第六話「決戦前の悲喜交々」③
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第6話「決戦前の悲喜交々」③
---3rd Eye's---
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かくして……いよいよ、魔王軍総勢17人の小さなメイド達と魔王討伐連合軍10万の軍勢の決戦の火蓋が切られようとしていた。
これまで、魔王軍側の視点でこの物語は語られていたのだが、ここでスポットを大きく広げたいと思う。
戦争には相手がいる……そんな相手側の決戦前夜の様子を見ていきたいと思う。
……ワイズマンの訪れから一ヶ月。
くろがね達は訓練と偵察三昧の日々を送っていたのだが……。
決戦前に行われた両方面の長距離偵察のついでに、一回こっきりの当て逃げ輸送妨害作戦を実行していた。
まず、決戦の3日ほど前、バーツ王国の魔王城跡地へ向かう街道周辺にて、深夜ちょっとした地震が発生した。
地震の震度自体は大したものではなく、西方軍輸送隊も移動中の者達はほぼ気づかず、下車して寝たり座っていた者達だけが気付く……その程度のものだった。
近隣の村人も地震が珍しくもない地域ということも手伝って、誰も気にするものなどいなかった。
だがしかし、彼等はその震源地となった現場にて、恐るべき光景を目撃することとなる。
まず、目に付いたのは街道を中心にしたすり鉢状の巨大なクレーター。
そして、そこから放射状に伸びる地割れ。
さらに、至る所で互い違いにずれたままになってしまった複数の断層。
それに加え、至る所で噴水のように地下から滾々(こんこん)と湧き出す水で水浸しになった地面。
本来は地面に埋まっていたと思わしき、大岩が無造作に転がっていたり……。
小さな地割れも無数にあり、馬車はもちろんのこと、徒歩で進むことすら困難を極める惨状としか言えない光景だった。
そんな地獄のような風景が1kmほどに渡って続いているのを、西方軍輸送隊の人々はもはやどうする事も出来ず、呆然と眺めるしか無かった。
……後ほど、現場にて西方軍工兵部隊の隊長が算出した最低限、馬車などが通行可能になるまでの復旧予想期間はおよそ一ヶ月。
これは街道周辺の破壊状況のあまりの酷さに街道を復旧するより、迂回ルートを新たに敷設した方が早いとの結論で、計算された数値だったのだが、複数の案の中でこれが最短だった。
ただでさえ、長期に渡る任務で疲弊しきり、もはや限界を迎えつつあった西方軍輸送隊にとって、この数字を聞いた瞬間……それが魔王軍と相対する同胞達への死刑宣告に思えた。
かくして、西方輸送ラインは一夜にしてその機能を停止した。
また、ほぼ同じタイミングで東方へ繋がる街道にも異変が起きた。
魔王城跡地と隣接するパーラミラ共和国と呼ばれる国の中間点にかつて存在した湖が一夜にして復活し、その湖の跡を横切る形になっていた街道は当然水没……これまた完全に通行止めとなった。
この湖にはかつて、大きな橋がかかっていたのだが、湖が無くなってからは用済みとばかりに、遥か昔に撤去されてしまっており、せいぜい橋脚の残骸が残っているだけだった。
その為、迂回路なども存在せず、忽然と湧いた湖の両岸には東方軍の輸送段列と隊商の馬車などが、先に進めない状態で団子状態になってしまい、これまた大混乱を引き起こしていた。
この湖自体は、湖に流入していた川を堰き止め、別の地域に流す……つまり用水を作ると言う公共事業の結果、水の流入が絶たれ自然に干からびる事となったのだが。
