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スライドしていく未来と過去

さて、再びの旅立ちの朝です。

朝起きてカーテンを開けてみたら、いいお天気だった。

晩秋の空が、何処までも澄み渡っている。


大きく深呼吸をしたら、(かす)かに落ち葉を焼いたような匂いがした。誰かが田んぼで野焼きをしたのかもしれない。

風のない良い日よりだ。



由紀恵は昨日と同じように出立の準備をすると、まずはリセットをして回った。


そして東の勝手口に行く。

自転車を止める格好をして、鍵を取って来て、蔵の戸を開ける。そして廊下のブレーカーのスイッチを入れていく。


火花が……散ったね。

ブーンという音も聞こえた。



さて、今度はどこなんだろう……?



戸を開けて、一歩踏み出す。

ヒヤッと、した。



「はぁ~、段差、あったみたい……」


でも寒いなぁ。

また冬? 

まさか……中一の冬に戻ったんじゃないよね……



母屋の角を回ると……



そこには、背の高い一人の女の人がいた。


「え……恵……子?」


なに?このお化粧!

どこのおばさん?!



「嫌だ、本当に来たわ。すっぴんだし、若い! ちょっとちょっと、5年でこんなに変わるのぉ?」


「恵子! 黙って聞いてりゃ、言いたい放題ねっ」


「中身は変わってないのか」


そこには、顔にこれでもかとお化粧を塗りたくった、親友、長峰恵子(ながみねけいこ)がいた。



「さっき、5年とか言った?! いつからの5年なの? 今、何年?!」


「まあまあ、落ち着きなさい。今日は2022年の2月16日よ」


「ということは……18歳の年から、5年後? じゃあ恵子って、23歳?!」


「ザッツ・ライトゥ」


「それ、島田先生の口癖じゃない」


「18歳の由紀恵は知らないだろうけど、あれからずっと使ってるの、これ。」


……そうなんだ。

初恋の置き土産だね、恵子。


恵子はずっと英語教師の島田先生に片思いをしていた。

生徒が教師に恋心を抱くというのはよくある話なのかもしれないが、成人をしていない子どもでも、大人と同じように恋ができると思う。

少なくとも恵子の真摯な思いは、傍から見ていた由紀恵には、正当で真っ当な恋だと思えた。



「それで、私がここに来た理由は、やっぱり結婚式の写真を貰いに来たのかなぁ?」


「うーん、それは……ある」


「……男の子とつき合ったことも無いのに、23歳でもう結婚してるのぉー? 早すぎない?」


「それを私に言われてもねぇ。由紀恵が自分で決めたんでしょ」


「まぁ……それは……そうなんだろうけど」


高校生の時に好きな人を見つけた恵子とは違って、私の場合、演劇しかしてこなかったからなぁ。

結婚なんていわれても、全然、実感が湧いてこない。



「未来にはあんまり長くいないほうがいいんでしょ。この袋を持って、サッサと帰りなさい」


そう言って恵子は由紀恵の後ろに廻ると、大きな袋をリックサックに押し込んだ。



「その言葉って、誰が言ったの? 山岡君?」


「うん」


「元気にしてる?」


「うん、それ以上は駄目だからね」


恵子に怖い顔で睨まれたので、由紀恵はしぶしぶ引き下がった。



帰る……しかないね。


「じゃあ、帰る」


「うん。……由紀恵!」


「ん?」


「……頑張ってねっ!」


「ありがと。じゃ、またね~」




由紀恵がブレーカーを落としに行っている間に、恵子はもういなくなっていた。


「どこに行ったんだろ……何年経ってもイラチなのは変わってないんだなぁ」



由紀恵は自転車を止める格好をして、もう一度さっきと同じ手順を繰り返す。




そして、薄暗い廊下から出てみると……蔵の外を、眩しい太陽がギラギラと照りつけていた。


「??」


音を立てて戸を開けると、むわっとした熱い空気が流れ込んでくる。


「えっ、どういうこと? 帰って来た? 夏休みに帰って来たのぉ??」


興奮で、心臓が跳ね回る。

やっと、やっとだ!



勇んで外に飛び出すと、足がガクッと段差を踏み外したような感じがして、フラフラとよろけてしまった。


「あちゃあ、忘れてたよ……段差。でも、それより……」


自転車を確認するために、由紀恵は慌てて走って行った。


東の勝手口……




しかし、勝手口の側には期待していた自転車の影も形もない。


自転車が……ない。



「あーーーっ、違う夏だっ! もー、何年よ、ここっ?!」


毎回、期待と不安が交差して疲れる。

頭をガシガシと掻きむしりたくなる。



「はぁーーーーー」


また今日も山岡くんちに行くしかないのかぁ。


そう思って由紀恵が道の方に歩きだした時だ。

自転車がスッと一台、庭に入ってきた。



「……恵子っ! もうー、どこ行ってたのよ!」


由紀恵が(なじ)ると、恵子は何を怒られたのかわからないといったような顔をして、自転車から降りた。



「え、えっとぉ、遠坂さんだよね。4組の……」


4組? いつの?



恵子、化粧してない……

そうか、さっきの恵子は、未来だった。

なんか混乱する。



「あー、ごめん、間違えてた。はい、遠坂由紀恵です。長峰恵子さんですよね」


「ええ、1組の長峰です。今日、この家に来るようにと書いてある手紙を貰ったんだけど……、そのぉ……あなたから」


私が4組で恵子が1組っていうことは……くっ、中三か……



ちょっと待てよ。

中三の夏っていったら、おばあちゃんが亡くなった年じゃん。


何でこういう年に帰らせるかなー

いやだー、あれをもう一度経験させるつもりぃ?



「あのぅ、どうかした? 顔色が悪いけど……」


「うん。はぁー……ううん、大丈夫」


頑張れっ、私!


頑張れ……か。

恵子知ってたんだな。私がこの年にスライドすること。



いや違う。

中三の今ここにいる恵子の時から、ずうっと知ってたんだ。

知ってるのに知らないふりをして、友達やってくれてたんだ。


あの短気の恵子が、こんなに辛抱強く、三年間も秘密を守っててくれたなんて…………


恵子の思いを知って、由紀恵はぼろぼろと涙をこぼして泣いた。

嗚咽が、止まらなかった。



そんな由紀恵を、中三の恵子が心配そうにそばで見つめていた。

友達って、いいな。

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