表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/201

カウントダウン

『いつまで経っても、甘えん坊さんなのね』

 

 母さんは、そう言って、僕の頭を撫でてくれた。

 ファースト・ロストの、数日前のことだ。

 

 みんなと遊んで、泥んこで家に帰ってきた夕方。

 段々暗くなってくる空。秋口の、涼しい風。

 手の平にまとわり付く土の感触。既に聞こえなくなった、友達の声。

 どれが作用したものか分からないけれど、急に、何故か人寂しくなって、つい手近に居た母の膝に擦り寄ったのだ。

 何やら本を読んでいた母は、それを傍らに置いて、何も聞かずに僕の頭を膝に乗せて、撫でてくれたのだ。

 

 柔らかくって、暖かくって、何より優しくて。ひどく、僕は安心したものだった。こんな幸福が、ずっと続くのだと、何の根拠も無く僕は信じていたのだ。

 

 信じて、いたのに。

 

 

 

 ――朝の日差しが、目に差し込んできた。こんなに寒い地域でも、お天道様はきちんと仕事をしているらしい。その割にはまだ気温が低いけれども、伊達に雪国の建物ではない、眠気を遮るほどの寒さにならないような構造になっているらしく、熟睡できた。

 いや、それにしても、不自然なほど頭が温かい。それに、後頭部に触れているのは枕より柔らかく、そして肉感的なものだった。

 ……別々のベッドで寝ていたピュリアさんが、こっくりこっくりしながら、膝枕をしてくれていた。懐かしい夢をみちゃったのはこの所為か。しかしなんのつもりでこんな事してくれてるんだろう。昨日の事で、やっぱり不安にさせちゃったからこんなサービスが出てきたのかね。ならもっと不安にさせたほうが良いかね。僕は最低だね。

 

 ……彼女の寝顔は、ひどく幼かった。あんまりにも無防備で、僕が人間だってことも、男だってことも、なんもかんも忘れてるようで、逆に腹が立ちそうだ。この小鳥め、食ってやろうか。

 

「ピュリアさん、おはようさん」

「ん……んむん」

 

 んむん、て。かぁいいじゃねえかもう。

 愛嬌は十分以上にあるんだよなあこの娘。

 

「ほーら、おっきしましょ。てか、何で膝枕なんかしてくれてるんです?」

「んんん」

 

 ねぼすけさんめ。人の事言えないけどさ、寝起きの悪さは自覚してるし。

 

「早く起きないとチューしちゃいまっせ」

「……やってみい」

 

 なんと。これが噂の誘い受けって奴だろうか。

 馬鹿にしおって、見てろ。

 

 ――腹筋を使って、ゆっくり起き上がる。顔が上がるに従い、下を向き、目を閉じたまんまの小鳥さんの顔が近づく。

 近くで見ても、その配置に破綻が見られない、ある種完成された造形。この娘も、話し方の割には偉く品のある顔つきなんだよなあ。そこら辺の人間じゃあ、到底叶わない程に可憐な、そんな美しい顔。

 そこに収まる、薄く開いた口、その中から覗くのは、血色の良い舌。

 ……昨日、散々舐めまわした顔面、だけれど、けして触れることの無かった、最後の領域。

 

 ……僕は、手を伸ばして、優しく彼女の頬に添えて。

 

 むにゅんと引っ張った。

 

「起きろっちゅーの」

「いったた! いたい! ひどいやん!」

「男をからかうもんじゃありませんよーだ」

「なんよ、折角サービスしたったんに」

「……高くつきそうなんですけれど」

「サービス言うとるやろ」

「タダほど高いものもないでしょ」

 

 そんな軽口を叩きあいながら、僕らは起きだした。

 

 ……顔を洗いに、洗面所に向かう為にすれ違ったとき、彼女が小さく唇を動かした。彼女の声が、僕の鼓膜を、ほんの僅かに振るわせた。

 

「……ヘタレ」

 

 ぼそりと。

 そう呟かれて、僕は、聞こえない振りをした。

 

 

 

 ――お昼ごろ。ガロンさんの説得に向かうというピュリアさんを、部屋から見送った。

 彼女がどんな説得をするのかは気になったけれど、僕が一緒に行くわけにもいかなそうだ。昨日の発言の所為でちょっと警戒されたのか、僕が共に行くことまかりならんとの趣旨の注意がヴァーミリオン卿からピュリアさんになされたらしい。

 

 まあ、ガロンさんが小鳥さんの言うことを素直に聞くとも思えない。後でこっそりお話しに行けばいいや。

 

 

 

 ……それより、さ。

 

「ティア様」

 

 ――なあに――?

