第七話「魔王軍襲来!」②
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第七話「魔王軍襲来!」②
---Enemy's Side Eye's---
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このなにもかも最悪のタイミングでの魔王軍襲来!
考えたくもなかった最悪の想定が思い返される。
そして、全てがこうなるように仕組まれていた可能性に気付く。
こちらにとって最悪のタイミングだからこそ、今の襲撃なのだ。
一陣の突風が吹き、一斉に篝火がバタバタと消えると、続いてズゥンと言う地響きがあちこちから響く。
振り返ると、糧秣庫の辺りで火の手が上がり、叫び声や悲鳴がいたるところから遠く微かに聞こえてくる。
新月の夜の夜襲、払暁というタイミング。
この補給が途切れ、今にも崩壊寸前の連合軍にとっては、まさに最悪な状況での襲撃を意味していた。
「……いやぁ、てっきり大天幕にいると思ったのに、一人だけでこんなところにいるんだもん……。あたし、任務失敗しちゃったと思っちゃったよ……見つかってよかったわ。んで、おじさんが総司令官……であってるよね? 一応、これでも会うのは二回目。まぁ、一回目はこっそりとお顔を拝見しただけなんだけどさ」
風に煽られ倒れた篝火の炎が天幕に燃え移り、にこやかな可愛らしい笑顔と共に、ゆらりと両手を広げる小さな少女を照らす。
あの両手の袖……何か武器でも仕込んでいるのだろうか……何をしてくるのかすら予想が付かない。
それに周囲があまりに静かだった……こんな騒ぎが起きているにもかかわらず、周りの天幕はおろか、先程までいた大天幕の幕僚や警備兵の一人も出てこない……。
(歩哨はどうした? そこの座り込んでいる兵士も何故動かないっ!)
そして、唐突に気付く……彼女は恐らくすでに総司令部を襲撃済み……と言う事だ……よく見ると黒いコートにはベッタリと返り血が付いている。
自分はたまたま視察で外に出ていたから、難を逃れただけと言うことだった。
「ああ、そうだ……私は魔王討伐連合軍、グノー連邦共和国派遣軍ダストン・ハイグレイ二等上将……総司令官で相違ない」
努めて冷静に、そう言って、ダストンは腰のサーベルを抜く。
もはや、助けは期待できない……よく見るとあちこちで転がって寝ていると思った兵士は、どれもピクリとも動かない死体だった。
血も流さすに、息の根だけが止められた……。
……地上スレスレにゆっくりと這う紫色の霧……まさか毒の霧? だとすれば辺りの天幕の中の者たちもおそらく全滅している。
いっそ、命乞いをして降伏するか……いや、こんな敵陣のど真ん中に飛び込んできているのだ。
捕虜を取るつもりなど初めからあるはずがなかった。
彼女の目的は、自分を含めた総司令部の暗殺……その目的はほぼ達成されていた。
戦って血路を開く……それもまず不可能だろう。
彼女は音もなく、この周辺の数十人はいたであろう兵を皆殺しにしたのだ。
もはや、どうにもならないと悟ると、サーベルを地面に突き刺し、肩の力を抜いて目を閉じた。
「あ、あれ……何、諦めちゃうの? なんとも潔いねぇ……ちなみに、この辺で生きてるの……総司令官さんが最後のひとり。音を吸収する「沈黙の霧」って魔術を上にいる瑠璃ちゃんが使ってるから、助けを呼んでもムダ」
言われて、上空を見ると、黒い翼の生えた小さな少女が弓を構えているのが見えた。
目の前の少女と同じくらいの背丈で、なにやら顔に黒い化粧をしているが……どうみても子供だった。
しかし、こちらに気付いて向かってこようとした数人の兵士の一団に無造作に矢を放つと次々と射殺していく。
……中には肩に当たったにも関わらず、一撃で倒れた者もいた様子から……毒矢か何かのようだった。
毒使い……この地を這う毒霧も彼女の仕業だろう。
確かに言われてみれば、足元以外にも薄っすらと霞のようなものが漂っていた。
音を吸収となると、声を上げてもムダだろう……確かに聞こえる音がすこし遠すぎる……そう思ってはいた。
いずれにせよ……あの飛行能力……その弓の技量とえげつない魔術の組み合わせ……暗殺にはうってつけだろう。
この二人は言わば暗殺、奇襲専門の兵と言ったところか。
「それにしても、おじさんたちって、ちょっとはっちゃけ過ぎだよねぇ……。周りの村を略奪して燃やして回ったり、陣地で陵辱パーティーとか開いちゃってさ。さすがに、あれは見ててムカついた……よほど、ぶっ殺してやろうかって思ったんだけど、手出し無用って言われてたから我慢したよ。おかげで、ここの兵隊さん達……ぶっ殺し甲斐があって……やっとスッキリしたよ」
凶悪な笑みを浮かべて、彼女が笑う……だが、そんな事を言われる筋合いは無かった。
「君はなんの話をしているのだ? 確かに略奪の報告はあったが……実行者たる者達はすでに処断した。私は私の意思に基づく命令を以って、それを実行させた……その時点で、己の責務を果たしたと信じている。もっとも、バーツの兵は好き勝手暴れまわっているようだがな……自国での補給活動と言われては、我々も干渉は出来ん。だが、あのような愚か者共と一緒にされては、不名誉極まりない話だ……それだけは正させてもらおう」
「ええ? でもさぁ……おじさん、この討伐軍の総司令官ってヤツじゃないのぉ? 確かにやった連中をおじさんの命令でぶっ殺したって事なら、それはきっと正しい事をしたんだろうね。けど、討伐軍で一番偉いくせに、略奪始めさせるような状況作っちゃって、友軍の蛮行を止めないって時点であたし的には有罪かなぁ……。それにおじさんが気づいてないだけで、バレずに生き延びてるやつだって絶対いるんじゃない? いくらやってる事が正しくても、やってる事がなんか中途半端……これじゃダメだよ……残念っ! 有罪っ! まぁ、魔王様に楯突こうって連中のボスって時点で、どっちみち有罪判決……死刑執行確定なんだけどさっ!」
そう言って、彼女は右手を振り下ろすとこちらに突きつける!
