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少女同盟

 夜間、ピュリアの部屋。そこに何者かが侵入した。

 誰もその侵入者に気付かず、そしてその者が音もさせずに歩く様子は、そういった行為に慣れていることを表していた。

 ただ一つ、不審なことは、部屋の扉に元々鍵がかかっていなかったこと。

 

 そして侵入者は、こともあろうか部屋の主に声を掛けた。それは小さいものであったけれど、確かに届く声量で。


「ピュリア」

 

 その声を受けて、既に部屋の電気を消していた部屋の主は、密やかに、侵入者に傍へ寄るよう返答する。自分は鳥目だから、暗い所では動けない、と。

 

 つまり、この侵入者は元々部屋の主に招かれた者であった。

 しかし、部屋の主は電気をつけようともしない。まるで、ここで自分達が話していることが知られると不都合があるかのように。

 

 やはり足音もさせず、ピュリアに触れることも出来る位置まで接近した侵入者は、再度口を開いた。

 

「誰にも見られてないよ」

「そら良かったわ」

「そっちはどう?」

「うん。明後日、ナインと一緒に出かけることになった。そっちは?」

「ナインがアロマ様に接触してたらしいから、少し見てきたわ。やっぱり、ちょっと様子が変だった」

「予想通り……ってとこやろか」

 

 侵入者の名は、アリス・クラックス。狐人である。

 ピュリアの友人でもあった。

 

「一体、アレ・・は何を企んどるんやろか」

「さあね。アレといっても、もう私には知覚出来ないし……今私達に出来る事と言ったら、対症療法だけよ」

「……そもそもが、ナインの意思なのかどうか。それすら判断できないんじゃなあ。厄介この上ないこと」

「それでもよ。私達はディアボロの所属なの。ここを出ては生きてはいけないのは、私達もナインも一緒。なら、あの子がディアボロに敵対しないように、立ち回るしかないの」

「……せやな。本当に、ウチらは、面倒くさい相手に面倒くさいことせなあかんのよね」

 

 今更、ナインを見捨てることは出来ない。それは二人の共通見解であった。

 ディアボロに戻ってきた際に、アリスは、ピュリアと二人で、現在の自分がそれぞれどの様な感情を彼に抱いているかを既に話し合っている。

 だが、これからディアボロが世界を席巻するという確定事項に対しての障害は排除せねばならない。そもそも彼女は自分たちの魔王を害せる存在などこの世に居ないと心から信じているのだ。強大にして高貴なるクリステラは、近い将来、この世を平らげる。そのことに疑いはない。

 

「そうなると……いかにナインを御せるかが焦点になる」

「そうよ。だって、これからもあの子には、ディアボロで生きてって貰わなきゃならないんだから」

「不穏な考えは、さっさと捨てて貰わなあかんな。ナインにしても、アイツの中の誰かにしても」

「ええ……私の中に入り込んでいたアレは、油断しているのかしらね、今は感じない。今はきっと、チャンスなのよ」

 

 そうよ、ナインを守らなきゃ。仮令たとい服従を誓っていても、私はナインのお姉ちゃんなんだから。

 

 かつて、    との契約の際に触れた、彼の心根。その一瞬。私達は確かにナインの心の奥にある憎悪を実感した。

 いつか、もしかしたら、私達を命懸けで愛してくれている彼は、ディアボロに危機をもたらす存在になるかもしれない。

 ……短絡的な自分の中の衝動が、ただ彼に従えと、そう叫ぶこともあるけれど。

 そうであっても、どうにか彼と平穏な未来を歩んでいく選択肢があるのなら、それを目指すことこそが最善だろう。

 その点で、私とピュリアは利害が一致している。


 ……そのようにアリスが考えている一方、ピュリアだけが憂慮していることとして、次のような前提が存在する。


 ガロン・ヴァーミリオンや、アロマ・サジェスタとは違い、自分達が弱い存在だから、小賢しく立ち回る必要がある、という点だ。


 彼女は、万が一にも彼女らが強者としての傲慢に溺れて、クリステラに逆らってナインを求めた場合を想定している。すなわちディアボロに対して反逆を企てた場合だ。

 妄言でもある。彼女らが、魔王に対して深い忠誠を抱いていることは知っている故に、こんなものは妄想であると理解はしている。


 だが、自分達がナインに飲み込まれた際に感じた……絶望的なほどの安心感、包み込まれるような、宗教的体験にも似たそれ・・を思い出すと、その妄想がどうしても振り払うことが出来ない。あの感覚に、彼女達が取り込まれた時、抗えるか……自信をもって、出来る、とも、出来ない、とも、ピュリアは言えなかった。


