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第十八話「嵐の前の静けさと」②

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第十八話「嵐の前の静けさと」②

---Alley Eye's---

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 帝都侵入を無事に果たした私は、思わず道端でお上りさん状態で、呆然と突っ立ってしまっていた。


「アリー隊長! 何やってるんですか……思い切り目立ってますって!」


 護衛のカンザス二等上尉に半ば引きずられるように、道の端っこへ連れて行かれ、カンザス君の掌が乱暴に顔のすぐ真横にバンと音を立てて、叩きつけられる。

 

「ひぃっ! ごめんなさい! カンザス君! だって、夜になってもこんなに明るくて、賑やかだなんて……。それにあの屋台のお肉の香り……殺人的です。私、全然知りませんでしたけど……帝都って、スゴいところだったんですね……」

 

 帝国の技術は、連邦よりもずっと進んでいると聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 もう完全に田舎者丸出し状態な私だけど、カンザス君も似たような感じだったから、人のこと言えない。

 すでに散開している他の部下の皆も同じような感じなのかもしれない。

 

 けど、私みたいな階級だけ御大層なヘタレ軍人と違って、他の皆はプロの潜入工作員なのだ。

 彼らがしっかりしてくれていれば、私が多少ヘタレたって問題なかった。

 自分で言うのもなんだけど、私はお飾り指揮官と言うやつだった。


 上からは替えが効かない人材と言うことで居残りを強く命じられていた。

 けど、アオイ様たちを戦場に送り込んだ張本人が私なのだ……。

 その私が内地でぬくぬくと吉報を待つとか、彼らに顔向けが出来ない。

 

 そんな訳で、周囲の反対を押し切る形で最前線に突入することになったのだけど……。

 

「アリーさん……あのですね……。観光に来たんじゃないんですよ……我々は……。軍務です! 任務を忘れないください。それに……ここはもうすぐ戦場になるんですから……もう少し気を引き締めてください。私には、アリーさんを無事に本国に帰す義務がありますが……そんな調子では守りきる自信がありません……」

 

 と言うか、傍から見ると私っていわゆる壁ドン状態だった。

 道行く人がちらりとこっちを見るけど……カンザス君も私も普通の一般市民と変わらない服装だから、痴話喧嘩程度に思われているらしかった。

 

 これはこれで、偽装としてはいい感じなのではなかろうか。

 

 それにカンザス君、割りとハンサムだし、このシチェーション。

 噂には聞いてたけど、ちょっとドキッとする。

 

「あはは……カンザス君……そんなセリフ、女性に軽々しく言っちゃ駄目ですよ? お前を守る……なんて、女子的には男性に言われたい憧れのセリフなんですよ。今、ちょっとドキッとしちゃいました」

 

 そう言って、笑いかけると、カンザス君も困ったように苦笑する。

 

「やれやれ……アリーさんには敵わないですな。こんな敵地のど真ん中でも平常運転とか……ある意味尊敬しますよ。それにしても……こんな平和な街を戦火に晒さねばならないとは……因果な話ですな。正直、私も観光で来たかったですよ……故郷の婚約者でも連れて、戦の事なんか忘れて……」

 

 カンザス君の呟き。

 私も同感だった……考えてみれば、もうほんの数時間後には作戦が決行されてしまうのだ……。

 

 アオイ様とカヤちゃん……あの二人が本気で暴れまわれば、きっとこの大都市も酷いことになる。

 無辜の民も大勢死ぬことになるだろう……。

 

 実はアオイ様からは、二人だけで帝都に潜入して、帝城に殴り込むと言うプランを提案されたのだけど。

 それはあの二人だけに、この平和な街を破壊する罪を被せることになるし、彼ら二人に帝国軍全軍と魔王軍の相手をさせることになりかねなかった……。

 

 それに、仮に二人が帝国と魔王軍に勝ったとしても、そんな勝利は個人の勝利に過ぎず、なんら意味はなかった。

 それで、西方は帝国に一矢報いたと喧伝しても、何もしなかったのに何が勝利だと言う話になってしまう。


 この作戦に参加する将兵の生還率は、極めて低いとの試算が出ているのだけど、皆それは承知の上。

 私もカンザス君も明日の朝日を見れないかもしれない……けど、私に後悔はなかった……。

 

 この戦いは私達西方軍が捨て身でこちらの最強戦力たるアオイ様達を送り込み、共に戦い帝国と魔王軍に一矢報い……その事実を内外に喧伝する……その為の戦い。

 だからこそ、私達が戦い血を流す必要があるのだ……。

 

