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余命千日の龍殺し  作者: 月宮司
Prologue
2/3

2

「……ゴホッ、ゲホッ……ゴホッ…………ガハッッッッ!」


突然意識が朦朧とすると、水の中に体が沈んでいた。どうなってやがるんだと思う暇もなく彼は咳込みながら水を吐く。


(水槽……? それにしても体に違和感が)


さらに咳き込みつつも、状況を確認する。どうやら赤と黄色の絵の具をどっと風呂にぶちまけたような薄い赤色の水を張った水槽のようなものに沈んでいたらしい。

体を起こしてみても体に不調はないことから、あまり長時間沈んでいた訳ではないのか?と思いつつ、周りを見渡し状況を確認していく。

体を起こすと理解できたのだが水槽は浅く50cmほどの深さで横は1mほど、縦は2m弱といったところか。


すると、突然目の前に老人が現れた。

その姿は体格は160と少しで黒のマントに身を包んでいる70代後半の老漢、といったところか。燃え上がるような赤い瞳は何か執念を秘めているように思わせ、その顔に浮かぶ数多の皺は彼の人生の苦悩を暗に告げるかのようで。


「ようこそ、異世界の若人よ。儂は魔導師のマギカ・エリファスだ。そして君は異世界の住人でよろしいかな?」


(こっちは今拉致られてるんだよ! ……ってもしかしたらこいつが原因なのか、え??)


困惑する少年を前にしわがれた声で話す老人、いや魔導師は白い長髭を触りつつ話を続けていく。


「聞きたいことは多々あろうが、こちらも術式の容量故にあまり長くは持たぬから掻い摘んで話してやろう。お主は、この儂の【相互転移術式】によってこの世、つまりは異世界に召喚された」


「一体テメェは何を言ってやがるんだ」

つい小声で呟いてしまう。しかしながらあまりにも突飛な話だが、現実として今彼は「突然何らかの方式によって拉致された」という事実は揺らがない。もしこの状況の原因が目の前の老人であれば、どう考えてもアドバンテージは向こうにある。下手をすると逆上されて殺されるリスクすら否定できない状況になるほどに。

言葉を選びながら情報を収集する。


「….…つまり貴方は一体私に何をして欲しいと?」


あまりにも情報が少なすぎる。冷静に考えてみても、相手を出し抜けるような方法が全く持って見つからない。ただの老人のように見えるが、本能なのだろうか。圧倒的な存在の違い、歯向かうべきでないと思わせられてしまう。つい、簡潔に問いを投げかけてしまったことに少し迂闊だったか?と後悔しながらも彼は返答を待つ。


「簡潔なのは良いことだな、少年よ。

………….そうだな。例えば下にある物を上に持ち上げるにはどうすればいいと思うかね?」


内容も声色もフレンドリーな筈なのに、老人の鷲のような鋭い目は変わらない。あまりにも抽象的な問いに、彼は抽象的な答えしか返せず


「何らかのエネルギーを与えるとか?」


「答えは、その分の力を与えることにすぎない。これで私の思惑は分かったのではないのかね?」


何が目的かは未だに分からない。しかし、彼の心には怒りの炎が燃え上がりつつあった。それは自らがこの目の前の老翁に、自分の当たり前だが幸せな生活を妨げられたという事実によるものだった。


(ふざけんじゃねえぞ、クソジジイが……よくも僕の誇りである「当たり前」をぶち壊してくれたな)


静かな怒りが溢れ出す。今はいない両親の残した日常を妨げたことに対する義憤。心は義憤に塗れながらも、生存のための一手を模索するように脳が回転を始める。


「まあ分からなくても分かってもどちらでも良いのだがな。つまるところはこの世と異世界を隔てる位相に介入した、ということだ。

自らよりも多い魔力量を持つ生命体を位相を隔ててこの世より上にある世界より「堕とす」ことで、自らを異世界へと導く方法論。

簡単に言うと『重い分銅を天秤の反対に乗せることで、軽い分銅は上に上がる』ということかのう? 言うのは簡単だが、実際は世界から落ちやすそうで、かつ儂より多い魔力量を持つ魂の選別、そして実際に介入するのに十数年間ほどかかってしまったが」


自らの努力の成果についてだからであろうか、やけに饒舌になる老人を片目に彼は周りを分析する。


(気味が悪い部屋だな……魔術とかも否定できないくらいいろんな生き物の頭とかが散乱してる。オカルトに傾倒している狂人、ってところか?)


