第九話「使徒、その名はエーリカ」②
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第九話「使徒、その名はエーリカ」②
---Shirogane Eye's---
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……すこし痛む左腕をさすりながら、私は淡々と剣を錬成しては地面に突き刺していくくろがねの様子を見ていた。
さすがに、フォースアクセルを使ってしまうとあちこち後遺症が残る……けど、後悔はない。
むしろ、対応が遅れた自分を責めたくなる……あれは完全に私のミスだった。
先ほどの件を引きずっているのか、くろがねは声をかけても耳に入らない様子だった。
すでにもう何十本も錬成し、林のように剣が並んでいた。
意味は良く解らないが、彼女なりに何か新たな力でも得ようとしているのか……戦闘準備と言ったところらしかった。
いずれにせよ……あんな怖い思いをしたのだ。
こんな時は何かに打ち込んでいた方がきっといい。
くろがねは、人を殺せない。
……それは、最初に鉄条網の罠にかかった敵兵を処理しようとした時に明らかになった。
死体だと思っていた敵兵を放り投げようした瞬間に、その敵兵が動き出した時、彼女はさっきと同じように、半ば狂乱状態で座り込んでしまった。
単純に驚いたとかそう言うのでなく、彼女はその瞬間に人を自らの手で殺そうとしていたという事を理解してしまったのだ。
なんとなく、状況を理解したので、その時は私が代わりにその敵兵を処理したのだけど。
その時は、あまり気にとめなかった……その理由も見当ついたし、要は私が代わりに全て始末すれば済む話。
そう思っていたから。
私は……この戦争が始まってから、しろがねとして、初めて人を殺したのだけど、人を殺すという行為に特に何の感慨もわかなかった……。
前世でも私は戦士だったから……なんとなく、その事は覚えている。
銃を取り、剣を振るい……侵略者から自分の国を……皇帝陛下をお守りする為に戦っていた。
殺さないと自分が……仲間が殺される。
自分たちが殺されると、銃後の戦うすべを持たない人々も殺される。
だから、敵を殺す……効率よく一人でも多くひたすら殺す……敵がいなくなるまでただひたすらに。
戦場ってものは、そんなものだから。
戦いで人を殺すなんて、私にとっては、手慣れたものだった。
私が撃ち、斬り、葬った敵の数はもう100人から先は覚えていない。
そして、私は英雄と呼ばれた……誰よりも敵を多く殺し、多くの味方を救ったから。
陛下からも、褒め讃えられ……最高の武具を賜った……あれは最期どうしてしまったのだろう。
「ラ・ベル・アリアンス」
……あの戦場の露と消えた私の亡骸と共に……土に帰ってしまったのだろうか?
だとすれば……悲しくも、虚しい。
私は何一つ手に入れることもなく、何一つ残すこともなく、誰も守ることも出来なかった。
あれだけの人を葬り、返り血を浴びて、その両手を血に染めながら。
私の人生は……その最期は……空虚だった。
いずれにせよ……私の手はとっくの昔に血まみれなのだ……。
だから、今更、敵を殺すのは何一つ気にならなかった。
けれど、彼女は……くろがねは本当に優しい娘だ。
……他人の痛みを自分の事のように解り、命の大切さを……死の恐怖を……多分誰より理解している。
誰かを傷つける事、その生命を奪うことを……くろがねは忌避していた。
本当は、こんな戦場に立つような娘じゃないのかもしれない。
どこか、争いのない優しい世界で家庭を持って、子供を産んで……優しい母親になる……そんな生き様が彼女には似つかわしい。
……けど、くろがねは魔王様の剣の一振りであり、戦闘の天才でもあった。
彼女は……自分が弱いとか役立たずとか、しきりに口にするけど……。
実際の所、私は彼女との模擬戦で最初の頃を除くと、一度もまともに勝てていない。
巧みなフェイント混じりの一撃や3倍速で放った神速の連撃も、全力を込めた渾身の一撃ですら、くろがねには届かなった。
いつも彼女は途中で戦闘放棄してしまうのだけど、そのタイミングは鍔迫り合いで押し切ったと思った瞬間だったり、渾身の一撃を受けられて、こちらのガードががら空きになった瞬間だったり……。
要するに、こちらが致命的な隙を晒した瞬間に決まって、座り込んで戦闘放棄してしまうのだ。
