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第十四話「帝都」③

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第十四話「帝都」③

---3rd Eye's---

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 やがて、馬車は帝都の帝国科学院へ到着する。

 ここは帝国の頭脳を結集し、日夜最新鋭技術の開発が続けられている帝国科学技術の総本山たる組織で、くろがねとしろがね、黄玉はエーリカ姫と共に見学と称して、各種技術や世界情勢と言った情報交換を行う手筈だった。


「ワイズマン様……わたし達はここで、なんか色んな物を見せてもらえるそうなので……ちょっとだけ別行動になりますね。けど、お一人で大丈夫でしょうか? ……ワイズマン様って、戦えないし、割とインドア派なんで色々心配なんですけど……」


 別れ際に、エーリカ姫に手を取られながら、くろがねがためらいがちに振り返る。

 この二人は、本来敵同士にも関わらずすっかり、意気投合して仲良くなってしまった……ワイズマンとしては少々複雑だったのだが。


 くろがねはあの戦いの功労者であり、ワイズマンにとっても、「黒の節制」は良く知る戦友の一人でもあった。

 彼女にとっての敵とは戦いそのものであり、使徒の所属陣営すら関係なかった。


 要は「皆、仲良くしましょう! 喧嘩するなら全員はっ倒す!」……そんな調子で戦いを続けるもの全てを蹴散らし沈黙させることで、力ずくで戦いを止める……。


「黒の節制」とはそう言うバイオレンス平和主義の使徒なのだ。


 くろがねの人となりをよく理解した今だからこそ、今更ながらあれはそういう事だったのかと、納得できてしまう話なのだが。

 

 だからこそ、くろがねにはやりたいように好きにさせるというのが、魔王様との取り決めだった。


「なぁに、紅玉が付いてるから、心配いらんさ……ダイン卿がその気にならない限り問題ない。それに、こう見えてもこんな国家レベルの外交交渉とかも初めてじゃあない……むしろ、お前のほうが心配だ。くれぐれも、羽目を外しすぎるなよ……魔王軍の威信ってもんを背負ってるって、自覚して行動しろ」


「くろがねっ! 安心なさいな……妻として、この私がワイズマン様のお側にいますから、万事ご心配なくっ!」


 胸を張って、妻宣言をする紅玉に事情を解ってないくろがねは、露骨に目を細めて、何言ってんのコイツ的な反応をしかける。


「まぁまぁ、くろがねちゃん……あのね……」


 エーリカがくろがねに耳打ちをすると、くろがねのワイズマンを見る目が見る間に冷たくなっていった。


 何とも冷たい目で見つめながら、エーリカと二人ボソボソと小声で話をしながら、憮然とした様子で離れていった。

 何を吹き込んだのかは良く解らないが、100%ロクでもない内容に違いなかった。


(要らぬ誤解をさせてしまったか……いずれ、何とか誤解を解かねば……と言うか紅玉……コイツ、まさかのヤンデレだったのか……!)


 お邪魔虫は消えたとばかりに、しなだれかかる紅玉に、軽い頭痛を覚えながら、ワイズマンは三人を見送った。


 馬車に残ったのは、ダインとワイズマンそして、紅玉の三人となる。

 ワイズマンの戦闘力は皆無だが、紅玉一人で帝都を灰燼に帰すくらいの真似はやってのける……その程度には強烈な実力者なので、護衛としては申し分なかった。


「いやはや……なんとも、ごちそうさまとでも言うべきか……」


 そのやり取りを興味深そうに見つめていたダインへ、ワイズマンが問い詰める。


「なぁ、ダイン卿……この後は……皇帝陛下に謁見後はどんな予定なんだ? ……あまり、下らん茶番に付き合わさせるなよ」


「まぁ、言いたいことは解る……この手の外交儀式って奴は肩が凝っていかんからな。とは言っても……お前さん方は我が帝国の国賓扱いだからな……。お客様を丁寧にもてなさんと我が国の沽券に関わるわけよ。馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、ここはひとつ付き合ってくれや。」

