閑話休題その1「温泉に行こうっ!」②
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閑話休題その1「温泉に行こう!」②
---3rd Eye's---
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「あたた……まさか、一日に二度もくろがねにKOされるとはなぁ……まいったまいった!」
ノックアウトの挙句に溺れかけた所をくろがねに助けられたのだけど。
玻璃自身はあっけらかんとしたモノだった。
「もう、玻璃ちゃんが悪いんだからね! 人を羽交い締めにした挙句、あんな事するから! 思わず……その……変な声出そうになっちゃったんだからね! けど、大丈夫だった……? 思わず、思い切り頭突きしちゃったけど……まさか、気絶させちゃうなんて……」
具体的にナニがどうなったのかはご想像にお任せするけど……。
とにかくも、まずは友達を気遣うくろがねちゃんマジ天使。
「あはは……手加減しないくろがね……あたしは嫌いじゃないよ? んじゃ、侘び代わりって訳じゃないけど、一杯付き合いなよ」
そう言って、持ち込んでいた帝国謹製のビール瓶を用意していたコップに傾ける。
ちなみに、この手の飲み物や簡単な食事なんかも山小屋で買えるようになっていた。
入荷はどうしてるのかと言うと、大体ほぼ人力輸送。
警備隊の交代の時なんかに、一緒に持っていったり、お客さんにもボランティアで手伝ってもらってる。
魔王城からでも徒歩だと軽く3-4時間くらいかかると言うなかなかの本格登山コースなのだけど。
登山道も一部ハードな道があるものの、それなりに整備されている上に、皆さん基礎体力自体がはっきり言って現代人の比ではないので、多少荷物が増える程度なら誰も文句なかった。
下界より、2-3割ほど高いのは……まぁ、お約束。
くろがねは元々未成年だった上に病院生活だったので、お酒には全く縁が無かったのだけど。
玻璃が意外と酒飲みだったので、こんな風にちょくちょく付き合わされてしまっていた。
「ん、頂きます……あれ、いつもより美味しくない? これ」
最初の一口は格別なのだけど……その後はあんまり美味しくない……それがくろがねなりのビール評なのだけど。
この一杯はその最初のひとくちがいつまでも続くような感じで実に美味しかった。
「美味いっしょ? 風呂に浸かりながらの一杯ってのは格別なのさ……。ついでに言うと、友達と飲む酒って奴もさ」
そう言って、照れくさそうに玻璃は笑う。
くろがねも微笑むと、二人してグラスをカチリとぶつけ合って乾杯。
確かに、この山の上特有の静寂……遠く海まで見える幻想的な夜景。
心地よいぬくもりに包まれながら、仲の良い友達と一緒に一杯。
最高に贅沢な時間だった。
「なぁ、くろがね……正義ってのはさ……なんだろうね?」
お互いくつろぎながら、ちびちびとやっていたら、不意に玻璃がそんな事を聞いてきた。
「また始まったね……玻璃ちゃんの正義談義。そうだね……わたしの国のアニメとか映画って解るかな……そう言うのによく正義の味方ってのが出てたよ。自分がボロボロになっても、悪人から人々を守ったり、世のため人のためにって……。自分が傷ついたり、死ぬのだって恐れない……ああ言うのは、まさに正義って感じよね」
「アニメや映画? ああ、知ってる知ってる! ……前にも言ったけど、たぶんあたしとくろがねは同じ世界の違う国に生きてたんだと思うな。日本って国だよね……知ってる……あたしらにとっては、夢みたいな国……。けど、そうかそういうのが……正義の味方か……なんとなく解ってきたよ……。そうなると……逆にいわゆる悪人ってのはどんな奴なんだろう?」
「悪とは何か……ですかぁ……また難しい事聞くね? 一言で言えば……とにかく自分勝手な奴……なのかなぁ。人を殺したって何とも思わないとか、誰から大事な何かを奪い取ってもそれが当たり前とかさ。人の幸せを祈るとかそう言うのが善人なら、悪人は人の不幸をあざ笑う……そんな奴だろうね。まぁ、悪人にもそうなるだけの理由があったり、優しいとこやいい所があったりってのが最近の風潮なんだけどね。根っからの悪人やガチガチの正義ってのは案外いないのかもしんないね」
くろがねの話に感心したような玻璃。
けど、少しだけその表情が曇る。
「ねぇ、くろがね……例えばさ、悪人が正義の味方になるとか、そんな話とかって無いの?」
「お、玻璃ちゃん渋いとこ突いて来るね。もちろん、あったよ! 悪人は悪人なりに、自分が悪いやつって解ってるからさ。だったら、真逆を目指そうって、いわゆるダークヒーロー物って奴!」
くろがねの言葉に玻璃の表情がパァっと輝く。
「ねぇねぇっ! それ……例えばどんな感じ?」
「わたしが観て、印象深かったのは、死にかけた殺し屋の悪人が一人の貧しい少女に助けられるって話だったね。んで、彼女の献身と優しさに殺し屋は僅かばかり残ってた善性を刺激されて、家の無いその少女を自分の家に住まわせながら、一緒に人助けみたいな事を始める訳。路地裏で死にかけた人の話し相手になってやって、最期まで付き添ってあげたり……。少女の勧めで、殺した相手の家族のところに行って、こっそり手助けをしてあげたりとか……。孤児院の立ち退きを迫ってたマフィアを蹴散らしちゃったり……。殺し屋は凄く不器用なんだけど……彼なりのやり方でちょっとづつ……善人になろうとするの」
「へぇ……なんかいい話じゃない……それ……」
何とも感慨深そうに玻璃がそう答える。
