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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

性癖っぽい短編集

産卵

作者: 桜井あんじ

まず親指と人差し指で、ものの長さを図る様な形を作る。

それを奴の頬の両側に、親指と人差し指で左右から挟むように当てる。当てるポイントはちょうど上顎と下顎の付け根、触れている肉の下で上下の骨が結合している部分だ。

そのまま頬の肉の上から長めに伸ばした爪を立て、ぐっと力を入れて指を押し付けると、奴は口を閉じることができなくなった。

さて、何を入れようかな。

子供のように頼りなくあどけない顔つきで口を半開きにしている奴は、なにかとても可愛らしい。そしてその口の中に何を入れるかを、上から見下ろしながら考えるのは楽しい。

何しろ、好きなものを私が選んでいいのだ。

汚いものがいいかな。

それとも、何か壊れやすいものがいいかな。

生きているものはどうだろう。

口に入る大きさとすると、小鳥とか、ハムスターとか。

奴が口を閉じれば、小さなか弱き生き物は為す術もなく奴の口の中ですり潰れ、その潰れた赤い肉から汁をしたたらせ、それが奴の喉に、ぽとり、ぽとり、と落ちてゆくのだ。

血液とそれ以外の、医学的正式名称も知らぬあらゆる体液が混じりあい、少し濁って白みがかったピンク色の液体になるだろう。

こいつが、ペットか何か飼っていればよかったのに。

例えばもしも自分の可愛がっている小鳥がいたとしたら、それは、世の中にあまたいる他の小鳥とは同じ種類であっても違う生き物なのだろう。私にはよく分からないけれど、きっとそういうものなのだろう。

生物学的には、その小鳥は他の個体となんら変わることのない、同じ種類の小鳥、いくらでもいるつまらない小鳥の中の、たかが一羽だ。

それを、他の小鳥と決定的に違うものにする「何か」とは一体何なのか。

うさんくさい。ナンセンス。

私は考えるのをやめた。


まあしかし、残念ながら奴にはペットはいない。

ふぅ、と落胆のため息をついて、仕方なく、卵を入れた。

せめて、というか、有精卵にした。もうすぐ孵化するやつ。

ああ、神に祝福された無垢なか弱き生き物が、その中に閉じ込めれらているのだ!

あ、これは思ったより良いかもしれない。

か弱き雛がなんとかしてこの世界で生き延びるための、最低限の力を蓄えるまでの間、世界から彼を守る卵の薄い殻。

カリリ、カリリ、と、奴の歯がその彼の防壁壁に少しづつヒビを入れていくのだ。

無垢な生き物はきっとそれを、彼のこの世での守護者たる彼の母親が、彼がこの世に産まれ出る準備が出来たことを告げる鬨の声だと思うのだろう。

しかし希望にあふれた彼の存在を待ち受けるのは、奴の、健康できれいな白色をした歯による断罪なのだ。

無垢な生き物は産まれ落ちて瞬く間に、また赤の肉片となって自然に還るのだ。無垢なままに。

ああ、なんということだ。

私の身体にぷるると軽く震えが走った。


さあ、始めよう。

私は奴の頬から手を離した。これで奴はもう、自らの努力で口を大きく開けたままにしておかなければならない。

うふふ。

私は、何も強制することが好きなわけではない。そんなものはむしろ興ざめだ。

それにしても卵というものは、人間の口に押し込むのに適しているという事を私は発見した。

大きさも、大きすぎず小さすぎず、完璧だ。

それに改めて見てみると、神秘的な形をしている。

どうしてこんな形なんだろう。ただの正円でも良かったじゃないか。現に、魚やウミガメの卵は正円だ。何かしら、神の計り知れない意図によるものなのか。

でもただの正円より、こっちの方がずっとエロティックだ。うん、こっちの方がずっと良い。

しかもこの中には、もう一つ別の命が詰まっているのだ!


私は道具を用意しながら、じっくりと奴を眺めた。

それにしても、今その口の中にある無垢でか弱きものの美や、神の意志を表現する卵の優美なフォルムに比べて、私の眼前に横たわるこいつは何と醜く何の面白みもないのだろう。

どこと言って特徴もなくつまらない筒状の胴体の決まりきった箇所に、やはりつまらないありきたりの手足が2本づつ、それとくだらない棒状の性器がちょこんと生えている。それはまるでキノコだ。ひどく間が抜けている。

胴体の上部にはなかなかきれいな顔のついた頭部が乗っているが、それとて美といえるものとは程遠い。

ただ、そこかしこに毛が生えているのはなかなか悪くない。

なぜなら、それはまるで、あの殻の中の美しいものの湿った羽毛をかたどり、自分を少しでもそれに似せるための、悪あがきのようにも見えるからだ。

悪あがきというのはなかなか嫌いじゃない。私は手にした大きめのカッターナイフに新品の刃をゆっくりと取り付けながら、奴に微笑みかけてやった。

が、まあいずれにしても、全体的に見ればどうということはない。

しかし、それでもまだ何とか奴が「見れる」のは、奴の両頬に残る爪の痕から、血が滲んでいるおかげだ。

鮮やかな色彩というのは、効果的なものだ。奴の頬の赤い色を眺めているうち、ふいに、私の心にじわりと憎しみが湧いた。

こいつは、もっと感謝せねばならない。

何に?色彩に?色というものに!

