第十五話「訳アリ勇者様の異世界戦記」①
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第十五話「訳アリ勇者様の異世界戦記」①
---3rd Eye's---
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この世界には、魔王がいる。
そうなると、必然的に対抗戦力となる存在……勇者と呼ばれる者がいても不思議ではない。
正確には、過去にそのような存在……世界の守護者がいた。
けれど、それは今は亡き者……いかなる理由で最期を遂げたのか……?
それは記録自体が残されていないので、知る人はいなかった。
ただ、その身体だけが「勇者の骸」と称されて、西方諸国連合の一国ブレイブル王国にて秘匿されていた。
そして、有事の際には、秘術を以って勇者を蘇らせて、世界の敵と戦う。
それがその国に課せられた役割だった。
それは過去に何度となく行われてきて、世界の敵との戦いに投入されてきて、いずれも多大なる戦果と勝利をもたらせてきた。
けれど、そのブレイブル王国はすでに滅んでいた。
それも一夜にして。
何が起こって、滅び去ったのかは誰にも解らない。
そこで起きた事だけ言うと、ブレイブル王国の首都は一瞬で灰塵と帰した。
西方有数の大都市だったその首都ブレイスター、そしてその住人数十万人の人々も、何もかもが。
西方連合の宗主国……グノー連邦の調査団の調査報告では、ブレイブル王はもちろん、首都の生存者は皆無。
生きとし生けるものすべてが消えたすべてが焼き尽くされた廃墟。
それだけしか残されていなかった。
近隣の村の人々の話だと、天を穿つような巨大な炎の柱が立ち上るのが見えたと言う話だったが……解った事はそれだけだった。
そして、廃墟と化したブレイブル王国の王城からは、何も見つからなかった。
この国の存在意義たる「勇者の骸」も……。
それが西方側の公式記録であり、ブレイブル王国の最期は誰にも解らないままだった。
それが半年ほど前の出来事。
そして、舞台は西方連合の北方大平原にほど近い街に移る。
……ブレイブル王国を滅ぼした張本人達はそこにいた。
「さてと……カヤちゃん、私たちはこれからどうするべきだろうね? アリーさんが言うには、私らはこれまでガッツリ監視されてたし、本来は大罪人扱いされる所をお目こぼしされてきたんだってさ。まぁ……ついカッとなっちゃたっとは言え、一国の首都吹き飛ばしちゃったから、そう言われても返す言葉もない。やったのは私だから……反省はしてる……この分だと地獄行きは確定かな」
そんな事を言いながら、その赤い髪の青年は不敵に笑うとふんぞり返って、手にしたジョッキを煽る。
言葉とは裏腹に反省しているようにはとても見えなかった。
彼の背後には、寄り添うように白い髪のエプロン姿の少女が付き従い、テーブルを挟んで向かいにはローブ姿のふわふわした茶色の髪の眼鏡の女性が一人。
彼女……アリー情報軍二等上佐は無表情を装ってはいたが、緊張は隠せない様子だった。
当たり前である……彼女の目の前にいる二人は……伝説の勇者とその手綱を握る「戒めの巫女」。
過去、幾度ともなくブレイブル王国によって、戦場に投入され戦局を軽く覆した程の超戦士達なのだ。
過去、帝国の守護者達とも互角以上に戦ったと言われる伝説級の存在であり、おそらくブレイブル王国を焼き尽くした張本人。
臆するなと言う方が無理だった。
彼女が対応一つ間違うだけで、この街くらいは軽く地図から消える。
だからこそ、彼女はこれまで慎重に対応してきた……彼らの力だって、十分すぎるほど解っていた。
彼女は元々グノー連邦情報軍から、彼らを監視、可能なら捕縛するよう命を受けている正規の軍人だった。
しかしながら、ドラゴンすらもあっさり屠る彼らを捕縛するとか無謀な真似は早々に諦めた。
そこで、彼女はまずは信頼関係を築くべきとの方針で、これまでそれなりに上手く付き合ってきたのだった。
「アオイ先輩、あの人達は死んで良い人達だったと思いますわ。世界の守護者たるわたくし達を意のままに制御できてるとか勘違いしてたおめでたい人達ですからね。死んだ人間の数なんて、10人も1000人も大差ないですよ。それに、どちらかと言うと引き金を引いたのはわたくしです。なので、地獄行きはわたくしの方ですわ……」
そう言って、カヤはアオイを背中から抱きしめる。
「カヤちゃん……つれない事言うねぇ……カヤちゃんが地獄行きなら、私もそれに付き合うよ。何処に行ったって私達は一緒って……そう誓いあったじゃないか……」
そう言って、アオイはカヤを抱き寄せると耳元でボソボソと呟く。
カヤのほうが少し照れたような表情と共に蕩けたような顔をする。
