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面倒くさい、男と女

「そいじゃピュリアさん、準備は良いですか?」

「ええよー。アンタは?」

「ごめんなさい、ちょっとトイレ」

「……早よ行き」

 

 間の抜けたやり取りに呆れながらも、ピュリア・ハープはそんな会話が出来るナインとの関係を心地よく思っていた。

 これから寒い場所に出て行く訳だから、ナインの行動は正しいのだが、もうちょっと年頃の乙女と出かけることに対してデリカシーみたいなものは持っていて欲しくもある。


 しかし。


 これから寒空の中を飛んでいくのは自分な訳で。

 いくら周辺温度を魔法で調節するといっても、完全に寒気を遮断するのは難しい。一人ならどうとでもなるが、今回はナインが共にいる。遮蔽物も何もない場所でもよおした時、自分はどうするべきだろうか。


 二日ほどかかる空の旅だ。只でさえ飛行種族の常として、内臓自体が余りたくさんの物を溜め込んでおける構造をしていないのだから、途中休憩を挟むのは当然だとしても、今のうちに身軽になっておく必要はある。


「お待たせしましたぁーいっと。ほんじゃ行きまっしょい」

「ナイン、ちょい待っとり。お花摘んでくるに」

「……はあ。頑張ってきてください」

 

 頑張れとはなんという言い草か。

 気遣いの欠片もない男の頭を引っ叩くと、空っぽなだけあって、軽やかないい音がした。

 


 用を済ませて。

 改めて出発の段となった際、ピュリアは今の今まで言い出せなかったことを口にした。

 

「あ、あんな、ナイン?」

「はいな」

 

 ナインは、トイレに行くにも恥ずかしがらなかった癖に何を、とでも言いたげな顔でこちらを見やる。

 だから、デリカシー。そんな注意を目だけで送るが、この朴念仁は紳士ぶりたがる割に、こういう機微には気が付かない。駄目男め。

 しかし、あまりその辺りを気に掛けないのも女の甲斐性だと割り切り、ピュリアは手にあたる翼に乗せたそれ・・を渡す。

 

「こ、これ」

「ふむん?」

「これあげる。寒いから着けときや」

「……マフラー、ですか?」

 

 それは、ナインがリール・マールにいた時分から渡そうと思って準備していたものであった。ただ渡すだけの事だったが、それは思いの外ピュリアを躊躇させていて、しかし一旦懐から取り出せば驚くほど素直に言葉が出てきた。

 

「ウチ、腕もこんなんで、よう編み物とかも出来んし。それも出来合いのもんで、へへへ。あんまり有難みもないかもしれんけど」

「……」

「ま、まあ? そんなに安物って訳でもないからな? 大事にせえよ? ……してくれるやんな?」

「…………」

「な、なんか言ってよ。恥ずかしいわ」

「……ありがとう、ピュリアさん。僕、本当に」

 


 本当に嬉しいです、と。


 

 目の前の男はそう言ってくれて、それと同時にピュリア・ハープも本当に嬉しく感じた。真心が通じたのだと、自覚もある自身の単純さから天にも上る心地にもなった。

 

 ……でも、やっぱり渡さないほうが良かったかもしれない、と思ったのはその直後だ。


 ナインは、表情こそ、いつもどおりの優しげな、それでいて皮肉げなものだった。

 見慣れた不器用な、いやそう見せようとしているあざとい笑顔だったのだが、ふと気付いた。気付いてしまった。

 


 ナインの目は、マフラーを受け取った後、今にも泣きそうな程に苦しげな色を見せた。

 その現象が、その感情が、自分が彼に贈り物をしたことに起因しているのは間違いがないことだろうと、彼女は気付いてしまった。


 

 確かに彼は嬉しいと言ってくれたし、今はもう楽しげにクルクルと自分の首に巻きつけて「グィエー」などと、家畜がシメられる時のような声を冗談交じりにあげていた。

 だが、あの一瞬、どうしようもない程の……それこそ地獄を覗き込んだような気分を彼が味わい、それを自分が察してしまったのは、確かなことだった。

 

 何でか理由は分からないが、自分はつい先ほど、この男にとてつもない絶望を与えた事だけは分かったのだ。

 

 しかし、時間は巻き戻りはしない。そしてナインの振る舞いから、彼が彼自身の変化に何も気付かないことをピュリアに望んでいることも分かった。

 

 ……今の自分に出来ることは無知を装うだけであって、だからピュリアはただ鈍感な女を装って、彼のおどけた姿を翼で指しながら、大袈裟に、ケラケラ笑った。

 


 彼も、自分も、こんな関係を壊すことを望んでいないことは疑いが無かったから。あたかも笑いすぎて涙が出た風を装って、目尻を拭う。


 ちらりと覗き見たナインの目はただひたすらに乾いていて、それがどうしようもなく哀れで、そして愛しく思った。


 

 ……さあ、ヴァーミリオン領へ、さっさと行こう。

 行って、今の時間を忘れてしまおう。

 自分達は、楽しい時間を過ごすことが大好きな、気の合うパートナーなんだから。




 

 ――いつか、その絶望を払ってあげればなあ、と、ハーピーは思った。例え自分達がこの男の仇で、恨むべき相手だと、知ってしまっていても。

 傲慢でいい。

 この男が、自分達を愛してくれるとそういったのだから、その言葉に存分に縋ってやる。

 

 だから、いつかは。

 いつかは。

 


 ……その先の言葉に何を当てはめて良いか分からず、ピュリアは代わりに、背中を向けて出発のために城の出口に向かって歩き出すナインの頭を、羽根で優しく撫でた。


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