第三話「訪問者」②
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第三話「訪問者」②
---3rd Eye's---
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カツーンカツーンと二人分の足音が石の廊下を木霊する。
一人はワイズマン。
その隣を歩くのは、くろがねだった。
油断するとワイズマンとの歩幅が合わなくなるようで、少し遅れそうになっては、懸命にちょこちょこと小走りに歩みを早める様子がなんとも可愛らしい。
あれから……訳も解らぬまま、チビメイド軍団によってたかって襲いかかられて、為す術無く取り押さえられたワイズマンに魔王様がネタばらしして……。
魔王様にとっては、旧友にして、軍師のような人だったと言うことが解り……。
皆手の平返して、超ごめんなさいして……今に至る。
むしろ、魔王様反省しろ。
魔王様とワイズマン様の会談は、二時間以上にも及び「一旦休憩なのじゃ」という魔王様の一言で一旦休憩となり、くろがねはワイズマン様を客間へご案内しているところだった。
ワイズマンがこのお城に滞在中、誰かひとり世話役を付けようと言う話になり、先ほどの邂逅でちょっとした縁を感じたくろがねはそのお役目に志願した。
結局、なんかえらくあっさり認められてしまい……早速のお仕事がこの案内役。
くろがね自体、本人の自己評価の低さと裏腹に、他の者からはガッチガチの武闘派勢のひとりとして認識されているので、まったく問題なくすんなり決まった。
知らぬは本人ばかり……何気に戦陣位階第四席なんて、ナンバーフォーを示す階級持ちだったりするので、周りは当然だよね~とか思ってたりする。
更に言えば、鋼としろがねの2人が、背後から尾行をしている……もはや、この時点で破格の警護体制なのだ。
(……二人共、そろって何してんのっ!)
思わず、おせっかいな姉二人に抗議するべく、キッと振り返ると気付かれていないとでも思っているのか、振り返った時点ではすでに角の向こうに引っ込んでいた。
けれども、こう見えてもくろがねは、気配察知の能力がべらぼうに高い……二人の気配は手に取るように解る。
……本人が自覚している以上のくろがねハイスペックの一角だった。
実は二人も武闘派トップクラスだけに隠密行動スキルは半ば自然と身につけており、実際足音も立てずに、気配も消した上でと、かなり高度な隠密追跡をかけているのだ。
もっとも、ワイズマンもこの状況にはちゃんと気付いているようで、苦笑している。
くろがねの役目はご案内役なので部屋に入ったら、その後は続々と給仕係がゾロゾロと出入りしたり、警備要員が同席する事になる。
けれども、くろがねはどうしても二人っきりの間に確認したいことがあった。
いつ聞こう……いつ聞こう……そう思いながら、どんどん客間が近づいてくる。
(客間まで案内したら、その後は二人っきりになれるチャンスなんてない。……よし、今聞かないでいつ聞く……お姉様達にはどうせ後で話すことになるんだから、気にせずに……ここは思い切って、やってみようっ!)
などと、色々考えるくろがね。
不意に立ち止まると、少し彼に寄り添うようにすると、お耳を拝借……みたいなジェスチャーをしてみる。
すると、ワイズマンも立ち止まって中腰になると耳を傾けてくれる。
くろがね……慣れないシチェーションに、もはや心臓がドッキドキである……。
後ろから尾行しているしろがねと鋼からは、ぴっとりとくっついて、コソコソと耳打ちするくろがねの大胆な様子に、うっわぁ……みたいな感じで、違う意味でドキドキしていたりする。
そんな周囲の様子をよそに、彼女は日本語でこう告げた。
「わたしの言葉……解ります? 日本に縁ある方とお見受けしました。わたし……くろがねと申しますけど、前世では日本人で……黒木加奈子と言う名前でした。よ、よろしければ、貴方のお名前も頂戴できませんか?」
ちょっと噛んだけど、考えてた台詞は言い切った。
そして、何ともいたずらっぽい笑みを浮かべてみる。
ワイズマンは、そんな彼女ににこりと笑うとこう返す。
「ありがとう……きっとその名前を名乗る事は君にとって、特別な事なんだろうね。なら、私もかつての名を名乗らないといけないな……私はタカヒロ……キノタカヒロ。……お察しのように君と同じ日本人の同胞だよ……けど、この名前はもう捨てた名前なんだ。この名を知るものも呼ぶものも、もう誰も居ない……出来れば、君の胸にしまっておいてくれるかな」
優しい声でそっと耳元で囁かれ、軽く頭をなでられるくろがね。
元々男性慣れしていない上にそんな事をされてしまい……。
思わず、腰砕けになってしまいフニャフニャペタンと座り込んでしまった。
