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11話:カレーは食べ物です!

 飲みすすんだワインだが、空ボトルはすでに4本目となっていた。

 そうなって初めてエルフふたりの胃袋はようやく落ち着きを取り戻したのか、食べる速度も飲む速度もかなり緩やかだ。

 ただ至が提供したチーズやクラッカーはもちろん、コカトリスの肉もほぼほぼ食い尽くされ、彼らの眼前にはただちりちりと火が揺れるだけとなってしまった。


「ヒューマン、もうそろそろ、メインのカレーなんてどうだろう」


 よっぽど楽しみだったんだな。

 そう思い、至は破顔した。


 これほどに飲み食べ、目も半分は閉じているだろうか。それでもカレーが食べたいのだ。

 そう、どれだけ騒いで飲み進めていても、ガンディアの視線はあのカレーになるべく煮込まれているダッチオーブンから離れていなかった。


 至は掛け声とともに立ち上がり、ホコリをはらうと、


「厨二、鍋で湯を沸かしてもらってもいいかな?」


 慣れない空気テーブルにグラスを置き、指示を出すとガンディアは大きく頷いた。


「任せろ」


 せかせかと鍋を取りだし、水を汲みいったガンディアを目で追いながら、スルニスも立ち上がった。


「イタル様、わたくしは何を?」


 そうは言うが、今も立ち上がる際によろけたほどだ。

 至はすかさず彼女に腕を出すと、彼女はその腕にそっと掴まり、体制を整えるために抱きついてくる。


 至の胸元から覗きあげる彼女の顔は、それは美しい人形のようで、まだそれほど酔っていないはずの至の顔が、急に真っ赤に染めあがった。


「す、スルニスは休んでて」


 そっと彼女の肩を押し戻すが、小さく舌打ちが聞こえたのはきっと空耳だと思う。 


 火のそばから離れた途端、あたりの気温が低いことがよくわかる。肌が焼かれ少しヒリヒリとするが、風はあっという間に熱をさらい、服も皮膚も冷ましてしまう。

 思わず腕をさすりながら車のハッチを開け、カレールウの箱と、タナカのご飯4パック入を取り出した。


 このカレールウは一時期期間限定として出されていた、胡椒がたっぷり入った激辛スパイシーカレーだ。

 よほど売れ行きがよかったのか、今では常時店頭に並ぶようになり、おかげで今日の持参が叶っている。

 全国のみんな、購入ありがとうっ!

 そう叫ばずにはいれれない。

 この胡椒がたっぷりなのがいいのである。

 カレーの中に浮かぶ粒胡椒。これほど胡椒が効いたカレーは、どのメーカーにも、ない!!


 鼻歌混じりに歩き出すが、フルートの音色に似た声が風にのってきこえてきた。

 綺麗な歌声だ。すぐにでも眠れそうなほど、柔らかで優しい声音である。


「スルニス、綺麗な歌が聞こえる」


「ああ、あれはハルピュイアの鳴き声です。

 美味しい食事にでもありつけたのでしょう」


「は、ハルピュイア……?」


 至は繰り返すが、ピンとこない。

 すでにガンディアの鍋からはわずかながら湯気がのぼりはじめ、それほど経たずに沸騰しそうだ。


「人面を持つ鳥のことですよ」


「あー! ハーピー!」


「そちらの世界では、ハーピーというのですね。名前も変化してるのですね」


 その2人の間に割って入ってきたのはガンディアだ。


「ヒューマン、焦げるぞ」


 指をさした先はダッチオーブンだ。

 至は我に帰ったかのように立ち上がり、ダッチオーブンに駆け寄ると、ポケットから手のひらほどの長さのものを取り出した。

 これはリッドリフターというもので、ダッチオーブンの蓋を持ち上げるための道具だ。上部はT時となり、引き上げやすくなっている。蓋を引っ掛けるところはフック型になっているのだが、それをテコの原理で持ち上げられるようにフックの後ろに2本支え棒がついてる。これで重いダッチオーブンの蓋も簡単に取り外し、持ち上げることが可能だ。


 軍手をはめた手で慎重にリッドリフターを引っ掛け重い蓋を持ち上げていく。

 3人で覗き込んだ鍋からは、熱風と言えるほどの蒸気が顔にぶつかりほどけていった。

 鼻先にかすった香りは予想よりも獣臭くなく、トマトの酸味と人参の香草の風味、さらに赤ワインの渋みがコカトリスの肉の臭みをうまくまるめこんでくれたようだ。

 火のとおりの確認で、竹串で人参を刺してみるが、抵抗なくつき抜けてしまう。これは煮込みすぎたかもしれない。さらにぷっくりとふくらんだ肉をつつくと、これも今にもほぐれそうだ。


 だがそれだけ煮込まれていれば、このスープに旨みが溶け込んでいるのは間違いない……!


