第十九話「帝都炎上」②
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第十九話「帝都炎上」②
---Kurogane Eye's---
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「それにしても……よく見つけてくれたわね……くろがねちゃん。正直、帝都に直接攻撃が来るなんてのはこっちも想定外……あの高度を飛ばれちゃ、迎撃もなにも……そもそも、そんな備えなんてしてる訳がない……。ダイン将軍もその辺わかってるから、被害の軽減を目的として軍を動かすつもりみたいね。それと……今頃、海軍から報告が上がってきたみたいんだけど、戦列艦を含む一個艦隊が全滅したみたい……。けど、艦隊が全滅とか、普通にありえないのよね……。この分だと敵は西方……だと思う……確かに休戦協定とか結んでないから、戦争状態じゃあるんだけど……。連中、明らかにおかしい……何が起きてるか私も良く解らない……」
姫様がボヤくように呟く……なるほど、初見の帝都奇襲って訳だ。
その割には、対応が手慣れてるし、部下の人達も落ち着いたもの……実戦慣れしてる軍隊ってのは、強いな……と思わず感心してしまう。
それに、さすがダイン将軍……こう言うときは、あれやこれやって……みたいな調子で、目標複数設定ってのが一番まずい。
優先順位を決めて、順次対応すべきなのだ。
これで、敵の迎撃をしながら、ダメージ・コントロールも……とかやってると、どっちも駄目になるのが関の山。
敵の迎撃の優先順位を下げて、被害軽減を第一目標とするのは賢明だった。
けど、一個艦隊の全滅って……そんな大事があったのに、海軍の人たち何やってたんだろ……。
あまりに大事過ぎて、事実確認とかに時間喰われたとか? なんとも、手際悪いね……。
その情報一つあるだけで、軍の警戒態勢を整えるとか出来ただろうに……。
「あの……姫様、わたし達も何かお手伝いしましょうか?」
「それには及ばないわ……。くろがねちゃん達は一応我が国のお客様なんだから、安全第一って事で避難しててもらいます……。それと、私も出陣するわ……この状況じゃ、私達が陣頭指揮取らないと士気が盛り上がらないからね! 誰か、私の戦装束一式持ってきなさい!」
姫様がそう毅然と返すと、侍女が続々とやってくる。
この人、総大将みたいな立場なのによくやるよね……。
そうなると、こっちものんびりとはしてられないね。
騒ぎを聞きつけたワイズマン様達もバルコニーまでやってくる。
夜空に浮かぶ飛行船の群れを目にした時点で状況を察したようだった。
夜間空襲にはサーチライトとかあれば良いんだけど……確か電球みたいなのも作ってたから、技術的には不可能じゃないと思うけど……。
まぁ……空襲自体が想定外っぽいし、サーチライトなんて発想の外なんだろうね。
そもそも、あれ……本来は夜間防空用の軍事用途だしねぇ……。
そのかわり、火事なんかの時に使う鐘楼の鐘があちこちで鳴り響いて、各所へ非常事態の発生を告げているようだった。
さて……何処まで対応できるのだろう……?
「夜間仕様の飛行船による空襲とはなぁ……紅玉……お前の魔術、あそこまで届くか?」
「高度1,000m、距離10,000mってとこですわね……さすがに、ここからはとても狙い撃ちなんて出来ません。戦略魔法クラスなら、不可能ではないですが……こんなところで使えるようなものではありませんわ。翠玉がいれば、空中戦はお手の物だからあの程度の空飛ぶ風船、あっという間に落とせるでしょうけど。私と黄玉では……あの高度だと、有効な攻撃手段がないですね……残念ながら。」
夜空を見上げながら、悔しそうに紅玉さんが呟く。
遠くから、ヒュルヒュルという音が響き始め、続いて連続した爆発音が聞こえてくる。
潜入工作員でもいるのか、市街地のあちこちで火の手が上がりだす。
「それにしても、些か非合理的な戦術という気もするんだがね……。くろがね……お前は敵の狙いをどう読む? 私達の世界で言うと、ドーリットル空襲に近いものだと私は見ている。つまり心理的衝撃が目的……どうがんばっても、それくらいしか効果が認められないだろう。この程度の空爆では、多少の被害は出るだろうが、石造りと煉瓦の建物が中心ではさしたる被害は出ない。空挺部隊を投入したとしても、空挺の弱点は降下直後に戦力集中が出来ない事と兵装に制限があるって事だ。まぁ、いずれにせよさしたる脅威にはならないのだが……それを承知でとなると何か裏があるな」
ドーリットル空襲。
太平洋戦争の際に行われた日本本土初空襲だったっけ。
ぶっちゃけアメリカ軍の戦意高揚プロパガンダ程度の意味しか無かった上に、作戦参加機は全機失われ散々な結果に終わったものだったが……。
その空襲は日本軍の虚を突く形となり、アメリカ軍の想定以上の衝撃を与えることとなり、ミッドウェー海戦の予定の繰り上げと言った結果を招き……。
結果的に日本海軍は準備不足のまま、ミッドウェー海戦に挑むこととなり、間接的な敗因のひとつとなった。
戦果的には微妙だったものの、戦略的には極めて大きな意義があり、太平洋戦争のターニングポイントの先駆けとなったのも事実だった。
とは言え戦略的に、この帝都空襲に意味があるのかと言われたら、正直微妙だと思う。
見たところ、魔法を使った爆弾とか火炎瓶みたいなのをばら撒いてるみたいだけど、あまり効果的でないのは明らかだった。
皇都初空襲でボヤ騒ぎを起こしましたって……確かにやってる事は派手なんだけど、なんかショボくね?