本人の様子からたぶん、なかば無意識にやっているのだと思うけど、こちらの致命的な隙へのカウンター……彼女の技量なら決められるそれを避けるための行為なのだと思う。
実際には食らったことないのだけど、もし仮にくろがねの本気のカウンターなんてもらってしまったら、絶対に無事には済まない……彼女はそれが解っているからこそ、無意識にセーブしてる……私はそんな風に思っていた。
はっきり言って、くろがねは強い……掛け値無しで、魔王軍最強かもしれない。
玻璃や黒曜達としきりに、戦闘訓練をやっていたが……玻璃も黒曜もその巧みな戦闘技術は、魔王軍でもトップクラスだった。
私だって、3回に1回は負ける……その程度には彼女達は強い。
そんな彼女達を相手にくろがねは、初見の技の対処などは苦労していたが……やがて、あっさり見切るようになり、そんな二人の技すらも吸収し、恐ろしい程の冴えを見せて圧倒するようになっていた……。
もちろん、私も……事実上の敗北を何度も喫していた。
黄金姉様ですら……くろがねの戦闘放棄で一見勝ってはいたものの……。
「三回ほど死んだよ」なんて、苦笑しながら言い放つ始末だった。
くろがねのほうが強い……。
別にその事はなんら気にならなかった……そんなもの、ずっと隣にいるのだから、とっくに気づいている。
けれど、やっぱり彼女には人を殺せなかった……。
それは無理もなかった……彼女のいた国は私のいた国よりもずっと洗練されていて……平和だったから。
ワイズマン様からも聞いたのだけど、彼女やワイズマン様のいた日本という国は……本当に平和な国だったらしい。
国民の大半が……人を殺すなんて事をしなくとも安心して、日々の暮らしを送れるような国。
海という防壁に恵まれ、強大な軍を有することで、侵略者が攻めてくることも無ければ、野盗も野獣もいない……内乱すらも起こらない。
夜になっても星明かりをかき消すような光が街中を照らし続け、夜に女子供が平気で外を出歩くことも出来たらしい。
……まるで理想郷のような国だった。
そんな国が存在するなんて、にわかには信じられなかったくらい。
「ワイズマン様は……人を殺した事がある?」
そう聞いてみた。
けれども、その質問には……悲しそうに一言。
「……使徒としては、もう数えきれないほど……人としては、ただ一人だけ。」
そう答えてくれた……彼にも苦悩や悲しみが……それこそ、私達なんか比べ物にならないくらい、想像も付かないほどあるのだろう。
くだらない事を聞いてしまった事に私は恥じた。
そして……実際に戦場に立つと、くろがねは冷静だった。
例の有刺鉄線の罠も、くろがねが千の騎兵が相手でも止めると豪語するほど。
計算ずくで巧妙に設置され、スパイクなども組み合わせることで、極めて極悪とも言える代物となっていた。
もちろん、この罠は幾人もの兵士の命を奪っていったのだけど。
それを錬成したくろがね自身は「勝手に罠にかかって死んじゃった人の事なんて、気にかける必要あるの?」と極めて冷淡だった。
くろがねも……偵察で外界を何度か見て回り、戦争の裏側で起こる数々の悲劇を目の当たりにした。
だからこそ、外界の軍の蛮行を憎み、戦場に立つ自分というものを十分に理解していた。
けれど……やっぱり問題が露呈した……。
ある意味、予想通り……これはくろがねと言う少女の成り立ちからして仕方が無いことだったから。
解っていたからこそ、可能な限りフォローしたかったのだけど……私の力不足だった……ごめんね……くろがね。
「しろがね……くろがねの様子はどうだ?」
ワイズマン様からの個別通信が入った。
「一応、問題はないみたい……一心不乱に剣の錬成をやってて、なんかすごい事になってるよ。」
「やれやれ……まったく、どう考えても問題ありそうなんだがな……まぁ、どちらにせよ……構わんか。本部命令を発令する……直ちにそこを引き払ってくれ……有刺鉄線も片付けるよう伝えてくれ。作戦は最終段階に入る……あと10分程でその辺りに西軍敗残兵が押し寄せる。お前達には、ダメ押しで矢を射かけて貰う予定だったが……くろがねの様子がいまいち不安だ、実際そのへんはどうなんだ?」
「お察しの通りだよ……悪いことは言わない。くろがねは後方に下げるべきだよ」
「そうか……ならば、そのまま二人共その場から撤収。一応、後のことは翡翠と瑠璃が引き継ぐから、作戦に影響はない……2人と合流後、お前達はゲートまで戻り周辺警戒に回れ。……西軍兵士の動きが無秩序だからな……どこに行くかまったく読めん……念のためでもある。皆の退路を確保する……くろがねにはそう伝えろ。万が一、ゲートに近づく敵兵がいれば、しろがね、お前が始末しろ……いいな?」