アリーも昼間から、そんな物騒な会話とイチャつきぶりを見せつけられて、居心地の悪そうな様子を見せる。
この二人については、いつももこんな調子なのだけど……こうも臆面もなくやられると、20代後半独身のアリーとしては、何と言うか……色々辛い。
それに、この交渉を始める前までは、この二人には様々な依頼を持ちかけ、こなしてもらうと言うクライアントであり、私的にも友人でもあるという関係だったのだ。
彼らがこの街に流れ着いてから、居着くまで結構色々あったのだ。
アリーはあくまでソフト路線を貫き通し、結果……プライベートで食事をしたり、お酒を酌み交わす程度には良好な関係を築き上げてきたのだ。
「あ、あの……一応、予め言っておきますが。ブレイブル王国の件は、我々としては一切不問とする方針です。あれは一種の天災だったと認識していますし、ブレイブルの不手際故の自滅だと思います。運命を共にした民には同情を禁じえませんが……もう運がなかったとしか言いようがないです。そこに住んでたのが悪い……と言った所ですかね」
アリーはそう毅然として言った。
彼らに何かを強要することや罪に問うことは、やりたくても出来ない相談だった。
仮に彼らを敵に回したら、間違いなく西方は滅びる。
そんな危険物を軽々しく扱っていたブレイブルが滅んだのは、必然……要するに「ばっかじゃねーの!」と言うのがアリーなりの結論だった。
だからこそ、アリーは数ヶ月もの期間を使って、彼らと信頼関係と言うべきものを築き上げてきたのだ。
本来ならば、もう少し時間をかけたかったのだけど。
各方面からの圧力に屈する形で、今回彼女は自らの身分と目的を明かした上で、彼らとの交渉に臨んでいた。
アリーとしては、色々台無しにされて、憤懣やるかたなしなのだけど……。
先の回廊の戦いの大敗を受けて、西方にも後が無いと言うことは軍関係者のひとりとして良く解っていた。
おまけに、バーツ王国を切り捨てた件も、西方諸国連合間に大きな軋轢を産んでおり、何らかの軍事的な成果をあげないと、連合自体が持たない……そんな状況なのだ。
なので、アリーのこの交渉は西方連合の命運を賭けた一大交渉なのだ……失敗は許されなかった。
当然、この件には多くの軍関係者が横槍を入れてきていたが……。
アリーは自分が彼らからある程度、信頼されていると自負していたから、すべてお断りし、上層部もこの件はこれまでのアリーの実績を信頼する形で全て一任させてくれたのだった……。
本当は周囲としては、ハラハラドキドキのギャンブル状態なのだが……自分達にない発想で、それなりに上手くやってきたアリーの手腕に賭けたのだった。
「ふーん……けど、そんな風に言ってる割には、この家を取り囲むように、伏兵置いてるみたいですね……50人くらい? アリーさんも人が悪いですわね……話し合いと称して、やる気満々じゃないですか。でも、この程度でなんとなかなると、思ってるんですかね……」
そんな風にカヤが微笑みながら返すと、アリーは露骨に脂汗と共に引きつった笑みを浮かべる。
それは事実だった……けれど、隠密作戦のスペシャリスト達で、交渉決裂時の保険だとしか聞いてなかった。
けれど、あっさり気取られて、人数まで把握されているとか……全く意味がなかった。
アリーは今すぐ外へ出ていって、部隊の隊長を引きずり出して、はっ倒してやりたい気分だった。
(だから、余計なことするなとあれほど……どうせバレるんだって、散々言ったのに案の定じゃないっ!)
しかしながら、改めて、彼女は自分の方針が間違っていなかったと実感する。
力関係で言うと、アオイ達の方が上なのだ。
兵隊なんて、いくら用意したって無駄。
自分より強い相手と交渉するには、信頼関係と利害関係がモノを言うのだ。
信頼された上で、相手にとって利益を提供できれば、相手の方が強くても交渉にはなる。
これまでの付き合いで、アオイの方は割りと常識人で人当たりも良い人物だと、アリーは評価していた。
要は、交渉や信頼関係次第でなんとかなる人物なのだ。
けれど、どちらかと言うとカヤの方が問題で……アリーにとっては、彼女をどう説き伏せるかが課題だった。
そんな訳で、第二部の敵役となる面々の登場です。
勇者アオイ様とカヤちゃん。
ガンフロの方を読んだ人はあれ? もしかして…。
とか思うかしれませんが。
実は、あっちのスピンオフキャラです。
向こうでは、この二人はド付き合いの仲でしたけど、こっちでは仲睦まじい夫婦みたいな調子です。
アオイ様は元々女の子なので、口調とか男らしくなかったりします。
何でこうなったのかは…ガンフロの方で描く予定でしたが、あっちの執筆、止まっちゃいましたからね…困ったことに。
アリーさんは、ヘタレな苦労人ポジションですけど。
肝も据わってて、実は結構デキる子です。




