第六話「決戦前の悲喜交々」⑤
--------------------------------------------------
第六話「決戦前の悲喜交々」⑤
---Enemy's Side Eye's---
--------------------------------------------------
さて、ここまでの話で、おおよそ理解できたと思われるが。
この魔王討伐連合軍……連合と言いつつも、東方軍と西方軍で完全に分かたれており、指揮系統や補給もまったく別々のてんでバラバラの状態で、東方と西方であわせて4つの司令部が存在していた。
名目上はここグノー連邦派遣軍の司令部が連合軍総司令部と言う事になっているが。
言わば、二つの異なる勢力の軍勢が同じ地に展開しているだけ……その程度の連合だった。
陣地についても、平原の中央と西側に事実上の主力たる西方軍が展開し、東方軍は平野部の東の隅っこの方に追いやられているような有様だった。
しかしながら、東方軍の陣形も魔王城の浮上予想地点とされている魔王城跡地にではなく、西方軍陣地側を向いており、その間にも1kmほどの広大な空白地を作っていた。
馬防柵などの並びも明らかに西方軍側を向いており、西方軍と違い攻城兵器の類も一切用意されていない。
……この時点で彼等が何を敵として見ているのかは、一目瞭然だった。
お互いの連絡や意思の疎通については、中央に張られた大天幕……西方軍総司令部に併設された連合軍連絡会議に東方軍の将軍たちが呼びつけられる……もしくは東方軍からの会議開催の要請に応えるという形で行われていた。
なお、後者については呼びかけてから開催まで3日なら早い方で、通常一週間はかかると言う真面目に連携する気があるのか疑わしいものだった。
魔王軍に戦いを挑み勝つ……それを大義名分に掲げた……それぞれ別の思惑を持った軍の寄り合い所帯に過ぎないのだ。
連合にあたっての物資や兵力の融通といった協定もなく、唯一「この地に駐留している限り、お互いに対する戦闘行動及び、互いの領域への侵入は厳禁とする。」と言う協定があるだけだった。
一応、相互支援については双方出来うる限り行うと言う協定もあったが、あくまで「出来うる限り」なので、実際は何の約束もしていないに等しかった。
なにせ、東方と西方は、つい最近まで大陸の東西を分断しお互い覇権をかけて、属国同士の代理戦争や裏での非正規戦などで、一進一退の攻防を繰り広げてきた程度には仲が悪い……言わば長年に渡る仇敵同士と言った関係なのだ。
……この場で全面戦争が始まっていないだけ、まだ良好な関係と言えた。
連合軍の構成兵力については、圧倒的に西方軍が多く、西方最大の連合国家……グノー連邦共和国を筆頭とする西方諸国連合軍5万、魔王城跡地に隣接するバーツ王国軍が3万と言う構成。
他に西方中小諸国の義勇軍も合わせて1万強ほどいるので、西方軍だけで10万近い大軍だった。
東方軍はディエルギス帝国の重装騎兵5千とパーラミラ軍2万、東方同盟諸国の義勇軍3千ほどを含めても、僅か2万8千弱の少勢。
本来は、帝国軍も5万程度の兵力を出す予定だったのだが……。
ダイン将軍の「グノーに対抗して5万とか馬鹿言ってんじゃねぇ……1万でも多い……せいぜい騎兵の5千も出しときゃ、パーラミラへの義理立てとしちゃ十分だ。」の一言で重装騎兵5千の編成となった。
これは賛否両論あったのだが、西方と緊張状態が続く中、一刻も早く派兵したかった事と、5万もの派兵は帝国にとっても編成上、予算的にも負担が大きかった。
それに、もしも失敗した場合の全責任は言い出しっぺのダイン将軍に押し付ければいいと言う事で、色々な利害が一致した結果、こうなった。
この手の連合軍では、兵隊の頭数=発言力となるのはどうしても否めないので、5万の兵力というのは帝国の国力や国威の掲示と言った部分を考えると、妥当な数だったのだが……。
この状況を鑑みるに結果的にダイン将軍の判断のほうが正しかった。
元々、帝国自体……400年前の魔王戦争で国が滅びかけたと言う黒歴史があり、あまり魔王軍とは関わりたくないと言うのが本音だった。
今回も西方諸国連合が魔王討伐軍を編成して乗り込んできたのに合わせて、魔王城跡地に隣接しているパーラミラがその動きに対抗して軍勢を出して……。
仕方がないので宗主国たる帝国も軍を出した……と、こんな泥縄な構図だったりする。
元々、魔王城跡地自体が東方と西方を結ぶ要衝地の一つと言う事もあり、呪われた地の呼び名と双方うかつに触れると即開戦となりかねない地政学的事情により、長らく双方暗黙の了解による緩衝空白地域となっていたのだが。
そこに来ての西方軍の魔王討伐軍の派兵……実のところ、魔王討伐云々以前に東西大戦勃発となりかねない情勢だったのだ。