 そして、もし天秤が後者に傾いた場合。その場合には、クリステラの勝利を確信しているからこそ、アリスとの同盟を結んだのだ。

 最終的にナインを失わないための最善策が、ピュリアにとってはこの方法だった。


 鳥は、暗闇では何も見えない。

 だけど、俯瞰することが出来るのだ。


 夜目の利かない鳥が戦うには、暗闇に入り込まないように、夜に戦わないように立ち回り、全体とひとつ先を見据えて動く必要がある。

 よって、ピュリア・ハープはそのように行動している。

 

 

 ――時は、今しばらく遡る。

 ナインがアロマの執務室から出て行ってすぐ、アリスはアロマに面会を求めた。

 

「失礼します、アロマ様」

 

 そう言ってアリスはノックをしたけれど返事が無く、しかし気配はあったので、無礼を謝罪する旨言い継ぎながら彼女の部屋を訪れると、アロマは立ったまま自分の右目尻に同じく右の人差し指の背を当てていた。拭っていたようにも見えた。

 

「なにかしら、アリス」

 

 アリスの方に目線を向けて、口調だけはいつもどおりの彼女であった、いや、余人であれば気付かないかもしれないが、自分には分かる。声が震えていた。

 

「……泣いていらしたのですか」

「なんでもないのよ……無事に帰ってきてくれて、良かったわ。本当に」

 


 アロマは思う。


 先にクリスに簡易報告を済ませたことは、クリス自身から聞いている。私への報告は文書と併せてする様に指示しているから、今日中に出来るとは流石に思っていない。

 ……つまり、私事で来たのだろう。恐らくは、私の事を心配してくれてのことだ。

 目の前のワーフォックスを愛しく思うと同時に、それでも今は放っておいてほしい気持ちが上回り、自分の利己的な感情に嫌気も差した。


 ……この嫌気は、宰相という重い職責から、既に親しくなってしまった感覚でもある。


 しかし、自嘲という快楽を噛み締められるほど、自身に余裕が無い状態でもある。アリスには、早々にお引取り願おうと、目で話すように促した。

 

 無事を喜んでくれたことに、勿体無いお言葉です、とアリスは言い、そして更に言葉を繋いだ。


「ナイン……あの人間にも、今回は借りが出来てしまいました」

「弟の、ボルト君のことですわね」

「はい。どうか、私ごときの領分ではありませんが、彼の独断専行については……」

「私は特に咎めるつもりはありませんわ。少しリール・マールへ回す予算が増えてしまいますけれど、それ以上の利益が見込めそうですしね。スリザを手に入れられたのは、この上ない成果だわ」

「そう言っていただければ、このアリス、少し気が楽になりました」

「……まあ、クリスがどうするかまでは分かりませんけれど」


 この言葉の後、退室を促そうとするアロマの意図が、アリスには読み取れた。そうして話の始末をつけようとしたアロマに対して、アリスは敢えて言葉を挟む。


「……そのことで、少し陛下からお話を伺いました。彼、いえ、ナインはこれから、親衛隊長のご実家のヴァーミリオン家に向かうそうで」

 

 ギリ、と。

 幻聴ではあるまい、きしる音がアロマの喉、いやその手前か、口内から響く。

 

「そうらしいわね」

 

 驚くほど冷たい声……怜悧な美貌に似つかわしいような、全てをひれ伏せようとでも言うような、威圧すら感じる声が発せられた。

 

 彼女の不興を今現在買っていることを承知で、アリスは、下腹にやや力を込めて言葉を紡ぐ。

 

「……失礼ながら、その件に関しては、アロマ様にもご関係が」

 

「アリス。私には関係のないことよ」

「……関係ない、ですか」

「ええ、アリス。関係ないの。そしてこれ以上関係のない話をするつもりなら」

 

 出ておいき、と。そう決定的な言葉を言われる寸前、アリスは、怯えを自覚しながらも再度口を挟む。

 

「お可哀想……アロマ様は、何も悪くないのに」

「…………!」

「これからお耳に入れるのは、他愛の無い囀りです。とるに足らないものとなりましょう」

「……」


 アロマが、黙って眼を逸らしたのを見て、アリスは続ける。


「……隊長とピュリアの仲裁をしようとしたアロマ様が、何故お辛い想いをされねばいけないのでしょう……」


「…………」


「僭越ながら、何か悲しいことや、溜め込まれていることがあれば、何でも目の前の女にお話しください。掃き溜めとなることを望んでいる者がいるのを、どうか、どうかお忘れなく」