 が、そのスープに問題があった。


 水分だ。

 取れたての玉ねぎに取れたての人参、どれも鮮度が良い分、水がかなり含まれている。

 無水調理もできるダッチオーブンのため、野菜から水が出るだろうと至は予想し、ワインを控えめにいれたつもり、だった。

 やはり絶対的な経験値の無さが作用し、現在かなりジャバジャバな状況となっている。


 ──これは、まずい……


 ひとり腕組みをしながら唸る至に、ガンディアは月夜の星の如く美しい瞳を向けてくる。


「至、これからどうなるんだ?」


 ガンディアは待ちきれないようだ。


「あとはそれいれたらいいんだけど、ちょっと水が多いんだよ。

 とりあえず、半分だけ入れてみるか……」


 鍋をおろし、カレールウを半パック投入した。

 優しく混ぜていくが、混ぜていくが……混ぜていくが………


 まー、シャバシャバっ!!!!!

 スープカレーよりはとろみはあるかもしれないが、それでも至が求めているとろみではない。

 こう、ご飯に、まとわりつくようなとろみが欲しいっ!


 木べらですくってみてみるが、やはりしゃばしゃば。味見をしてみると、ワインを入れただけあり濃厚なカレーの味がする。

 となると、これ以上ルウはいれられなさそうだ。


「ずいぶん、水っぽいカレーだな」


「厨二もそう思うか……」


「水を棄てられたら?」



「「勿体無いだろっ!!」」



 初めて息が合ったと思う。

 それほどにガンディアと至の声は重なった。

 入れる前ならまだしも、入れた後の水を捨てるなど言語道断。

 これであれば、潔くカレーの飲み物にした方がまだマシだ。


 至はふとガンディアを見て、「あ」と声を出した。


「何か思いついたのか?」


「ガンディア、芋、1個欲しいんだけど」


「ど、どうするんだ……?」


「摩り下ろして入れるんだ。

 芋の風味もつくし、とろみもしっかりつくから」


「なるほどっ!」


 至のその提案はガンディアにとっても素晴らしい提案だった。

 芋を美味しく食べられるのなら、ジャガイモの1個など惜しくはないっ!

 と、言いたいところだが、やはり大好きなジャガイモ。名残惜しい。


 おずおずと取り出し、手渡すが、至はありがとうと言いながら受け取ったものの、固まった。

 氷の魔法でも唱えられたか、或いは石化の呪いを受けたのか、なんにせよ、微動だにしない。



「……おろし金…が、ないっ!!!!!」



 その言葉に衝撃を受けたのは、ガンディアだ。

 この大事な場面ですりおろす道具がない。

 一体どうなるのだ。

 あの大切な大切なジャガイモはどうなってしまうのだ………


 不安な心がガンディアをとりまり、今まで幸せの絶頂とも言える気持ちでいたのに、今は地獄のさらにそこまで沈んだ気がする。


 至は車の中を探しに歩き、車をひっくり返す勢いだが、おろし金など使わないと入れて来なかった。記憶通りにやはりない。

 

 2人ともに絶望の波に押しつぶされたのか、地面に手をつきうなだれ、まるで廃人のようだ。ただ呼吸をしている物体と化している。


 何やら作業をしていたスルニスが、至にそっと手渡してきた。


「イタル様、これをお使いください」


 出てきたのは、板状のおろし金だ。

 こんなものはいつからあったのだろう?

 2人で首を傾げてみると、スルニスは小さく笑い、


「コカトリスの皮は鱗でできています。火で炙ると鱗が逆立ち、冷めたらそのまま固まるのです。

 これで防具を造れる程の強度がありますから、ジャガイモぐらい摩り下ろせます」


 女神を崇めるように2人はスルニスを称えると、すぐさま作業に入った。


 タナカのごはんは熱湯15分。

 その間にジャガイモをすりつぶし、鍋に加えて煮込んでいく───


 タイマーが15分を知らせたとき、目の前に現れたのは、白いご飯とコカトリスカレーだっ!


 待ちに待ったカレータイムが幕を開けるっ!!




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