 

「……あと、どの位でしょう」

 

 ――今のままなら、半年ってところかしら。どれだけ長くもっても、一年。そんなところ――

 

「……そうですか」

 

 ――私の口から、何度も言わせる気かしら――?

 

「今更、でしょう? ……分かってますよ」

 

 ……どのみち、あの穴の中に帰ることに代わりはないわけで。

 皆、待っててくれているのかな。ねえティア様、どうだろう。

 

 ――無理よ。あそこにあるのは、ただの骨。人体を支えていただけの、物体でしかないの――

 

 そうですか。貴女が言うんなら、そうなんでしょう。

 

 ――魂に関してならば、貴方以外は、皆還るべき場所で安寧の眠りについていることでしょう。貴方が逝ける場所は私の懐だけ――

 

 ……。

 

 ――貴方がかつて堀った穴より深くて暗い、陰府の底に、私と共に行くの――

 

 ……そうですか。貴女が言うんなら、間違いないんでしょうね。

 

 ――ええ。……貴方、おっぱい好きでしょ? 私の胸が大きくて良かったわね――

 

 そうだね。それは確かに。

 

 ――ふふ、可愛くない子に育ったこと。ちょっとは照れれば――?

 

 慰めてくれるってんなら、触っていいですか?

 

 ――……だぁめ――

 

 どうしてですか?

 

 ――……恥ずかしいから――

 

 自分で話振っといて、貴女が照れてどうすんのさ。

 

 ……それにしても、あと一年、か。

 あっという間に過ぎちゃいそう。せめてもうちょっと欲しかったなあ。

 もっと、ああ。そんな、あーあもう、だって僕、まだ二十二歳だぜ。しかも童貞。たまったもんじゃないや。

 

 あーあ。

 

 

 

 ……いいか、別に。そう、いいんだよ。そうやって割り切らなきゃ。

 最初っから、分かってたことじゃないか。自分の小心がほんと嫌になるね。


 本当に、今更、今更……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――セネカの大聖堂にて、使徒達が慌しく任務への準備を進めている中、バッカス・ドランクスは所在無げな雰囲気を出しながらすれ違った同僚に声をかける。

 

「おうアビス、退屈ならお前も来ていいんだぞ。つーかよ、手伝ってくれ」

 

 その言葉に、アビス・へレンは申し訳なさそうに眉根を下げ、口を開こうとした。

 しかし、何がしかの言葉がそこから発せられる前に、ニーニーナと同行することになったソプラノが居合わせ、バッカスを咎めるように声をかけた。

 

「無茶言わないでくださいよ、バッカスさん。意地の悪い事言うもんじゃありませんって」

 

「分かってらあ、冗談だよ。アビスは勇者の嬢ちゃんについててやんな。あの娘っこにゃ、お前が一番信用されてるからな」

 

 それを聞いても、尚心苦しそうな顔をしているアビスに、失敗したかな、とバッカスは頭をかく。そんな空気を察して、ソプラノと並んで歩いていたニーニーナも会話に参加してきた。

 

「このオッサンの言うとおり、そーいうこと。ま、今回はアタシ等に任せときな。大将の子守役なんだ、責任重大だよ?」

 

「すみません」

 

「だーから、すみませんじゃないって。今のあの娘が暴れちゃったら、アンタ以外無傷で抑えらんないんだから。自信もって、ね?」

 

「……はい!」

 

「んもう、アンタのほうが年上なのに……」

 

 そう言って、ニーニーナは何でアタシがこんなこと言わなくちゃなんないのさ、とでも言いたげにバッカスを睨みつける。

 その視線を受けた中年は、そ知らぬ風を装ってそっぽを向きつつ口笛を吹きはじめた。

 

「すみません、ニーニーナさん、凄いしっかりしてるからつい甘えてしまって」

 

「……そういやローグの様子は?」

 

 これ以上、アビスの口から謝罪を聞く気もなく、また出てきた言葉が存外に気恥ずかしかった為、ニーニーナは話題を変えた。

 

