山岡君の話
自転車が・・・。
ここはまだ、中三の夏なんだろうか?
でも、さっき段差があったよね。
未来に飛ばされたことを除くと、最初は中一で、次が中二、さっきは中三の夏だった。ということは、今度は高一なのかなぁ?
もしかして順番に年代を経ないと帰れないのかも……
ここが何日かを聞くのは、やっぱり山岡君がいいよね。
ここで考えててもしょうがない。山岡くんちに行ってみよう!
由紀恵がそんなことを考えながら道の方に歩いて行っていると、突然、横から声をかけられた。
「遠坂さん、お帰り!」
えっ?
あ……山岡君がいる。
庭の桜の木の下に、山岡君が立っていた。
そして、その側には……
「自転車!!」
「……僕より、自転車か…………いいけど」
「なんでここに私の自転車があるの? 私、あっちの勝手口の所に置いたのにぃー」
「遠坂さん……今日は何日かわかる? ちなみに今年は2017年だけど」
なぜか山岡君の声が一段と低い気がする。
「2017年? ということは……やったっ!! 帰れたんだね、そうなんでしょ?」
「そうだと思うよ……たぶん。ところで、今日は何日でしょう?」
「えっ、さっき言ったじゃない。山岡君、手帳に書いてたよ。7月30日でしょ?」
由紀恵がそう言うと、山岡君はやりきれないような顔をした。
「さっきね。いや僕は、3年前から、今日の再会を思って準備して来たのにさ。あのねぇ、遠坂さん」
「は……い?」
山岡君、何だか怒ってる?
「今日は、7月31日!! もうぅ……日にちを間違えてただけかよっ」
「あれっ? 31日だったの? 夏休みだから日にちなんか気をつけて覚えてなかったよ。曜日は覚えてたんだけどな……あのドラマがある日だから、月曜日だよね」
「ピンポーン。曜日は正解ですっ。こっちを先に聞いときゃよかったよ」
山岡君は何だかかなり脱力している。
どうしたんだろう?
「ええっと、何かわからないけど、もしかして心配させたのかなぁ?」
「はい、心配のし通しでした、この5年間は。そして特に、昨日は! いくら待ってても帰ってこないからパニクッちゃって、自転車を盗られたんだろうかとか、それとも時の流れが変わって帰れなくなったんだろうかとか、悩み抜きました。焦りに焦って、自宅に尋ねていくべきなんじゃないかと思い詰めて、死にそうなほど心配しました! なのに今日……仕事を休んで、もう一度ここに来てみれば……ついさっき、のほほーーんとした顔で自転車に乗って来て、しばらくしたら、また奥の方からブツブツ言いながら歩いて来るんだもんなー もう、脱力するよ。この自転車は人質としてここに置いておいたの。今日は君と話をつけるからなっ!」
「……スミマセン」
えらく長い間、心配させてたんだ。
私にとってはここ二、三日の出来事だったからなぁ。
それに日にちの間違いっていっても、ほんのさっきの事だし……
でも大人の山岡君が怒ったら迫力だ。
まるで先生に怒られてるみたい。
**********
「うちで話そう」と山岡君が言うので、さっきも行った山岡くんちに逆戻りだ。
でも、庭に咲いている花が違う。
なんだか玄関の様子も変わっている。
何よりさっきはいなかったお母さんが出てきて「いらっしゃい、後で飲み物を持って行くわね」とウキウキとした声で挨拶をしてくれた。
お母さん……急激に老けてる。
言えないけど……
さっき来たばかりなのに、山岡くんの部屋は激しく変わっていた。
全然、学生っぽくない、シックな大人の部屋だ。
「座って」と言われたけど、由紀恵はしたいことがあった。
「山岡君、服を脱いでもいい? 暑いんだもの」そう断ってから服を脱ぎ始めると、山岡君が慌て始めた。
「ちょ、ちょっと待てっ!」
「何が? ああ、大丈夫だよ。下に夏服を着て帰って来たから。ちゃんと帰れたらいいけど、また真冬に飛ばされたら寒いから、セーターだけ着といたの」
「……なんだ、おどかすなよ」
由紀恵が夏服になってテーブルの側に座ると、すぐにノックの音がしてお母さんが入ってきた。
お盆の上には涼し気なジュースが入ったガラスコップが二つのせてある。
山岡君のお母さんは由紀恵をちらりと見て、机の上に飲み物を並べてくれた。
「涼しそうな格好になったのね。セーターを着てたから、どこか具合が悪いのかと心配してたのよ」
「はぁ」
「ありがとう、母さん。ちょっと込み入った話があるから、しばらく二人だけにしてくれる?」
「……誠二?」
「わかってる」
お母さんと山岡君は二人だけで、目を見交わして会話をしていた。
