第六話「決戦前の悲喜交交」②
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第六話「決戦前の悲喜交交」②
---Wiseman Eye's---
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四姉妹が出撃してしまったので、すっかり司令室はがらんとしてしまった。
この司令室に私一人と言うのは、初めてかもしれなかった。
彼女達はこの司令室をすっかり自分達の根城のようにしていたのだが……。
私物のぬいぐるみやら毛布、食べかけのお菓子などがそのまま放置されている。
触るなと言い残すなら、少しは片付けていけと思いつつ……整理していると、非戦闘要員のメイドたちがやって来て、テキパキと片付けると空いていた席に座っていく。
なるほど、私が触るとろくな事にならないけど、彼女達なら時々交代要員として、司令室に出入りしているので、勝手は解る……そういう事か。
紅玉め……だったら、爆発するとか訳の解らない事を言い残していくな。
「マスターワイズマン。桜、梅、桃……以上、三名……戦術支援オペレーターとして司令室配置につきます。他に百合、芍薬、牡丹が予備要員で待機しております……状況次第で即座に応援に参りますのでいつでもお願いします。マスターとは何度かお目にかかってますけど、改めてよろしくお願いしますね」
ぺこりと丁寧にお辞儀をされ、思わず、お辞儀を返す。
「ああ、こちらこそ頼んだ。三人ともよろしくな」
そう言って笑いかけると照れたように揃って三人とも顔を赤くする。
彼女達は、草木をベースに作られた旧式マテリアドールで、作成時期がかなり昔との事で、皆、20代の大人のお姉さんと言った感じだった……彼女達も成長するらしい。
……くろがね達と違って、その魂は人造魂魄のようだが……長い年月を経るうちにすっかり、人と変わらないような感情や知性を持つに至ったらしい……この三人も外見は色違い風ながらも、それなりに個性があった。
その戦闘力も並の人間よりはるかに強力なのだが……魔王様としては、あくまで非戦闘要員との事だった。
はっきり言って、くろがね達、鉱石ベースのマテリアドールが別格級に強すぎるのだ。
数万年の単位の年月ですら朽ちず、輝き続ける宝石や鉱石……元よりその秘めたるパワーは桁違い。
それと人の魂という無限の可能性を持ったものの組み合わせなのだ……恐らく、究極の存在に近いかもしれない。
特に今、地上に出ている17人はトップクラスの精鋭揃い。
……かつて共に戦った仲間の使徒……異世界の英雄達。
彼女達はその者達にも匹敵するだろう強大な戦力の持ち主だと私は評価していた。
おそらく、戦いを続けるうちに彼女達の何人かも、我々使徒の戦列に加わることになるだろう。
(負け戦確定と思っていたこの世界の戦いもこうなってくると俄然、勝利の可能性が出てきたな)
そう思わずにいられなかった。
もっとも、敵の使徒もこの400年、無為に過ごしてきたとは思えないので、どうなるかはまだ解らない。
恐らく、2-3人くらいは敵の使徒がこの軍勢に紛れ込んでいると私は予想していた。
少なくとも「至天のゼロ」「女帝」……この辺は魔力をカモフラージュする気もなく堂々としたもので、すでにその存在を確認済み。
姿は随分変わっていたようだが、何と言うべきか……お馴染みの連中だった。
……他は、いくらか新顔が出現しているようなので、詳しくは解らないが……魔王城の浮上先を固定した謎の技術などから、西軍サイドの指揮官あたりは使徒の可能性が高いと想定している。
(だが、戦力差は400年前ほど絶望的ではない……魔王様のおかげで実に面白い展開になってきた……。素晴らしい……実に素晴らしいな)
そんな風に考えを巡らせながら、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
「ところで、魔王様……いい加減、お部屋でお休みになられては? あの娘達の出迎えのためにも、早いとこ魔力を回復していただかないと。」
ヘロヘロになりながら司令室に転がり込んで、床に突っ伏していた魔王様にそう声をかける。
実は、さっきからそこに転がっていたのだが……玉四姉妹共々、敢えて見ないふりをしてそっとしておいたのだ。