サクリ!サクリ!いくときは思い切っていくのが私は好きだ!

ジワリジワリとゆっくり切っていくなんて、残酷だと思う。切られる方は痛いんだから。

奴の身体はよく出来たことに、中心線が分かりやすいデザインになっている。

私は秩序のあるやり方を好む。しかしそのデザインのおかげで、真ん中をまっすぐきれいに切るのは、まるでお菓子のパッケージを開けるように簡単だった。

胸の真ん中あたりから、腹の下あたりまで、迷わず一直線に切る。それより下は、まだ。後だ。

ナイフの刃先に一瞬肉の抵抗を感じるのが心地よい。

私はあまり深く切り込んだりはしないので、血は、マンガのようにブシュウと吹き出すなんてことはなく、切ったところからゆっくりジワリと溢れ出てくる程度だ。

私は、あまり多くを望んでいるわけではないのだ。

美しい赤い液体が奴の身体からこぼれ落ち、シーツに不規則な花模様を描いていくに従って、私の心臓のあたりに、何かしら温かい、もしかしたら愛情とも呼べるかもしれぬものが分泌されてきた。

この人は、私を愛しているのだ。愛して、そのために、私の為に血を流しているのだ。嬉しい。


私は、こういうことをしている時の、自分の顔が好きだ。

もちろん鏡を見ているわけじゃないから、自分の顔つきがどのように見えているかは分からない。けれどこういう時には、私の顔の筋肉が、他の時にはない快い緊張を伴って、はっきりとした輪郭を主張しているのが自分でわかる。

特に、普段はあまり大きいとは言えない私の目が、大きく見開いて、まるでカメラのレンズのように無機質に、目の前のものを映しているのが自分でも分かる。それが好きだ。

唇の両端が程よく引き締まり、それが微かに微笑みの形を作っているようだ。


さて、次だ。

痛そうだし、可哀想だけど、仕方ない。これも必要なプロセスなんだから。

この男は、私を愛していると先日言った。

なら、大丈夫だろう。そのはずだ。

大丈夫じゃなかったにしても、自分の言ったことには責任をとらなければいけない。大人なんだから。

せめて、一気にいってあげよう。

別に、切り取ってしまうわけじゃない。ただ、適度に、必要最低限切るだけだ。あくまでもフェアに。私はずるいことは嫌いだ。


腹とは違い今度の場合は、勢い良く血が吹き出した。まあ、血管が集中している部分なわけだし。当然だ。

奴が喉で呻き声を上げた。卵の奥から、耳障りの悪い音声が響いてくる。

そして、理不尽であることは承知だが、私は憤った。

醜い。

その醜さもプロセスの一部だというのは予め承知している。

だがしかし、醜い。

そういう趣味の人ならともかく、私は汚いものや醜いものを愛でる趣味はないのだ。

私は美しいものをこよなく愛す人間だ。なので、このプロセスは私にとっても辛いものとなった。

しかし、奴のこの醜さを直視してやらねば、全てに意味がなくなる。ここはある意味最も重要な部分なのだ。

奴が痛みになりふり構わず、発情期の動物のような気味悪い呻き声を上げるさまを、じっくり観察してやらねばならない。


さてと。

異物を突っ込み、腹をかっさばき、性器を傷つけた。

後は最後の一つだけだ。


ああ、この中には何が詰まっているんだろう。私は、奴の腹の真っ赤な切込みを愛おしく眺めた。

もっと深く切り込んで、左右に思い切り開いた時、何が飛び出すのか。

清純さを醸し出す、可憐な白い花がいっぱいに詰まっているかもしれない。

美しい音楽が流れ出すかもしれない。

きっとなにか、想像もつかないような素晴らしいものが詰まっているに違いない。

もしかしたら、もしかしたらだけど、彼本人も知らない、私への「愛」が詰まっていたりはしないだろうか。

開けてみよう。

あけてみよう。

アケテミヨウ。







開けなければ良かった。けれど結局、開けてしまった。

なぜ開けてしまったのだろう。きっと私が女で、愚かだからなんだろう。

ああ、愛とはいったい何だ。

何なのだ。

幸せを望む事が愛、とかいうのが模範解答だが、それだけではないのではないか。

模範解答は、模範解答なぐらいだから、間違ってはいない。間違ってはいないが、片手落ちの真実だ。

私は、悲しい。

悲しいのだ。

悲しむ事ができないくらい、悲しい。

だから私は言う。

醜いものも愛なのだ。

時には傷や、血液や、呻き声や、極端な場合には死すらも、愛の装飾物になることがある。

愛は、美しいもの、正しいものとは限らない。


くしゃり、と、微かな音を立て、卵が割れた。

奴の身体が痙攣し、その口がついに閉じられたのだ。

卵は、ただのつまらない割れた卵だった。新しい命なんてものはそこには存在しなかった。

ああそうか、でも仕方ない。

私の顔の筋肉の緊張が緩み、興ざめした表情を作ったのが分かった。私は奴を見下ろした。

こいつが悪いわけじゃない。悪いわけじゃないのだ。

だからこそ、私は悲しいのだ。


しかしそれすらも、神の采配なのか。

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