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第二十七話「仄暗き灰色の正義」①

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第二十七話「仄暗き灰色の正義」①

---Hari Eye's---

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 物心ついたときには、あたしはスラム街の路地裏で生活していた。

 似たような境遇の子どもたちが集まって、自然と共同生活が始まる。

 

 その日の食べ物にだって困る毎日……生きる為に……盗みだってしたし身体だって売った。

 年端もいかない子供だって買うやつはいる。

 

 最初に人を殺したのは、同じストリートチルドレンの小さな子どもだった。

 

 ただの縄張り争いがきっかけで、5人がかりでなぶり殺しにした。

 相手が動かなくなって、皆が止める中、最後まで蹴り続けたのがあたし。


 初めて人を殺した時……あたしは何の感慨も沸かなった。

 

 クソ生意気なチビで、あたしの妹分にちょっかいを出そうとしてやがったから、目障りだった。

 ぐったりと動かなくなって、死んだふりでもしてるのだと思ってたのだけど……後日、そいつが死んだって聞いた。


 けど、そんな風に誰かがいなくなるのも、そこでは日常茶飯事だった。

 「ざまぁみろ」そう言ってあたしは笑った。

 

 その次は、マフィア崩れのチンピラ。

 路地裏での売りが終わって、隙だらけのところをそいつが持ってた38口径で後ろからダブルタップで鉛玉を叩き込んでやった。


 上納金とか言って、あたしらのなけなしの儲けを掠め取るクソ野郎だったけど、天国から地獄への直滑降って奴だ。

 頭の中身をぶち撒けながら、死にかけた虫みたいに転げ回る様子を見て、腹を抱えて笑った。

 

 奪った38口径を片手に、仲間と共に金持ちの家に強盗に入った。

 命乞いする母親を、その子供諸共撃ち殺した時は心からスカッとした。

 

 世の中は、不平等だけど……死だけは、平等に訪れる……金持ちも貧乏人も拳銃の引き金を引くだけで、あの世行きってことだけは、平等だった。


 今まで、幸せな暮らしをしてたんだから、最後が少しくらいツイてなくても、それで釣り合いが取れるって話。

 

 子供の方は……母親の願いもあって、お情けで生かしてやろうとしたけど……。

 子供が一人で生きていくのには世界ってのは残酷過ぎる。


 だから、母親と一緒に逝かせてやった。

 

「ストリートチルドレンを救う会」とか言う外国の偽善者がやってきたけど、そいつも頭に風穴を開けて、ドブ川に捨ててやった。

 

 確かに救ってくれた……外国人って奴はどいつもこいつも金持ちだったから。

 その上、そいつの国は身代金まで寄越してくれた……だから、死体を捨てた場所くらいは教えてやった。

 

 ヤクをばら撒き、商店を襲撃、誘拐や暗殺まがいの事だってやった。

 女子供、若いやつも年寄りもお構いなしに殺った。

 

 金になる殺しもしたけれど、単なる気まぐれで殺したりもした。

 けれど、仲間や自分達を守るための殺しも増えていった。

 

 およそ悪徳とされる事を全てやりつくし、殺した奴が100人を超えた頃には、あたしはちょっとしたマフィアの幹部になっていた。


 女子供でも容赦なく殺し、何処にでも入り込み、大の大人ですら容易く屠る。

 報復の刺客を送り込むと、ヒットマン共々依頼主まで始末される。

 

 あたしの名は、裏の世界で知らないものが居ない程度には有名になっていた。

 

『死の旋律』

 

 そんな二つ名で呼ばれる組織お抱えの暗殺者……それがあたしだった。

 

 殺し、奪い、悪徳を繰り返す毎日。

 生きる為に仕方がなかった……そんな言い訳なんてしたくないのだけど。

 

 その頃のあたしにとっては、それは極当たり前の……言わば、呼吸をするようなものだった。

 

「騙されるやつが悪い。」

 

「不用心な間抜けが悪い。」

 

「殺されるような弱いやつが悪い。」

 

 ……そう思っていた。 

 けど、その報いを受ける日……裁きの日は唐突にやってきた。

 

 ストリートチルドレン時代から長年ともに過ごし、信じていた妹分。

 背中からあたしに銃弾を叩き込んだのはソイツだった。


 そして、彼女は自分のこめかみに銃口を当てると、泣きながら、謝罪の言葉とともに引き金を引く。

 

 唯一信じていた、そして守りたかった……たった一人の友達に裏切られ、目の前で死なれ……。


 誰に看取られず、ただ一人……。

 

 後悔と絶望の中、薄汚い路地裏であたしの人生は終わった。


 

 だから、あたしは誓ったのだ。

 この第二の生……今度こそは、正しく生きるのだと。


 正義……そんなものは何処にもないなんて、解ってる。

 だけど、あたしはその言葉に縋り付いた。

 今度こそ、正しく生きたいと……日本のアニメで見た正義の味方って奴に、あたしはなりたかった。


 不意に視界が変わる。


 王都の外で決死の攻城戦を続ける反乱軍。

 

 これまで共に戦って来た帝国義勇軍の勇敢な兵士達。

 あたしの事を師匠なんてよぶエドワーズも先頭にたって戦っている。

 

 城壁から降り注ぐ矢に射抜かれ……バタバタと倒れ伏しながら、その先に平和があると信じて、彼らは戦っていた。

 誰に命じられた訳でもなく……己が正義の為に。

 

 更に視点が移動する。

 

 王都郊外の森……迫りくる西方軍の軍勢。

 そんななか、平原を爆走する戦車? 