 私達にはもう後が無い……その危機感が皆を後押ししていた。

 

 この作戦の参加者には、強制された者は誰ひとりいなかった。

 つまり、志願者を募った上での作戦なのだけど……志願者が作戦参加可能な人数を遥かに超える人数となってしまったそうだ……。

 

 私達の任務は、アオイ様たちが少しでも有利に戦えるように、事前情報をかき集め。

 撤退支援の準備をする……これが主任務だった。

 

 空挺降下し帝国軍と直接戦う部隊と違って、裏方の支援任務なのだから生還率は多少高いそうだけど……。

 私だって、そんなヌルい覚悟で戦地に赴いてるわけじゃない。

 

 そんな事を考えていると、隣を歩くカンザス君が突然、屋台で買い物を始めた。

 あれー? 気を引き締めろって言ってたのに、買い食いとか……なにしてるの?

 

 ひょっとして、さっき屋台のお肉の匂いのことで騒いでたから、ちょっと気を使ってくれたのかな?

 

 愛想のいい丸顔の店主から、熱々の串焼き肉を手渡されたと思ったら、包装紙にメモが挟まっていた。

 カンザス君がひょいとメモを取り、内容を確認すると、タバコに火をつけながらメモを軽く火で炙ると瞬時に燃え尽きた。

 

 仮にも情報軍の将校なのに、最前線の諜報員との連絡方法なんて知らなかっただけに、一連のやり取りに何と言うか……感動を覚えてしまった。

 

 一言で言うと……「なんかカッコイイッ!」

 

 と言うか、そう言う予備知識とか教えられてないんだけど……。

 

 つまり私……諜報員としては全く期待されてないって事……やっぱりお飾り……。

 

 確かに、その手の情報を持ったまま私が捕虜になったりしたら、大変な事になる。

 痛いのは無理なんで、拷問とかされたら白状……しちゃうだろうなぁ……私。

 

「最新情報です……やはり、帝城に魔王軍の幹部が来ているようですね。人数は5名……レッドにイエロー……どちらも戦略級魔術の使い手達です。そして、ブラックロックとシルバーナイト……例の魔王軍のエース格の二人です。それとハーミット……魔王の軍師が同行してるそうですが……こいつは戦力外と言う話です。確認されている中でも、最強クラスの連中です……これは厄介なことになりましたね。ただし、こちらに勘付かれた様子も無いようです……。治安部隊も帝城の警備に人員を取られているようで、市街地の警備体制は今のところザルみたいです。実際我々もあっさりと潜入できてしまいましたからね……帝国諜報部は何をやっているのやら……。今夜は帝城で宮廷晩餐会が開かれてるとかで、どうも油断しきってるようですね」

 

 さっきのメモは帝都潜入諜報員からの最新情報らしかった。

 ちなみに、今の屋台の店主はただの連絡員で、実際に諜報活動をしている諜報員との間に、2、3人くらいの連絡員を挟んでいるとの事……。

  

 帝都にも西方の諜報員が多数潜入していて、日夜向こうの諜報部門と水面下の攻防戦を繰り広げていると聞いていたが……鮮やかなものだった。

 

 この情報戦能力については、西方が東方よりも明らかに秀でている点で、実は帝国の開発した銃火器技術や内部事情など重要機密も相当数西方に流れて来ている。

 

 魔王軍の所在やメンバーの能力も、回廊の戦いの生き残りの証言などで、こちらでもかなり詳細に把握している……と言っても、あの怪物共については未知の部分も多いのだけど。


「敵を知り己を知れば百戦危うからず」


 ……カヤ様から、聞いた言葉だっけ……。

 敵についても味方についても情勢をしっかり把握していれば、幾度戦っても敗れることはないということらしい……何処の誰かは知らないけれど、良く言ったものだ……。

 

 それにしても、魔王軍のエースクラスが来ているとは……。

 アオイ様達は、魔王軍の幹部達との戦いを望んでいたようだったけど……正直、不安だった。

 

 特にブラックロックのコードネームで呼ばれる魔王軍の戦士は、帝国の守護者……エーリカ姫と互角に戦った魔王軍の最強戦士と言われる化物だった。


 それから、私達は腕を組んでアベックのフリをしながら、各所で諜報員からの報告を集めつつ、帝都の下見を重ね、郊外の廃屋の地下室に設営された臨時のアジトへ向かった。

 

