第一話「Dreams come true」②
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第一話「Dreams come true」②
---Kurogane Eye's---
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「40秒経った! って、やっぱり着替え終わってもいないし、寝癖もひっどいし! また髪の毛乾かす前に寝たんでしょっ!」
実際は40秒以上は経ってからだけど、しろがねが舞い戻ってくる。
メイド服の背中のチャックがうまく上がらなくて、いい加減涙目になりながら悪戦苦闘してる最中だった。
言われて、髪の毛を見ると寝癖で後ろの方とかがボッサボサ……おまけに、何だか一房だけピョコンと飛び出して、アホ毛みたいになってるし……うっわ、なにこれぇっ!
「まったく、くろがねは私がいないとダメって事か……よっし! 任せて、手伝ったげるよ!」
楽しそうに腕まくりしながら、しろがね。
なんか、獲物を見つけた肉食動物みたいな目をしてるけど、頼もしい援軍の来援に感謝!
手慣れた調子でテキパキと服装を整えてくれるので、手の空いたわたしは、寝ぐせの付いた髪を櫛で梳く。
「し・ろ・が・ね……いつもありがとっ!」
アホ毛をおとなしくさせながら、可愛らしく区切りながら、ウインクしながらしろがねの名前を呼ぶと、気にすんなと言いたげに手を振って微笑み返す。
彼女も最初の頃は無愛想な上に妙にツンケンしてて、わたしとしてはあまり第一印象が良くなかったのだけど。
今はもうすっかり、優しくも頼もしいお姉ちゃんって感じ……おまけに可愛い! なんか、同姓なのが残念なくらい。
え? しろがねが異性だったら? そりゃあ……もち、結婚しますよ?
だって、しろがねが男の子だったら間違いなくイケメン……押し倒されちゃったらどうしようっ! きゃーっ!
逆にわたしが男の子だったら、あんな可愛い生き物ほっときません……絶対襲っちゃいます。(キリッ)
……えーと……それはさておき……。
まぁ、要するにしろがねの最初のツンケンは……ちょーっと不器用な上に色々立場的に、どう接していいか測りかねてたってだけだったみたい。
思い切って「しろがねお姉さま……もっと優しくして……うるうる、ごろにゃーん」って感じで、二人っきりになった時に抱き付いてベッタリと甘えてみたら、なんと言うか……コロッとデレた。
なんでも、わたし達は同時に作られたほとんど同じような能力を持つ姉妹のようなものだったのだけど。
わたしだけ目覚めるのが妙に遅かったらしく、結構長いこと相方不在が続いていたらしい。
その間、もしかして……もうこのまま永遠に目覚めないままなんじゃないかとか、他の姉妹同士の娘達が仲良くしてるのを見て、羨ましいなぁ……とか色々思ってたのだそう。
なので、わたしは待望の妹分……と言った感じだった訳で……。
本当はものすごーく可愛がりたくて、可愛がりたくて、仲良くしたいなぁって……。
そんな気持ちがいっぱいで仕方がなかったのだけど、自分のキャラ的な関係や立場的なモノもあって、そうはいかないし、そもそもどんな風に接すればいいのか、とか色々葛藤してたらしい。
そんな中、いざ、わたしからベッタリと甘えられてしまったら、色々彼女の中のリミッターが飛んでしまったらしい。
以来、なんかもうベッタベタ……なにせデレッた当日に枕持参でわたしの部屋へやって来たくらい。
姉妹ってこんなもんなのかな……正直、良く解かんない。
なにせ、わたしは姉妹、兄弟なんてのに縁はなく……一人っ子。
あ、一応弟が出来たんだっけ……顔も見れずじまいだったけど。
それに、友達らしい友達も結局誰一人いないまま。
……うん、ぼっち属性ってやつ? 仕方が無いじゃない……小学校くらいまでは、普通に男の子とかに混ざって遊んでたけど、中学くらいからは学校なんかも数えるほどしか行けなかったんだからさ。
同じ病院の患者さん達も……病院って所は、隣の病室が夜中騒々しいと思ってたら、次の日、忽然と空になってたとか、良くある事。
だから、誰かと必要以上に仲良くなると……辛い思いばかりする……人の命ってのは儚いんだ。
友達……友達……あ、ネトゲの仲間なら何人か……いたのか。
仲間や相棒みたいな感じのコや、宿敵みたいな連中とか……むしろ、あっちの世界の人間関係の方が色々あったかもしれない……結局、ある日突然フェイドアウトみたいな感じなっちゃったのは……わたしの心残りのひとつ……。
とにかく、正直比較対象が無いから良くわからんのです……はい。
しろがねとは一緒にお風呂に入って洗いっこしたり、寒い夜にお互い抱きまくら代わりにしたりとか……。
チューとかはさすがに……でも、ほっぺにチュッくらいの事はやるでしょー?
