13話:夜中の語らい
カレーライスを食べ終えた3人は、使い捨て食器を袋に詰めて、まったりとワインを傾けていた。
3人の前にはか細いながらも火が灯り、明るさと温かさをじんわりと与えてくれる。
さらに手の中では紅い液体がゆるりと弧を描きながらグラスの中で踊り、最後の一杯を楽しめと語りかけるようだ。
「星を見ながらのワインもいいもんだな」
至がグラスに視線を落としたまま言った。
星なら空にあるはずと、スルニスが至へ肩を寄せると、至ははにかみながら「ワインに星が映っててきれいだなって……」グラスを傾けて見せた。
「それではイタル様は星を飲み込んでらっしゃるのね。だからそんなに瞳が美しいのかしら」
スルニスはさらに体を寄せ、上目遣いで笑顔を散らす。
その視線にも耐えられないが、腕に当たっている感触は、まさしく、胸!
胸と胸の間に腕が挟まることがあっていいのだろうか。
いいんですっ!!!!!!
……が、そう喜んでもいられない。
さらに奥に視線を投げると、満足げにうなづくガンディアがいる。
「ちょ、お前、兄貴だろ?
妹の醜態をどうにかしろよ」
言い終わらないうちにスルニスがさらに距離を縮めた。もう密着といっていい。
「イタル様、私、眠くなってしまいました……」
そうしなだれかかるのはいいのだが、なぜそれほどに潤んだ瞳で見つめるのだろう。
理性がない野性的な男であれば、簡単に狼になっている。
が、至はヒューマンだ。愚鈍で冴えないヒューマンだが、理性がある。
至は生唾を飲み込み、素早く立ち上がった。
ずるりとスルニスが倒れ込むのも無視し、携帯のライトを頼りに車へと向かう。
久しぶりの車な気がするが、実際は半日程度あけていたにすぎない。だがこんな世界にいるのだから、久しぶりな気がしてもおかしくはない。
少しぎこちなくブレーキを踏み込み、ボタンを押し込んだ。
ぶるりとエンジンがかかり、聞きなれない音が響いたせいか、音に弾き出された鳥が飛び立っていく。
それにかまわず冷房を一度つけ、さらに窓を全開にした。空気が中でこもり、暑かったからだ。
そこにプライバシーシェードというはめ込み型のカーテンを取り付けていく。これは網戸にもなる優れものだ。外は冷えてはいるが、涼しい程度の温度である。これで戸を閉めて密閉した状態にすると蒸す可能性があるので、これを取り付け温度調節をしていく。さらにカーテンとタープを備えたものをハッチに取り付ければ、これで着替えられる場所も完成。
あとは運転席などのシートを倒し、車中泊用のマットレスを敷き、そこに寝袋を備える。さらにLEDのランタンをつければ完璧である。
そのランタンを手にスルニスの元へ行くと、彼女の手を取った。
「さ、野宿は流石になんだから、俺の車の中で寝たらいいよ。かなり寝心地はいいと思うから」
「イタル様は添い寝してくれないのですか?」
潤んだ瞳で再び投げかけられるが、
「もうそんな子供じゃないだろ?」
ごまかすことにした。
再び舌打ちが聞こえた気がするが、気のせいだろう。
スルニスにランタンを渡し、車内まで案内すると、彼女は小さな歓声をあげた。
「鉄の塊かと思ったのですが、寝床はふわふわ。……このカサカサしたのは?」
「それは寝袋。その中に入って寝るんだよ」
スルニスは言われた通りにファスナーを開き、するすると入っていく。さらにファスナーを上げて顔だけだすと、彼女の顔は暗い中でも輝いていた。
「イタル様、このネブクロ、すごく暖かくて密着感がたまりませんっ。
背中も全く痛くありませんし。これで野宿ができるなら、本当に感動ですわっ」
ひとしきり騒ぎ話した後、いきなり静まった。
寝息がすーすーと繰り返している。
「おやすみ、スルニス」
小声で告げてカーテンをおろし、タープのファスナーを閉めてガンディアの向かいへと腰を下ろした。
「すまないな、スルニスに寝床を渡させてしまって」
「いいよ。俺はいつでも寝れるし」
火の結晶を足したようで、火が大きく上がっている。
地面が燃えずに火が浮いている光景は不思議ではあるが、それでも熱さが届くことから火であるのは間違いない。
だが爆ぜる木の音がしないのも風情がないような気がするが、ウッドキャンドルが灰となった今、火の結晶に頼るしかない。
「もう少し、飲めるか?」
ガンディアが頬を火で赤く染めながら至に尋ねた。
確かにまだ飲めはするが、ワインは飲み干したばかりだ。
「王家でしか飲めない酒を飲ましてやろうと思ってな」
「どうしたんだよ、急に」
「かなり美味いものだが、私の機嫌を損ねたいのか?」
「俺のワイン飲み干しておいて大きな口叩くなよ」
言いつつ、ガンディアの隣へと移動した。
ガンディアは腰袋から小さな瓶を取りだしたが、茶色に染まった瓶にはコルクが差し込まれ、酒の雰囲気はまるでない。
その瓶を至に手渡すと、先ほどのワイングラスを鍋の水ですすぎ、今度はそれを手渡した。
「この瓶から酒が好きなだけ出る。すごいだろ?
だが、度数がべらぼうに高い。ちびちびいくぞ」
ガンディアは言うと、ワイングラスに舐める程度の酒を注ぎ込んだ。
確かに瓶の液体量は減っていない。
舐める程度といえど、手のひら程度の小瓶であれば、半分ほど減ってもおかしくはない。
液体の色は茶色。
香りを嗅ぐと、ハーブの香りがする。
その香りで至の中で答えがでた。
養○酒だ、と。
2人でグラスを叩き、ガンディアはどうだうまいだろうという顔で至を見つめている。
だが彼の中ではもう答えが出ている。
○命酒だ。
さぁ、この養命○がどれだけ飲みごたえがあろうとも、大きく味に変化はないだろう。
だが滋養強壮には間違いなくいいものだ。
至は言い聞かせるように心の中で何度も滋養強壮を唱えながら、その○命酒をちびりと舐めた。
「……うまっ」
香りはまさしくソレだったのだが、味がまるで違う。
確かにハーブの爽やかさはもちろんあるのだが、それ以上に甘みが穏やかで、言うなればいくらでも舐められるはちみつのような味とでもおうか。ただもっと複雑な香りがあるのは間違いない。ただそれを何に例えたらいいかがわからないだけだ。
ふわふわと余韻が花畑のように漂い、それだけで酔ってしまいそうだ。
「これやばいな」
グラスを揺らしながら至が言うが、
「だから、王家にしかない酒なんだ」
そういいながら、ガンディアがグラスを掲げた。
それに合わせて至も彼のグラスをグラスで叩く。
これは男同士の語らいの幕開けの合図だ。
小さな深呼吸のあと、ガンディアがゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。