彼女の言葉……ダストンは虚を付かれたような思いだった。
たしかに、実行犯は処断した……その時点で彼等は罪を償ったと思っていた。
だが……彼女の言うとおり、この状況を創りだしたのは自分達、討伐軍上層部……そして、暴走するバーツの軍を放置している時点で、同類扱いされても文句を言えるものではなかった。
それに……処断した者達が氷山の一角だと言うことは、言われるまでもなく承知の事……あれは見せしめに過ぎない。
しかし、出来る限りのことはしたはずだ……現実と理想は異なるのだ……。
だが……そんなもの彼女に言っても無駄だろう。
彼女の言っていることは、紛れもなく正しい……その正しさを否定することは出来そうになかった……。
「すまんが……君を納得させられるような反論は私には思いつかない……。そうだな……私も見てみぬ振りをした時点で咎人だな。やれやれ、我が命数はここで尽きたか……どのみち、こうなってしまえば、早いか遅いかの違いに過ぎん……さっさと殺すがいい。だが、せめて、名前くらい教えてくれないか? 魔王軍には名乗りを上げる習慣はないのかね?」
「うん、そうだね……そっちも名乗りをあげたんだから、それくらい応えないといけないねっ! 我こそは魔王様の忠実なる家臣がひとり! 魔王軍戦陣位階第5席! 水晶四姉妹が筆頭っ! 玻璃っ! 我が水晶剣の舞いをとくと見よっ! 正義の名のもとに振るう我が一撃は断罪の一撃なりっ!」
彼女はそう言って、踊るようにその場でくるくると舞うと、両手を翼のように広げる。
「玻璃か……死神の名にしては悪く無い名だな……それにしても正義の名のもとに……か。そんな言葉を本気で口にする者など久方ぶりに見たよ。さしずめ私は悪しき者達の首領か……まったくもって否定も出来ん……すまんな無駄な時間を取らせて……。無駄な抵抗はすまい……さぁ、斬るがいい」
どうやら、総司令官たる自分を暗殺するに、向こうも相応の手練を寄越してきたらしい。
おまけになんとも大層な口上だった。
(……なんとも若い……これだから若者は……)
ダストンは苦笑すると、目を閉じる。
「あのさぁ、せっかくそっちも堂々と名乗りを上げて、剣を抜いたんだから、せめて抵抗するそぶりくらい見せようよ……。正面きって無抵抗な相手を殺すのって、いまいち気が進まないんだけどさ……」
なんとも戸惑いがちの言葉が返って来る……。
確かに、敢えて堂々と姿を見せて、名乗りを上げた相手にさっさと切れと棒立ちするのは、武人として礼を失していた。
決意と共に目を開ける。
目の前に居るのは、女子供などではなく魔王軍の精鋭……ひとりの武人なのだと認識を改める。
そして、なにより彼女は……正しかった。
名も知らぬ敵国民の理不尽な死と軍の蛮行に怒りを覚え、その義憤を首謀者たる自分へぶつけようとしていた。
そして、無抵抗のものを斬るのは忍びないなどと、甘いことを平気で口にする……。
(……なんなのだ……これは? ……これでは、ごく当たり前の若者のようではないか……。魔王軍とは一体なんなのだ? 伝説に謳われる邪悪の化身のような魔王軍の者たちとあまりにかけ離れているではないか! 自分達は何と戦おうとしていたのだ?)