すかさずワイズマンに手を差し伸べられたので、その手を握るとすぐに立ち上がり、何事も無かったかのように客間へ案内する。
けれどもくろがねとしては「もうちょっと話をしたいなぁ……」とか思っていたらしく、ワイズマンが客間のソファに座った後もモジモジとしながら固まったまま出ていこうとしない。
色々と察したらしいワイズマンが少し話し相手になって欲しいと言うと、待ってましたとばかりに、ちょこんと向かいに座り込む。
それから、くろがねは夢中になって自分語りを始めていた。
病気……白血病……でずっと入院していた事。
外に出ることはほとんどなく、学校も行けず、友達もいない。
親にも半ば見捨てられ、見舞いに来るものもいない孤独な日々。
唯一の慰みはVRネットゲーム。
そのガンシューティングのタイトルを出すと、何とも複雑な顔をしていた……どうもタイトルだけで解った様子だった。
シリーズ総数34作……足掛け20年にも渡って、ガンシューティングの金字塔となっていたゲームなのだ。
確かに病弱な女の子が熱中するようなゲームとしては過激に過ぎるし、おまけにサーバートップクラスプレイヤーの一人として君臨してたくらいにはハマってたと言うのは……あまりおおっぴらに言える事なのか、微妙な所だった。
そして、闘病の果てに、病院を脱走して雪景色の中で青空を見たいと願いながら果てた事。
そんな話をしていると、扉の向こうで聞き耳を立てていたらしい白銀と鋼のふたりが感極まった様子で乱入してきたというひと騒ぎがあった。
皆、前世と呼べる別の人生があったと言うことは共通している。
けれど、くろがねほど詳細にもうひとつの人生として記憶しているものは殆どおらず、そんなくろがねから語られた彼女の悲運としか言えない人生は……元々二人共、公私共にデレッデレに可愛がっていたこともあり、すっかり涙なしでは聞くに堪えない状態になってしまったらしかった。
乱入して申し訳ないと言うことで、席を外そうした二人も、ワイズマンがむしろくろがね達について色々聞きたいからと、結局、そのまま同席する事になった。
ちなみに、給仕役や監視要員については、どうも二人が職権乱用して、追い返したらしかった。
なにせ副司令と突撃隊長みたいな役職なのだから……この二人。
逆らえる人なんてほとんどいない……ある意味、とっても横暴な話であった。
くろがね達は、魔王様からは知ってることはすべて話して良いと予め言われていた事もあって、自分達について、知ってる全てを説明した。
まず、彼女達は千年魔王様独自の御業により、鉱石をベースに作られた人工生命体だと説明する。
石の巨人や木の兵隊……そう言ったいわゆるゴーレムと同じように作られ、その身体を構成しているのは無機物ではなく有機物……様々な鉱石を素体としているが、あくまで人間と同じような外観や身体機能を持った存在。
再び魔王様の言葉を借りると「鉱石を擬人化した「可愛いは正義、かつ最強」を体現したゴーレム」……と言うコンセプトで誕生したのが彼女達なのだ。
けれども、彼女達のプロトタイプと言えるモノ……人間の形をしたゴーレム……に、知性を与えることは出来たものの。
それは、何とも不自然な……魔王様の言葉を借りれば「なんとも、可愛いげのないテンプレなもの」しか出来ず、魔王様でも外見はともかく、中身も含めて可愛いは正義……な感じのものは作れなかった。
ならばいっその事……と言うことで、魔王様はやり方を根本的に変えてしまった。
次元の狭間を漂う様々な異世界由来の残留思念や魂の残滓を救い上げて、素体となる鉱石に定着させ、その魂自体に設計図……のようなものに従って自分の身体を錬成させていくと言う手法を取った。
これが大成功で、人間の限界を軽く超越する極めて強力な戦闘力と強靭な身体、人と変わらない知性と感情を持つ……まさに可愛いは正義、かつ最強……と言う魔王様のコンセプト通りの最強ちびっ子メイドが爆誕した。
それこそが、くろがね達マテリアドールと呼ばれる者達だった。
「なるほど……君たちを見て、すぐに人間じゃないってのは解ったけど……その反応や仕草とかは、人間そのもの……実に個性豊かで……非常に興味深かったけど、そういう事か。おまけに見た目も……くろがねとしろがねみたいに、同型なのに微妙に細部が異なるのは魂自体が身体の維持構成をしているから、そりゃあ当たり前だな……そう言う考え方があったとはなぁ……さすが魔王様だ」
さすが、老練なる賢者の名を冠するだけに、容易に理解するワイズマン。
