表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』を読んであらためてカップ焼きそばについて考えてみたら

作者: 夕輝ひかり

 正直言って、カップ焼きそばの作り方を書くのは簡単だ。


 はじめに、お湯を沸騰させる。

 沸騰したお湯をカップ焼きそばに注ぐ。

 三分待ち、そして湯切りをする。


 たったこれだけの、単純な文章で説明できる。誰にでも簡単に説明できて、作ることができる。

 この説明において、必要以上に文を書かなくてもいいだろう。


 だけどこの本はまるで、文豪が書いたかのように、カップ焼きそばの作り方を説明している。

 実際に、文豪が書いた訳ではない。

 文豪の中にはすでに亡くなっている方もいるし、カップ焼きそばのためにいちいち大勢の文豪が、作り方を書くとは思えない。


 しかし、読んでみるとこれが案外面白い。

 その文豪の癖や話し方、他作品のパロディを入れつつ、時にコミカルに、時に真面目に書かれている。


 本来なら数行で説明できる文を、個性的に魅力的な文章で書かれているのだ。

 だから読みごたえがあり、短編のようにすらすら読める。

 だけど、少し気になることもある。


「なんで、カップ焼きそばなんだろう」


 僕はぼそりと呟く。

 なぜカップラーメンでも、他の食品でもない。カップ焼きそばなのか。僕は、素朴な疑問を抱いた。

 そもそも、小説の文にカップ焼きそばを作る描写があったとして、ここまで詳しく書くだろうか。料理をメインとした小説なら詳しく書くのだろうけど、それでもカップ焼きそばを書くのはいささか奇妙だ。


「カップ焼きそば、だからじゃない?」


 それを答えと言うには微妙な解答を、台所にいる同い年の少女が言った。立ったまま目線はスマホに向け、僕の言葉に耳を傾けている。

 


「どういう事だよ」

「カップ焼きそばってカップラーメンと比べると、本来の焼きそばと作り方が全然違うじゃん」


 そうかもしれない。カップラーメンも普通のラーメンもお湯で茹でるけど、焼きそばは本来、名前通り焼くものだ。

 なのにカップ焼きそばは、お湯で茹で、焼くことは一切しない。

 僕はとりあえず彼女の答えに、そうだねと頷いておく。


「でしょ、カップ焼きそばは焼かないのに、なんか面白いよね。作り方も湯切りをしたり、かやくを入れたりさ」

「人によって考えや個性が出る、ということか」

「うん。湯切りをするのも、伸びないために時間をしっかり管理するのも、とても大事な事だからね」


 カップラーメンやレトルトカレーに比べたら個性が出るのだろう。それらは茹でるか温めるだけで済む。

 でもカップ焼きそばは、簡単な行程ではあるけど、そこには意外と複雑なものが生まれているようだ。

 たとえばかやくやソースなど袋別にされていて、自分好みに、使いたい物だけ使えばいい。あるいはソースを湯切りしないまま入れてしまったり、湯切りに失敗して麺も一緒に流してしまう。なんていうハプニング的なドラマが生まれる。

 カップ焼きそばは他のインスタント食品に比べると、案外奥深い。

 

 その時、ポットから音が鳴った。

 沸騰し、十分な温度になった合図だ。

 この音を聞いた彼女はポットを手に取り、台所に置いてある二つのカップ焼きそばにお湯を注ぐ。

 一つはよくあるソース焼きそばで、もう一つは塩焼きそばだ。


「三分はかって」

「了解」


 お湯を注いだ後、彼女が僕の方を向いて言った。

 僕は返事をすると、スマートフォンを手に取りタイマーを起動させ、三分に時間をセットする。

 時間をはかるのも今の時代、とても便利になったと思う。タイマーをセットしなければ、うっかり時間を忘れ伸びてしまう危険もある。


 とりあえず、これならば問題はない。

 時間を気にせずに後はただ、三分待つだけだ。それまではなにをしていても変わらない。


 彼女は台所を離れ、僕と向かい合うように椅子に座り右手で頬杖をついた。

 

「塩焼きそばってそんなに美味しい?」


 彼女は退屈しのぎに僕に話しかけた。

 ソース焼きそばを食べるのは彼女で、塩焼きそばを食べるのは僕だ。


「美味しいよ。ソース焼きそばより、僕はこっちの方が好きだ」


 ソース焼きそばが嫌いな訳ではないが、どちらかというと、塩焼きそばが自分好みだ。最近カップ麺を食べるなら、塩焼きそばが多いほどには。

 塩焼きそばは特有のソースが麺に絡み合って、とても美味しい。一度食べるとやみつきになるくらいだ。


 でも流石に、毎日のように食べるのはきびしい。美味しいけれど、味が濃くてしょっぱく感じる事もある。

 

 しばらくはカップラーメンを食べたい気分である。だから今日で、カップ焼きそばとはしばらくお別れだ。


 僕と彼女はこの『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』を互いに読んで、無性にカップ焼きそばを食べたくなった。それで僕の家に集まって、お互いに好きなカップ焼きそばを食べることにした。


 誤解されないように言っておくが、別に僕たちは恋人のような関係ではない。

 ただ昔からの幼馴染みだ。昔から一緒になって遊んだりすることが多かった。他の異性より親しい仲ではあったけど、どちらかというと性別を気にしない友人と言える。


「そっちこそ、どうしてソース焼きそばなんだ?」


 特に意味はないけれど、時間潰しに彼女に同じ質問をしてみる。


「普通のソース焼きそばじゃないよ。からしマヨネーズ入りのやつ」

「それって重要? 普通にマヨネーズを付け足せば良くないかな」

「とても重要。ただのマヨネーズじゃだめ。私は辛い方が好きだもの。たこ焼きだって普通のマヨネーズより、からしマヨネーズ入りを選ぶよ」

「そうか。まぁ、分からなくはないよ」


 別に好みの問題に口出すつもりは無かったので、僕はあっさりと受け流す。

 どちらかというと、僕は辛くない方が好きだ。特別、甘いものが好きという訳じゃないけど、カレーのように辛い必要があるものしか必要性を感じない。

 でも彼女が辛いものが好きなのは、昔から知っていたし今さらとやかく言うことでもない。

 

 それから僕たちはただくだらない、無意味な話を続けた。

 そういう話は意外にも心地のいいものだ。彼女になら気を遣う必要もないし、真剣になにかを話す必要もないから。

 ただ二人で話している時間は、とても楽しい。

 でも長すぎてもだめだ。いくら心地よくても、時間を無駄にしすぎるのは好きじゃない。


 だから──

 

 ピピピと、ちょうどよく僕のスマホから音が鳴る。

 無意味な会話は、カップ焼きそばができるくらいの短い時間がちょうどいい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