「…………」


「…………」


「……鳥は、もうどこかに行ってしまったかしら」


「そのようで」


「そう」

 

 アロマは、漸く自分が立っていたままだということに気付いたかのように、椅子に腰掛ける。顔は、アリスに向けてはいない。窓の方を見ていながら、何も視界に収めていない、そんな風情だった。

 

「……独り言だけれど。私、昔、子狐を二人拾ったの」


 アリスは、存じております、と心の中で呟いた。


「イゴールという奴隷商に、素質のありそうな子を選ぶようにと」

「……」

「出来れば姉妹……せめて片方は女が良いとも伝えたわ。ディアボロの中枢に、積極的に男は置きたくなかったし……一人は、手元に。一人は、遠くに……便利ですからね」

「……」


 人質にもなる。そういう意味で言っているのは、アリス自身言われずともとうの昔に気づいていたことだ。


「随分と、従順な手駒に育ったのよ。こんな女の手元で、よくもまあ、すくすくとね……」

 

 アリスは、何も言わなかった。

 

 暫くの沈黙の後、アロマは再度口を開く。

 

「有難う。少しだけ、気が楽になったわ……」

「アロマ様」

「……何も言わないで。貴女も疲れているでしょう。しばらくゆっくりなさい」

「いえ、一つだけ言わせてください」

「……なあに?」

「子は、親を慕うものです。親が愛してくださる限り」

 

 無論、親代わりであったアロマには感謝している、との意味を含んでのその言葉に、言ったアリスが驚くほど、アロマは劇的な表情の変化を見せた。


 見せたのだが、しかしアリスには、付き合いの長い自分でさえ、そのアロマの表情がどのような感情から漏れ出たものか分からなかった。


 泣きたいのか、笑いたいのか。


 ただ、悲しそうではなかった気もする。ならば、それで良かった。

 

 言葉が出ないアロマに対し、ただ「ご自愛を」とだけ告げて、アリスは退室した。



 

 ――更に時間を、少し遡る。


「もう、迷いは無いわ」


 アリスは、ディアボロに戻ってきてピュリアと顔を合わせてすぐにそう言った。


 ナインが、あの人間がアリス……自分に対して。

 私の心に何か、禁断の森……ナインの言葉を借りるなら『与えずの森』で致命的な何かを与えたことは、ぼんやりとだけれど理解している。

 そして、ピュリアが、その何かの所為でずっと不安定だった私の事を気にしてくれていたことは知っている。

 でも、もう決めたのだ。弟も、私の事も、スリザの地でナインは助けてくれた。

 私は彼についていくのだ。ずっと。だってもう、私だってあの子のお姉ちゃんで、あの子だって私の大事な弟なのだから。

 

 だからこそ。


 ナインの中で、何かおぞましい事を考えているあの何者か・・・・・について、情報を集め、可能なら排除する必要がある。せめて、アロマ様と、ナインだけは、幸福な未来へ導く努力を――

 

 



 ――そして今、アリスとピュリアは、暗い部屋で淡々と、同盟として動き始めている。

 

 アリスは思う。

 私とピュリア……そして、ナイン。私達に、文言すら思い出せない、不可解で醜悪な契約を――そうだ、契約ということだけは覚えているが、それを迫ったあの怪物。

 あれは、何者なのか。

 

 自分たちの明るい未来の為に打倒すべき存在なのであれば、そのようにするだけだ。

 

「幻術はナインに見破られちゃうけど……私は耳も人並み以上に良いからね。王妹殿下との会話と、アロマ様との会話を聞く限り……」

「ナインの中の誰かは、アロマ様をどうも手元に置きたがってるみたいやね。依存させようと……まあえげつないこっちゃ」

「……でも、私は覚えてないんだけど。アロマ様も、もうナイン様に?」


 取り込まれたのか? ……あるいは、契約を強いられたのか? そういう意味を込めて、アリスは尋ねる。


「うん、多分。ウチは……ナインに探られたときに覚えてない振りして誤魔化せたけど、賭博の件の時にな。アロマ様を……洗脳、でええんかな、それをした時は、こう、手を叩いてな」

