表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

山岡君の話

自転車が・・・。

ここはまだ、中三の夏なんだろうか?


でも、さっき段差があったよね。

未来に飛ばされたことを除くと、最初は中一で、次が中二、さっきは中三の夏だった。ということは、今度は高一なのかなぁ?

もしかして順番に年代を経ないと帰れないのかも……



ここが何日かを聞くのは、やっぱり山岡君がいいよね。

ここで考えててもしょうがない。山岡くんちに行ってみよう!


由紀恵がそんなことを考えながら道の方に歩いて行っていると、突然、横から声をかけられた。


「遠坂さん、お帰り!」


えっ? 

あ……山岡君がいる。


庭の桜の木の下に、山岡君が立っていた。


そして、その側には……


「自転車!!」


「……僕より、自転車か…………いいけど」



「なんでここに私の自転車があるの? 私、あっちの勝手口の所に置いたのにぃー」


「遠坂さん……今日は何日かわかる? ちなみに今年は2017年だけど」


なぜか山岡君の声が一段と低い気がする。


「2017年? ということは……やったっ!! 帰れたんだね、そうなんでしょ?」


「そうだと思うよ……たぶん。ところで、今日は何日でしょう?」


「えっ、さっき言ったじゃない。山岡君、手帳に書いてたよ。7月30日でしょ?」


由紀恵がそう言うと、山岡君はやりきれないような顔をした。



「さっきね。いや僕は、3年前から、今日の再会を思って準備して来たのにさ。あのねぇ、遠坂さん」


「は……い?」


山岡君、何だか怒ってる?


「今日は、7月31日!! もうぅ……日にちを間違えてただけかよっ」



「あれっ? 31日だったの? 夏休みだから日にちなんか気をつけて覚えてなかったよ。曜日は覚えてたんだけどな……あのドラマがある日だから、月曜日だよね」


「ピンポーン。曜日は正解ですっ。こっちを先に聞いときゃよかったよ」


山岡君は何だかかなり脱力している。

どうしたんだろう?


「ええっと、何かわからないけど、もしかして心配させたのかなぁ?」


「はい、心配のし通しでした、この5年間は。そして特に、昨日は! いくら待ってても帰ってこないからパニクッちゃって、自転車を盗られたんだろうかとか、それとも時の流れが変わって帰れなくなったんだろうかとか、悩み抜きました。焦りに焦って、自宅に尋ねていくべきなんじゃないかと思い詰めて、死にそうなほど心配しました! なのに今日……仕事を休んで、もう一度ここに来てみれば……ついさっき、のほほーーんとした顔で自転車に乗って来て、しばらくしたら、また奥の方からブツブツ言いながら歩いて来るんだもんなー もう、脱力するよ。この自転車は人質としてここに置いておいたの。今日は君と話をつけるからなっ!」