 

 そう言って、ダイン将軍はメモ帳を取り出すとパラパラとめくる。

 この男……雑そうに見えて、結構マメらしい。


「そうさな……このあとは……まずは陛下と謁見、諸々の条約の再確認……。まぁ、内容は魔王城で魔王様に確認してもらった内容と寸分違わずだ。陛下の承認のお言葉を以って、我ら帝国と魔王軍の講和条約は正式に締結される。面倒くさいかもしれんが、対外的なもんもあるからな……条約への箔付けみたいなもんだ。その後は他の連中も含めて、宮中晩餐会にご招待だ……旨い料理と旨い酒……そして、いい女……最高の贅沢だ。社交ダンスくらい踊れるか? パートナーのご婦人方も選り取りみどり……。ってまぁ、間に合ってそうだし、これはいいか。ハハハ……」

 

 パートナーのご婦人とか要らないキーワードを出したせいで、紅玉に睨まれたらしい。

 ダイン将軍も引きつった顔をして、乾いた笑いで取り繕う。


「まったく……それにしてもティエルギスの帝都も久しぶりだ……。400年も経つと色々と変わってしまうものだな。当時はもっとこじんまりとしてたが、あの魔王様の怒りを買い焼き払われた国が、今や世界有数の大国になってるとはな……。この国の人々は魔王様を恨んでたりしてないのかねぇ?」


 400年前の大戦では、このディエルギス帝国は魔王軍と最も激しく戦った国の一つだったのだが。

 この帝都ダイスンは魔王様の単身殴り込みで甚大な被害を受けた。


 魔王様曰く「当時の皇帝と平和裏に話し合って、きっちり話を付けた」との事で、どんな話し合いだったかは誰も知らないが……。

 

 その日以来、帝国は魔王戦争から全力で足抜けし、近隣諸国を纏め上げる事に心血を注ぎ始める。

 これが帝国を盟主とする東方同盟の成り立ちだった。


「とりあえず、戦争とか面倒くさいから仲良くしません? お断りなら戦争なんだけど、うちの軍強いよ?

 勝てる自信がないなら、まずは話し合いましょうや。」


 とまぁ……強大な軍事力を背景に、こんな調子の積極的平和主義を掲げ、着々と同盟国を増やす……。

 そんな国策の元に東方同盟は大陸東方を中心に版図を着実に広げ、その対抗勢力として、西方諸国連合が自然発生し、大陸を二分する二大勢力による睨み合い……これが今現在の世界情勢だった。


 双方の接点は大陸自体がOの字を横に広げた広大な内海を擁する特異な形状をしていることも相まって、数えるほどしかない。

 もちろん、内海を超えれば、どこでも隣接しているようなものなのだが……。

 

 この世界の海軍はまだまだお粗末なレベルで、海戦と言ってもお互い体当たり合戦をしたり、船同士を隣接させて白兵戦と言った調子。


 銃火器はもちろん、大砲すらないのだから、自然こんな風になる……海戦については、もはや完全にローマ時代レベル。

 その割に素材や技術向上に伴い船自体の強度は上がっているので、お互い船は滅多に沈まないと言った有様となってしまい……。

 海軍同士が争っても、双方決定的な勝利も敗北もしないといった状況で、どちらも海越しは非正規戦くらいしかまともに戦えていなかった。


 接点のうちひとつは北方のほぼ一年中、雪に閉ざされる北方大平原と呼ばれる地域。

 さらに、南部の内海沿いの海岸線沿いの地域。

 

 もう一つが、このトゥーラン回廊と呼ばれる峻険な山岳地帯と広大な原生林に挟まれた地域……つまり、現在の魔王領だった。


 この時点で、地政学的に魔王城が世界の火薬庫のような地域なのが容易に理解できるだろう。


 帝国としては、トゥーラン回廊を巡っての西方バーツ王国とパーラミラの国境紛争にいい加減うんざりしており、いっそトゥーラン回廊なんて、消えてなくなってしまえば良い! と言うのが本音だった。

 

 そこへ、まさかの魔王様の再来と、その配下の尋常ならざる戦いぶりを間近に見せつけられて、こう思った!