「んー……確かに、そんなことしてたけど。なんかちょっと、私たちの時と違うのよね。言葉に出来ないけど」

「ああ、確かにそんな感じやね。言葉になんないけど」

 

 情報がまだ全然足りない。暫くは、お互い無知な振りをしてナインから情報を引き出していくしかないだろう。

 

 彼が、自分達を愛してくれることに疑いなどない。

 でも、彼が破滅に向かって真っ直ぐに、躊躇いすら持たず、崖に向かって進むかのごとくただ真っ直ぐに歩いて行っていることは、私達の二人ともがしっかり感じている。

 


 ……だから、彼の邪魔をしよう。


 そして、彼の中にいる誰かとその目的を明らかにしよう。


 そして、彼を。魔族の一員として、ディアボロで幸福に生きていけるように、どうにか・・・・しよう。


 ……傲慢の極みは、百も承知だ。ファースト・ロストのことを忘れさせて、そこで失ってしまった以上のものを、私達が与えよう。


 何せ、彼は。

 私達を無為に傷付けることなど出来ないんだから。そういう契約だということだけは覚えている。

 どうやらこれが、彼の定めた愛情に関わる契約とやらのルールらしい。



 ……これから私達が攻略するのは、勝利条件が曖昧な代わりに向こうの攻撃ターンがない、歪なゲーム。

 

 敗北条件は明らかだ。ナインが、死ぬこと。あるいは彼がディアボロに不利益を発生させて制裁を受けること。

 

 でも、私達は、彼と共に生きていく。生きて行きたい。その為には、この戦いには勝利しなければならないのだ。

 そしてその目的を達成する為に、まずはこの暗い部屋で、二人きりで始めるのだ。ナインと、私たちとの戦争を。

 

「……それにしても」


 と、ピュリアが唐突に思い出したように、口を開いた。


「今度、隊長の実家に行くやん? そん時にナインがな、セルフィはん連れて行くって言い出してな、少し焦ったわ」

「……エレクトラ殿下の入れ知恵かしら」

「知恵やない、無知や無知。先代のヴァーミリオン卿は、あの人のことめっちゃ嫌っとるのに」

 

 ……そういえば、以前はセルフィ様の動向調査をアロマ様に定期的に依頼されていた。またその内されるかもしれないけど、あれは一体なんなのだろう。このこととは関係ないけれど、彼女の名前が出て不意に思い出した。

 

「どないしたん?」

「ううん、なんでもない……後は、ナインの中に誰かがいるなんて、荒唐無稽な話を聞いてくれて、口がかたい人……協力者も欲しいわね。もしかしたら、エヴァ様がこういった事には詳しいかもしれないけど」

「あの人なあ、なんかナインに興味持ってたけど……当たってみる価値はあるかもな」

「じゃあ、まずはそこからね。ただ、あの人に隠形とかは効かないから、こっそり調べるのはちょっと無理ね。取引とかを持ちかけるしかないかも」

「……前途多難やね」

「それでも、私達はやらなきゃいけないのよ。ナインを誑かしたのも、あの子が泣けないのも、全部、あのが原因に違いないんだから……!」





――――――――――



 アリスがアロマのいる部屋から出て行った直後、エレクトラは彼女を訪ねた。つまり入れ違いになった訳だが……いや、この表現は適切ではない。

 ナインにとっては予想外であり、都合が悪い形であったから、エレクトラは間に合わなかった、と言うべきだろう。

 

 エレクトラは、ナインとの約定どおりアロマのケアをするつもりであった。


 しかし勿論、この恐ろしい少女はそれだけで済ますつもりではなかった。

 責任がない立場の彼女は、誰よりもこのディアボロを客観的に見ることが出来る。故に、アロマの性質も、あるいはクリステラ以上に理解している。

 

 アロマは真面目である。責任感が強く、自分の中のルールから外れることを好まない。

 その基準の最も深いところにあるのはクリステラ……であったのだが、最近少しだけ、ほんの少しだけそこにブレが生じている。


 ナインだ。


 あのお姉様至上主義者をどう取り込んだものかは知らないが、アロマにとってナインの重要度が非常に高くなってしまっている。


 よろしくない。

 大変よろしくない。

 ナインは自分の玩具なのだ。


 アロマには今までどおり、お姉様の抜けた所のフォローという役回りを演じてもらわなければ。

 ディアボロ全体の利益で考えても、男嫌いで通ってきた鉄の女が、今更色ボケを患っただなんて困るし。


 よって、自分に譲ってもらう為の事前準備のつもりで、アロマからの信頼を少しいただいておこうかな、なんて。そんな腹黒さ、つまり子狸みたような少女らしい悪徳を存分に発揮しようとアロマの元へトテチテ出向いていった訳だ。


