛はどうしたらいい?』なんて聞けるものでもないのだろう。
「俺はどうするかなぁ……
まずはさ、どうやって近づくかだよなぁ」
「ああ、それは一番の難関だよな」
2人ともに腕を組み、大きく頷いている。
「これでさ、いきなり連絡先聞いたら、めっちゃドン引きされるし」
「あ、それは国王だからまずないな」
「もうお前そこでもう勝利確定じゃねぇかよ」
「国王だからな。
だがそこからなんだよ!
国王だから、みんなヘコヘコヘコヘコヘコヘコヘコヘコするから、どう進めばいいか……」
「すんげぇヘコヘコするんだな……」
2人で酒を飲み込み、お互いの身分が違う上での悩みを吐露しつつ、突き進むべきか引くべきか、地面に図を書いて2人で戦略を立ててみるが、それが正しいのか間違いなのかがわからない。
なぜなら、2人ともに独り身だからだ。
大きなため息を2人でつくが、森の中は靄が立ち込め、白い明るさが広がり始めている。
「よし、ヒューマン、朝日を見に行くぞ」
ガンディアは眠そうな目をしつつ、至の手を取って立ち上がらせた。





