霊食
「れいしょく……冷凍食品?」
「違う! このタイミングでいきなりそんな話するか!」
「冷たくてチンする、おいしいやつじゃないんですか?」
「俺が言ってるのは、幽霊の霊に食事の食! 霊食!」
「はぁ」
「それを食べると、霊力を蓄えていた動物があやかしになるんだよ!」
「はぁ?」
金髪ヤンキーの語気が荒くなっているけれど、何を言っているかわからない。全然わからない。現代異能はあんまりハマったことがないから不勉強なのだ。
だから、何言ってるんだろこの人、と首を傾げると、のんびりとした声がかけられた。
「つまりな、こうして大きくなったり、話をしたりできるようになったのは、あやかしになったからってことや」
キジトラの猫がにんまりと笑う。
「姉ちゃんありがとなぁ。おかげで猫又になれたわ」
金色の目が細まり、きゅっと上がった口角はなんともかわいらしい顔の猫だ。
でも、大きい。やっぱり大きい。しかも、その単語は私にもわかるもので……。
「ねこまた……」
「ああ。知ってるだろ。有名な猫のあやかしだ。長生きした猫の尾が二つに割れ、人を惑わすようになる」
「はい。そうですね。猫又は有名なので。はい」
よく見ればしっぽが二つある。
そうか。なるほど。猫又だったのか。
「……いや、でも、どこまでいっても意味が分からないです」
そう。猫又はわかった。
でも、なんでそれが今ここにいるの? 最大の謎の答えがさっぱりわかりません。
「だから、お前が作った食事でただの猫が猫又に変わったんだよ」
ええ……。ええー……。うそだぁ。
「この猫はかなり長生きで、その体に霊力を蓄え続けていたんだ。いつあやかしに変化してもおかしくなかった。ただ、動物は霊力を蓄えるだけではあやかしに変化できない」
「せや。どうしてもな、最後は人間の力がいるんや。で、最後の一押しをしてくれる人間を探してたんや」
「今の時代、動物をあやかしに変化させる力を持つ者なんていない。昔の話だ」
金髪ヤンキーがはっきりと言い切る。
それはそうだ。あやかしとかなんとかがこんなにWi-Fiが飛び交う現代にいるわけがない。そして、動物をそんな謎の生き物にする人間などいるわけがない。
けれど、そんな言葉に猫はのんびりと言葉を返した。
「でも、兄ちゃんにはあったやん」
「……そうだな」
「え、あるんですか?」
「……ああ」
金髪ヤンキーが動物をあやかしに変える。あ、どうしよう。これはこれで萌える。
くふふっと笑えば、金髪ヤンキーは虫を見るような目で私を見た。
「キモイ笑い方すんな。他人事じゃねぇぞ」
「え」
「せやなぁ。姉ちゃんにもその力があるんやもんなぁ」
「……なんでだろうな」
「なんででしょうね」
にやつきから一片、真顔に戻る。
なんでだ。昔話のはずなのに、今、現実に起こってる。なぜか私がそれに関わってる。
「まあ細かいことはいいわなぁ。こうして立派な猫又になれたんやから、兄ちゃんや姉ちゃんが何者かはどうでもいいやん。なんせ野良でこつこつ三十年。長かったからなぁ」
「わ、長生き。私より年上」
かわいらしい顔とその話し方に騙されていたが、実はこの巨大猫改め猫又は私より年上のようだ。
びっくりして猫を見ると、猫は嬉しそうに目を細めた。
「さっきまでは毛並もパサパサやったやろ? それが姉ちゃんのおかげでふんわりに戻れたわ。感謝やなぁ」
「あ、確かに大きくなったことだけに気を取られてたけど、もっとぼろぼろだったかも」
そういえば、ちゃんと普通の猫だった時は体も今より痩せてて、目も濁っていた気がする。
不良がそんな猫をかわいがっているなんて、余計萌えがはかどるな! って思ったもんな。
「……そのままの姿であやかしにするわけではなく、巨大化させて、更に一番いい状態に戻すなんて」
私と猫の会話を聞いていた金髪ヤンキーがぽつりとこぼす。
そして、その不機嫌そうな目で私をじとっと睨んだ。
「おい、お前、もう一回、霊食を作ってみろ」