……今更のような素朴な疑問がダストンの脳裏を過ぎる。
だが、ただの若者と変わりないならば……最後にせめて、老人の説教くらいはきかせてやりたい……そう思った。
「それはそうだな……わざわざ姿を見せて、その上名乗りを上げて……ならばそれに応えるのが、礼節というものか。そうだな……君をひとりの武人と認めよう……ならば、私も武人であり、討伐軍の総司令官だ。この場は我が剣をもって己が血路を開くとしよう……伝説の魔王の家臣と言う事なら、相手にとって不足はない。だが……最後につまらないお説教でも聞いてもらってよいかな? なぁに、年寄りの老婆心と言う奴だ」
「…………」
彼女は何も答えない……ダストンは肯定と受取り、言葉を続ける。
「玻璃君……君のその怒りは正しい……そして、その行いも正義の名に恥じぬものだ! だが、正しい気持ち、正しい行いだけではダメなのだ……。それだけでは私と同じく、いつか君のような死神が訪れる日が来る。目の前の間違いを正せる……一歩踏み出せる真に正しき勇気というものを……君が持っていることを祈る。私のような半端な正しさに自己満足するような輩になってはいけない……」
ダストンの言葉に、彼女はなんとも微妙な表情を浮かべる。
悲しそうな憐れむような……そんな複雑な表情だった。
「おじさん……なんだか結構、良いこと言ってくれるね。なんかさ……散々、ここの兵隊を殺しといて何だけど……ちょっと……今、おじさんを殺したくないなって思っちゃったよ。……まぁ、それは無理な相談なんだけど」
彼女の言葉に要らぬことを言ったとダストンは後悔する。
……だが、彼女の正しさを見せつけられて、その困難であろう行く末を案じて、その言葉を伝えたかったのも事実だった。
「それはすまない事をしたな……だが、戦場で敵への情けや容赦はするものではない……迷いも躊躇いも戦場では不要っ! 私にも意地や帰る理由があるのでな……悪いがこちらも容赦はせぬっ! 全力でかかって来ねば、君が死ぬぞ? サーベルなぞ、久方ぶりに振るうが……これでも手ずから殺した敵は両手に余るのだ……舐めてくれるなよ! 小娘がっ! ……では、いざっ! 参るぞっ!」
そう言って、ダストンは大きくサーベルを振りかぶると、年齢を感じさせない鋭い踏み込みで一瞬で間合いを詰めると、袈裟懸けに振り下ろす。
玻璃はそのサーベルの剣筋を見切ってはいたが、想像より鋭い踏み込みと、その暴風のような斬撃の前に反応が遅れた。
とっさに、サーベルの腹に右手のコートの袖を叩きつけ、その切っ先を僅かに逸らすのがやっとだった。
だが、その僅かに逸した事が物を言った……半身となってあえて前に踏み込むことでギリギリで避けきった!
チリッとフードから飛び出した髪の毛が一房斬られ、パラリと舞う。
そして、そのままの勢いで、身体を半回転させダストンの背後に回り込むと左腕を大きく伸ばす……直後、その首筋に鮮血がほとばしった。
頸動脈を断ち切られ、急速にダストンの意識は薄れゆく……最後に視界の端に見えたのは、くるくると二度、三度と回ると、こちらに向き直って両手を交差させて構える玻璃の姿だった。
「……見事だっ! 魔王の……兵……よ……」
最後の力を振り絞って、かろうじてその賞賛の言葉が言えた。
彼女の踊るようなその動きは美しいとすら感じるもので、生涯最後の最高の一撃を最高の技を以って迎え撃ってくれた事に、感謝の念を禁じ得なかった。
妙なお説教などしてしまって、戦意を削ぐという詰まらない真似をしてしまったが……これでよかった。
伝説の魔王軍の精兵と一騎打ちの末、果てるのだ……末代に誇るべき名誉の戦死といえるだろう……。
ささやかな満足感と共に……ダストン将軍の意識は暗闇に沈んでいった。
ダストン司令…ネームドキャラ初の死者となりました。
当初は名無しの「総司令官」だったんですけどねー。
なんか、ネームドになっちゃった上に、意外と渋カッコいい役どころになりました。
余談ながら、二等上将ってのは架空の階級です。
こっちの世界の軍隊の階級で言うと中将くらいですね。
少将ってのがその下にあって、一等が少将、二等が准将です。
物凄ーくどうでもいい設定ですが、西方諸国連合は中国あたりをモデルにしてるので、彼の国の階級のような感じにしました。
作者ミリオタでもあるので、どうでもいい事にこだわってます。
東方は槍騎兵と弓騎兵を主力とした機動力重視の軍隊でモンゴル帝国みたいな感じです。
一方、西方は歩兵中心人海戦術主体って感じでドクトリンが全然違います。
まぁ、やっぱりどうでもよかった…けど、ドクトリンって言葉の意味が解っちゃう人はこう言う設定大好きですよね? 私も大好きです。
次回は、いよいよ襲撃者側…玻璃ちゃん視点です。
…この所、ずっとEnemySideだったのですが、この作品、主人公側は魔王軍ですからね?
死者よりの手向けの言葉を胸の奥に仕舞い込み、彼女は戦いを続けます!
これぞマルチビュー小説の醍醐味って奴です。