皆、配下たる故、疲れきった主君への無言の優しさを示したに過ぎない……決して、ぞんざいに扱っている訳でなかった。
「おのれ……気付いていたなら、助け起こしにくらいこんかい! 玉四姉妹も貴様もつくづく、薄情なヤツらだ。まったく……可愛い娘達が命がけで戦っておるのじゃ……このわしがぐーすか寝込んでおるとかありえんじゃろ。わしもここでこの戦……最後まで見守らせてもらう……了解しろワイズマン」
確かに魔王様は魔力も使い切って、事実上役立たず状態。
見守る程度しか出来ないにせよ……気持ちは解らないでもなかった。
「ホントはいいから寝てろって言いたいんですけどねぇ……。幸いオペ席がひとつ余ってるんで、どうぞお座りになってください。一応、気持ちは解るんで、止めやしませんよ……なぁに、居眠りしてても誰も怒りませんから。で、金剛は……結局、どうなりました? 彼女が行ってくれるなら、実に心強い援軍になるのですが」
「あやつなら、わしと入れ替わりに、ゲートの準備中じゃ……。少しばかり手伝ってやったから、チャージ2時間コースがあと1時間程度まで短縮できそうだと言っておった。……おかげでわしの魔力はカラッ欠になってしもうたがな」
なかなかの朗報だった。
金剛なら、使徒相手でも互角以上の大戦力。
予備戦力としては破格だった……二時間はかかると言う話だったので、作戦の順延も考慮に入れていたのだが……。
そう言う事なら予定通りで問題なかった。
「なら、作戦の延期は必要なさそうですね……間もなく作戦開始予定時刻……深夜3時まであと15分を切りました。我ら魔王軍にふさわしい払暁の夜戦となりますな……。ここはひとつ、その健在ぶりを皆に知らしめ、戦意高揚とすべく、一席演説でも決めてやって下さい。桜……城内全域、及び各員の通信端末に魔王様の演説を流して下さい。」
「イエス、マスターワイズマン、仰せのままに。」
次元間往還ゲートの副産物……次元間通信システムも問題なく稼働しているようだった。
複数の戦場監視用の飛行型ゴーレムからの映像や何人かに持たせた「飛眼」……要は遠隔カメラ……からの映像も問題ない。
壁面のモニターに表示された戦術マップも戦場の状況をリアルタイムで伝えていた。
これら、リアルタイムの戦術指揮システム……この世界では考えられないほど高度なものだったが、私の知識と紅玉達破格の能力をもつ魔術師達の協力で実現できた。
「まったく、人使いが荒いのう……ああ、お前達……わしの声が聞こえておるか……わしじゃ、千年魔王である。夜を徹しての出撃準備……戦場に立つもの……そうでない者も皆、実にご苦労じゃった。皆の者喜べ……今夜は記念すべき夜じゃ……我らが悲願、外界への帰還の第一歩になるからじゃ。だが、その為にはまずはやっておかねばならん事がある。わしの庭たるこの地に土足で踏み込み、延々と居座り続ける不届き者共をなんとかせねばならん! お主らが今、見ておるであろう匹夫共じゃ……こやつらをどうすればいい? 頭を下げてお引き取り願うか? 和平を申し込む? はたまた、降伏するか? どれも違うっ! 我らはそんな真似はせん……問答無用で蹴散らし蹂躙し、恐怖のどん底に叩きこむのじゃ! 見敵必殺ッ! 一人足りとも生かして帰す必要なしじゃ、恐怖に逃げ惑い……業火に焼かれて灰になる。それが彼奴らにふさわしい末路じゃ……10万の断末魔を我らが地上帰還の宴の興とするのじゃ! そして、その事実は世界に恐怖を呼び起こし、我らが魔王軍の帰還の旗印となるであろう! ゆけぃ我が娘達よ! わしはお前達をここで見守っておる……朗報をまっておるぞ!」
魔王様の演説が終わる。
思った以上の演説に拍手を送る。
「お見事な演説です……それにしても、皆殺しにせよ……ですか。 いいですね……この戦……10万の軍勢を粉砕したと言う事実から、全世界に恐怖を与えて、抑止力とすることが第一義ですからな。まぁ……まるっきり悪役ですがね……これで、あの娘達も少しは気兼ねなく戦えるでしょう。他ならぬ魔王様のご命令……これは絶対ですからね……実に良く解っておられる」
