第十話「「女帝」の本気」⑤
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第十話「「女帝」の本気」⑤
---Kurogane Eye's---
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それは、鞭とはとても呼べないような異形の鞭だった。
……幾重もの節が連なり、棘の生えた何と言うか……カミキリムシとかの昆虫の触角のような鞭だった。
鞭は枝分かれして、今のところ6本ほどに分かれている。
それは、まるで意思を持つかのように、うねうねとうごめいている。
「これは「禁鞭」と言う武器」
それまでの、どこか気楽なおちゃらけた空気をまったく感じさせない厳かな雰囲気と凛とした声。
たぶん、これが姫様の本来の姿なのかもしれない……彼女は、その武器の由来を淡々と語る。
……まるでわたし達へ言い聞かせるように。
「こことは違う世界の神話の時代……仙人と呼ばれる神の如き力を持つ者たち同士の戦いに使われたと言われてる……つまり神の武器よ。フルパワーで打ち据えれば……この戦場全ての存在を「禁」ずることすら出来る。「禁」とはつまり、消滅させるってコトよ。本来は私と同格の存在……使徒を殺す為の武器だから……。あなた達が如何に強くても、逃れることも防ぐことも出来ない。この禁鞭によってもたらされるのは、一方的な殲滅……つまり、戦いにすらならないのよ……。もしも、対抗したいなら、あなた達の首領……千年魔王様をこの場に連れてくるか、同格の使徒の武器でもこの場で用意する事ね。それが出来ないなら……あなた達が降伏しなさい……。決して悪いようにはしないわ……これは帝国第三皇女エーリカの名において確約するわ」
もう一人の姫様は、すでに倒されたのか消滅したのか、音もなく仲間の気配がこちらに近づく。
……すでに攻撃準備に入ってフォーメーション展開中……陣形は散開陣……遠距離集中砲火による一点集中殲滅の構え。
けど、今、攻撃されると、姫様も本気で応戦するだろう。
彼女の今の言葉はハッタリなんかじゃない……あの鞭の攻撃……恐らく、わたしの絶対防御すらも通用しない。
直感でわかる……戦力的にはこちらが上だけと、あの禁鞭は未知数すぎる上に極めて危険。
最悪、本当にこちらが一撃で全滅させられる。
「……私と同じ戦闘力の同位体が5分と持たないなんて……ホント、強いのね……魔王軍の娘達って……。なんなら、少し試してみる? けど、2-3人消されてから後悔したって、遅いんだから……。ここはどうするかを慎重に選んだほうがいいと思うわ……即答は求めない……魔王様とも相談するのだって構わないわ……」
わたしは立ち上がると、皆に向かって全員止まれのサインを送る。
全員指示通りに動きを止める……皆には悪いけど、ここは抑えてもらう。
幸いわたしは、この場の最高指揮官権限があった……お飾りだと思ってたけど、ここに来て役に立つ事になった。
「皆、姫様の言葉に嘘はない……だから、ここは……お願い……下がって……!」
皆に改めて、指示を出す……駄目だ……今の戦力で勝てる可能性は無くは無いだろうけど、どうしても犠牲者は出てしまう……。
そもそも、勝てる可能性もこれだけの戦力があっても、まったくの博打……そんなのやりたくないっ!
何か……この場を無事に切り抜けるいい方法はないだろうか?