「リリィさんが看てますよ、彼が帰ってきてからはずっと。妙に落ち込んでいました。なにやら『私が死んじゃえって言っちゃったから』などと自分を責めていて、正直見てられません」

 

「んー……んん、そんな話聞いちゃうと罪悪感湧いてくるなあ。最初は、あのヤンチャ坊主にゃちょっと良いお灸になったかなーなんて思ってたけど……」

 

「?」

 

 首を捻るアビスから視線を切って、身支度を終えたイヴにそのままの話題を繋いだ。

 

「こっちの話さね。ねえイヴ、ローグが使えるまでどんくらいかかる?」

 

「大体一ヶ月もあれば。ただ、少しばかり性能は落ちるかも知れんな。大砲としての役割は保てるだろうが」

 

「そう」

 

 ローグの治療を行ったイヴが言うなら、きっとそうなのだろうが。まあ、伊達に第四位を名乗っているわけではない。ローグもこんな所で潰れるタマでもないだろう。

 

 パンパン、と、ココも含め、全員が集まってきたことを確認し、ニーニーナは傾注の意味を込め、そして自分の考えを切り替える為に、両手を打ち鳴らす。

 

「そーら神の犬共、仕事の時間だよ。給料分は働きな。確認するけど、イヴとバッカス、それとココはフォルクス。アタシとソプラノはディアボロ北部、人狼の里にお邪魔します」

 

 はーい、とノリの良いバッカスが調子を合わせたが、オッサンのそんな声を聞いても嬉しくない。ニーニーナは無視して言葉を継いだ。

 

「ローグがあんなことになったから言うわけじゃないけど、一人たりとも怪我はしちゃいけません。アタシらの代わりはいないんだ。人が少なくなりゃなるほど、他の奴の殉職のリスクだって上がるんだからね」

 

 今度は、ふざけた事を言う輩も居らず、皆が真剣な表情でニーニーナの言葉を聞いていた。

 

「……まあ、これ以上説教がましいことは言わないさ。何時もどおり、気負わず、気楽に、丁寧に。出来ることなら迅速に。それじゃ出発、まずはフォルクスに運ぶよ!」

 

 応、と、全員が声を上げ、次の瞬間、その場所からは全員が姿を消していた。





――――――――――




 部屋のノックの音が、ドアの下部から聞こえた。脚で戸を蹴るマナー違反は咎められない。変則的なそれは、来訪者の身体的な特質に由来するものだろうから。

 

 だとしても。部屋に響いた音に、丁寧さと乱雑さ、そんな矛盾を感じるのは、ノックをした当人の性格か、それを耳にした自分の精神状態の所為か。

 

 益体もないことを考えながら、ガロンは入室の許可を出す。来た相手が誰なのかは、気配と、先ほどのノックで既に分かっているのだから。

 

「お邪魔します、隊長」

 

 その声を耳にして、特に手助けは不要だと判断した。事実そのとおり、彼女は体と翼を器用に使って、ドアを押し開けてきた。

 語尾のイントネーションがやや強い、彼女の訛り。

 スラッとした、無駄な目線のひっかかりが発生しない、完成された体幹の曲線。

 短くも女性を感じさせる、柔らかな茶髪。

 何より、口に出すには憚られるが。魔王陛下のそれ・・にも似た、大きく、それでいて彼女とは異なり肩口から腕の代わりに生えている、大きな翼。

 それらをそなえた、ハーピーが自室に足を踏み入れてきた。

 

「……とりあえず、掛けろよ」

 

 そう言って、自分の座るベッドの前に、あらかじめ置いておいた椅子を指し示す。ピュリアは、「そんなら、失礼しますわ」と一言、素直にそこに腰掛けた。

 

「……」

「……」

 

 互いの間には、沈黙だけ。

 けれど、黙っていながらも向こうは、話すべきことが決まっている、という腹の据わった雰囲気を滲み出させてきていて、それが妙に気に障った。

 自分との比較は、とても出来なかった。何せ頭の中も、これからとるべき態度も整理がついていない。

 何を話すのかという考えも、自分がこれからどうすべきかの判断も、何も固まっていない。感情に任せた結果謹慎を受けたというのに、それに対してすら何も反省が出来ていない。そんな事に今頃……状況がここに至って初めて気付いて、自分が情けなくなった。

 