 尾行や治安部隊にマークされた形跡はなし。

 どうやら、宮廷警備にかかりきりで警備体制が穴だらけになっていると言うのは間違いなかった。

 実際、支援作戦の一環で帝城でボヤ騒ぎを起こしているので、向こうは帝城の守りを重視したようだった。

 

 部下たちも続々と集まってきて、集めた情報を整理し、最終結論を出す。

 

 作戦決行可否判定については、イエロー。

 要注意ながらも、敵に備えなし……作戦実行に支障なし。

 

 想定より敵戦力が強力ながら、警備体制を含め、一切備えらしきものはなく……勝算ありとの判断だった。

 通常戦力は、皇都防衛親衛騎士団が常駐しているものの、それ以外は治安部隊が居る程度。

  

 天候は……残念ながら晴れの見込みのようだった……月明かりが邪魔なのだけど。

 これは……侵入経路を工夫すれば問題ないだろう。

 

 そもそも、空からの襲撃への備えなんて、想定外も良いところだろうから、今回に限っては問題ないだろう。

 

 そして、私達も武装を整える。

 黒塗りの革鎧に剣、小型のクロスボウ……そして、強力な爆発魔法を封じ込めた魔法石を一人ひとつ所持する。

 手で投げても確実に自分を巻き込むくらいには強力なので、武器としては使えない。

 要は、追い詰められた時、敵を道連れに自決する為の自爆用……。

 

 万が一、アオイ様達が敗走となった時は、私達も総員特攻を仕掛け時間を稼ぎ、何が何でもアオイ様達だけは本国に帰還してもらう。

 そのような手筈だった……魔法石を持つ手が震えそうになったけれど、そこら辺は将校としての意地で堪えた。

 お飾り指揮官だって、少しは意地を見せないと示しがつかないのだ。

 

「勇者アオイ様と西方諸国同盟に勝利を! そして、我らの失われた栄光を取り戻す! 皆、勝利のために命を捧げよ! 乾杯っ!」


 そう一言告げると皆が一斉に唱和し、全員で掲げたワインを一気に飲み干す。

 

 本当は、命を捧げろなんて言いいたくなかった……むしろ、皆、無事に帰還しようと言いたかったのだけど。

 この戦い……生きて帰れるなんて思わない……その覚悟で皆、この場にいるのだ。

 

 だから、その言葉は私の胸の中にしまっておく事にした。

 

 皆の顔をひとりひとり見つめると、皆、笑顔を返してくれた。

 こんなお飾り指揮官でも皆、ちゃんと私のことを上官として認めてくれているようだった。

 

「よしっ! お前ら……解ってると思うが、くたばる順番はアリー隊長が一番最後だからな。上官死なせて、自分だけ生き残るとかみっともねぇ真似すんじゃねぇぞ! 全員、連邦軍人魂ってもんを帝国と魔王軍の奴らに見せつけてやれ!」


「解ってますよ……カンザス副長、見目麗しき上官の為に死ぬとかなかなか悪くないじゃないですか……。けど、もし無事に帰れたら、アリー隊長……生き残った全員にキスのご褒美とかどうです? そう言う事なら、俺ら地獄の底までお供しやすぜ!」

 

 古参兵の一人がそんな軽口を叩くと他の皆もヒューヒューと口笛を吹いて、はやしたてる。

 皆、無事に戻れるなら、それくらいサービスしても良いかなって思う。


 口を開くときっと泣いてしまうと思ったので……返事代わりに、ニコリと笑って頷くと、全員ドッと快哉をあげる。

 

 私は……たぶん、この光景を忘れられないだろう……最期のその瞬間まで……。

 

 そして……間もなく作戦開始時刻だった。

 

(……アオイ様、カヤ様……ご健闘をっ!)

という訳で、アリーさんのスニーキングミッション。

予想通りのお荷物っぷりです。


なんで、こんなポンコツな人が情報軍の将校? と思われるでしょうけど。

彼女は元々主計官…要は軍隊のお財布係みたいなポジションで諜報戦はおろか、戦闘もさっぱりです。


ただ…アオイ達と個人的なツテが出来てしまったので、周囲から特別扱いされてるので、階級と発言力はものすごーく高いです。


そんな重要人物…特攻任務に出すなよって感じなんですが…彼女の言い分は正論な上にアオイ達のやり過ぎを止められそうな人物を最前線に配置せざるを得ない…という事情もあります。


情報軍の将官クラスは皆、おじいちゃん将軍ばかりなんですけど…皆、涙ながらにアリーさんを見送ってたりしますし、カンザス君達には死んでも守り抜けと言う死守命令が下ってたりします。


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