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冬将軍

 アロマさんの執務室を出て、やや後ろ髪を引かれる思いで軽く仰け反りつつ廊下を歩いていると、タイミング良くピュリアさんを発見した。

 お尻をフリフリ、ワンピースの裾がヒラヒラしているのは大変可愛らしいのだが、この季節は寒くないんだろうか。


「ピュリアさーん」


 声を掛けてみる。目をパッチリ開けてこちらを見つめてきたかと思うと、軽く地面を一蹴りして、軽やかに僕の目の前に着地した。

 ふうわり、と、音もさせずに舞い降りた彼女は、両手の翼を僕のほっぺたに添えて、微笑む。


「おかえり。怪我とかせんかった?」

「ちょいとばかし」

「あらま」


 大袈裟に、口を押さえる仕草に愛嬌を感じる。

 ああ、久しぶりにこの人を見ると、なんか安心しちゃうな。


「でも、大したこっちゃないですよ。それよか、結構大仕事になっちゃったんで、しばらくリール・マールの方はゴタついちゃうかもですけど」

「アンタはホンマ……なんちゅうか、どこ行ってもヤンチャするなあ」

「うぇへへ」

「褒めとらんわ」

「ところで、そっちは……どうも大変だったようで」

「んー。んー、うん」


 逡巡は、一瞬だった。何か言い繕うつもりだったのか、それとも単純に予期していなかったのか、彼女は少しだけ言いよどんだが、すぐに肯定する。


「そもそも、ガロンさんとなんかドンパチやっちゃったっての、本当ですか? そこんとこはっきりさせても良いですかね」

「……なんで?」

「これからガロンさんのお家にお邪魔して、連れ帰って来なきゃならないもんでして」

「……なんでアンタがそないなことすんの」


 あ、ヤバいかもコレ。

 またピュリアさんの中の良からぬモノが出てきちゃうかもコレ。


「え、ええと。まあ、アロマさんも今忙しそうで、他のディアボロの人も年の瀬で慌しいというか」

「……」

「帰ってきたばっかで、やることのない僕に白羽の矢が立ったというかね」

「……ごめんなあ。だってそうよ、そう。アンタ帰ってきたばっかりなのに……。あんね、ウチもな?」


 ウチも、別に困らせたくて言っとる訳やないのよ、と。心なしションボリ気味に、ピュリアさんは続けた。


 かわゆい。


「……まあ、アレや。隊長からも話は聞くことになるんやろうけどね」


 そう言って、彼女はガロンさんから訓練の相手を頼まれ、それがヒートアップした所為で、喧嘩と勘違いしたアロマさんが仲裁に入った、と教えてくれた。


「あちゃあ、じゃあ別にピュリアさんは」

「うん。別にウチ、隊長と喧嘩なんかしとらんよ?」



 

 へえ。ふうむ。


 目を覗いてみても……嘘、じゃ、ないのか。


 本当でも、ない? ……なあんか、はっきりしない感じ。


 

「じゃあ、ピュリアさんはガロンさんに思うところはないって感じでよろしいの?」

「うん……でも、なんでそんな事聞くの?」

「だあって、僕、二人とも愛してますもん」


 そんな二人が喧嘩してたら、 しいじゃないですか。


「……んもう、アホ!」


 ペチン、と頭を引っぱたかれるも、お互いニヤニヤしっぱなしなのだ。


 いいなあ、こんな空気。


 幸せだ。


「そんでですね、ちょっとガロンさんの件でお願いがあってですね、いえ、別にその為にあんな事言ったわけじゃ」

「分かっとる分かっとる、ええから続き言いな」


 緩んだ口元を隠そうともしていないピュリアさん、なんだかんだで機嫌が良い。チョロ可愛いのが彼女の良いところでもある。


「ええっと、ガロンさんのご実家にですね、連れてってもらえればな、と」

「ウチが?」


 そう、自分の顔に翼の先端を折り曲げて向けたピュリアさんに、頷いて返す。


「陛下の妹様にお聞きしたんですがね、どうもガロンさんのご実家、物騒なところみたいでねぇ」

「……まあ、人狼は荒っぽいのも多いし。あそこはこれから冬ごもりの季節やから、食料の確保に大わらわやろうし」

「例えば、そんな中に僕がノコノコ行っちゃうと」

「『やったあ、エサ発見!』ってなるやろな」

「ですよね」

「それでウチ、ねえ。分からんでもないけど」


 まるで腕を組むみたいに翼を交差させて、考え込むように天井に視線を向けるピュリアさん。


「まあ、どうしてもって訳でもないですし。エルちゃん、おおっと」

「……?」


 もう僕が彼女と仲が良いのは知ってるだろうけど、あんまり親しげに言うと、またプリプリされちゃうやも。自重しよう。


「いえ、エレクトラ様がデスね、連れてってもらうならセルフィさんでも良いって」


 僕だって、別に彼女を困らせて喜ぶ趣味もないので、こう言ったのだが、ピュリアさんからの答えは存外早かった。


「いや、ええよ。ウチが行くから……でも、申し訳ないけど長居は出来んから、一週間も逗留できんよ?」

「……? まあ、そんなにお邪魔する気もなかったですけど」

 

 どういうこっちゃろ。なんか忙しいのかね。

 

「いやな、あそこ、ディアボロの北部……ちゅうか、外海にも面してる、最北端に近い場所なんやけど」

「ふんふん」

「もうちょっとで大寒波が来るから、凍えてまうで。南のこっちはまだしも、あっこの風はめっちゃしばれん・・・・で」

 

 ……めっちゃやる気なくなってきた。

 寒いの、嫌い。

 

 

 とりあえず、出発は明後日ね、と言われた。勿論急な話だし、彼女にも都合があるから否応もない。了解とだけ伝えて、彼女と別れた。

 いやあ、なんだかんだで皆親切だよなあ。こんな話、受けてくれるだなんて、本当に良い人。

 



 ……良い人、なんだよなあ。

 初対面で唾を吐いてきたけれどさ。

 パシリ扱いされて。それなのに、今は僕を連れてってくれるって。

 一緒にティアマリアで、ヤンチャもしたしなあ。

 可愛いんだよなあ。

 

 

 ……魔族なのにさ。

 

 

 ……ひょっとしたら僕、魔族に生まれてきたら良かったのかなあ。

 そうすれば、こんなさ、こんな。

 

 今こんな、惨めな想いをしないで済んだのかもしれないのに……。

 

 

 ……へへ。へへへ! 笑え。リセットだ。

 余計な自分は捨てろ。

 

 あっはは。あっははは!

 よし。余計な考えはポイしちゃおうねえ。


 さん、にぃ、いち……うん、忘れた。

 

 ガロンさんのお迎えに行くんだから、気合入れていくぞう、おー!

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