「……何か言えって。その為に来たんじゃねえのか」

 

 故に、今の自分に言い得るのは、こんな厭味にすらならない幼稚な言葉くらいだった。

 

 だからだろう。

 

「……この部屋の主は、客に茶も出さんのですか?」

 

 だからこんな言葉を放られたのだ。

 

 思わずカッとなった。無礼な言葉にではない。今の自分を、ますます客観的に省みる羽目になったからだ。

 見透かされた。自分の浅薄さを、自分より年下のこんな下っ端に。所属が違うとは言え目下の者に、自分の余裕の無さを言外に指摘された。

 発された言葉は、内容とは裏腹に優しげで、あたかも諭すかのような響きすら持っていて、その鷹揚さがどうしようもなく腹立たしかった。

 

 それでも、一度間を外す為に、部屋に備え付けてある茶を淹れてやった。彼女はそれに目もやらず、こちらをじっと見ていた。

 

 ピュリア・ハープ……気に入らない女だと、そう思う。

 

 最近はずっと、そう思っていた。

 

「隊長が、言いたい事がないのなら、ウチは別にそれでも構わんです」


「……いやに持って回った言い方しやがるんだな」


「まずは、アロマ様からの文書をお捨てになったこと。これはご報告させていただきます」


「好きにしろ」


「……次です、こっちが本題。城に戻られん言われましたよね。これ、今一度確認させてもらいますわ」


「……二度も言わせんなよ、オレは」


「ウチが態々こうして聞いてる意味を考えや。もっかいだけ聞くわ。本気なんやな?」

 

 敬語を最早使わず、眼前の女は、このヴァーミリオンに怒りを湛えながら問いかけてきた。

 

「……」

 

 こちらとて、だ。あまりの物言いに、頭に血がのぼってくるのが分かる。ディアボロは噂に聞く人間の組織ほど上下関係に厳格ではないが、これほどの無礼な言葉を許すほどに気安い仲ではない。先ほどの思索どおり、自分はこの女を気に入らないと、そう思っている。

 それだけだった。取るに足らない、ただの雑魚だ。

 

 そのはず。

 なのに。

 

「……どないされました。なんも言い返さんのですか?」

 

 口が、阿呆のように開いて、閉じて、それきりしか動かなかった。眼前の女に言いたいことが、ぶつけたい言葉が山ほどあるのに、自分の意志が己の声帯を震わせることは無かった。

 

「ナインも、なんでこないな女にこだわってたんやろ。こんなつまらん……」

 

「お前が、気安くアイツの名前を呼ぶな!」

 

 ようやく口が動いてくれた。それと共に気力も少しばかり戻ってきて、さてこれからどんな目にあわせてやろうか、最早言葉で済ますには飽き足らぬと思い、視線を相手の顔にしっかと定め……。

 

 そして驚愕した。


 この女は、自分のことを鼻で笑いやがった。漸くの第一声がそれですか、と言わんばかりに。


 そしてそのまま、見下した目を向けたまま、言葉を繋いできた。

 

「まあええわ……今だから言いますが、結構尊敬しとったんですけどね。お若いのに、親の七光りじゃなく実力で親衛隊長になったアンタのこと」

 

「……お前になんざ、どう思われようが構いやしねえよ」

 

「……それがどうです? 周りの迷惑も考えんと、なんもかんも放り投げて辞めるって? まさかここまで無責任なお人とはよう知らなんだわ。正直、ほとほと失望しました」

 

「な」

 

 何も、何も知らない、責任も無い、ハーピー如き根無し草の木っ端種族が、この自分によくもそこまでの口を……! 

 

 言い募ろうとしたが、機先を制され、先に言葉をぶつけられた。

 

「……でもま、良かったやないですか。お見合い話もあるって、ご両親も仰っとったに。家に入りゃ、別に食うには困らんでしょ? アンタ、ええとこの生まれでホンマ良かったわな。いきなり仕事辞める言うても、おうちが守ってくれますもんなあ?」

 

「テメェ……!」

 

 もう許さない。


「……ウチは、もう決めました。アンタとちごうて決めたんよ、ちゃあんとな」

 

 ――これ以上の無礼を許すな。言え。言うんだ。

 唇を動かして、喉を震わせて、もういっそ吼え声だけでもいいから、とにかくコイツの口を黙らせろ。

 

「……何を」

 

 違う、何をやってるんだ。会話を続けるな。もう勘弁ならないと、そう声に出せ。

 

「一言では言い辛いかな……うん、敢えて言うなら態度よ、態度」

 

「……何の」

 

 もういい、もう聞く必要はねえ。もう、目の前のこいつをギタギタにして……!