なにせ、実際……パーラミラ軍と西方の魔王討伐軍が睨み合いどころか、少部隊どうしのいざこざから一戦交えてしまい、ギリギリのタイミングで帝国軍が介入し、東西両代表の話し合いの末、帝国側の大幅な譲歩の上で、連合軍体制を構築出来た。
……国際情勢的には、ほとんど奇跡のようなバランスでこの状況は成り立っていたのだった。
「ああ、ベル将軍、正直にぶっちゃけてくれてありがとうな……そちらさんの事情や言いたいことも解ってるんだが……すまんな。」
先程のベル将軍の見せた躊躇いの理由も理解しているダイン将軍は、それだけ言うと片手を上げて目礼をする。
「おたくらが自国民から略奪なんぞ始めたら、さすがに気分ワリィし、こちとら東方同盟の宗主国だからな……。いくらか俺たちの飯を分けてやるから、なんとかそれで食いつないで、兵隊共を押さえてやってくれ。それに現状、おたくらの兵に半分も引き上げられるとこっちも困る……。だから、その辺はなんとか踏ん張って欲しい……頼むぜ、兄弟!」
そう言って、ダイン将軍は笑みを浮かべる。
その言葉を聞くとそれまで陰気な顔をしていたベル将軍の表情が一気に明るくなる。
「そ、それはありがたいっ! かしこまりました! 帝国の支援ありがたくお受けさせていただきます。 確かに我らは窮乏しておりますが、数日で補給が回復すると解り、更に友軍からも支援を受けれるとなれば、きっと兵も奮起するでしょう。兵力については、現状の2万をなんとか維持できるよう努めます……いや、維持いたします! ここは我らにとっても引けぬ一線ですからな……ダイン将軍、重ね重ね……誠にかたじけない」
ベル将軍の返答に、満足そうな笑みを浮かべて、わざわざ立ち上がると気さくにその肩を叩くダイン将軍。
その気さくな態度に、ベル将軍は思わず「俺もこんなふうになりたい……。」と少年の憧れのようなものを抱かざるをえなかった。
このダイン将軍……幾多の戦場で東方を勝利に導き、常勝無敗の誉れ高く帝国の国民や兵達からは絶大な人気を誇る、いわゆる名将とか猛将と呼ばれる人物なのだが。
その理由も解るとベル将軍も妙に納得がいった。
「んで、こっちは今、言ったとおりの状況なんだが、バーツ王国とグノー連邦の諸兄はどうなんだ? 特にグノーは兵隊が一番多い……ここに来るまで陣地の様子が目に入ってな……正直、本気で心配してるんだが……。ひとまず、ダストン司令……西の街道で何があった? おたくらの補給が完全に止まっちまってるのは、街道方面からの輸送段列が一台も来なくなってる事から、俺達にもバレバレなんだ。なんでそんな事になっちまったんだ? こちらも本来なら国家機密レベルの内情をぶち撒けたんだ……。ここはひとつ、隠し事とか無しで、正直に頼んますわ」
こちらはむしろ、立ったまま威圧感むき出しで、凶悪な笑みを浮かべながら、噛みつくような口調でダストン将軍を問い詰める。
西方軍の幕僚達がなにやらざわつき始めたが……彼等には一切の発言権はない……。
彼らの役割は議事録の作成や資料を用意するなど、要は雑用役だった。
ちなみに東方軍の二人には、幕僚はおろか副官や護衛の同行すら許されていない……これも東方側が強いられた譲歩の一つだった。
「帝国の状況も似たようなものとは……まったくもって同情を禁じえませんな。自然の摂理と言うものは、いつもこちらの予想の遥か上を行く……困ったものです……それにしてもこのタイミングとは……。平時であればパーラミラへ災害義援金や支援物資などを送るところですが、今は戦時故ご容赦願いたい。ひとまず、現在……バーツ王国国内の我々の本国とを結ぶ街道にて地震が発生し、その影響で街道は通行不可となっています。街道の復旧工事については、地震による地割れ、断層などにより現地の被害は甚大ですが……幸い震源地は無人の荒れ野。輸送隊や付近の村なども被害は皆無……それに街道の復旧作業についても極めて順調に推移しているようで……一両日中には輸送ラインを復旧するよう努めるとのこと……我軍の工兵隊もなかなかに優秀……誠に誇らしい限りですな」
ダストン将軍は片メガネをクイッと上げると、幕僚から手渡された資料に目をやりながら、そう答えた。
自分でじっくり考えた末の言葉というより、報告書の文章を朗読して、その感想を語っているような様子だった。
この将軍……普段はもっぱら司令室の自席で、居眠りをしているのがその日常だった。
……かつては、西方軍でも随一の武勲で鳴らしたものだが……今はそれも過去の話だった。
