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少なめですがお読みいただければ嬉しいです。
「ね、センセ。いいでしょう?」
山田くんと話をしていたはずの上月君が、僕に向かって小首を傾げている。
研究計画を読んで考え事をしていたので、彼らが何の話をしていたのかわからない。
「ごめん、聞いていなかった」
僕がそういうと、ずいっと体を乗り出してきたのは山田君。
「皓人、めっちゃ絵が上手いんです!」
「ああうん、そうだね」
山田君は相変わらず熱いし暑い。それ故か、僕の疑問に答えてないことに気づいていないような。
ただ、僕は山田君のこういうところは好きだった。特に上月君と並んでいるとバランスが取れているように思われて。
僕が相槌を打つと、上月君が驚いたように言った。
「俺の絵、見てくれていたんですか」
「だって、上月君。去年、校内誌の表紙に選ばれていただろう」
しかも、僕が赴任してきてから一番上手いと思った、とまでは言うことでもないか。
彼が描いていたのは、学校近くの古墳を含む風景画だった。学校に通う者ならそれを遠目から眺めたことは何度もあるだろう、というくらい親しんだ風景。奈良に住んでいなければ、小さい山があるな、と思うようなもの。それが遠くに描かれて生活に溶け込んでいる様子がとても印象的な絵だった。
毎年えらばれていたものが、学校生活や美術室で描いたであろう静物画だったので余計にそう感じたのかもしれない。
「覚えていてくれて嬉しいです」
上月君が珍しく、自然に笑った。
いつもこんな風なら僕だって苦手だ、などと思ったりしないかもしれない。と少し失礼なことを考える。
彼はいつも僕の前では作り物のようで、隙がない。
作り物、というとこれも失礼な話だが、大人びているというのとも何だか違う。
要するに、僕の見ている上月君はとても完璧な存在なのだ。僕が高校生だった頃は、自分も含めてもっと無茶苦茶だった気がする。
思春期特有の精神的な不安定さ。
どれだけ勉強ができようが、何かに突出していようが、高校生と相対していると、一種の傲慢さであったり、逆に卑屈さであったり。大人に近いが故のアンバランスな面、少し躓けば崩れるような怖さ、繊細さ。そういうものを少しでも感じるのだけれど、僕が上月君に対してそれを感じたことはなかった。
もちろん、勉強面において、僕のところに質問を持ってくるくらいなので、優秀だと言ってもそれは高校生の範囲だけれど、精神面での揺るがなさが並ではない。
ああ、そうか。
僕が彼に対して感じていた苦手、とはこういうところから来ていたんだ、と彼の珍しい自然体の笑顔を見たことで、納得がいった。
「それで、なんの話だったのかな」
「そうでした、俺、一度清水センセを描きたいんです。センセ、モデルになってくれませんか」
そう言って此方にひた、と視線を向ける上月君は、悪いことに、僕の苦手な上月君に戻っていた。