「あのう、山岡君にはいつもお世話になってます。私は先日お目にかかった遠坂由紀恵です。よろしくお願いします」
「先日?」
「あ……誠二くんの19歳の誕生日の日に……そのぅ」
「ああーーー! わかった、あの時の娘さんね。はいはい、へえぇ、そーいうことね、ふんふん。こちらこそよろしくねー」
お母さんは独りだけで納得すると、山岡君の方を見てニヤリと笑って部屋を出て行った。
「賑やかなおふくろでスマン」
「えー、普通じゃない? うちのお母さんの方が賑やかかも……」
「……そっか」
「それで、なんの話をつけるの?」
山岡君はえーとか、うーむむとか言いながら、どこから話そうかと迷っているようだった。
「まずは、あのおばあちゃんの家のことを聞きたいんだ。遠坂さんはあそこの家の片付けに来たって、最初に会った時に言ってただろ? おばあさんが亡くなって3年も経って片付けるということは、家を売却する話が出てるのかな?」
「それね、それは私もなんとかしなくちゃとは思ってるの。今までは法事があったから会場にあの家を使ってたのよ。敏子叔母ちゃんたちも、法事の時にはあそこに泊まってたしね。でも、私と従兄弟の久史が高三でしょ? たぶん大学の進学に必要な教育費をこしらえるために、家を売ることを考え始めたんだと思う。朝、そんなことを言ってたから」
「やっぱりそうか……」
「でも、今回のこの経験をして、私……自分で働いて、あの家を買いたいと思うようになったの。今日、帰ってからお母さんたちに相談してみるつもり」
「え? でも、大学はどうするんだ? 高三だったら、ある程度の将来は決めてたんだろ?」
「……誰にも言わないでよ、まだ恵子にしか言ってないんだから。私、この間まで役者になろうと思ってたの。演劇部だし、芝居が好きだし。でも昨日、本を読んでから……子どもを育てる仕事もいいなぁって、思い始めたのよ」
「子ども?!」
「うん、保母さん」
「ったく、そういう意味か」
「でもあの家を買うのが先決でしょ? だから、高校を卒業したらすぐに就職して、お金を稼ぎながら、通信教育で保母さんの資格を取ってみようかなって、考えてるところ。まだ詳しく調べてないから、実際はどうなるかわからないけどね」
「そういうことなら…………この話も、君の選択肢の一つとして、検討して欲しい。返事は……しばらく考えてからでいいから」
「うん、なに?」
「僕は、君の未来の話を聞いて、あの家がまだあそこにあることに疑問を持った」
「あっ、私もそう思ったの! 同じだねっ。」
「……それで、僕が……君より五つ年上の僕が、君に出会った意味を考えたんだ。
2017年に社会人の僕なら、あの家を買うことが出来る。ローンを組まなきゃいけないけどね。そう気づいてから、頭金を貯めるためにアルバイトも増やした」
「ええぇ、山岡君があの家を買っちゃうのぉー? 私、あの家に住みたいのにぃ」
「住めばいいじゃないか、一緒に。僕は……僕は今日きみに、プロポーズするつもりだったんだ」
「…………………………………………」
プ、プロポーズって、言った?!
由紀恵は頭がぼーっとして、それから心臓が早鐘を打ち始めた。
「え、ええっと」
「返事はまだだ。さっきの君の話を聞いて、もう一つ提案がある。県立短大なら保母資格が取れる。お金もあんまりかからないしね。そうして君が短大を卒業した後で二人で働いたら、直ぐにローンも返せると思うよ」
「……あの家を買うために、私と結婚するの?」
「何を言ってるんだか。君が好きだからに決まってるだろっ!」
「えぇーーーー?!」
「鈍すぎる……天然、見ため詐欺」
「なっ、恵子に聞いたの?」
「何を? 恵子さんには一度も会ったことがないよ。手紙を送ったから住所は知ってたけど……怖くて会えなかった」
「怖い? なんで?」
「弟の……武志が、君の旦那さんだって聞くのが怖かったんだ」
「はぁあ? なんでここに武ちゃんマンが出て来るのよ」
「……だって年も近いし……手紙だって、プレゼントだって、弟に渡すし……」
「あのラブレターは、友達から頼まれたのっ。プレゼントはちょうど用意ができたとこに立ってたんだもん。ラッキー、託けられるって、思っちゃったのっ」
「もういい。それだけの男だ、僕は」
「いじけないでよー 武ちゃんマンと結婚するぐらいなら、山岡君とするよ」
「えっ、ほんとっ?!」
「待って待って、これは比較の話で返事じゃないから」
「わかってる」
そうは言いながらも、山岡君は満面の笑みになった。
大人なのに……なんだか、子供みたいで可愛いな。
しかし、結婚かぁー
とんでもない話になってきたなぁ。
あらあら。