「我軍の内情について、ご心配頂いているようですが、鉄の規律で綱紀粛正に努めております故……大きな混乱はありません。先日もバーツ王国領内にて略奪行為をした兵と糧秣庫から盗みを働いた者……それに脱走兵……この者たちを捕縛し、将校も含めて200名ほど公開処刑いたしました……まぁ、これは我軍では珍しくもない光景です。まったく、どこにでも浅はかな者はいるものです……ここ数日少々その数が増えているのが、問題と言えば問題ですな。おかげで編成上の問題が生じつつありますので、新たに本国から二万ほどの増援がこちらに来援中です。街道は馬車が通れないというだけで、兵士が歩けないほどの有様でもないようなので、進軍に支障ありませんからな。もちろん、糧秣も大量に持参させておりますから、彼等の来援により諸問題はたちどころに解決するでしょう」
ダストン将軍は淡々とロクでもない内情を暴露する。
恐るべきは本人は本当に問題ないと思って、言っている事だった。
「街道の復旧には我軍も総力をあげて支援しております故、まさに一両日中には復旧する事でしょう。はっはっは、地震程度……この地では良くある事です……我々の工兵隊も手慣れたものですよ。しかし、ダストン卿……軍隊において、略奪などは日常茶飯事ですぞ。我々はそれも兵の権利のひとつと言う考えのもと、放置しております……。勝手に自分達で補給してくれるので、こちらとしては徴発の手間が省けてかえって楽と言えましょう。我が国の領内とおっしゃられましたが……我が民も魔王の脅威にさらされる事を思えば、貴国の兵へ物資を供給する事についてはむしろ当然と思っていることでしょう。なに、我らが良いと言うのですから、どうぞご遠慮無く徴発なされればよろしい……。此度の遠征軍の派遣、その程度では返しきれない御恩ですからな……」
そして、小太り気味の身体を揺さぶりながら、ゴールマン子爵がそんな感想を漏らす。
ダイン将軍は思わず目を剥くと、そのまま天を仰ぐ。
(こいつら正気か? 今の話だけで、もうむちゃくちゃになってるって言ってるようなもんじゃねぇか……。将校含めて200人も公開処刑って事は、そこまでしねぇと、秩序を保てなくなってるってことだ。
……兵隊共もどいつもこいつも死んだ魚みてぇな目で、痩せこけてやがったし……相当やべぇ事になってるぞ……これは。おまけに、街道の復旧も一両日中に復旧するよう努めるって……良く読めよ……そりゃ単なる努力目標だろ……。要するに復旧の目処がたってないか、絶望的な復旧見込みが出て、工期をわざと伏せたんだろうな……。そもそも、こいつら……輸送ラインが潰されたのを自然現象だと思ってやがる……んな偶然があってたまるか。バーツの奴らも自国民からの略奪が兵の権利? そんなもん、てめぇの手足を食って生き延びるようなもんだ……胸糞わりぃ。グノーも更にこの上二万も増援だぁ? 兵に糧秣持たせるって、そんなモンたかがしれてるって解らねぇのかよ……。駄目だこいつら……希望的観測を事実と取り違えたまま、完全に自滅の道を突っ走ってやがる! クソッタレ! こんなもんに付き合ってられるか!)
内心で長々と罵詈雑言の限りをつくすとダイン将軍は、ありったけの忍耐力を駆使してかろうじて口を開く。
「ああ、そうだな……西方についちゃ、てめぇらの領域だからこっちの知ったこっちゃねぇからな。そちらの問題はそちらさんで解決してくれ、俺達も内政干渉とか言われたくないからな。ただし、東方領域に一歩でも入り込んだ賊にはこちらは一切容赦はしない……この点は予めご理解いただきたい。くれぐれもそちらの兵共には東方領域には決して近寄らぬよう厳命頂きたい。ベル将軍、そっちにうちの糧秣を回す打ち合わせをしたいんで、後で副官でもうちに寄越してくれ」
ダイン将軍の言葉に立ち上がって敬礼を以って答えるベル将軍。
名目上は同格なのだが、まるで上官へ対するような態度だった。
そして、それを確認するとダイン将軍はおもむろに席を立つ。
「ダストン司令、それにゴールマン閣下……申し訳ないが、私は急用を思い出したんで、いったん自陣に戻ります。お互い、非常に実りあるなかなかに有意義な会議でしたな……それでは、これにて失礼させていただきます。何かご用向きがありましたら、いつでもお呼び立て下さい」
無理やり笑顔を作ると、早口で一方的にそれだけ言い残し、さっさと一人席を立ち、会議室の設置された大天幕を出て行く。
後ろから何やら声がかけられていたが、聞こえないふりをした。
撤退はしないと明言したし、西方軍の内情も聞けた……こちらの状況もきっちり伝えたので、政治的にも問題にならないだろう……ダイン将軍は総革新すると、そのまま、己の馬を駆り、その場を早々に離れた。
さて、そろそろ背景世界の情勢とかも見えてきましたね。
敵サイドも単純な一枚岩の魔王討伐軍かと思いきや、こんなややこしい背景を持ってたりします。
ちなみに、この辺も初期設定資料にはひとっことも書いてませんでした。
色々敵サイドの背景とか考えてるうちに、パズルのピースがハマるようにこんな感じの設定が出来ました。
何という行き当たりばったり。




