第六話「決戦前の悲喜交交」①
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第6話「決戦前の悲喜交交」①
---Wiseman Eye's---
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「それでは、魔王様よりゲートの準備が完了したとの仰せですので、我ら玉四姉妹も出撃いたしますわ!
私達の大活躍をご期待あれっ! ワイズマン司令……あとの事は桜達にお任せしてますから、くれぐれも余計なことはしないように! お酒を飲みながら、戦闘指揮とか言語道断ですからね……食事も忙しいからって、いい加減に済まさないで下さいっ! あと不眠不休の指揮とかそんなになっても、ひげ剃りはお忘れなく! 殿方のたしなみですよっ! それと! それとっ! 司令室の物の配置とか勝手にいじっちゃダメですからね! 迂闊に触ると爆発しますからっ!」
人差し指を立てながら、小姑のようになにやら細々とした注意事項を並べると、締めとばかりに優雅な仕草でスカートの裾を摘んでお辞儀をする紅玉。
真紅のボリュームのあるくるくる巻き毛のツインテール、髪の色と同じ真っ赤なドレス姿で、これから戦場へ向かうようにはとても見えなかった。
「爆発するなっ! それと相変わらず細々とやかましいが……お前は私の嫁かっ!」
……と苦笑しつつ、ツッコむと何やらにへらーと笑う……どうやら「嫁」という単語に反応したらしい。
とりあえず、いつもやっているように、頭を撫でてやると、立ちくらみでの起こしたのかフラフラと倒れ込みそうになる。
「おいおい、大丈夫か?」
さすがに、目の前で女性が倒れそうになっているのを見過ごすほど、私も非道ではない。
思わずその手を取ると、そのまま私に向かって倒れ込みそうになったので、抱きとめるような形でささえてやる。
一番のお姉さん然としてるくせに、彼女はあまり背がない……140cmギリギリ程度とくろがね達よりは大きいんだが、この姉妹の中では黄玉と大差ないくらいには小さい。
もちろん、私と比べると子供サイズ……なので、必然的にその頭の位置は胸のあたりに来る。
そのまま、両手を回してギュッと抱きしめてくる……やられた、狙ってやがったコイツ。
「ううっ……ワイズマン様、ごめんなさい……。幸せすぎて私、立ちくらみを……あの……もう一回私の事を嫁と呼んでみてくださいませ……」
は、始まってしまった。
……この紅玉……色々あって、すっかり私になついてしまっている。
元々、司令部機材の操作要員として、魔力の高い者……魔術師系の要員を何人か常駐させる必要があると言うことで、誰か推薦するように、魔術師達の事実上のリーダー格という彼女に頼んでみたのだが。
姉妹全員引き連れて、自ら司令部要員として名乗り出たと言う……何とも、斜め上な真似をやらかしてくれた。
金剛はインドア派なので、彼女に任せるのが一番と判断したつもりだったのだが、ものの見事に職権乱用。
全員ぶっ飛ぶくらいのレベルの魔力保持者で極めて優秀なので、何かと重宝しているのだが。
紅玉もすっかり嫁気取りで私の身の回りをチョロチョロするようになり、副官気分のくろがねとよく衝突しているようになってしまった……。
まぁ、衝突と行ってもせいぜい睨み合いや口喧嘩程度で、別に取っ組み合いの喧嘩を始めたりはしないし、他の姉妹やしろがね達がさりげなく仲裁してくれるので、あまり問題にはなっていない。
なんだかんだで、女の子に囲まれてしまっているいわゆるハーレム状態なのであるが、私にはラブコメ主人公の属性など全くないのだから、妙な張り合いとかは止めて欲しいものだ。
我々は戦争をやっているのだ、ラブコメをやりたいのなら、何処か別の場所でやればいい。
私はそんなものに興味はない。
もっとも、無下に扱うのも士気に関わるので、程々に相手はしている。
それに……色仕掛けとかは自重しているようなので、女子校の教師にでもなった気分で大らかな気持ちを持って、許容するといったところか。