「ねぇ……姫様、その……使徒の武器ってのは、どうやったら手に入るの?」
姫様の言っていたもう一つの選択肢について聞いてみる。
「そうね……使徒になれれば……あなたにだって、何らかの形で相応の武器が与えられるはずよ。あなた達の側の使徒は今は、ワイズマンと千年魔王様だけ……他は全滅したからね。あなたに使徒になれる素質があるなら、むしろ期待のニューフェイスとして、取り立ててもらえるんじゃないかしら?」
「じゃあ、どうやったら……なれるの? その使徒って……。」
そもそも、その使徒ってなんだろって素朴な疑問は置いとく。
今、必要なのは、その使徒と……姫様と互角に戦える力……禁鞭を凌ぎうる力。
「基本は、ある日唐突に選ばれる……そういうものなんだけど、選ばれやすくなる条件はある。すでに使徒になっているものがよく知るもの……例えば、友達や兄弟姉妹、恋人とか……仲間や部下なんかもそうね。そして、使徒相手に互角に戦いその強さを見せつけた者……そう言う意味ではあなたは使徒になれる条件は満たしてるわ。なら、名乗ってみるのはどうかしら? ……自らの名を……この場のもの全てに。世界に……そして、私達が便宜上、神と呼ぶ存在に知らしめなさい! 自らの有り様を、魂の誓いを、その切なる願いの言葉が届けば、向こうから手を差し伸べてくれるはずよ」
なるほど……わたし達の場合は、どうも魔王様とワイズマン様が使徒とやらに該当するらしい。
二人がよく知る強者……つまりわたし達の誰もがその使徒となれる可能性はある訳だ。
「名前を名乗る……そう言えば、わたし……まだ姫様にちゃんと名乗ってなかったね。なんか、黒猫ちゃんとか勝手に呼ばれて、普通に流してたわ……」
そう言って、苦笑する。
今更ながらに名乗りをすっかり忘れていたことに気付く。
それなりに、練習したんだから、ちゃんとやればよかった。
……けどまぁ……初対面が……アレだったからね……名乗りどころじゃなかったんだけどさ。
色々台無しにしてくれちゃって……どうしてくれんのよ……姫様。
「そうね……考えてみれば……あなたの事……黒猫ちゃん呼ばわりで、名前は聞いてなかったわね。私にも、あなたの名前を聞かせて……それと、もし……いや、これはいいか……なんでもない」
姫様は、最後に何か言いかけて止める。
要するに……その神様みたいな奴にわたしの言葉が届けば、考えてくれるってことか。
わたしにその使徒の資格があるかどうか良く解らないけど……。
ワイズマン様や魔王様のお手伝いが出来るなら、それも悪くない。
ここでわたし達が降伏するなんて、今の状況ではあり得ない。
わたしはともかく、皆が納得するわけがない……。
今はまだわたしの判断を尊重してくれて、止まってくれてるけど。
玻璃ちゃん辺りは絶対に暴走する……あの娘はそう言う娘……。
……どちらも譲れないんだよね……結局。
だから、戦ったんだし……ここはもう戦って決着を付ける……そうせざるを得ない。
……姫様も言っていたように、戦いに勝って、全てを勝ち取る……それが唯一無二の選択肢だった。
けど……このまま戦えば、きっと誰かが確実に死ぬ。
ああ、この気配……しろがねも来てる……そっか戻ってきちゃったか。
……なんか良く解らない誰かと一緒だけど。
けど、皆が戦うならしろがねも戦うよね……あの娘はそういう娘だから。
後ろにいる皆……ひとりひとりの顔を思い浮かべる……あの中の誰か一人だって居なくなるのは嫌だよ……。
それに……しろがねが居なくなる……その事を一瞬考えて胸が張り裂けそうになった。
それだけは、駄目っ! いや、他の娘達だって……皆……わたしにとっては、大切な……仲間だった。
結論、わたしが使徒になって姫様と戦うって選択が一番。
姫様もわたしに使徒になれと……そんな風に導こうとしている……そんな気がする。
名乗り……ここは一つ、かっこ良く気の利いた感じにしたい……玻璃ちゃんとの練習を思い出す。
冷静に考えると魔王軍の幹部が揃いも揃って、何の練習やってたんだかね。
……厨二全開だけど、ここはあのセリフをちょっとアレンジして一発決めてやる!
深呼吸をして、わたしは堂々と天まで届けとばかりに、名乗りの口上を言葉にする!
「……我が名はくろがねっ! 千年魔王様が打ち据えた闇色の剣ッ!」
「黒き鉄の我が名において、鍛えし剣と折れぬ勇気を以って、我らが敵を打ち伏せんっ!」
「神の座に座るもの……我が名を聞け! そして、我は願う! 汝が敵を打ち鎮める力を我に与えんことをっ!」
決まったあっ! わたしってば素敵すぎっ! これぞ一世一代の口上っ!
うーん、厨ニだ……でも、気分は最っ高っ!
やっぱ、これでなくちゃって、ハイな感じに高揚してくる。
……けど、そんな高揚感の中……誰かの視線を感じた。
(なに? ……この視線……誰? どこから見ているの?)
周り中から、無数の視線に囲まれたような感じ。
気がつくと周囲の風景が止まっていた。
そして、風景が一瞬で変わった。
さて、次回ですが。
電車の中とかで読むのは、止めといたほうがいいかも。
以上です。
次回更新は10/14 15時を予定。