これは、水資源の獲得と交通の便の改善と、当時としては一石二鳥の妙案であり、その後、百年以上もの月日の間、何ら問題なかったのだが。
……ここに来て、いきなり湖が復活してしまい、その上その水路が壊れて大量の水が流入する状態となった為、湖の面積は拡大の一途……もはやすっかり、かつての風景の復活となってしまっていた。
さて……まず西方輸送ラインで何が起こったのか。
それは、黄玉の使う魔術の中で、戦略級と呼ばれるクラスの超魔法のひとつ「大地母神のメガ貧乏揺すり」だった。
なんとも微妙なネーミングもあったものだが、このぽわぽわツインテール2号……こと、黄玉……真面目で優秀な魔術師だったのだが、ことネーミングセンスについてはポンコツだった。
やたらとよく弾む巨大泥団子「スーパー泥団子」だの、棘の付いた人の頭台の岩を投げつける「死球トゲロック」だの……まぁ、彼女の使う魔術のネーミングは大体こんな調子。
厨二道を堂々と突っ走るくろがねや玻璃もなかなかのものだが、彼女もまぁ……大概だった。
ただそのふざけたネーミングに反して、その威力は自然災害級だった。
長年の研究の結果、後は実際に発動するだけの最終実験段階……そこまではこぎつけたものの。
実際に魔王城内で発動させるわけにもいかず、外界で発動実験をするだけの状態のまま、その機会が無く黄玉も持て余してたのだ。
決戦前にせっかくなので、外界で戦略級魔法の発動試験をしたいと言う要望を黄玉がワイズマンに出した所、だったら敵の輸送ルート上で発動テストやってやれば一石二鳥……と言う話となり、西方への遠距離偵察にくっついて行ったついでの発動試験実施となった。
その結果は……黄玉も少しさじ加減を間違えた部分もあって、自らもトラウマになりそうな程の地獄の光景を現出させることとなった。
「「ぐれいてすとハンマー」を振り下ろした瞬間、地面がプリンみたいに揺れながら、幾重もの波紋が広がっていって、その後地面がめちゃめちゃになっちゃいましたの……。」
……と言うのが、空飛んで脱出した彼女が見たと言う光景。
本人も思った……多分これは触れちゃいけない……禁呪とかそう言う類のヤツだったと。
まさに戦略級大魔法……とんでもなかった。
こんなもの……何に使うつもりだったのかというと、超巨大な敵や城攻め、敵拠点の攻略……などを想定していたらしい。
小さくて一見馬鹿っぽい彼女も、立派な魔王軍の上級幹部……巨大な敵をも討ち倒す覚悟とその準備……大したものである。
単なる思いつきとか、そんな事は……たぶん、無い。
ワイズマンへの報告書には、やり過ぎちゃって、地面がひっくり返っちゃったよーとか書いておきながら、提出はしていない。
提出したら、絶対怒られる……絶対やり過ぎだってば……と言うのが彼女の思い……一応、反省は出来る子らしい。
兎にも角にも彼女一人の手によって、元々弱り切っていた西方輸送ラインは壊滅した。
そして、その復旧には一ヶ月もの工期が必要……。
一ヶ月もの間、ただでさえ食料不足だった10万の軍勢に補給が途絶えた結果どうなるか……普通に考えて、この時点でその結果は目に見えているようだった。
特に輸送と工兵隊関係者の一部はその事に気付いていたが、自分達の立場的なものもあり、そんな恐ろしい報告……あえて自分から口にする勇気ある者は居なかった。
なにせ敢えて口にしても待っているものは、工期短縮の無茶振り……その上達成できなかった場合、最悪……文字通り責任者のクビが飛ぶ。
かくして、自分達の見積もった工期一ヶ月という数字は伏せられた。
工兵隊と輸送隊の責任者の連名により、最前線を含め関係各所へ届けられた報告書は以下のような結びとなった。