 なんだ、くろがねじゃないか……アイツ、寝てればいいのにあんな物を用意して、こんな所まで来たんだ……。

 

 戦ってるのか? ……あの4万もの軍勢相手に。


 あいつ、人を殺せないとか言ってたのに……本当に戦えるの?

 

 どうするのかと思ったら、戦車の上でライフル銃を構えて、恐ろしく正確に敵兵の足やその手に持った武器だけを撃ち抜いていく……。

 

 なんだよ……その戦い方……敵を死なせないように戦ってるのか?

 

 ……時折、わざわざ敵の怪我を治してやったりまでして……馬鹿かアイツ。

 それでも……敵を救って、満足そうにしやがって……。

 

 あんな強力な戦車なんかがあるんだから、その気になれば片っ端から皆殺しにだって出来るだろうに……。


 戦争やってんだろ? 相手は殺す気満々でかかってきてるんだ!

 

 言ってる矢先から、斬りかかられて、受け止めた返す刀で相手の剣を叩き折って、それでおしまい。

 

 そんなアマちゃんな戦い方で、お前……自分が危ないだろ……ばっかじゃないの?

 

 けど、アイツはそれをしようとしない。

 

 帝国軍に突撃しようとしている敵の一団の前に回り込んで、例の足と武器だけ撃つを繰り返して……足止めして……。

 殺意と悪意を一身に浴びながらも、味方を守り、敵の命すら救い……ただ懸命に争いを止めようとしていた。

 

 こんな戦い方で勝利なんて、何処にも見える訳がない。

 まさに、絶望的な戦い……。

 

 けど……くろがねは……これであたしの背中を守ってるつもりなんだろう。

 

 あたしが……勝つと信じてるから。

 

 あたしの為に……この大バカ野郎!



 正義とは……すなわち己を律する心。

 悪徳と対局に位置する概念そのもの。

 

 ああ、本物の正義の味方って奴がいるとすれば、きっとくろがねみたいな奴だ。

 

 ――『黒の節制』


 あの日見た……アイツの姿はあたしにとって、理想の正義の使者とでも言うべきもの……そう直感的に理解した。

 

 くろがねは……彼女こそが正しきもの。


 争いを忌避し、戦いを恐れ、死の恐怖に震えながらも、誰よりも強く勇敢で……。

 いつだって、最前線にアイツはいた。


 あんな奴が近くにいたから……あたしは正義ってやつに憧れたし、アイツみたいになりたいって思ったんだ! 

 あいつが永遠に戦い続ける宿命を背負ったと言うのならば……。


 このあたしは、常に隣で戦い続ける……そんな存在になりたい!

 

 だからこそ……!

 だからこそ、あたしはこんな所で倒れ伏している場合じゃない!

 

 目の前の……クソ野郎! ダスティール! コイツを討つ!

 こいつだけは野放しになんて、させてちゃいけない! 全て終わりにしないとっ!

 

「そう……貴女は、真の悪徳そのものだった。救いようのない悪……それが貴女の歩んだ道。だからこそ、その対極にあるべきものが、何か……貴女は誰よりも解っている。貴女に問う……その道は過酷極まりないものとなります。きっと貴女の求めるような救いはない……それでもこの道を選ぶのなら、この裁きの剣を手に取りなさい」

 

 背後から誰かの声……聞き覚えのある声。


 これはきっと未来のあたしって奴だ。

 くろがねから聞いた話の通り……ついに、あたしの番がやって来た……待ち望んだ展開だった。

 

 けど……構わない。

 あたしは救いなんて求めてない……。

 

 あたしが選んだこの道は……過去のあたしに対する断罪の道なのだから……。

 

 それに……こんな未来の自分がやってきたって事は、もうとっくに道は定まってるって事。

 

「……ふん、そんなの聞くまでもないじゃん。あんたが、もうひとりのあたしだって事なら、応えるまでもないと思うけどね!」

 

 振り返ると、なんだか女将校みたいな奴がいた。

 

 凛とした表情、赤い目に肩で切りそろえたシルバーブロンド。

 ベレー帽みたいなのを被ってて、灰色のマントを羽織っていた。

 

 マントに書かれた数字は「ⅩⅠ」

 そして、マントの縁にはラテン語の祈りの言葉が書かれている。

 

Fiatフィアット justitia,ユスティティア ruatルアット caelumカエルム

 

 ラテン語なんて知らないのだけど。

 その言葉の意味だけは解る。

 

 そう……この言葉こそ、「私」の座右の銘にして、私の為すべきこと。

 

 そして、手渡された細身の剣に刻まれたもう一つの言葉も。

 