「……スミマセン」


えらく長い間、心配させてたんだ。

私にとってはここ二、三日の出来事だったからなぁ。


それに日にちの間違いっていっても、ほんのさっきの事だし……


でも大人の山岡君が怒ったら迫力だ。

まるで先生に怒られてるみたい。





**********





「うちで話そう」と山岡君が言うので、さっきも行った山岡くんちに逆戻りだ。


でも、庭に咲いている花が違う。

なんだか玄関の様子も変わっている。


何よりさっきはいなかったお母さんが出てきて「いらっしゃい、後で飲み物を持って行くわね」とウキウキとした声で挨拶をしてくれた。


お母さん……急激に老けてる。

言えないけど……



さっき来たばかりなのに、山岡くんの部屋は激しく変わっていた。

全然、学生っぽくない、シックな大人の部屋だ。


「座って」と言われたけど、由紀恵はしたいことがあった。



「山岡君、服を脱いでもいい? 暑いんだもの」そう断ってから服を脱ぎ始めると、山岡君が慌て始めた。


「ちょ、ちょっと待てっ!」


「何が? ああ、大丈夫だよ。下に夏服を着て帰って来たから。ちゃんと帰れたらいいけど、また真冬に飛ばされたら寒いから、セーターだけ着といたの」


「……なんだ、おどかすなよ」


由紀恵が夏服になってテーブルの側に座ると、すぐにノックの音がしてお母さんが入ってきた。

お盆の上には涼し気なジュースが入ったガラスコップが二つのせてある。

山岡君のお母さんは由紀恵をちらりと見て、机の上に飲み物を並べてくれた。


「涼しそうな格好になったのね。セーターを着てたから、どこか具合が悪いのかと心配してたのよ」


「はぁ」


「ありがとう、母さん。ちょっと込み入った話があるから、しばらく二人だけにしてくれる?」


「……誠二?」


「わかってる」


お母さんと山岡君は二人だけで、目を見交わして会話をしていた。



「あのう、山岡君にはいつもお世話になってます。私は先日お目にかかった遠坂由紀恵です。よろしくお願いします」


「先日?」


「あ……誠二くんの19歳の誕生日の日に……そのぅ」


「ああーーー! わかった、あの時の娘さんね。はいはい、へえぇ、そーいうことね、ふんふん。こちらこそよろしくねー」


お母さんは独りだけで納得すると、山岡君の方を見てニヤリと笑って部屋を出て行った。



「賑やかなおふくろでスマン」


「えー、普通じゃない? うちのお母さんの方が賑やかかも……」


「……そっか」


「それで、なんの話をつけるの?」


山岡君はえーとか、うーむむとか言いながら、どこから話そうかと迷っているようだった。



「まずは、あのおばあちゃんの家のことを聞きたいんだ。遠坂さんはあそこの家の片付けに来たって、最初に会った時に言ってただろ? おばあさんが亡くなって3年も経って片付けるということは、家を売却する話が出てるのかな?」


「それね、それは私もなんとかしなくちゃとは思ってるの。今までは法事があったから会場にあの家を使ってたのよ。敏子叔母ちゃんたちも、法事の時にはあそこに泊まってたしね。でも、私と従兄弟の久史が高三でしょ? たぶん大学の進学に必要な教育費をこしらえるために、家を売ることを考え始めたんだと思う。朝、そんなことを言ってたから」


「やっぱりそうか……」


「でも、今回のこの経験をして、私……自分で働いて、あの家を買いたいと思うようになったの。今日、帰ってからお母さんたちに相談してみるつもり」


「え? でも、大学はどうするんだ? 高三だったら、ある程度の将来は決めてたんだろ?」


「……誰にも言わないでよ、まだ恵子にしか言ってないんだから。私、この間まで役者になろうと思ってたの。演劇部だし、芝居が好きだし。でも昨日、本を読んでから……子どもを育てる仕事もいいなぁって、思い始めたのよ」


「子ども?!」


「うん、保母さん」


「ったく、そういう意味か」


「でもあの家を買うのが先決でしょ? だから、高校を卒業したらすぐに就職して、お金を稼ぎながら、通信教育で保母さんの資格を取ってみようかなって、考えてるところ。まだ詳しく調べてないから、実際はどうなるかわからないけどね」


「そういうことなら…………この話も、君の選択肢の一つとして、検討して欲しい。返事は……しばらく考えてからでいいから」


「うん、なに?」


「僕は、君の未来の話を聞いて、あの家がまだあそこにあることに疑問を持った」


「あっ、私もそう思ったの! 同じだねっ。」


「……それで、僕が……君より五つ年上の僕が、君に出会った意味を考えたんだ。

2017年に社会人の僕なら、あの家を買うことが出来る。ローンを組まなきゃいけないけどね。そう気づいてから、頭金を貯めるためにアルバイトも増やした」


「ええぇ、山岡君があの家を買っちゃうのぉー? 私、あの家に住みたいのにぃ」


「住めばいいじゃないか、一緒に。僕は……僕は今日きみに、プロポーズするつもりだったんだ」


「…………………………………………」




プ、プロポーズって、言った?!

由紀恵は頭がぼーっとして、それから心臓が早鐘を打ち始めた。


「え、ええっと」


「返事はまだだ。さっきの君の話を聞いて、もう一つ提案がある。県立短大なら保母資格が取れる。お金もあんまりかからないしね。そうして君が短大を卒業した後で二人で働いたら、直ぐにローンも返せると思うよ」


「……あの家を買うために、私と結婚するの?」


「何を言ってるんだか。君が好きだからに決まってるだろっ!」


「えぇーーーー?!」


「鈍すぎる……天然、見ため詐欺」


「なっ、恵子に聞いたの?」


「何を? 恵子さんには一度も会ったことがないよ。手紙を送ったから住所は知ってたけど……怖くて会えなかった」


「怖い? なんで?」


「弟の……武志が、君の旦那さんだって聞くのが怖かったんだ」


「はぁあ? なんでここに武ちゃんマンが出て来るのよ」


「……だって年も近いし……手紙だって、プレゼントだって、弟に渡すし……」


「あのラブレターは、友達から頼まれたのっ。プレゼントはちょうど用意ができたとこに立ってたんだもん。ラッキー、(ことづ)けられるって、思っちゃったのっ」


「もういい。それだけの男だ、僕は」


「いじけないでよー 武ちゃんマンと結婚するぐらいなら、山岡君とするよ」


「えっ、ほんとっ?!」


「待って待って、これは比較の話で返事じゃないから」


「わかってる」


そうは言いながらも、山岡君は満面の笑みになった。

大人なのに……なんだか、子供みたいで可愛いな。




しかし、結婚かぁー

とんでもない話になってきたなぁ。


あらあら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