しろがねが言うには「これくらい普通だよっ!」との事だし、お肌のふれあいって、あまりそう言うのに縁がなかったから、むしろすっかり大好きですよ?
それに二人ベッタリくっついるとこを見た魔王さまからは「うむ、やはり二人並ぶとええのう……可愛いは正義ぢゃ!」なんてお言葉を頂いたので、問題なし。
魔王様のお言葉は絶対なお言葉、疑問を挟む余地なんか無いし、反論は許されないのだ! イイね?
とまぁ、そういう事。
これ以上、人の事をどうこう言うのは無粋なので、わたしのしろがねと言う娘の人物評についてはここまで。
ただ……実際のところ。
彼女はこのお城の武闘派と呼ばれる面々の中でもナンバー3と言う位置づけで、有事における指揮官権限を持っている……つまりいわゆる幹部の一人なのだ。
本来はわたしみたいな新人のお守りとか、わたし一人にかまけてるとか、そんな立場じゃないらしいのだけど……。
例の「二人並んでると可愛いくてエエのう」発言という魔王様の言質をいただいているので、問題なしとなったらしい。
おまけに、わたしもなんか知らないけど、幹部候補みたいな扱いうけてて……正直、ちょっと困ってる。
ちなみに彼女……結構、スポ根体育会系。
熱血乙女って感じで、戦闘に関しては物凄く強い……訓練の時はいつも手加減してくれてるのだけど、それでもまったく歯がたたない。
妹はお姉ちゃんを超えてはならない……コレは世の兄弟姉妹の暗黙の了解らしいので、勝てなくても別に構わない。
さてさて、しろがねが手伝ってくれたおかげで、しぶとかった寝癖も取れていい感じに仕上がった。
ツヤツヤの黒髪がサラサラになって、実にキューティクル。
アホ毛は……制圧しても制圧しても、復活するので、もう開き直って、アクセントと思うことにした……。
これ……漫画とかでよく見るけど、ほんとアホの子っぽいなぁ……絶対これ笑われるんだろうなぁ……。
仕上げとばかりに最後に腰近くまである髪の先端の方に赤いリボンをクルリと巻きつけて、おしまい。
ちなみに、これはもう一人のお姉様がこれ付けたらもっと可愛いって言ってプレゼントしてくれた。
実際、結構いい感じになったので以来、とってもお気に入りな標準デフォルトアクセサリーだ。
鏡の前でくるりと回ると、フリフリな黒いスカートがふわりと広がって、赤いリボンと髪の毛も踊る。
うん、我ながら、なかなかあざとくも可愛いポーズが決まった。
「可愛いは正義、何より優先すべきなのじゃ」
我らが魔王さまのお言葉なり。
なので皆、可愛さの追求に余念がない……いい事だよね。
雰囲気的には……たぶん、女子校とかそんなのに近いんだろうけど、ボスがそんな調子なので、たまに変な挨拶とかファッションが流行る……皆して、語尾ににゃー付けるとか、動物イヤーとか尻尾装備が流行ったりとか。
ちなみに、しろがねは銀色の長い髪をポニーテールでまとめて、ちょっと活動的な感じ。
動くとおっきな青いリボンがフリフリと揺れてめっさ可愛い。
最初の頃は、わたしと同じように下ろしてたんだけど、わたしが思いつきでポニテにしてでっかいリボンつけたら、超喜んじゃって……以降、この髪型がデフォになった。
鏡を見てると、しろがねも並んで、自分の服装を改めている。
ぐいっと顔を寄せると白と黒の色違いの髪の毛をしたおんなじ顔が並んだので、二人してニコリと笑う。
現代日本だったら、写メとかプリクラでも撮りたい所だよね。
とまぁ、そんな事をやってると遠くから、ズゥンと言った感じの低く重たい音が響き、一瞬だけ揺れる。