「まぁ、とにかくだな……お前には皆、全員無事に返すと言う特別任務を与える。無事、任務を達成したら、嫁でもなんでもいくらでも言ってやるから、とっとと行ってこい!」
私がそう告げると、紅玉はスパッと抱きつくのを止めると、キリッとした顔で敬礼をする。
「はいっ! ワイズマン司令! この紅玉……必ずや皆を無事に連れ帰りますわ! じゃあ、行って参りますっ!」
実にいい目をしていた……まさに戦士の目だった。
紅玉は元々一流の魔術師にして戦士だ……こうなれば頼もしいものだった。
私も紅玉に答礼を返すと、彼女は勢い良く司令室を駆け出していく。
まぁ、死地に赴く部下を見送るのだ……本人が望むようにさせてやるべきだった。
「あらあら……紅玉ちゃん、よかったわねぇ……。では、わたしも頑張りますわね……戻ったら、何か美味しい物でも作りますからぁ、皆で食べましょうね。司令はなにかお好きなものってありますか?」
あくまで、マイペースを崩さないのんびり派蒼玉……青いロングストレートに青基調のドレス姿、こっちはやや清楚な雰囲気。
いつも眠そうな目をしてるのだけど、そう言う地顔らしい。
「好きなものか……そりゃ断然うどんだな……あれはいいぞ……三食食っても飽きん! こないだ作ってくれたヤツ、なかなかいい感じだった。あれを山のように作ってやってくれ、魔王様やくろがねもまた食べたいって言ってたぞ」
私は日本人だったから、たまに日本の食べ物が懐かしくなる……特にうどんはいい……あれは完全食品と言っていい日本の誇る一大文化だ。
試しに蒼玉に作り方を教えてみたら、たんまり作ってくれた……しかも、いい加減なレシピだったのに、麺はいいコシが出ており、ツユもダシの利いた実にいい味と抜群の出来だった。
そんな蒼玉の趣味は料理を作ることと食べること。
一見家庭的なのだが、いつも目分量でいい加減に作るので、作る分量が大体おかしい。
だが、味についてはどうなってるのか解らないが、いつも抜群に美味い。
余るほどの大量の料理を作る事がほとんどなのだが、彼女の目の前に余計に作った分が山のように並んで、その全てがいつのまにか消えてなくなると言うのは、何と言うか意味が解らない。
「解りましたわ~。じゃあ、お素麺をたくさん作って、流しそうめんにしましょうね」
うどんって言ったのに、何故そうめんなんだ? それに何故流す?
ああ、解ってたさ……こいつはこう言うヤツだった。
一見、彼女が一番落ち着いた雰囲気で清楚なお姉さんっぽいように見えるのだけど、彼女は基本空気を読まないし、人の話を聞かない。
今だって、人に何が好きとか聞いておきながら、私のリクエストはガン無視である。
おまけに、トラブルメーカーであり、大小様々なやらかしで「大魔神」なんてあだ名が付いているくらいだった。
お掃除と称して、城内1ブロック完全水没とか、風呂のお湯が熱いからと言って、自前の水で埋めようとして大洪水発生とか。
騒ぎに気づいて、様子を見にいったら、大浴場から湧き出した水に鋼が巻き込まれ外まで流されて来て……。
不可抗力でその裸を見てしまったのだが、問答無用で殴られた……私は無罪である。
くろがねも大概なんだが、彼女も相当なもんだった。
遠距離偵察ついでの破壊工作ミッションでも、何やらやらかして帰ってきたようなのだが。
……殺風景な土地に潤いをもたらして来ましたとか何とか、訳の解らない報告が返って来た。
くろがねも何かやらかしたようだが、さらっとすっとぼけたので、こいつらが何をやらかしたのかは私もよく解ってない。
なにせ、こいつらどちらも、うちの上級幹部……現場の責任者だったのだ……責任者がすっとぼけているのであれば、もう真相は闇の中だ。
まぁ、こちらにとって困るような事でもないようなので、この件については不問……つまり、曖昧にした。
どうせ敵対勢力の事情などこちらの知ったことではない……多少やり過ぎでもこのタイミングでは大した問題にはならないだろう。
それにしても我が魔王軍は、実力者に限って、色々問題児が多いのはどう言うことだろう? まぁ、ボスがあれだから、仕方がないのかもしれないが。
一番問題ないのは……総将の黄金、それと翡翠と翠玉くらいか……この三人は実に真面目だ……私は真面目な奴は嫌いじゃない。