 こんなのと戦争なんて冗談じゃない! 共存共栄、譲歩しまくったって構わない!


 過去の遺恨とか知ったこっちゃない……むしろ、400年前の皇帝陛下の遺言は正しかった!

 それに魔王軍の重要人物助けちゃったから、貸しもあるって事で仲良くしません?

 トゥーラン回廊? そんなのうちも要らないから、魔王様是非持ってってくださいっ!


 ……とまぁ、帝国の皆様のお気持ちを代弁するとこんな感じ。

 

 何より、帝国の最重要人物のエーリカ姫様が、魔王軍のエースくろがねと拳交えた友として、すっかり仲良くなってしまったのが大きい上に、その勝敗すらもダイン将軍の乱入であやふやになった。


 帝国としては、もう姫様もダイン将軍も超グッジョブ以外の何物でもなかったのだ。

 必然的に二人の発言力や帝国内での権限も相応に向上している。


「まぁ……そうだな……400年も前の事なんて、皆今更どうでもいいと思ってるさ。なんせ当時を知るやつなんて、もう誰も生きちゃいない。そもそも、皇典にも千年魔王には喧嘩売るな……なんて事が書いてあるくらいだ……。成り行き上やりあっちまったんだが……うちは元々アンタらとの戦争は乗り気じゃなかった。兵隊ずらりと背中に並べて、戦争なんて面倒くさいから、話し合ってお互い仲良くしましょうってやるのが、我が帝国のやり方だ。おもしれぇだろ? 兵隊はハッタリと裏工作の為にいるようなもんだってんだからな。それに、何より先の戦は、俺達としては実に美味しい結果になったからな。おかげさんで……年中行事だった西方との争いも当分一息つけそうな情勢だ」

 

 そう言うとダイン将軍はニヤリと笑う。

 

「我々としても、居場所をもらえたと言うのは僥倖だったからな。我々の第一の目的がまさにそれだったんだ……堂々と地上に戻って、居場所が欲しい。それが魔王様や我々魔王様の臣下の悲願だった……それがこう言う形で適ったのは願ってもなかった。使徒としては、我々は敵同士だが……それを棚に上げちまえば、帝国と争う理由はないな」


「そういう事さ……うちとしてもトゥーラン回廊……今は魔王領って事になったんだが。あそこを巡る争いに辟易してたんだ……この分だとバーツ王国もこっちにひっくり返りそうな情勢だしな。一般庶民ですら、今回の魔王軍との講和を記念って事で税金が安くなってな、ちゃんとおこぼれに預かってる。帝都の連中だって、見てみろ……どこもかしこもエラい活気に満ちてたろ?」


「そうだな……首都とは言え、ここまで賑わっているような都市はそうそうないだろうな」


「だろ? だから、むしろ堂々としていて構わんさ。権威的にもどっちかと言うと、現皇帝陛下が魔王様に頭を下げる立場なんだぜ……喧嘩売るような真似しちまってすんませんってな! ご先祖様のお言葉ってのは、帝室にとっては神の声にも等しいからな……。魔王様と当時の皇帝陛下もどんな話し合いしたんだかな……。いずれにせよ、その名代たるお前さんやその取り巻き連中も帝国は国を挙げて、歓待する! まぁ、ゆっくりしていってくれ!」


 そんなダインの言葉に、ワイズマンはあの時、どこかひとつでも掛け違えていたらこうはならなかっただろうと……改めて思った。


 例えば……天使を天に返し、殲滅戦を続けようとした皆に冷水を欠けるように玻璃が放った一言。


「一方的な虐殺は正義じゃない」


 その言葉がきっかけで、皆が動揺してしまい西方本陣への総攻撃が遅延し、手ぬるいと言える威嚇程度に留まってしまったのだ。


 それが結果的にエーリカの介入の隙を与え、西方の多くの将兵の命が救われ、東西両軍相打たせると言うワイズマンが意図した結果までも止められてしまった……だが、それは最小の犠牲での戦争の集結と言う結果をもたらした。


