第十一話「あらたなる使徒」②
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第十一話「あらたなる使徒」②
---Kurogane Eye's---
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もう視線の見ている光景は、わたしの見ている光景と寸分変わらなかった。
わたしの視界はわたしであり、あの視線でもあった。
あの視線はわたしの辿ってきたすべてを見届けた。
……前世のわたしも、今のわたしも……余すところなく見て、わたしという存在すべてを理解した。
喜びも悲しみも、そして希望も絶望も……わたしの心の奥底の欲望や秘めた思いすらも理解しただろう。
って言うか、あんな事やってる所やそんな所まで……ガッツリ見なくたっていいじゃん。
なんか……もう……死にたい……。
けど、唐突に理解する……使徒とは、この視線の主……神様とでも言うべき存在……とその視界を共有するもの。
その神様はたぶん、わたしと同じものを見て……今、この世界を見ている。
――「絶対なる観測者」
……それが姫様の言う神様のような何かの正体なのかもしれない。
魔王様やワイズマン様……そして、あの姫様も同じなのだろう……。
……神様の望みってのはなんだろう? わたしは死にたくないと言う願いの果てに……今、ここにいるだけのつまらない存在。
強いて言えば……TVの視聴者や漫画や小説の読者みたいな感じ? だとすれば、わたしはどうすればいいだろう。
姫様は……わたしに言った……何を欲し、何を望むかと。
わたしは……守りたい……この場所を……わたしに幸せを与えてくれた皆のことを。
魔王様だけでなく……しろがねや仲間達を……。
出来ることなら、この姫様も……この人と色々お話がしたい……多分、きっと友達になれるから。
なんで姫様はわたし達とここまでして、戦うのだろう?
……ここには他にも大勢の兵隊がいる……その人達の為、退くわけにはいかない……そう言ってた。
この兵隊達は東と西で敵同士なのに、皆まとめてすべてを救うと言っていた。
本当に、姫様はすごい人だ……覚悟とその度量がわたしなんかとまるで違う。
この世界には、いろんな人がいるのだろう……まだ見ぬ人々……これから友だちになれる人もいるかもしれない。
ひょっとしたら、素敵な未来の旦那様とかも?
そもそも、この人達はなんで10万人も集めてわたし達に戦いを挑んできたのだろう?
集まった挙句に、ろくに戦えないまま、飢えて死にかけて、化物みたいに強いわたし達に蹴散らされて……そんな事の為にこんな所に来たんじゃないだろうに……。
勇敢に戦おうとして死んだ人もいただろう……訳も解らずあっけなく死んだ人もいただろう。
さっき、わたしを襲おうとしていた兵隊だって……ひょっとしたら、助けを求めていただけだったのかもしれない。
わたしがそうだったみたいに……彼等にも人生があった……けど、ここは戦場……そんなものは儚く呆気なく消えていく。
わたしが手を下すまでもなく、そんないくつもの死が量産されていった。
わたしの目の前で焼き滅ぼされた村、あんなのはきっとひとつやふたつじゃないだろう。
この戦争が起きなければ、きっとだれもが平和に暮らしていただろう。
誰が悪いの? 魔王様とわたし達? たしかに、魔王様は世界を相手取って戦い、負けた。
けど、400年も次元の狭間に引きこもってたんだから、そんな昔の因縁……わたし達も魔王様もどうでも良くなってる。
わたし達は確かにこの世界に舞い戻って、戦う準備を着々と進めていたのだけど……。
それは、この世界でのわたし達の居場所を確保する……その為の戦いの準備……そんな風に魔王様も言っていた。
北の大地なんて辺鄙なとこにコソコソ出てきて、次元の狭間でコソコソする生活なんてもうウンザリなんだ。
わたし達だって、この世界の住人として堂々とこの世界を巡ってみたりしたい! それは皆、口にしないだけで思ってること。
この戦いも結局、仕掛けられた戦い……わたし達が戦わざるをえないように仕組まれた戦争。
魔王討伐を掲げて、戦争を起こした首謀者達……原因をたどれば、彼等に行き着く。
けど……彼らはすでに討ち取られた。
……この戦いを主導していた西方軍の総司令官も、なんとか王国の執政やなんとか教団の司教も、皆もう居なくなった。
けれど、そんな頭を狩って、元凶を消し去っても戦争は終わってない。
もう兵隊たちは秩序を失って、逃げ惑い……時にはお互い殺し合いながら、その戦禍を東側にも波及させようとしている。
彼等はきっかけに過ぎなかったのだろう……この戦場は色んな人々の色んな思惑が、こんがらがった糸のように複雑に絡み合い、もう解決の糸口すらも掴めない……まさに混沌とした戦場だった。
こんな事例はわたしのいた世界でもいくらでもあった……誰もがなんで戦ってるのか、解らなくなってて、それでも続く泥沼の戦場。
わたし達の立場としては、このまま殲滅戦を続けるしかない……。
わたし達にとっては、これは仕掛けられた戦いで、安全を確保するためには、それが一番手っ取り早い……。
もう、全員このまま国に帰ってしまえばいいだろうに……と思うのだけど。
考えてみれば、輸送ラインの破壊工作で街道を完膚なきまでに破壊したのはわたし達だった。
黄玉さんの仕掛けた極地地震で西の街道は地形すらも変わったらしいし、東の街道もわたしのやらかしのせいで、多分酷いことになってる。
おそらく彼等は退路すらもない……言わば、背水の陣なのだ。
もちろん、街道外の荒れ地や原生林など退路はいくらでもあるだろうけど、補給が途切れ、水も食料も底をつきた状態で、そんな道なき道を使って撤退するのは敗走と変わりない……行方不明者や死者も続出するだろう。
だからこそ、姫様はわたし達とたった一人で戦うと言う選択を選んだのだ。
派手にわたしと戦って、大暴れしてみせることで、全てを……戦争を止めた。
そして、圧倒的な殲滅兵器で脅して、わたし達を降伏させる……ある意味、一番犠牲が出ないスマートなやり方。
要は……核兵器による一方的な脅しみたいなものだ。
けど、ここまでやったわたし達が降伏する……それはこちらにとっては絶対に受け入れられない選択肢。
わたし達はここで勝たないと駄目なのだ……未来へ進むために……わたし達という存在を人の世に知らしめ、受け入れさせる為には……。
姫様は悪いようにはしないと言っていたし、きっとその言葉を違える事はないだろう……その程度には信用できる。
けど、その選択を受け入れてしまうときっとわたし達は割れてしまう。
仲間たちには死んでも戦い抜きたい者もいるだろうし、戦いに勝つことこそが存在意義という者だっている。
だからこそ、わたし達は退けない……退くとすれば……魔王様の命令でも無いと無理だろう。
魔王様はわたし達が降伏するくらいならば、きっと魔王城を浮上させ、自ら出陣するだろう……その選択だけは絶対ダメ……わたし達と言う存在が何の意味もないと認めるようなものだから。
誰もが退くに退けぬまま、それぞれの理由のために、戦争を続ける……。
望む望まないに関わらず、そうせざるを得ないから。
けど、だからこそ……この戦争はもうここで終わりにしなきゃダメ!
