第七話「魔王軍襲来!」①
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第七話「魔王軍襲来!」①
---Enemy's Side Eye's---
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その時、魔王討伐軍 西方諸国連合派遣軍総司令ダストンは、深夜にもかかわらず、大天幕から出て視察をしていた。
先ほどの東方軍を交えた連合軍会議……ダイン将軍の非礼極まりない態度を思い出すと、複雑な気分になる。
言いたいことを言って、こちらの状況を知ると会議の閉会を待たずにさっさと引き上げてしまった。
自由奔放と言う噂は聞いていたが……外交や政治の場であのような調子では、色々問題あるだろうに……。
それにしても……改めて自軍の兵達の状況を見ると、想像以上に酷い……まさに目を覆わんばかりの有様だった。
全軍の総司令部たるこの大天幕とその周辺を24時間体制で守る精鋭達。
……彼等ですら、力なく座り込み、それでも総司令官たるダストンの姿を見ると懸命に立ち上がり、敬礼をよこしてくる。
中にはごろりと横になったまま動こうとしないものもいる……副官が叩き起こそうと歩み寄ろうとしたが、無言で制止した。
現実をよく見ろ……とダイン将軍は言っていたが、彼は総司令部へ向かう道すがら、この状況を目の当たりにして、精一杯の助言をしてくれていたのだ。
ぞんざいに扱うべきでなかったと今更ながら、後悔する……。
自らも兵たちに答礼しつつ、ダストンは天幕の間の通路に立ち止まって、空を見上げつつ考えを巡らせる。
あの後、補給担当者を呼び出し、自軍の糧秣の配給状況や各部隊の状況などを再確認した。
そして、工兵隊と輸送部隊の連絡官から、現場の責任は問わない事を明言した上で、正確な街道の復旧見込みと進展状況、及び輸送隊の輸送計画について聞き取り調査した。
まず、この一ヶ月の臨戦態勢での待機期間の間に、輸送部隊自体が疲弊してしまい馬匹、車両の消耗で稼動率が50%以下まで落ち込んでいた。
この遠征の期間自体、当初源氏にとどまるのは数日程度と想定しており、行軍の行程も合わせて、一月程度ど見積もられていた。
要するに、こんな一ヶ月も現地で戦いもせずに、延々居座るのはまったくの想定外だったのだ。
もちろん、グノー連邦は大国だ……他の部隊の輸送隊を回してもらう手もあったが、情勢がそれを許さなかった。
最近勃発した新興勢力との小競り合いで、各方面軍は忙しく動き回っていた。
此度の5万の兵もグノーとしては、かなり無理をして用立てた兵力なのだ……そんな余剰の輸送隊などどこにもなかった。
現状、かろうじて、新編の二個師団二万を用意してもらう事が出来たので、その師団付きの輸送隊を編入、その上で兵を3万ほど本国に返す……そのつもりだった。
糧秣の配給状況についても先週時点ですでに7割を切っており、三日前補給が途絶えた時点で配給量を半減させる緊急措置を取り、現時点では3割……。
補給のめどが立たないかぎり、明日以降は兵ひとりにつき、一日パン2個程度とスープとじゃがいもひとつ……別に籠城戦をしている訳ではないのに、それに匹敵するような窮状だった。
人間は水さえあれば、一週間程度は生き延びられるものだが、それは生き延びられるというだけの話……戦闘など論外だった。
現時点では南の原生林を走る狭く道の悪い街道をフル活用し、その上で乏しい蓄えも放出しているのだが、それでこの有様なのだ。
友軍のバーツ王国軍についても、もはや補給手段が兵による自国領内での略奪頼みと言う有様で、まったく話しにならなかった。
そもそも彼等は、兵站の計画などが極めてお粗末なもので、二週目には早くも破綻が見え始め、やむなくこちらが物資の支援をするという完全なお荷物状態であったのだ……。
派遣軍の縮小なども何度ともなく提案したのだが、まったく聞く耳を持たなかった。
何かにつけて、アルテマの司祭が狂ったように聖戦だの神だのと喚き散らすのだ……理屈というものが全く通じない。
政治に宗教を絡ませるとロクな事にならないと言ういい見本だった。
先程ダイン将軍があの司祭をやり込めたのは、見ていて正直痛快でもあった……今後、あの司祭を会議から締め出せば、ゴールマンも少しはおとなしくなるだろう。
更に工兵隊の算出した街道の復旧に要する期間は約一ヶ月……本国からの応援を受けた上で昼夜を問わないフル稼働で二週間。
それが限界との事だった。
さすがに、ダストン将軍も現状を認識し、ある意味目を覚ましたのだが、もはやどうにもならない。
……ダイン将軍の即時撤退と言う言葉も極めて妥当だったと思い知ったのだが……撤退しようにも退路とすべき街道が使いものにならない。
原生林側の街道は、馬車がかろうじてすれ違える程度で退路として使うのは問題がありすぎる。
甲冑、武器、すべての装備を捨てて……バラバラに街道外を使って、徒歩での撤退……それであれば出来なくもないが。
……それはつまり、敗走と何ら変わりない……。
おまけに、この困窮した状況では、撤退と言う選択自体が論外だった。
撤退とは、撤退できる余裕のあるうちに行うものなのだ……その機はとっくに逸していた。
(大軍を繰り出しておきながら、敵の姿も見ることもなく、一戦も交えることもなく勝手に飢えて、多大な損害を出し敗走……そんな馬鹿な話があってたまるものか……)
本国へ帰還後の自分の将来はけして明るいものではなく、むしろ死刑台送りというのが妥当な所だろう。