 玻璃にあの言葉を言わしめたのは……敵の総司令官との一騎討ちでのやり取りだったのかもしれない。

 そう言う意味では、戦死した西方軍の総指揮官は立派な仕事をしたと言えた。


 そして、くろがねとエーリカの戦いが、双方共倒れやくろがねの敗北だったら。

 間違いなく、魔王様の報復は帝国にも向いていただろう。


 くろがねが勝ち、エーリカだけが負けていても、こちらは圧倒的勝者となっていたかもしれないが……。

 

 その後、こちらは東西全てを相手取っての泥沼の戦いに突入するしかなかった……。

 

 帝国の最重要人物たるエーリカ姫を失った帝国も魔王軍とは弔い合戦を戦うしかなかっただろうし、西方からも新たな軍勢が送り込まれていただろう。

 

 もとより、その展開は覚悟の上だったが……それは400年前と同じ結末となったかもしれなかった。


 あのタイミングで、双方共倒れの結果を覆し、本来敵である「黒の節制」すらも身体を張って助けたこの男。


 結果的に、東方と魔王軍との話し合いのきっかけを作り、講和を結び、帝国にとっても最高の結果をもたらした……。


 そして、その結果が今のこの状況……まさに王道を行く英雄たる者の所業だった。

 敵ながら、尊敬に値する男だと、ワイズマンは思いを改めた。


 やがて、三人を乗せた馬車は宮殿へ到着する。

 裏口からお忍びでなどと言う事も無く、正面玄関から多くの役人、使用人が出迎える中での到着となった。


 ダイン将軍がまっ先に降り、レディファーストと言う事で紅玉がその手を取られながら下車。


 紅玉の子供のような外観も、ハッタリを効かせた服装と、燃えるようなルビーレッドの髪。

 そして、その堂々とした高貴さを感じさせる佇まいと独特の威圧感が相まって、誰も子供扱いなど出来なかった。


 くろがね辺りならアタフタしてしまって、グダグダになっていたかも知れないが、紅玉については実に手慣れた様子で見事にファーストレディを演じ切っていた。


 彼女の出自もなかなかに興味深いと思ったが、下手に深入りするのは非常に危険だった。

 そんな紅玉はヤンデレ属性……ロックオンされてしまったら、本人が飽きるまで、どうしょうもない。


 ダインに促され、ワイズマンも馬車から降りるとごく当たり前のように紅玉がその腕を絡めてくる。


 こう言う場のしきたりで、夫婦関係でなくとも女性のパートナーを妻のように扱う……事前に姫様からレクチャーを受けていたのだけど、実際は慣れない事に膝が笑いそうなのを懸命に堪えていると言うのが実情だった。


 ワイズマンはそれなりに礼節をわきまえてはいるが……。

 実はくろがねに偉そうなことを言っておきながら、こんな外交儀礼とは縁なぞなかった。

 紅玉がエスコートしてくれている上に、むしろ彼女が注目を浴びているので、ボロは出てない。


 正直、紅玉を連れてきて正解だった……普通の者なら、ここまで堂々と立ち振る舞うことは出来ないだろう。

 別に嫁なんぞ要らんが、やはり優秀な奴だとワイズマンは思った。

 

 ヤンデレでさえなければ……ヤンデレじゃなければ……。

 世の中には完璧超人なんていない……いい実例だった。


 かくして、ワイズマンと紅玉は魔王様の名代として、皇帝陛下との謁見の場に向かった。


さて…帝都編です。

少々冗長かつ退屈な展開ですけどね。

話の舞台が広がったので、説明回が続くのはしょうがないです。


さて…次回は、ガラリと舞台が変わって、西方側のキャストとなります。


次回…サブタイトルは「勇者」!!


この話…実は魔王モノなんですよね。


当然、敵は勇者様…という訳です。

アンダスタン?

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