「……魔王城……浮上シーケンス開始したみたい。この調子だと、お昼には地上……ホント久しぶり。くろがね……早く行くわよ! ぶっちゃけとっくに遅刻だけど、魔王様には一緒に謝ってあげるよ……。それと、たぶん私と一緒に屋外ミッションに回されると思うけど、外界に出るの……初めてだよね……不安?」
「うん、初めて……外に出るのも……こっちで目覚めてからは初めて……さすがに緊張っ!」
そう言って、スーハーと深呼吸。
「あはは……今から緊張してどうするんよっ! くろがねっ!」
しろがねにそうツッコまれ、笑われる。
「緊張くらいしますわ……そりゃあ……けど、どんな感じのところなんだろね?」
「そうだね……いつも通りなら北方大雪原ってとこに浮上するはず……まぁ、なぁんにも無い所なんだけどね。ほとんど年中雪に閉ざされてるから、ちょっかい出してくるような人間もいないし、いても熊とか鹿とか……あ、魔獣はいるから、それだけは注意。たまに飛竜なんかも出るけど、あれはさすがに一人じゃしんどい……だから、探索には通常3-4人のユニットを組む。今の時期だと……ちょうど雪解けの頃かな……残雪と春のお花と……あと温泉湧いてるところがあるから、皆で行けるといいねぇ」
「ふむふむ……この身体で、外に出るのって初めてなんだよね。ほんと、どんな世界が待ってるのか楽しみっ! って言うか、温泉なんてあるんだっ! うっわぁ……いいなぁ。わたしのいた国だと、温泉あっちこっちにあったんだけど……行くような機会も無くてさ、露天風呂とかって憧れだったの」
日本のことを思い出しながら、あの日……太陽の日差しと心地よい春の風……そんなものを渇望していた事を不意に思い出す。
あれだけ欲していたのだから、外に出た瞬間に泣いてしまうかしれない……。
だって、もう二度と……そんな当たり前のものですら、味わう事はない……そう思っていたのだから。
「温泉あるよ! と言うか、毎回ほぼ恒例……けど、長い時は年単位で誰も使わないからね……。だから、最初は皆でお掃除しないといけないんだけど……大抵誰かがフライングして、ドロッドロになる。それでさーっ! っと……そう言えばくろがねは……前世の記憶みたいなのがあるんだっけ」
しろがねがしかけていた温泉の話をぶった切って、急に違う話を振って来た。
「ちょっ! 温泉の話どこ行った! それでさーって! その続き! 気になるってばぁっ! けど、前世の記憶かぁ……。うん、まぁ……色々と……しろがねも……あるんでしょ?」
「私の場合は、前も言ったけど断片的な一枚の絵みたいな感じで覚えてる程度なんだよね……。自分がどんな姿だったのかとかもよく覚えてない……けど、大体みんなそんな感じみたいよ。たまに妙な知識があったり、見た事ない場面を夢に見たりとかそんな感じかな。くろがねみたいに、細かく色々覚えてるケースはレアケースだって、魔王様も言ってた」
前に彼女の話を聞いた感じだと、石畳の道とか石造りの建物、一面のぶどう畑とかそんな感じの風景を覚えているのだそう。
なんとなく、ヨーロッパのフランス南部とかイタリアとかその辺の風景を想像してしまったので、彼女はその辺の出自なのかも知れない。
でも、車とかテレビなんかの話をしても、何それ? みたいな感じで概念からして理解の外……と言った様子なので、現代人ではなくひょっとしたら中世とか近世とか、わたしより過去の時代を生きていた娘なのかもしれない……。
それと、どことなく気品あふれる仕草とか、清楚な佇まいとか、たまにそんな育ちの良さが垣間見える事があるので、もしかしたら貴族とかのお嬢様だったりとか……なんか、色々想像させられる。
そんな話をしながら、わたし達は魔王城の玄関ホールへと向かう。
……集合予定時刻を大幅にぶっちぎっていることを思い出し、わたしはしろがねと走った。