鋼としろがねは一見真面目で問題なさそうだが、くろがねが絡むとなんとも微妙になるので問題なしとは言い難い。
くろがねも基本真面目な娘なのだが……あれはあれで、色々と問題児だった。
「うふふ、冗談ですよ司令。おうどん、とっても美味しいですよね。無事に戻ったらわたし、おうどんいーっぱい作りますから、皆で食べましょう。カレー、卵とじ……色々な食べ方がありますから、楽しみですわ~」
「……なんだ……蒼玉、冗談だったのか……まったく、やってくれるな……お前も無事に帰ってこいよ。うどんメーカー蒼玉様には、私の為に今後もうどん作りがんばってもらわんとな」
戻ったら、何々ってのは、死亡フラグってヤツなんだがな。
まぁ……殺そうとしても死ななさそうなヤツなので、そんなもの、軽くベッキベキにヘシ折って帰ってくるだろう。
「我ら姉妹、魔王軍魔術師四天王の名に賭けて、魔王様と司令に勝利をっ! あ、あと……その……私も……」
武人として、凛とした態度を崩さない翠玉……魔王軍の数少ない真面目良識派だ。
……と思ったら、何やらもじもじと頭をこっちに向ける。
「紅玉姉さんばっかズルい……私もやって……」とでも言いたいのだろう。
もうちょっと肩の力を抜けよと声をかけて、頭をなでてやる……この中では彼女が一番長身、170cm近くあって……私と同じ程度。
頭を下げてもらって、ちょうどいい位置になる。
その戦装束も皆と違い緑色の胸甲とドレスを組みあせたような独特の雰囲気。
戦いに赴く時は胸甲姿を好むのだけど、紅玉の「皆、派手に目立つ為にドレスで行くわ!」の一言でこうなったらしい。
その綺麗なエメラルドグリーンの髪を短めのショートボブにして、いつも毅然とした態度を崩さないのだが。
たまにこんな風にしおらしい態度を見せる……控えめで真面目なだけに、意外性があって可愛げある娘だった。
「司令、ありがとうございます。おかげで勇気をいただけました! 翠玉……行ってまいります!」
生真面目な顔で敬礼。
はっきり言って、彼女は一番の苦労人なのだが……むしろ、私にとっては司令室の癒やし要員。
がんばれっ! 超がんばれっ! 私は応援しているぞ!
「じゃあ、司令行って来ますわねっ! 蒼玉姉様、私は甘いモノが山盛り食べたいですわー」
続いて、遠足気分で楽しそうな黄色いドレスを着た黄玉……髪型は紅玉とお揃い……私は勝手にぽわぽわツインテール2号と心のなかで呼んでいる。
口調も似てるのだけど、紅いお姉様とお揃いってところだろうか。
ツインテール1号こと、紅玉のように変に嫁気取りすると言うこともなく、程よい距離を保ってくれる上に意外に真面目な優等生なので、彼女も癒やし枠だ。
彼女達のドレス戦闘服……どこかで見た事ある雰囲気だと思ったら……フェアリー何とかと言う魔法少女のアニメのキャラクターそっくりだそうな。
くろがねが出撃前に司令室に顔を出し、そのアニメのタイトルを連呼するテーマソングを口にしていったせいで、彼女達を見ていると、そのテーマソングが蘇ってきて仕方がない……。
別に私はそんなもの見てもいなかったのだけど、そのやたら耳に残るフレーズが先程から頭のなかでリフレインしている……何と言うか……くろがね、許すまじ。
実は研究者としてなかなか優れているらしく、くろがねとのタイアップで火薬の原材料の錬成と火薬の製造に成功しており、今回の作戦でも兵糧庫やあちこちに爆発物を仕掛ける予定だった。
舌っ足らずの口調で、クソ小難しい話を延々並べたりするので、結構シュールな絵面だったりもする。
それにしても、先日の戦略級魔法の実験結果の報告書はいつになったら、提出するのだろうか。
データが取れたのなら、その結果には私も大いに興味がある。
「ああ、黄玉も頼むぞ……それと先の実験の報告書の件なんだがな……」
私がその件を持ち出すと、大慌てで黄玉だけさっさと司令室を出て行く……逃げた。
あれっきり、西から輸送隊の荷馬車がパタッと来なくなったのだが、何をやらかしたのか実に気になる。
別に怒るつもりなどはないのだが……確か局地的地震を発生とかとんでもない事を言っていた。