「Interfice errorem, diligere errantem.(罪を打ちのめし、その罪人を愛せよ)」

 

 この剣の銘も知っている。

 

 

 ――『仄暗き灰色の正義ジャスティスオブグレイ

 


「我が行く末に……ささやかなれども祝福を……」


 哀れんだような、悲しげなもう一人の私の姿が自分と重なり合う。

 

 

「「Fiat justitia, ruat caelum(正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも)!!」」

 

 

 もう一人の私と私と言う存在が混ざり合い同化する。

 

 今、この瞬間から……私は玻璃という名を捨てる事になる。

 

 そして、私は……自分の運命を。

 

 『仄暗き灰色の正義』として、為すべき事を悟った。

 

 

 ……一体どれほどの時間が過ぎたのだろう。

 

 気がつくと私は立ち上がっていた。

 自分の姿が前と違って、さっき見たもう一人の自分に成り代わっていた。

 

「おめでとう! 見届けさせてもらったよ……「灰色の淑女」……いや! 今こそ、改めてこう呼ぼう! 「仄暗き灰色の正義」! 「黒の節制」に続き、君の登場でいよいよ役者は揃った。そうなると……私のこの世界での使徒「吊られた男ハングドマン」としての役目はもう終わりだな」

 

 ダスティールが心から楽しそうに、そんな事を言う。

 

 ……こいつはいつもそうだ。

 

 いくつもの世界を滅びに導いた永遠の咎人。

 私の……宿敵がひとり。

 

「我は問う……汝は咎人か?」


「クククッ……その質問、もう何度聞いただろうか……答えはいつも通り……イエスでありノーでもある。だが、魔王城をあの地に導き、この戦乱を引き起こしたのが誰かと問われたら……。それはこの私だと答えようッ! ……そして、君達の登場によりこの世界は混沌に覆われた。君達という究極の混沌たる源泉は、連鎖反応を生み、幾多の戦いを引き起こした……そして、これからも! 君も解るだろう? あの比類なき強さを持つ勇者たち……異世界からやってきた混沌の申し子達。あれは、何の意味もなくこの世界にやってきたのではない……君達の因果がアレを引き寄せたのだよ! そう言う意味では、君達も私の共犯者と言ったところかな。まぁいい……「仄暗き灰色の正義」! まず手始めにこの私を裁きたまえ……」

 

 私が無言で裁きの剣を振りかざすと、それだけでダスティールの姿が青い炎に包まれる。


「貴様は……いつもそうだ! 野に火を放つように、混沌を生み出し……そして、世界に滅びをもたらす。絶対なる悪! それが貴様という存在だ……だから、私が貴様にかける言葉などない。我が「裁きの炎」に魂までも焼き尽くされるがいいっ!」

 

「罪人を焼き尽くす「裁きの炎」か……その罪が重いほど、その炎は盛大に燃え上がる……か。火刑とはまた粋な処刑方法だ! 私の最期としては似つかわしい……甘んじて受け入れようじゃないか。だが、もう解っているのだろう? 私を焼き滅ぼした所で何の解決にもならない事を! この世界を正しい形にする方法は説明するまでもないだろう……君がここに来た時点で全ては手遅れだったのだよ!」


 ……私が成すべきこと……か。

 それを思えば、憂鬱になる……いっそ知らないほうが良かったかもしれないのだけれども。

 私は、すでに断罪の剣を取っていた……あと戻りは出来ない。


「……言いたいことはそれだけか? ダスティール……どのみち、貴様は終わりだ」


「やれやれ、私は君の味方のつもりだったのだがね。……さぁ、我が導きはここまでだ……後は君の好きなようにやれ。最後にもう一度だけ言おう! 私は君という存在を心から好ましく、愛しくすら思う。君は本質的に混沌にして悪だ……そんな君が正義の執行者を名乗る! そうっ! だから、君は灰色なのだよ……灰色は永遠に純白には成りえない……。だが……そんな君は誰よりも気高く美しい! はははっ! さらばだ……そして、君の行く末に祝福を……ハァーッハッハッハッ!」

 

 その哄笑ともつかぬ笑い声を最後に、ダスティールは最後に一際青く輝く炎をあげると灰になって崩れ落ちる。


 不滅不死の使徒すら焼き尽くす「裁きの炎」。

 

 この炎を逃れるすべはない。

 人は誰もが多かれ少なかれ咎人なのだから。

 

 そして、私はこの世界を裏切った使徒達を全て焼き尽くさないければならない。


 この世界を正しい姿に戻すために。


 

 その道は……悲しくも厳しい。

 けれど……こうなった以上、私はもう後戻り出来ない。

 

 『正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも』

 

 それが私、「仄暗き灰色の正義」が進むべく道なのだから。

正直、このパート最後の最後まで迷いました。


「Fiat justitia, ruat caelum」と言うのはラテン語の格言のひとつです。


英訳だと、「LET JUSTICE BE DONE, THOUGH THE HEAVENS FALL.」


そう最近のアニメだとアルドノア・ゼロのテーマがこれでしたね。


次回、第二部最終回です。

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