『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』を読んであらためてカップ焼きそばについて考えてみたら
正直言って、カップ焼きそばの作り方を書くのは簡単だ。
はじめに、お湯を沸騰させる。
沸騰したお湯をカップ焼きそばに注ぐ。
三分待ち、そして湯切りをする。
たったこれだけの、単純な文章で説明できる。誰にでも簡単に説明できて、作ることができる。
この説明において、必要以上に文を書かなくてもいいだろう。
だけどこの本はまるで、文豪が書いたかのように、カップ焼きそばの作り方を説明している。
実際に、文豪が書いた訳ではない。
文豪の中にはすでに亡くなっている方もいるし、カップ焼きそばのためにいちいち大勢の文豪が、作り方を書くとは思えない。
しかし、読んでみるとこれが案外面白い。
その文豪の癖や話し方、他作品のパロディを入れつつ、時にコミカルに、時に真面目に書かれている。
本来なら数行で説明できる文を、個性的に魅力的な文章で書かれているのだ。
だから読みごたえがあり、短編のようにすらすら読める。
だけど、少し気になることもある。
「なんで、カップ焼きそばなんだろう」
僕はぼそりと呟く。
なぜカップラーメンでも、他の食品でもない。カップ焼きそばなのか。僕は、素朴な疑問を抱いた。
そもそも、小説の文にカップ焼きそばを作る描写があったとして、ここまで詳しく書くだろうか。料理をメインとした小説なら詳しく書くのだろうけど、それでもカップ焼きそばを書くのはいささか奇妙だ。
「カップ焼きそば、だからじゃない?」
それを答えと言うには微妙な解答を、台所にいる同い年の少女が言った。立ったまま目線はスマホに向け、僕の言葉に耳を傾けている。
「どういう事だよ」
「カップ焼きそばってカップラーメンと比べると、本来の焼きそばと作り方が全然違うじゃん」
そうかもしれない。カップラーメンも普通のラーメンもお湯で茹でるけど、焼きそばは本来、名前通り焼くものだ。
なのにカップ焼きそばは、お湯で茹で、焼くことは一切しない。
僕はとりあえず彼女の答えに、そうだねと頷いておく。
「でしょ、カップ焼きそばは焼かないのに、なんか面白いよね。作り方も湯切りをしたり、かやくを入れたりさ」
「人によって考えや個性が出る、ということか」
「うん。湯切りをするのも、伸びないために時間をしっかり管理するのも、とても大事な事だからね」
カップラーメンやレトルトカレーに比べたら個性が出るのだろう。それらは茹でるか温めるだけで済む。
でもカップ焼きそばは、簡単な行程ではあるけど、そこには意外と複雑なものが生まれているようだ。
たとえばかやくやソースなど袋別にされていて、自分好みに、使いたい物だけ使えばいい。あるいはソースを湯切りしないまま入れてしまったり、湯切りに失敗して麺も一緒に流してしまう。なんていうハプニング的なドラマが生まれる。
カップ焼きそばは他のインスタント食品に比べると、案外奥深い。
その時、ポットから音が鳴った。
沸騰し、十分な温度になった合図だ。
この音を聞いた彼女はポットを手に取り、台所に置いてある二つのカップ焼きそばにお湯を注ぐ。
一つはよくあるソース焼きそばで、もう一つは塩焼きそばだ。
「三分はかって」
「了解」
お湯を注いだ後、彼女が僕の方を向いて言った。
僕は返事をすると、スマートフォンを手に取りタイマーを起動させ、三分に時間をセットする。
時間をはかるのも今の時代、とても便利になったと思う。タイマーをセットしなければ、うっかり時間を忘れ伸びてしまう危険もある。
とりあえず、これならば問題はない。
時間を気にせずに後はただ、三分待つだけだ。それまではなにをしていても変わらない。
彼女は台所を離れ、僕と向かい合うように椅子に座り右手で頬杖をついた。
「塩焼きそばってそんなに美味しい?」
彼女は退屈しのぎに僕に話しかけた。
ソース焼きそばを食べるのは彼女で、塩焼きそばを食べるのは僕だ。
「美味しいよ。ソース焼きそばより、僕はこっちの方が好きだ」
ソース焼きそばが嫌いな訳ではないが、どちらかというと、塩焼きそばが自分好みだ。最近カップ麺を食べるなら、塩焼きそばが多いほどには。
塩焼きそばは特有のソースが麺に絡み合って、とても美味しい。一度食べるとやみつきになるくらいだ。
でも流石に、毎日のように食べるのはきびしい。美味しいけれど、味が濃くてしょっぱく感じる事もある。
しばらくはカップラーメンを食べたい気分である。だから今日で、カップ焼きそばとはしばらくお別れだ。
僕と彼女はこの『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』を互いに読んで、無性にカップ焼きそばを食べたくなった。それで僕の家に集まって、お互いに好きなカップ焼きそばを食べることにした。
誤解されないように言っておくが、別に僕たちは恋人のような関係ではない。
ただ昔からの幼馴染みだ。昔から一緒になって遊んだりすることが多かった。他の異性より親しい仲ではあったけど、どちらかというと性別を気にしない友人と言える。
「そっちこそ、どうしてソース焼きそばなんだ?」
特に意味はないけれど、時間潰しに彼女に同じ質問をしてみる。
「普通のソース焼きそばじゃないよ。からしマヨネーズ入りのやつ」
「それって重要? 普通にマヨネーズを付け足せば良くないかな」
「とても重要。ただのマヨネーズじゃだめ。私は辛い方が好きだもの。たこ焼きだって普通のマヨネーズより、からしマヨネーズ入りを選ぶよ」
「そうか。まぁ、分からなくはないよ」
別に好みの問題に口出すつもりは無かったので、僕はあっさりと受け流す。
どちらかというと、僕は辛くない方が好きだ。特別、甘いものが好きという訳じゃないけど、カレーのように辛い必要があるものしか必要性を感じない。
でも彼女が辛いものが好きなのは、昔から知っていたし今さらとやかく言うことでもない。
それから僕たちはただくだらない、無意味な話を続けた。
そういう話は意外にも心地のいいものだ。彼女になら気を遣う必要もないし、真剣になにかを話す必要もないから。
ただ二人で話している時間は、とても楽しい。
でも長すぎてもだめだ。いくら心地よくても、時間を無駄にしすぎるのは好きじゃない。
だから──
ピピピと、ちょうどよく僕のスマホから音が鳴る。
無意味な会話は、カップ焼きそばができるくらいの短い時間がちょうどいい。