けれど、わたしは……この規模の空襲で効果的な打撃を与えるひとつの可能性に思い当たってしまった。
「確かに……想定外の奇襲で帝国の人達も浮足立ってるようですけど……。都市の規模が大きいので、あの程度の数では問題にならないでしょうね。けど、空挺に強力な戦力……わたし達並みの戦力が居たとすればどうでしょう?」
見て知った限りの帝都の防衛体制から考えると、この程度の戦力では、虚仮威しでしかないだろう。
空襲自体は一方的だとしても、帝国側は早々に街灯の火を落として、各所に兵力を展開中……対空攻撃手段こそないものの、爆撃程度では兵力自体にさしたるダメージも与えられない。
なにより、帝国軍の動きは極めて統制が取れている様子で、奇襲を受けている側とはとても思えないほどだった。
けど、もしわたしや姫様クラスの戦力が紛れていたとすれば……どうだろうか?
仮にわたしが空からの空挺投下で帝都に降り立ったとしたら、まずは適当に戦って敵戦力や防衛体制を見極める……強行偵察でもするか……自分に対抗できるだけの戦力がいるかどうかを見極める。
そんな所になると思う……わたし達レベルになると雑兵相手ではいくら数がいても問題にならない……それは先の戦争で実証済みだった。
それか、もしくはこのお城……解りやすい重要拠点への襲撃。
帝城への破壊活動でそれなりの被害が出たら、心理的衝撃は相当なものだろう。
何故なら、帝国に安全な場所は無いと宣言されるようなものだから……。
「そうだなぁ……向こうの通常戦力程度なら、ほっといても帝国軍が始末するだろう。お前が来襲前に速攻見つけたってのも大きいが……夜間空襲に対して真っ先に灯火管制を敷くとか、対応が凄まじく早い。ダイン将軍も有能だが……帝国軍、装備が旧式ってだけで兵そのものの練度は尋常じゃないな……。手出し無用とは言われているが……降りかかる火の粉は払わねばならぬからな。とりあえず、ここは我々はこの場から動かずにいるべきだろう。想定される一番の脅威は、少数精鋭による中枢部への攻撃……くろがね、お前の想像している通りの展開の可能性が一番高い……つまり、ここが戦場になるかもしれんってことだ」
ワイズマン様の言葉に、皆一斉に頷く。
灯火の消えた町並みと月明かりに浮かぶ飛行船の群れ。
わたしは、静かにドレス姿から戦装束に着替えながら、戦いの予感に密かに打ち震えていた。
……殺し合いとかはしたくないけど……相手が殺そうとしたって死なないような相手なら話は別。
姫様との戦い……あの緊張感や駆け引き……どれも思い出すと、ゾクゾクする。
あまり肯定したくはないのだけど、わたしも案外、好戦的なのかもしれない……。
しろがねと目が合う……しろがねもすでに着替えていて、臨戦態勢……けど、目が合うとにっこりと微笑まれる。
紅玉さんや黄玉さんも、やる気満々の様子。
うん、魔王軍最強のメンツが揃ってるんだ……どんな相手だって負ける気がしなかった!
帝国軍、はっきり言って有能なんですがね。
情報戦で負けてる上に、イニシアティブ取られてるのが辛い所。
第一章の西方軍がポンコツだったのに、この手際の良さは? と思われるでしょうけど。
今回、敵に回ってるのはアリーさん達、情報軍です。
当たり前のように陸軍とは仲悪いので、作戦協力とか論外なんですが…特殊戦やら隠密機動隊みたいなのやら、独自の兵力を多数所持しているので、むしろこう言う非対称戦が専門です。
大軍勢なんかよりよっぽど始末に負えないです。
ちなみに、情報軍はあの戦場に密偵送り込んでますし、実はくろがね達がこそこそ偵察してまわってるのも把握してました…けど、解ってて敢えて、放置しました。
放置した結果が今の状況…アリーさんのせいで、ヌルいイメージをお持ちでしょうけど。
いえいえ…実は、物凄く冷酷で機械的な集団だったりします。