 罪悪感など殆どない。これは努力であるからだ。欲しいものを手に入れるための最善策を取るのに躊躇うのは愚かなことだ。

 

 コンコンコン、ガチャリ。

 

「アロマ、ご機嫌いかが?」

「あら、エルちゃんいらっしゃい」

 

 あれっ、と思う。

 存外普通な態度であるアロマを見て、エレクトラは首を傾げた。

 

「アロマ……なんか思ったより、元気そうね」

「あら、別に落ち込むことなどありませんわ」

 

 何言ってるの。つい昨日まで、自己嫌悪で死にそうだった癖に。

 

「ナインちゃん、今度はガロンの所に行っちゃうんだって。あの子も忙しいね」

「うふふ、エルちゃん、またお預けになっちゃったわね。寂しい?」

 

 あれれ、とエレクトラは思う。

 思いの外余裕があるみたいだが。ナインからの何がしか、叱責じみた事は言われなかったのだろうか。何だかんだで遠慮したのかな。

 ナインちゃん、小心な所あるし。だとしたら、私のやることはなくなっちゃうけど。

 

 ――いや。

 そもそも、最近のアロマの態度の急変も気になっている。

 スリザに行く直前辺りからか、私が彼に近づいた時の、小言のトーンの変化は。

 それは、言っても聞かないという諦めからではなかった。ナインという存在に対する、彼女の心象の変化に由来するものだった。

 敢えてこれまでは放っておいたけど、寂しい、だなどという言葉を使うなんて。そんな発想が浮ぶ時点で、冷静に考えれば、凄く変。アロマはほんとに、いつからナインちゃんのことを認めはじめたんだろう。

 ナインはどうやって、このアイアンメイデンを手懐けたんだろう

 

 そんな、心の奥底に潜んでいた疑問を努めて無視しながら、エレクトラは尚も様子見を続ける。

 

「ううん、だって今回の発端は私だもん……元々アロマは悪くないのにね。ガロンと引き合わせちゃったのは私だから。むしろ、ごめんなさい。今までアロマが嫌な思いしたのは、私の所為よ」

「あらあら、そんなことないわよ」

 

 …………ちょっと、本気でおかしい。

 今までなら、誰が良いとも悪いとも言わず、ただ同じことが起きないようにしよう、で話を収めるのが彼女だ。

 これはきっと、彼女の価値観の変容によるものだ。つまり、私に対してより他の事に意識が向いてる。そして、それはやっぱりナインの事なのだろうか。きっとそうなのだろう。

 ……変な話ではあるが、ナインにアロマを取られるのも少々悔しい。

 

 少し矛先を変えて、話を続けてみる。

 

「ピュリアだっけ、あの子も酷いよね。責任逃れのつもりじゃないけど……あいつの所為でもあるでしょう? アロマがナインちゃんにもお姉様にも怒られちゃったのって」

「いいえ、ピュリアが悪いとは言いませんわ。それに、クリスには迷惑をかけてしまったのは私の未熟ですし……ナインも、私の事を心配してくれているのは分かっていますわ」

 


 あれれれれ。


 

 ……ふむぅ。

 ナインちゃん。

 私も、貴方も。どっかの誰かに、先手取られちゃったみたいだよ?

 

「……大丈夫そうだね。変な気、回す必要なかったなあ」

「そんなこと言わないでくださいな。お気持ちは嬉しかったですわ」

 


 エレクトラは手を振って、執務室から出る。


 そして扉に寄りかかって、ぼんやり視線を上に向けた。



 彼女は思考する。


 ……こうなるとむしろ、ナインちゃんの方が心配かも。

 あの子の中身、壊れちゃわないかな。だって、繊細で小心者だもん。少しでも見通しがズレちゃうと、テンパっちゃいそうな気がする。

 ……まあ、そんなあの子も見てみたい気はするけどね。

 

 でも、大丈夫だよ、ナインちゃん。


 壊れても大丈夫。


 壊し尽くすまで、ちゃんと私が、大事に壊してあげるもの。


 貴方が私を壊したように。


 もう、私は昔の私じゃない。私が壊したいのは、貴方だけ。


 だから、楽しみに待っててね?


 これが私の、愛って呼ばれるものみたいだから。

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