ここで、犠牲になるとすればわたしだけで十分だっ!
……うん、やっぱりわたしは誰かを殺したり、目の前で誰かが殺されたり、死んだりするのが、嫌で嫌でしょうがないんだ。
もう、これは……黒木加奈子と言う儚く逝ったもう一人のわたしと、それを下敷きにするくろがねと言う女の子の成り立ち故に……だから。
そうだ……今、やっと思い出した。
……誰も殺さずに、あらゆる戦いに介入して、復讐に燃える憎悪の塊のような物語本来の主人公すらもはっ倒して、自分の意志……誰も殺さず、戦争を止める……。
戦争の手段とその意志を折ると言う信念を貫き通したあの男前な主人公の話を……あれを目指そうっ! そうしようっ!
わたしの目を通して、この世界を見ている神様も満足するような、カッコいい素敵な物語のカッコ可愛い主人公っ!
……わたしはそれを目指そうっ!
その為には、今のままじゃ駄目……もっと力がいる……絶対強者としての力、調停者としての力がっ!
(そんな存在に……わたしはなりたいっ!)
わたしがそう決意した瞬間……何かが……どこかと繋がった。
「……夜の闇よりもなお深き闇……夜天の星空をも穿つ闇……」
誰の声? と思ったけど、この口上は自分の口から紡がれていた。
……なにこれ? 自分が自分でなくなったような……パニック症のあれとも違う感覚……これも神様とやらの導きなのだろうか?
(いや違う……これは……わたし?)
誰かに呼ばれた気がして、振り返るとすぐ後ろにもう一人の自分が立っていた。
けど、その姿は今のわたしとは、まったく違っていた……背も高い……鋼姉様と同じくらいなんだけど、鋼姉様とも全然違う雰囲気。
黒い軍帽のような帽子……将校とか車掌さんとかが被ってるようなヤツ。
……それをやや斜めにあみだ被りにして、紅い宝石の付いたチョーカーを首元に巻いた白いフリルネックのシャツと、ブリーツに赤い縁取りの入った黒いロングスカート。
殺し屋のような黒い皮手袋と黒のロングブーツ。
スカートと帽子には「ⅩⅣ」と言うローマ数字の紅い刺繍が大きく入っている。
そして、前をはだけた真っ黒な金ボタンのコートを羽織っていた。
……その裏地と縁取りは血のような赤で、否が応でも目を引いた。
触れれば切れそうな女将校みたいな冷たい感じなんだけど、どこか緩やかな雰囲気。
……今のわたしのボロ切れ纏ったワイルドなカッコと違って、普通に綺麗でカッコいい。
何より目を引くのは真紅のチェック柄のアフガンマフラー!
顔を半分隠しているそのマフラーには見覚えがあった。
それは自分が前世でもお気に入りだったもので、最期の瞬間の……その直前まで身につけていたものだった……。
……あの時手に取りたくて、取れなかった……お母さんから貰ったわたしの宝物……見間違えるはずがなかった。
その姿が後ろから近づき、わたしと重なると……わたしの姿も変貌し、そのもう一人の自分の姿に成り代わっていた。
もうひとりの自分が告げる……たった今、わたしが望んだ未来の自分の姿……それが自分だと。
……わたしの思いが起点となり……幾多の世界で戦い続ける自分と繋がったのだと。
「来たれ! 来たれ! 来たれ! 深淵の果てに永久に眠る我が名を冠するその刃っ! 果てより来たりて、我が敵を討つ刃陣と成せっ!」
勝手に超高度な錬成式が紡がれていき、身体が勝手に動いていき、手元に錬成の時と違う黒い霧……闇が生成される。
「……来たれっ! 我が紡ぐ黒鉄の刃……!」
……ずるりと文字通り夜の闇より深い闇から引きずり出されていくのは……二振りの日本刀のような刀。
それは……その柄も鍔も刀身すらも真っ黒な異形の刀!
その銘の刀を振るうものは、同じ名で呼ばれる……その名もッ!
――『黒の節制』
さて、くろがねちゃん大変身で、大人になりました!
「黒の節制」
くろがねちゃんの最終形態ってとこです。
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