 


「今後の、それこそ全て。ウチはナインのものになる。だから、アイツの為に動くことにした」

 


 ――それを聞いた瞬間、今までの憤りが、全て不安に転化した。

 怒れ、許すなと。そうやって自分を奮いたたせてみても、声が、出ない……。

 

 ……だ、誰の許しを得て、そんな。

 アイツはオレの……!

 

「……まだ分からんか。はっきり言うとくで、ヴァーミリオン隊長。アンタのママゴトに、これ以上アイツを付き合わせるのはやめて」

 

「ああ!?」

 

「そがいな強がり声、今更出されても怖くもなんともありませんわ。アイツもスケベやからな、大方、アンタのその下品な胸に惹かれただけ。アンタみたいな男女になびくとでも思っとったんか? ……ありえんやろ」

 

「な、お、お前! お、オレを、オレによくも、そんな口を!」

 

「もうこうなったら、犬と呼んだった方がええか? 乳吸わせてご満悦な顔して、体ばっかりいやらしゅう育った浅ましい雌犬よ、アンタは!」

 

「て、テメエ、く……うるせえ! 影でコソコソ見てやがったな!」

 

「見えるところでやる方が悪いわ。それに……もう話は終わりです。犬呼ばわりしても、食いつかんとは思わんかったわ。牙の抜けた人狼には、ウチかて……魔王様もアロマ様も、きっともう、用なんかありません」

 

「あ……」

 

「アンタが……それこそ魔王様くらい、誰からもアイツを護れるくらい強かったら。それか、もっとしっかりしたお人やったなら、ウチもわざわざこんな事言わんでも良かったんよ」


 でもな、と。ピュリアは言葉を継いだ。


「少なくとも、今の半端者の……腑抜けになったアンタがそばにいると、アレは死ぬことになる。きっとな」

 


 ――そう言うピュリアに対し、自分の内心は、ある種の納得を得てしまった。


 自分のような猪武者にできるのは、ただ敵をほふる事くらい。


 とは言え、親衛隊長と言っても、魔王クリステラ・ヴァーラ・デトラを殺せるほどの存在など、生まれてこの方見たことも聞いたこともない。


 ナインには、自分のような短慮な者が居たら、ただ危険を近づけるだけ。アイツはエルのお気に入りだったし……この、鳥娘も、気に入っているよう、だし。前にコイツが言っていたように、ナインに必要なのは、危険から遠ざけてくれる誰かであって、こんな、自分の身一つ自由に出来ない、意志薄弱な男女じゃないのかもしれない。



 ――アイツの居場所に、なってやりたかったのに。



 気付けば、それどころじゃなかった。自分の居場所だった魔王の親衛隊長という肩書きも、無駄に意地を張った所為でたった今失った小娘が一匹。

 ガロン・ヴァーミリオンは、今やただの一人の無力な女でしかなかった。

 

「ここまで言っても、なんもなし、ねえ……とことん見損なったわ、ガロン・ヴァーミリオン。アンタはそこで、死ぬまでそう・・しとれや」

 

 分かってしまった。コイツの言うことは、きっと正しい。


 ああしたい、こうなりたい。こんなのは、嫌だ。

 ……そんな欲求ばかりが先にたって、自分には何も見えてなんかいなかった。ただのガキでしかなかったんだ。


 ……畢竟ひっきょう、不覚悟を咎められたんだ。

 

「アンタみたいなんは、ナインの邪魔になる……違うか。アイツの邪魔にしかならん」


 だから、と、小さく呟いたかと思うと、立ち上がりつつもこちらを強く睨みつけながら、ピュリア・ハープは言葉を紡ぐ。


「もうウチらの前に顔出さんといてくださいよ……言うても、ウチも、アイツも、もう会う事もありませんでしょうけどな。……まあ、安心せえ」

 


 アイツの面倒はウチがちゃあんと見たったるさかいな。

 



 ――そんな、去り際のピュリアの言葉に対してすら。 

 ガロンは、最後まで言い返すことが出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