「……人によっては死者の魂の冒涜とか思われるかもしれません。なにせ死者を蘇らせ使役する……いわゆるアンデッドと同じ存在ですからね……わたし達。自然の摂理にも反する存在だという自覚もあります……聖職者の人とかには浄化されちゃったりますね……きっと。けど、当事者たるわたし達にとっては、これは第二の生を与えられたようなもの。だからこそ、わたし達は魔王様を創造主として、絶対の忠誠を誓っています。ですので……ワイズマン様……どうかわたし様の御味方となっていただけませんか? これはわたし達、魔王様の下僕たるマテリアドール全ての切なる願いでもあります」
しろがねと鋼姉様も同じ思いだったらしく、くろがねの言葉に無言で頷くと、深々と頭を下げる。
……実のところ、ワイズマンの来訪は……彼女達魔王様の下僕達にとっては、激震とも言える衝撃を与えていた。
彼女達が外界の争いとまったく無関係でいられるのも……また、外敵の脅威というものをほとんど考慮していないのも……次元の狭間を漂う魔王城に外界の者が干渉する手段が無いという大前提によるものだ。
その大前提が崩れるというのは、魔王様はともかく、彼女達にとっては本当に衝撃的なことだったのだ。
だからこそ、このワイズマンと言う怪人物は絶対に敵に回してはいけないし、中立の立場なんてのも絶対に許せなかった。
何が何でも味方に取り込んでしまえ……これが言わば、皆の総意でもあった。
だからこそ……くろがねの言葉に考えこむような沈黙を見せたワイズマンの様子を、しろがねも鋼も固唾を呑んで見守っていた。
「私は、魔王様はもちろん、君達の絶対なる味方だ……それは断言しよう。例えこの世界のすべてが君達の敵に回っても……それは決して変わらない。なにせ、私がこの世界に存在できるのも魔王様あってのものなのだからね。何と言うか、要するに私は助っ人のようなものなのだよ……だからこそ、我々は共に戦う……仲間だ。400年前、私は魔王様に置いてけぼりを食らったようなものだったのだけど、ようやっとこうして合流出来た……。こちらこそ、よろしく頼むよ……可愛らしい魔王様の娘達よ」
そう言って不敵に笑うワイズマン。
そんな彼の言葉に、手を取り合って、喜ぶくろがね達。
そんな三人を見つめながら、ワイズマンはおもむろに生真面目な表情を崩すと、がらりと爽やかな笑顔を浮かべると口調を変えてこんな事を聞いてきた。
「ところで、正式に仲間に認めてもらったついでに聞きたいんだけど、なんで……お前らって揃いも揃ってロリっ子なのさ? まぁ、見た目通りのお子様……とは程遠いんだろうし、そこの黒巫女さんみたいな例外もいるみたいだけどさ……色々意味が判らん。そもそも、俺が知ってる魔王様とあの魔王様……全然違うんだけど、なんでよ? あのおっさん、400年間引き篭もってる間に何があったんだよ……」
そのぶっちゃけぶりには、さすがに皆びっくりした。
信頼した者にだけ見せる、本来の顔……なのかもしれなかったが、それまでの物静かな様子と打って変わった何とも言えないガラの悪さ。
くろがねもポカーンである。
ただ、この質問については、むしろくろがね達だって魔王様に聞いてみたいくらいだった。
実際、くろがねは見た目こそ小学生の前半とかそんな調子ながら、精神年齢的には20歳近い……言ってみれば、身体は子供、中身は女子大生位の大人なのだ。
それにも関わらず、こんなちびっ子のつるペタな我が身……となれば、そりゃあ、思うところはそれなりにある。
合法ロリとか言っている場合じゃないと言うのが、現実なのだ。
一応本人的には、鋼姉様と言う未来予想図があるから、素敵な未来が待っていると思ってるのと、ちっちゃい我が身もこれはこれで可愛らしいなぁとか思ってるのが、まだ救いなのだけど。
ちなみに、鋼お姉様はいわゆるボンキュッボンな感じで、最初のボンはとにかく凄いの一言……ボンについては魔王軍の頂点だったりする……。
結局、魔王様の悪口や疑念は、思っていても口が裂けても言いたくないくろがね達は「魔王様の趣味ですから」と揃いも揃って、すげなく回答。
どんな趣味だよとツッコみたいのは、誰もが同じ……案の定、ワイズマンにはツッコまれた。
けれど、くろがね達は絶対にツッコんではならないのだ。
そして、魔王様の迷言「小さくて可愛いは正義!」……この言葉を出された事で、ワイズマンも色々理解した。
どちらかと言うと、このことに触れてもしょうがないと……無理やり、自分を納得させたようだったのだけど。
その「おっさん」が現在のお姿にビフォー・アフターしてしまった時点で色々察してくれよと言うのが、くろがね達の紛うかたなき本音なのだから。
400年間もひとりで引き篭もってれば、色々あったのだ……きっと。
まぁ、何というか大人な紳士の大人の対応。
世の中には触れちゃいけないものがある……そういう事だった。
いきなり、シーン飛んでますが。
実はこの辺、大幅カットしました。
序盤はテンポよくやらないと…ですねー。