「なにぶん、お前の策のせいで、我が娘達には前持って、十分に実戦経験を積ませてやることが出来なかったからのう。あやつらは確かに強大な戦闘力を持つ……それこそ、あの使徒共と戦う程度のことは考えてあるからな。だから、この戦争の結果なぞ、すでに決まっておる。だが……人の心はか弱い……しかしながら、その心故にあの者達はわしにとって、心から愛すべき者共となったのだ。愛するものを戦に駆り立てるのは辛いものなのだのう……この名の通り千年近くも生きながらえて、今更ながらに思い知ったぞ。わしに出来るのは……せいぜい、背中を押してやることだけなのが口惜しい。……いっそ全ての咎をわしが引き受けることが出来たらよいのだがな……。なぁ……ワイズマン……果たしてわしは正しかったのかのう?」
そう言って遠い目をする魔王様。
魔王戦争と呼ばれている400年前の戦い……この世界の人々にとってはとっくに歴史の1ページとなった過去の大戦。
……我々にとっては、敵対する使徒と世界中全てを相手取っての戦争……。
魔王様は配下とその戦力全てを失い、私も一度は討たれ、他のこちら側の使徒も全滅した……。
本来、こちらの完敗だったにも関わらず、千年魔王様ただ一人が落ち延びた事によって、戦争は終わらなかった。
そうなのだ……我々の戦争は未だ続行状態にある。
そして、400年もの孤独の間……千年魔王様は新たな配下として人の心を持つ人形達をその配下として得ることとなる。
人故の弱さも強さも併せ持ち、比類なき力を与えられた者達……。
ふと、くろがねの事を思い出す。
彼女は……この試練を乗りきれるだろうか。
彼女は私と同じ日本人だったと言う……あの国の……あの平和な時間を生きていたものが。
果たして、人殺しを、戦場を、乗り切ることが出来るのだろうか?
彼女は魔王様の与えた最強クラスのマテリア体と戦闘の天才と言うべき才能、そして卓越した指揮官としての才覚すらをも併せ持つ、名実ともに魔王軍のエース格だ。
……本人は頑なにそんな大層なものじゃないと否定するが、それはもう魔王軍の誰もが認める所だった。
不幸な人生を送った故に、新たな生への思い入れも人一倍なのだろう……何をするにも彼女はとても懸命で……この一ヶ月での彼女の成長は目覚ましかった。
けれども……その魂の本質は、心優しいごく普通の女の子だと……私はそう判断している。
あの国にいた頃、私の身の周りにいた者達に比べると、遥かに強い心と強靭な精神を持っているのだが。
戦いへの忌避感や他者への必要以上の共感、思いやり……そんなものが垣間見える。
むしろ、それは美徳なのだが、戦場に立つにはそれは些か、酷に過ぎるものだった。
彼女の屈託のない無邪気な笑顔を思い出す。
……もしかしたら、彼女はあんな風に笑えなくなるかもしれない。
そう思うと、今……この魔王様の感じているであろう苦悩も……解らないでもなかった。
「魔王様……私は貴方を尊敬に値すると評価しておりますよ……。どんな形であれ、彼女達は魔王様に救われたはずです。素晴らしい事をなされたと、その事は胸を張って良いでしょう。苦悩する者はきっといるでしょうが……それは戦う者にとっては、避けては通れないものです。そして、我々にはそれに命令という名の免罪符を与える……その程度の事しか出来ません。ところで、魔王様どうでしょう? 罪滅ぼしという訳ではありませんが……彼女達が笑って過ごせる世界を作る……これを我らの最終目的としませんか?」
臣下として……戦友として、ささやかな提案。
だが……決して悪く無い気分だった……私にとって、この世界の戦いも数多くの戦いの一つに過ぎないのだが。
この世界にいた痕跡として、共に戦う愛すべき少女達の為の世界を作る……夢物語かもしれないが、悪くなかった。
「ほぅ……ワイズマン……貴様にしては気の利いた提案じゃのう……。確かに……わしらは明確な目標というものがないからのう……。この戦いも言わば自衛の戦いであり、使徒共との戦いも半ば成り行きであって、内心面倒くさいと思って気が進まなかったのじゃ……。世界との戦いも手段であっても、目的ではないからのう……世界征服なんぞ、御免こうむるわい……。なかなか、道は遠いような気もするが……それは悪くないかも知れんな……。我が娘達が笑って過ごせる楽園か……素晴らしいな……それは……」
……心から楽しそうに千年魔王様は笑った。
あの冷徹無比、残虐非道の魔王様も随分変わってしまったものだ……変わらないのは……多分、この私だけだ。
そんな訳で、魔王軍はスタンバイOK!
次回から少しスポットが変わって、敵軍サイドとなります。