第二十七話「仄暗き灰色の正義」②
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第二十七話「仄暗き灰色の正義」②
---Kurogane Eye's---
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戦いの最中……それは唐突に起こった。
何処からともなく響き渡る鐘の音。
その鐘の音を聞いたものが一斉に呆けたような表情になるとバタバタと倒れ伏す。
魔獣ですら、一斉にバタバタと動かなくなり、鐘の音が止む頃には、辺りで動いているものはわたし以外誰も居なくなっていた。
「な、なにが起こったの……?」
誰も殺さないように戦いだけを止める……さすがにそれは無理があった。
わたしも魔力の底が見えてきて、黒曜もしろがねも疲弊し、最後の逆襲の一手とばかりにわたしとヘッツァーが囮となり、二人が敵総司令部へ吶喊し……。
敵の司令部を壊滅させ、魔獣使いも仕留め……戦いが終わると思ったのだけど……。
その結果、制御を失った魔獣が暴走し、折り悪く帝国軍の増援の騎兵隊が到着し、魔獣、西方軍、帝国軍が相争う混沌とした戦場になってしまった。
際限なく広がる混乱と戦いに、もはや打つ手がなく絶望的な状況と言えたのだけど。
唐突に戦いは止まってしまっていた。
「くろがね、誰も傷つけずに戦いを止めたいなら……こう言うふうにするに限る。彼らがひれ伏しているのは、己が罪の意識故になんだ……。「裁きの鐘の音」……この鐘の音を聞いた者はその罪状が重いやつほど、罪の重さに絶えきれなりひれ伏す。もう戦いは終わり……そう言うことさ」
不意にそんな声がかかって振り向くと、見た事あるような無いような女性がヘッツァーの屋根の上にいた。
一言で言うと、灰色の女。
何となく「黒の節制」と似たような雰囲気のような気がする。
けど、その声の主にわたしは、思い当たる。
「……その声……もしかして、玻璃ちゃん? なんで、そんな大人カッコよくなってるのさ?」
わたしがそう言うとそれまでキリッとした表情をしていた彼女は、その表情を崩すと笑顔を見せる。
その笑顔を見て、わたしは改めて、彼女が玻璃ちゃんなのだと確信する。
「あはは、やっぱくろがねには解っちゃうか。ご名答……けど、もうその名を名乗る資格があたしにはないんだよ。ごめん……一緒に戦えるのはたぶん、これが最後。だから、くろがねにもサヨナラを言いに来たんだ」
「な、何を言ってるの? 玻璃ちゃん……。けど、その姿……もしかして、わたしと同じように……?」
「そう……私は第11番使徒「仄暗き灰色の正義」……。正義の名において、世界を正しい形に戻す……それが私の為すべき事。その為にはこの世界を裏切った咎持ちの使徒達を断罪しないといけない……。具体的には、帝国の二人……そして、千年魔王様……。我が盟友「黒の節制」のオリジンたる君は対象外なんだけど……きっと君は私の前に立ち塞がるだろうから。だから、次に会う時は……敵同士……そう言うことになる」
「ちょっとまってよ! どうして、そうなんのよっ! 魔王様はわたし達の創造主! ご主人様なんだよっ! なんで、魔王様と戦うとか訳の解らない事を言い出しちゃうのよ!」
「全ては……この世界を救済する為。正義を成す為なんだ……けど、君が私の言い分を解ってくれるとは思わない」
そう言うと玻璃ちゃんは、わたしを抱きしめ、その肩を震わせる。
「だから……さ……ごめんね……」
彼女は……泣いていた。
「玻璃……ちゃん……」
それ以上の言葉が出てこずに、わたしは彼女を抱きしめ返す。
けど、彼女の言葉にわたしは何一つ納得なんて出来なかった。
確かに、彼女はしきりに正義や自分の過去の罪とか、そんな事を気にしてた。
けど……。
「ねぇ……玻璃ちゃん、何がどうなってそんな極論に走ったのか。正直、全然わからないけどさ……玻璃ちゃんが正しく生きようとしてたってのは解ってるし。玻璃ちゃんは良い娘……だと思うよ。わたし、友達とは戦えない……前にも言ったよね? 玻璃ちゃんの為だったら、わたし……命だって掛けれるよ? あれは間違いなく本気だから……」
自然と涙が溢れてくる。
玻璃ちゃんとは散々、本気で戦ったけど……いつも戦い終わると、お互い怪我だらけになってても笑って済ませた。
共に熱く語らい……一緒にお風呂でじゃれ合ったりとかもした仲。
姫様との戦いだって、真っ先に皆を引き連れて応援に来てくれてたし、戦いが終わった後も最初に走り寄ってきて、大泣きしながら抱きしめてくれた……。
誰よりも勇敢で口は悪いけど、友達思いの優しい娘……それがなんで、そうなるのさっ!