……そんな風に、それぞれ思い思いのことを口にして、玉四姉妹が司令室を出て行った。
次に会うのは、おそらく数日後だろう……その間、風呂に入れないことを何やら嘆いていたが……まぁ、女の子だから、その辺気になるのも当然だろう。
それにしても、玉四姉妹といい……戦争をしているというのに、誰も彼も賑やかで悲壮感の欠片もないと言うのはなんとも彼女達らしかった。
人殺しのプレッシャーや罪悪感とか持たれるよりは余程いい……害虫退治程度のつもりで構わないのだ。
玻璃がよこした報告書をパラパラとめくる……その偵察結果報告書には、西側の周辺の集落や村落が西方軍の兵士の襲撃を受け、略奪の末に焼き払われた件について記載されていた。
……彼女は見た目の子供っぽさと裏腹にどうも正義感が強いらしく……淡々とながら、怒りを湛えているように思えた……。
報告書も「あの獣共に滅びを与えんと欲す」……と、そんな物騒な一言で締めくくられていた。
戦場で感情的になるのはよろしくないのだが、余程凄惨な光景でも見たのだろうか……彼女は敵総司令部への討ち入りを自ら志願してきた。
能力的にもあの玻璃、瑠璃コンビは敵の急所を突くには打って付けという事もあり、本人の要望に従った。
……まぁ、性格的にも熱しやすく、激情型の玻璃と、冷徹で覚めたところのある瑠璃なら、相性も悪くなかった。
それにしても、戦で窮乏した軍人の略奪行為……文化レベルの低い世界ではよくある話だったが、自国の国民を食いつぶすとは恐れ入る。
この一週間ほど、輸送の荷馬車の数が激減したと思った矢先に、黄玉の実験で輸送ラインに致命的な問題が生じたらしく、補給ラインが完全にストップ。
敵軍は急速に糧秣不足に陥り、わずか数日でほぼ末期症状の様相を呈していた。
10万の軍勢なんて所詮そんなものだ……戦は数だが大軍になるほど、その運用は困難を極める。
現代戦ともなると、1人の戦闘要員を支えるためには7-8人の後方支援要員が必要となると言われている。
もちろん、この文明レベルの軍勢の場合、食料や水、武装などがあれば十分なのでそこまでの後方支援は必要とされない。
けれども、輸送手段は主に馬車……兵站部門だけでも、戦闘要員の同数は最低限必要とされる。
要は、10万人規模の軍勢を展開させるとなると、兵站も10万人規模はいないと立ち行かないのだ。
この点については、東の連中のほうが解っている雰囲気だった。
西の連中は、短期決戦でも目論んでいたのか、元々計画性が無かったのか……まぁ、いずれにせよ酷い状況のようだ。
大勢の兵隊の公開処刑などもやっていたらしいので、完全に末期症状だった。
もうこのまま、ほっておいても勝手に自滅するような気もするのだが……それだとあまり意味がない。
しばらくすれば、性懲りもなくまた押し掛けてくるに違いない。
ここは徹底的に叩き潰し、恐怖の名のもとに千年魔王の再来を世界中に宣言するのだ。
それでなければ、抑止力にはならない。
あの可愛らしい少女達を大量虐殺者にするのは忍びないのだが……彼女達には罪は無い……だから、紅玉達はあれで良いのだ。
ピクニック気分で出かけて行って敵兵を焼き払い、ただいまと軽く戻ってくればいい……私もその時は、お帰り、お疲れ様……と笑って迎えてやろう。
虐殺を命じるのはこの私であり、魔王様なのだから……我々こそが虐殺者……彼女達はその罪の自覚すら無くたって構わないのだ。
なにより、この程度の戦いで怖気づいたり、使い物にならなくなってもらっては困る。
本命の敵は別にいる……この戦いはただの前哨戦に過ぎないのだから。
さて、いよいよ決戦秒読み段階です。
今回はワイズマン視点です。なお、くろがねちゃんはしばらくお休みです。
実は前回名前のでた玉四姉妹はワイズマンハーレムのメンバーです。
このワイズマンも面白いやつです。
作中数少ない男性キャラなので、ラブコメ要員と言うことで、大体こいつが巻き込まれます。
ただし、本人はいつだって大真面目です…斜に構えた悪党気取りなんだけど、所々ヌルい。
元々別の塩漬け作品の主人公だったので、主人公属性持ちだったりします。
12/06 細かい所を加筆修正。