1.童貞同盟のサエない男たち
「悪いけど、今日は遠慮しとくわ。実は、部屋で彼女が待ってるんだ」
ケンジの返事に、おれは自分の耳を疑った。飲みに行こうという誘いをケンジが断ったのは初めてだったし、まあそれはともかくとして、彼女が部屋で待っているというのが信じられなかったのだ。
おれは無言のまま、隣に立っていたアキヒロと目を合わせた。しばらく時間が止まったかのように、おれたちは顔を硬直させていたが、やがてアキヒロが体を震わせながら、口から妙な音を発しはじめた。
「ぶっ、ぶっ、ぶっ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ」
「おっ、おい、大丈夫か!」
心配して声をかけると、アキヒロは体を前に曲げて、腹を押さえながら笑い出した。
「ぶぁっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ。ああ、苦しい。こりゃ傑作だ。そのギャグ最高。ケンジくん、今日は冴えてるねぇ。いやあ、こりゃまいった、まいった」
「ギャグじゃない。本当に彼女が待ってるんだ」
ケンジがむすっとして答えると、アキヒロはケンジの肩に手を回した。
「はいはい、わかったわかった。そのギャグの続きは飲みながら聞いてやるからな。さあ、行こうぜ」
「いや、本当に今日はだめなんだ」
ケンジはアキヒロの手を払いのけると、こそこそと逃げるように立ち去っていった。おれとアキヒロはその後ろ姿を呆然としながら眺めていた。
「おい、ケンジの部屋で彼女が待ってるって話、本当だと思うか?」
居酒屋のカウンターで焼き鳥の串を手に持ったまま、アキヒロは真面目な顔で言った。おれはゆっくりとジョッキを傾け、ビールを一口飲んでから答えた。
「まさかな。何か別の用事でもあったんだろ」
「だよな。あいつに彼女なんて、できるわけねえだろ。ダサイし暗いしクサいし、金もねえし小太りだし、大学だって三流だし。ま、おれたちも人のこと言えないけどな、あいつよりはマシだぜ。こないだあいつ、若い女に道たずねられて、顔まっかにしてどもりながら答えてたんだぜ」
アキヒロは焼き鳥を口にくわえて串を引き抜き、うまそうにクチャクチャと口を動かした。それから自分のビールのジョッキが空になっているのに気づくと、おれのジョッキをつかんでグビリと飲んでから、話を続けた。
「まったく、ケンジのやつが真っ先におれたちの神聖な童貞同盟から脱退するなんてことは、いくら考えたってありえないよな。ま、どうしようもないブスでキモい女だったら、ケンジのようなやつとでも付き合っていいというのがいるかもしれないけどな」
「童貞同盟って、いったいいつそんな団体ができたんだよ」
おれはそうツッコミを入れて自分のジョッキを取り戻し、ビールを一口のどに流した。するとアキヒロは急に少し真剣な顔で考え込み、しばらくして呟いた。
「だが、待てよ。まさかデート商法とか、変な新興宗教の勧誘の女とかじゃないだろうな」
それを聞いて、おれは少し心配になってきた。ケンジが地下鉄の中で怪しげな薬品を撒く姿が脳裏をかすめた。
「なあ、今からケンジの部屋に行ってみないか」
「おれもそう思ったところだ。どんだけブスな女か見に行こうぜ」
アキヒロはそう言うと、皿の上に残った焼き鳥を口の中に詰め込み、おれのジョッキに少しだけ残っていたビールを飲み干した。明らかにアキヒロの方がおれの三倍は飲み食いしていたが、ワリカンで勘定を済ませて店を出た。