「過日の地震によるバーツ王国内街道の被害は、甚大なものとなり現状、前線への物資輸送は極めて困難な状態にある。輸送ラインの復旧については遠征軍工兵隊の全力を以って、一両日中に復旧させるべく鋭意担う限りの努力をしている。尚、作業の進展状況は予定通り極めて順調に推移している。前線各位はこの困難と窮乏の日々を耐えしのぎ、必勝の信念を持って、自らの職責を全うすることを期待する」
……実に、酷い報告書もあったものだ。
これをわかりやすく言うと……。
「地震で輸送ルートがしっちゃかめっちゃかになったから、前線への物資輸送はもう当分無理。復旧作業については、俺たち工兵隊がフル稼働で全力で頑張ってる。どの位かというと明日明後日には復旧させるくらいの勢いで頑張ってる。作業の進展は(俺達的には一ヶ月かかるってみてるからそのスケジュール上は)予定通り順調に行ってるから、そのうちなんとかなるよ。前線の皆、腹減ってるだろうし、大変だろうけど、絶対勝てると思って、頑張って自分の仕事は全うしろよ。期待してるから」
意訳であるが、言ってることはこんな調子なのである。
カッコ部分が一番重大なのだが、それは意図的に省略されていた。
それに、一両日中に復旧と言う微妙な言葉が入っているのがミソであった……人間誰しも自分にとって良い解釈というものをしたがるもので……。
この報告書を見た誰もが勝手に一両日に復旧なら問題ない……と都合よく解釈してしまった……前線の上層部も含めて。
けれど、彼等は努力目標を掲げているだけで、何一つ工期について触れていなかったのだ。
巧妙な責任回避……実際問題、無理なものは無理なのだから、誰も彼等は責めることは出来ないだろう。
……いずれにせよ、この時点で西方軍はもうどうしょうもない状態に陥っていたのだ……。
そして、東方輸送ライン。
こちらに忽然と出現した湖についてなのだが……。
まずこの湖の発生のきっかけとなった水路の崩壊について触れるべきだろう。
これは元々百年間もの年月を耐えてきた、恐ろしく頑丈に作られた代物だったが、さすがに経年劣化が進み最も水圧がかかるブロックが崩れかけていたのだ。
もちろん管理者側はこの状態に気づいていたので、ひとまずの応急処置として、状態維持のプロテクトの魔術処理が施されていた。
そして、長距離偵察に同行していたくろがねがこの湖跡付近を探索中、偶然それを見つけ、これって何かなー? 程度の感覚で、それに手を触れてみた。
くろがね的には、単なる興味本意だったのだが。
指先で軽くチョンと触っただけで、彼女の固有能力マジック・キャンセラーが発動。
結果、この損傷を保っていたプロテクトが破壊され、折しも増水気味だった事もあり、水路の壁は文字通りくろがねの小さな指先ひとつで崩壊した。
……一箇所崩れると脆い物で、さらに、付近の壁まで巻き込まれ……十メートルほどに渡って、ガラガラバラバラと連鎖崩壊していった……。
あとは、あっという間に土手がもりもりと削られていき……やがて土手が決壊し水路の水は万有引力の法則に従い、かつて湖だった土地へ注ぎこまれていった。
土手からダバダバと溢れてくる水で、見る間に浸かっていく街道を見ながら、くろがねは以前ニュースで見た台風による大水害の光景を思い浮かべた。
はっきり言って、これはやり過ぎた……元々は蒼玉あたりに頼んで、軽く街道に水をぶち撒いてぬかるみにしてしまう程度で、補給の遅延妨害としては十分と考えられたので、それで行く予定だったのだ。
やり過ぎは敵の警戒を呼ぶ……はっきり言って、大失態だった。
けど、やっちまったものは仕方ない……ワイズマン様への報告は、適当に差し障りの無いものにして、誤魔化してしまうしか無い!