それになにより、バーツの連中がそれを許さないだろう……政治問題となるのは確実だ。
あの狂信者どもが要らぬ事をしなければ、こんな事に関わることもなかっただろうに。
だが、魔王などと言うもはや古の歴史の1ページとなった輩を恐れて、このトゥーラン回廊を空白地にしておくなどありえない……それは前々から言われていたことだった。
今回の遠征もグノー連邦としてはこの地への進駐が第一目的なのだ……魔王云々は単なる口実にすぎなかった。
バーツ王国については、独断と狂信による半ば暴走に近かったが……これ幸いとグノー連邦はその話に乗っただけの事。
パーラミラの送り込んだ部隊とこちらの傘下の部隊の衝突の報が入った時は、一気呵成にパーラミラ軍を蹴散らすつもりではあったのだが。
帝国の対応が思ったよりも早く、その介入を許してしまったのが、残念でならない。
もっとも、帝国側も余程慌てたようで、送ってきたのはたった5千の騎兵のみ……指揮官のダイン将軍は武勇の誉れ高い男だったが、所詮は猪武者……政治には疎いと言う評判だったが、そのあたりは評判通りだった。
非公式ながら、将軍に同行していた切れ者として知られる帝国第三皇女を交渉の場から閉め出したのも効果的だったのだろう。
帝国と言えば、軍事力を背景にした交渉の巧みさに定評があったのだが、軍事的に圧倒的に不利な状況にある事も手伝ってか、こちらの要求に帝国は譲歩に譲歩を重ね……結局、魔王討伐後のこの地の領有権は西方諸国連合が独占することとなった。
それにしても、帝国はこの地の重要性を解っていながら明らかに消極的に過ぎた。
兵力を出し惜しみ、戦後のこの地の統治案についても、どう考えても譲歩のし過ぎと思えた。
なにせ、パーラミラ国境線から2km程度の緩衝地域を設ける……それだけしか要求してこず、帝国はこの地にもパーラミラにも駐留軍を送らないと明言したのだ。
情報軍からは、帝国は何やら正体不明の第三勢力と交戦中で、余力がないらしいとの情報が届いていたが……。
そもそも、情報軍は本当に味方なのか疑わしいくらいには、陸軍に非協力的だった。
この地や周辺地域に、多数の密偵を送り込んでいるようなのだが……何を考えているのかすら解らない。
いずれにせよ……このトゥーラン回廊が西方軍の駐留地となる以上、次は東方との戦いが始まるのは必然だった。
長らく小競り合いばかりの状況が続いていたが、それももう終わりを告げる。
西方諸国連合の悲願、古き帝国が作り出した偽りの平和とその秩序を粉砕し、新しい時代を切り開く……これはその第一歩なのだ。
……そうだ、こんな程度のことで躓くわけにはいかないのだ。
全ては必然の積み重ねなのだ……選択の余地など無かった……現状、多少の混乱や問題はあるだろうが、このまま突き進むのみ。
ただ、現状を鑑みると、やはり仕切りなおしは必要だった……ひとまず増援の2万が到着次第、現在の5万は段階的撤退。
その上で、恒久的な駐留を前提とした輸送網の再構築、それから更なる増援を呼べばいい。
バーツについては、ゴールマン一人なら何とでもなる……あれは愚鈍を絵に描いたような男だ。
こちらが支援を打ち切れば、連中はすぐにでも立ち行かなくなるのだから、そう言って脅せば済む話だった。
いずれにせよ状況はいずれ改善する……今が一番苦しい時と言う事だが、増援の来援で状況は少なからず好転するはずだった。
増援部隊自体は、もうすぐそこまで辿り着いている……あとほんの数日、耐えしのげば良い。
(願わくば、今……この瞬間に魔王軍襲来など起きなければ良いが……今はとても戦える状況ではない)
だが、この一ヶ月何一つ動きを見せなかったのだ……このタイミングで浮上などまずあり得ない!
……ダストンはそう思うことにした。
「つまり、委細問題ないではないか……副官! 我軍の方針が決まったぞ! 一度幕舎へ戻るぞ!」
考えがまとまり、付き従っていたはずの副官に声をかけるが、返事がなかった。
「んー、副官さんって……この人の事かなぁ……おじさん」
訝しんでいた所へ予想外の声をかけられ、ダストンは急いで振り返る。
副官は……確かにそこにいた。
けれども、その表情は弛緩しており、すぐにそのまま力なく崩れ落ちる。
倒れこんだ副官の身体からゆっくりと赤黒いものが広がっていく。
その背後から現れたのは、白い髪と赤くつり上がった瞳にメガネをかけた小さな少女。
やや猫背気味で……黒いコートに、三角形の角のようなものが2つ付いた奇妙なフードをかぶり、袖が随分余っているらしく、その両手の袖は、途中からだらりと下がって、プラプラと揺れていた。
「……何者だ……君は? 副官を……どうした?」
無意味な質問だった……副官は殺された……目の前の少女に背後から刺され……。
そして、それの意味するところは明白だった。
「どうしたも何も、これ見て解かんないかなぁ……?」
呆れたようにそう言って、一歩こちらへ歩を進める少女……ビチャリと滑ったような足音。
背筋にぞくぞくと怖気が走り、自然に一歩後ろへ下がってしまう。
この少女が見た目通りの子供などではないと言うことはすぐさま理解できた。
(まさか! 魔王軍なのか……これが! それもよりにもよって、今……だとっ!)
「絶望」……そんな言葉がダストンの脳裏を過ぎった。
さて…まさかのEnemySideからの魔王軍来襲です。
絶望です。ただ絶望です。
もう希望なんて、これっぽっちもありません。
玻璃ちゃん登場と同時に、まどまぎのCharlotte登場のテーマあたりがかかって引きです。
ちなみに、玻璃ちゃんのCV:平野綾さんのようです。
こなたの人ですな。