「しろがね……了解、ワイズマン様からくろがねには何か言ってあげないの?」
「今はそっとしておいてやれ……何と言うか……正直、羨ましくも微笑ましくも思う……お前もそうだろう? あいつは本当は心優しい娘なんだ……それ故の苦悩……解っちゃいるんだ。出来れば……あいつはこのままでいて欲しいって思うのは……たぶん、私のエゴなんだろうな。すまない、くろがねのフォローは頼んだ。二人共、無事に帰ってこい……以上だ」
了解……と返事をして、くろがねの元へ向かう。
くるくると回りながら、剣が飛んできて、私の足元にドスッと刺さる。
反射的に後ろに下がると落ちていた剣に足を取られて、ひっくり返る。
「あ、しろがねっ! ごめん……スッポ抜けてた!」
くろがねがそういうと、宙に浮いていた剣がバラバラと一斉に落ちる。
「……い、今のなに?」
「うん、錬成した剣を魔力線で繋いで遠隔操作可能にする技。今んとこ、6本くらいまでしか同時操作出来ないけど、これの数を増やしたり、バカスカ投げて飛び道具みたいにするとか……。そんな感じ……ちょっとまだ加減に慣れてないから、スッポ抜けちゃって……しろがねに当たりそうになったね……ごめん。」
なんとも楽しそうにくろがねが笑う。
何かに熱中して、嫌なことを忘れる……要はくろがね流の精神リカバーの術のようだった。
なんだかんだ言って、しっかりしてるなぁ……くろがね。
ちゃんと色々自分で考えて……最善を尽くそうとしてる。
「……くろがね、ワイズマン様から指令……撤収命令が出たよ。有刺鉄線も撤去……偵察拠点まで戻って、ゲート周辺の拠点防衛だって……。どうも、西軍の兵隊が近寄って来てるって話……あそこ、今ガラ空きだから正直マズい……みんなの退路と拠点の確保はしないとね」
……本当は、くろがねが不安定なので、大事を取って後方待機ってとこなんだけどちょっとウソを混ぜてみた。
まぁ、正式なワイズマン様からの命令だし、これで納得してくれる……かな?
「あれ……弓射かけて、東西両軍相打ち狙いって話だったのに……なんか違くね?」
「敵中強行突破とか乱戦の中切り抜けるとか、さすがに面倒。安全に翡翠と瑠璃が空から射掛けるって事になったんだって! 思ったより、西方軍の崩壊が早かったんで、戦力に余裕が出来たんだってさ」
本来の予定としては、私達は両軍が相討つ中、敵中強行突破で暴れ回りながら、撤退するはずだったのだけど。
多分、くろがねの人を殺せないって事が問題になったんだろう……賢明な判断だった。
しばし、くろがねは空を見上げて、考えこむような素振りを見せる。
「そっか……まぁ、仕方ないか……まさか……前世のあれがこっち来ても再発するなんて、思ってもなかった……。そりゃ、降ろされるよねぇ……我ながら情けない……しろがね……巻き込んじゃってごめん。瑠璃ちゃんや翡翠には迷惑かけちゃうけど……ここは大人しく引き下がっとくよ……」
そう言いながら、俯くと悔しそうにボロボロと涙を零すくろがね。
うわぁ……泣かしちゃった……。
くろがねは頭もいいし、勘も鋭い……建前の理由もバレバレで呆気無く悟られてしまったようだった。
どう慰めるか……悶々と悩んでいると、唐突にすぐ近くから声をかけられた。
あの引きからのしろがね回です…正直、すみません。
しろがねはシリアスな娘なので、彼女の回は基本シリアス回なのです。
今回、しろがねの過去が垣間見えましたね。
「ラ・ベル・アリアンス」と言う単語は聞き慣れないと思いますが、かの有名な「ワーテルローの戦い」の事です。
「ワーテルロー」ってのは勝利者のイギリスがそう呼んで歴史に残ったってだけで、
しかも、かっこいい名前だからって理由で近くにあった全然関係ない土地の名前を付けたと言う逸話があります。
なので、敗者側のしろがねは、実際の戦地となったその土地の呼称で記憶しています…。
実はしろがねとくろがね、この二人は色んな意味で正反対です。
割といいコンビなんじゃないかなって気もします。
次回こそ、いよいよ決戦の火蓋が切られ…るといいんですけどね…はてさて。
作者的にもこのパートを執筆している時はまさかあんな展開になるなんて、予想してませんでしたよ…。
作品とはままならぬものです。はい。
そいや、しろがねのCVやっと判明しました。
しろがね CV:加藤 英美里
らき☆すたの「かがみ」って言えば大体解るかと。
きっとしろがねはツッコミのアビリティ持ちです。