そう彼女は開き直った。
「自然災害に見せかけた破壊工作を実施しました! 皆さん、速やかにこの場を離れましょう!」
くろがねはそう言い放って、即刻撤収命令を出した。
だが、本件にはもう一人の下手人がいた。
それは……遠征偵察隊に同行していた蒼玉だった。
彼女は、くろがねの撤収命令を聞きながらも、徐々に面積を拡大し街道をゆっくりと覆いつくしていく水を見てこう思った。
「……やはり、元々ここは湖だったのね……水のある風景ってやっぱり美しい……。この国は荒れ地ばかりで、美しさが足りません……なんて悲しいことなのでしょう。せっかくだから、ここの名物になるくらい、もっと大きな湖を作ってしまいましょう」
……と言う大迷惑な発想の元、更に大量の水をここに注ぎこむ事にした。
蒼玉も黄玉同様、戦略級魔術「タイダルウェーブ」と言う地上に津波を現出させる破滅的大魔術を使えるのだが、彼女はどちらかと言うと良識派なので、そんなアリを潰すのにミサイルを飛ばすような真似はしなかった。
その代わり、延々増え続ける水の塊を出現させ、適当に放り込んだというだけ。
この増えるわかめならぬ、増える水……それは大体10日ほどかけて500万トン分くらいの水を吐き出して増えるのが止まると言う地味に凶悪な代物だった。
その量は2キロ四方を水深1m弱くらいの深さでたっぷりと埋め尽くす……といえば尋常な量ではない事は解るだろう。
こんな感じの大きさの湖を作るには、これ位の水があれば……と必要量を算出……などと彼女も頭の中で色々考えていたのだけど……細かく計算するのが面倒になったのと、くろがねが急かしまくるので、エイヤっとばかりに適当な加減で術式構築。
結果、何と言うか……明らかにオーバースペックだった……しかも、それを景気良く10個位ばら撒いていった。
と言うか、蒼玉さん……計算式の数値の見積もりをそもそも一桁間違ってた……料理好きのクセにいつも作る量を間違える彼女らしい失敗だったのだが……ほんとうにもう止めてください。
彼女としては、実に良いことをしたつもりになっていたのだから、なかなか始末に負えない。
彼女的には殺風景なこの地の風景が、緑と湖に囲まれた風景になればいいなぁ……と言う善意故の行為だったのだ。
まさに一撃離脱テロだった……。
くろがねによる指先チョンで水路決壊テロもそれだけなら、水路を修復すればすぐ解決する話だったのだ。
けど、それに加えて蒼玉の増え続ける水源……そのコンビネーションによる破壊力は絶大だった。
おまけに、新たな水源より不自然発生した水は、湖の跡を埋め尽くしたあとも留まることを知らず、海へと向かう新たな流れを作りだし、パーラミラ共和国各所の交通網を寸断し、いたる所に水害の被害をもたらした……もはや大災害である。
水というものは、恐ろしい破壊力がある……一度暴れ出せば、その単純な質量の暴力で破壊の限りを尽くし、どこまでも入り込み、染み込み、大地すらも抉り取る。
そんなものを軽々しく扱ってはいけないのだ。
……指先一つをきっかけに、善意のつもりで自然災害……結果、国家存亡の危機。
ひどい話もあったものである……神話の時代の神様も真っ青の暴挙だった。
……尚、本人達はそこまで酷いことになった事に気付いてないのでさしたる反省も後悔もなかった。
くろがねは、絶対ヤバイ事になったとは思ってはいたが……。
ワイズマンへの報告は、ざっくりと
「街道の要衝地にて、通り雨に見せかけて水を大量に撒いておきました……土がぬかるんで、敵輸送隊の足止めが期待できます。」
なんて、嘘っぱちの報告をしたが……あながち間違ってもいなかった。
副隊長の蒼玉も「殺風景な土地に潤いを与えてきましたわ」との報告を行い……打ち合わせもしないうちに、両者の口裏があってしまっていたので、結局ワイズマンもくろがねの不審な態度を訝しみながらも、お疲れさんと流してしまった。
そして、街道の惨状について、連絡を受けて急行した帝国軍工兵隊も、わずか一晩ですっかり立派な湖と化したその光景に「これ、湖の水抜くとかするより、もう橋かけ直すか、迂回ルート作ったほうが早くね?」となってしまう程度には、甚大な被害となった。
どちらも割りと行き当たりばったりの破壊工作だったが、連合軍にとってはボディーブローどころか、この一撃だけで両軍の輸送ラインが即死と言う致命的なものだった……。
しかも、そのどちらもやり過ぎレベルのオーバーキル……その影響は両軍ともに退路なし、増援不可と言う状況をも生み出した。
このたった一度の破壊活動が連合軍の命運を決定的に断った。
……もはや、この時点で勝敗は決していたのである。
如何にも決戦って引きで、今度は敵軍側へとスポット変わりました。
これまで記号だった魔王討伐連合軍…彼らの顔が見えてきました。
敵もきっちり描いてこそ、戦争ドラマってもんですよ!