「ありがとう……友よ。私だって、同じだよ。本来、私と「黒の節制」は志を同じくする盟友……そう言う関係なんだ。けど、この世界に限っては……君が……魔王様の剣たる「くろがね」である限り、君は私の敵となる。そうならざるを得ない。それでも……私は、この世界での義務を果たさないといけない」
「だから、なんでそうなるのさっ! わたし達友達だよね? 魔王様だって、平和にダラダラ暮らしたいっていつもボヤいてたじゃない! この戦乱だって、わたし達が頑張ればきっといつか終わる! だから、訳の解らない事言わないで! 戦いが終わったなら……一緒に帰ろうっ!」
そう言って、わたしは手を差し出す。
けれども、玻璃ちゃんはわたしに手を見つめると、空を見上げる。
涙を堪えるように……。
「ごめん……悪いけど、私もそれだけしか言えない。けど、もし私を止めたいなら、くろがね! 君が私を止めるんだ。ただし、その時は手加減とか無用……敵として、一切の容赦なく殺す気でかかってくるんだ。そうしないと、私が君を殺してしまうから……。私の場合、君と違ってこの姿……使徒として、この戦いを始める。そうでないと奴らには勝てないから……。それと最後に玻璃として一つだけ……頼み事をしたいんだけど……。聞いてくれるかい?」
「た、頼みって? ……それと最後とか言わないでよっ!」
「バーツの城……。あっちももう戦いは終わってるんだけど。王城の中庭で、今も瑠璃ちゃん達が倒れてる。皆、コアストーンが破壊されて機能停止状態……あいつは死んだも同然とか言ってたけど。私が応急処置しといたから、魔王様に見せれば多分なんとかなる……。だから、急いで魔王様のところへ連れ帰ってやって欲しい……。そして、私の事を皆に……魔王様にも伝えて……ごめんなさいって言ってたって」
「玻璃ちゃんのばかぁっ! そんなの自分で伝えろっ! この大ばかっ!」
思わず叫んでしまったわたしを見つめながら、最後に申し訳なさそうに目を伏せると玻璃ちゃんの姿がすぅっと消えていく!
「待って、まだ話したいことが! 玻璃ちゃん! 行かないで……待ってっ! 玻璃ちゃーんっ!!」
わたしの叫びだけが虚しく木霊する。
こうして……。
戦いは終わり、玻璃ちゃんはわたし達の前から姿を消した。
わたしはこの時…何が何でも、力づくでも彼女を止めるべきだった。
その事に気付いたのは……ずっと後になってから。
思い起こせば、この別離が……この世界の終わりの始まり。
いや違う……終わりの始まりはもっとずっと前。
わたし達がもう少し上手くやっていれば、結果は違っていたのかもしれないけど。
わたし達は終わりの終わりの手前で、やっとその事に気付く事になる。
第二章 騒乱の勇者編
ーー完ーー
読者の皆様、お疲れ様でした。
ひとまず、第二章……完結と致します。
不穏過ぎるラストシーンですが……。
まぁ、ここはひとつ続きをご期待下さい!
さて、本日は、大晦日。
お忙しいでしょうが。
この後、ちょっとした年始年末特別編をアップいたします。
なお、本編につきましては、一週間ほどおやすみを頂いた上で、第三章を再開する予定です。
合間合間にちょっとした外伝回をアップするつもりなので、ブックマーク解除とか早まらないでくださいね。(笑)