魔法使いは滔々(とうとう)と語り続ける。


「そして儂は手に入れた。思えば長かった、塔の連中からは生命への冒瀆だと非難されはしたが受肉させる肉体の作成にはアレも必要なことではあった。ああ、因みにだがその体は人造人間(ホムンクルス)でできているのでな」


「ッッッ……………!!」


自らの体を見返して見る。確かに普段より体が大きくないか? それに、視界の端に写る髪は茶髪であり、そもそも完全に意識がない状態で沈められていた状態から咳込むだけで肺の水は取り出せるのか?

あまりにもおかしなことが多すぎる。何故気付かなかったか、と彼は思案するがそもそもにおいて人間は「自らの肉体が入れ替わっている」なんてことを安易には認められない。


「テメェの目的はなんだ」


もう常識なんて物差しで今の状況を測ることはできない。下手をすれば殺されるリスクがある、なんてことが現実味を帯びる。


「そう固くなるな、少年よ。といっても儂からは大したことは望まん。

その肉体は受肉の際に多くの魔力的な負荷を受けるため、様々な種の王の肉体を使ってできたホムンクルス、つまるところ生物兵器にすぎん。そして世界最高峰の魔力。あまりにも危ないではないか、そうは思わんか?」


老人は嗤う。ただでさえ細い目を細めつつ、それでも三白眼な瞳は彼の動揺を見透かすようで。その悪趣味な嗤いは、魔導師の思惑が人類のことを思って兵器を減らそうとする大統領のような心境ではなく、単に命を弄ぶ狂人の道楽であることを代弁する。


「じゃから呪いをかけさせてもらった、『今日から千日を経った日に、魂が崩壊する』という魔法をな」

「もし生き残りたければ、その肉体の構成元である王を殺せ。馬、獅子、蝙蝠、化猫、狼、鷹、そして龍王の魔石に含まれる因子のみが解除の術だ」


思考が爆発する。こいつは、今なんと言った?

千日後に、俺が死ぬ?


そんなことを聞いて、冷静でなんて、いられるわけがない。


「……てめぇぇぇぇぇっっっ!!!」


無茶苦茶にかき乱された心情を押さえつけ、助走をつけて老人の胸ぐらを掴もうと走る。しかし、魔導師の色? いや魔導師''そのもの”がだんだんと薄く透明になっていき


「……もう時間か、もう少し凝ってでも複雑な術式を刻むべきであったかもしれんな。それでは良い旅を、若人よ」


「……は?」


胸ぐらを掴もうとした手がすり抜ける。

まさか、と彼は思う。

所々違和感はあった。

『答えは、その分の力をあたえるにすぎない』

『まあ分からなくても分かってもどちらでも良いのだがな。』

今になって考えてみると、どうにも質問をしているようで答えは求めていないようであった。話の内容を誘導するためのようだったのか? そうならば恐ろしい、と彼は純粋に思わされた。

そして、『相互転移術式』とも彼は述べていたはず。もし「相互」に「転移」が起きるのならば、彼がここにいるのはおかしいのでは?

「つまり……………ホログラム、のようなものだったの、か?」


彼は未だ知る由もないがそれは光魔術の応用であった。足元には精緻に加工された魔石が落ちてあることに、狼狽えている彼は気づけない。

まるで思考を読まれているかのように、最初にいた水槽付近からは見えないが魔導師のいた場所からは見える棚の中に、光り輝く武器を彼は見つける。


「異世界より来たる私の初めての弟子に送る

マギカ・エリファス」


そう書かれた羊皮紙のような紙に包まれた刃先から、そっと紙を外す。


(ハルバード、って奴か? 何かの小説にこんな武器があったような)


それは地球ではハルバードと呼ばれた武器。 「槍斧」「斧槍」「鉾槍」と呼ばれる、先端は槍として刺突し、斧のような部分では敵を両断し、時には鉤爪で敵を引っ掛けトリッキーに戦い、一度棒として振るえば強化された石突が敵を眠らせる、中世ヨーロッパでは最強と誉れ高い武器であった。


「戦ってやるよ」


彼は決意する、それは様々な王との戦いに対するものであり。

もちろん龍王との戦闘でもありながら。


「なっちまったもんは仕方無え、俺はこの世界で生き抜いてやる」


彼は決意する。この不可思議な世界で生きることを。

目指すのは最強、ただ一点を彼は目指す。


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