「でもね……その殺し屋は警察にマークされててね。今度は、誘拐監禁やらかしやがった! ついに尻尾を押さえたぞって、警察が殺し屋のアパートを襲撃するの! もちろん、殺し屋は物凄く強いからね……警察もあっさり返り討ちにしちゃうんだけど……」
「なんだそれ……家が無いやつにとって、誰かの家に住まわせてもらうって……それどんなにありがたいか解ってないだろ。まったく、警察ってのはいつの世も馬鹿ばっかで、融通がきかないね……。それこそ、まさに正義の押し売りってやつじゃん!」
「あはは……そんな感じだよね。で、この映画のラストなんだけどさ……。警察を返り討ちにした殺し屋が少女を連れて、ほとぼりが覚めるまで別の街に行こうとしたところで、警察の生き残りが逃がしてたまるかって、殺し屋を狙撃しようとするの! 殺し屋は撃たれる前に狙撃に気付いて、避けようと思えば避けれたんだけど。その狙撃を避けたら、銃弾は少女に当たってしまう……その事に気付いた! その殺し屋はどうしたと思う?」
「ええっ! そこであたしに振るのっ! ううっ……避けたら、女の子……死んじゃうんだよね。殺し屋はプロの戦士……まずは自分の安全を確保ってなるんじゃないの? だって、仮にそれが戦場なら、敵を倒さない限り、女の子の寿命が少し伸びる……それだけじゃない」
「うん、そう考えるよね……普通は。けど、その殺し屋は……自分を犠牲にして少女の盾になって撃たれるって選択肢を選んだの。そして、最後に……殺し屋は少女に満足そうに笑いかけて……「ありがとう」……たった一言、そう言い残して死んじゃうの。そんな終わり……」
くろがねがそう話を締めくくると、玻璃はなんともやるせないような表情で俯く。
「そっか……なんとも……救いのない話だね。せっかく、善に目覚めてこれからって時に死んじゃうなんて……。悪人は……最後まで救われない……そんな話なんだね」
「うーん、それはちょっと違うかな? ……だって、自己犠牲とか究極の善行だと思うよ? 自分より、大切なものがあって、それを守るために躊躇いなく命を捨てた。……最後の最後でその殺し屋は悪人ではなく本物の善人になれた……。わたしはそう思うな」
「けどさぁ、例えば100人殺した悪党でも最後にたった一人を自分を犠牲にして救えば、善人になるの? なんかそれ不公平と言うか……おかしくない? そんな軽いものでいいの? 100人殺しちゃったら、100人以上助けないと釣り合い取れないんじゃない?」
「あはは、そんな考え方もあるのか……玻璃ちゃんらしいなぁ……。わたしは、さすがに自分が死んでまで誰かを守ろうとか……さすがに難しいな。わたしも一回死んでるだけに……やっぱ命は惜しいもの。だから、余計に自分を犠牲にするってのが、どれほど覚悟が必要なのか解っちゃう。そんな100人も殺してきたような身勝手な悪人が最後の最後に自分の命を他人の為に投げ出すとかさ……。それまで何をしてきたかとか関係なしに、それはもう問答無用の善行って奴……そう思うよ」
「それなら……あたしも……解るな……それ。自分自身を捨てて……誰かのために死ぬ……か。考えてみれば、確かに凄いね……あたしにも同じことが出来るかって聞かれたら、正直困る。そこまでやれる覚悟も勇気も……いざその時になってみないと解かんないや」
「そうだよね……わたしだって、一緒……その時にならないと解らない……。けど、例えば玻璃ちゃんの絶体絶命のピンチとかそんな時は、とっさに身体が動いちゃうかもね!」
そう言って、くろがねは湯船の縁に腰掛ける。
上気した顔と身体……そして、濡れて身体に張り付いた長い黒髪が月明かりに映える。
子供体型のクセに妙に色気あるんだよな……コイツ……なんて事を玻璃も思ったりする。
どちらかと言うと玻璃の方が背も高いし、出るとこ出てるので、本来玻璃の方が色気ならあるはずなのだけど……。
「なんだよ……それ? くろがね、それはずるい……そんな事言われると、あたしだっていざって時はそうしないといけないじゃない。でも、その暁には、このあたしのカッコイイ最期を語り継いでくれないとね」
そう言って、玻璃もくろがねの隣に並ぶとその肩にポンッと手を置く腕を回してがっちりと肩を組む。
「あはは……友達に命張って救われちゃったら、そんなの絶対忘れられる訳ないじゃない! 友の遺志を胸に秘め……その思いを受け継いでって……それも定番だね。そんな話だってあったよ……それまで悪役だったのに主人公の仲間になって、主人公の身代わりに……みたいな!」
「そっかそっか……それもカッコイイね! なるほどね……そう言うのも立派な正義だよね……それもありって事か。……いや、いい話だったよ。まったく、相変わらずくろがねの聞かせてくれる話は為になるねぇ……。ありがとね……んじゃ、お互いの正義に……乾杯っ!」
そう言って、二人は再び盃代わりのコップをぶつけ合って乾杯。
静まり返った夜の露天風呂。
そんな二人の様子を月だけが見ていた。
とある……夜の出来事だった。
そんな訳で、まったりサービス回は終了♪
え? なんか不穏な感じがするって? きっと気のせいでしょ。
ぶっちゃけ戦闘回とかより、この手の与太話の方がよっぽど筆が進むので、機会があったらまたブッ込んでいきたいと思います。(笑)
それと、くろがねが話した映画の話は、作者によるでっち上げストーリーです。(笑)
一応、映画「レオン」をモデルにしてますが…こちらの都合で大幅に改変しました。
ああ、でもこのあらすじを元に異世界恋愛短編でも仕立て上げるってのもありっちゃありか。




