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初めまして、『お姉ちゃん』

 アリス・・・お姉ちゃん・・・・・の潤んだ瞳を見つめながら、考える。


 本当に、運が良かったんだか悪かったんだか。


 正直、あのままローグとやり合っていても手詰まりだったんだけど、彼女が来たおかげで……助かったとも、言えるんだけど。

 肝が冷えたよ。


 大事な大事なお姉ちゃんが傷付けられるだなんて、想像もしたくない。

 僕自身が……そこらで死ぬのは、最悪覚悟してるんだけど。


 何も為せず、路傍で朽ちて果てるのは、僕の想像しうる未来で一番確率の高いものであろうから。

 僕のことを待ってくれているお母さん達には申し訳ないけれど。


 でも、アリスさんが殺されるのは許せない。

 僕の大事な、大事な子狐さんが、よりにもよって勇者の仲間だかなんだかに傷付けられるだなんて。


 許せることじゃあないから、久しぶりに本気の殺意が湧いた。

 だから、ローグを倒すことが出来た。

 アリスさんのおかげだ。


 僕が持っていた感情が、少しだけ、蘇った。

 そして、それを向けるべき相手に向けることが出来た。

 何より、彼女を手に入れることが出来た。


 完璧な成果だ。


 ……後、気にするべきことといったら、やっぱりこれかな。


 ねえ、ティア様。何人分食べちゃった?


 ――六人分ね。残りは、四十二人分――


 ……そっか。六人もか。

 さようなら、さようなら。僕にとって大事な、六人。



 さよなら。




 ――そうして僕はお姉ちゃんと一緒に、エヴァさんの元に帰ることにした。


「ねえ、ナイン・・・?」

「なあに、お姉ちゃん?」

「手……繋いで帰ろっか」

「ええ、恥ずかしいよう」

「なーに恥ずかしがってるのよ」


 そう言って、お姉ちゃんは、僕の右手を、ふかふかした自分の左手で握った。


姉弟・・なんだから、恥ずかしくなんかないでしょ!」

「……うん」




 ……僕のお姉ちゃんを紹介します。




「まったく、こんなに遅くまで出歩いて。アンタってば、悪い子なんだから」

「ごめんね、心配かけちゃった?」


 彼女は、狐のおっきな耳と、柔らかな尻尾を持っていて。


「ほんと、いつまでもお姉ちゃんがいないとダメなんだから。アンタは頼りないからね」

「ひどいなあ、それ」


 僕より頭一つ分ちっちゃい癖に、妙に姉貴風を吹かせていて。


「さっさとエヴァ様の所に帰るわよ。あの人、怒らせると怖いんだから」

「うん、それは知ってる」


 ディアボロで、そこそこの信頼を得ている諜報員さんで。


「今日の夕飯はお姉ちゃんが作ってあげる。何が食べたい?」

「僕、カレーがいいな。お肉がたっぷり入ってる奴がいい」


 弟の為に、自分の身を投げ打って行動できる立派な人で。


「ふふ、腕によりをかけて作ってあげましょうね。残しちゃダメよ?」

「わあい、もちろんだよ」



 とっても可愛い、僕の子狐。


 いつまでも、いつまでも。

 大事にしてあげるからね?






 ――帰り際、未だに蠢いているローグを見て……そのまま帰る、ことにした。


 だって、死にぞこないをいたぶるのとか趣味じゃないしぃ。

 弱いもの苛めはダメだって……父さんが、言ってたし。


 ふふ。


 生き延びたら、それはそれで良いよ。

 気道は傷付けた。もう、あの魔術を精密に扱うことは出来まいて。


 うふふふ。


 僕のプレゼントしてあげた、憎悪の種。


 いつか花を咲かせられたら、是非見せて?


 ね?


 ローグきゅん?










 ――――――――



 倒れ伏す自らにトドメも刺さずに、楽しげに歩き去っていく二人の足音を聞きながら。

 ローグ・アグニスは、己の喉に、手を当てた。


 ――じゅぅうううう。


 己の能力を限界まで駆使し、穴の空いた気道を指で塞ぎ。


 ――じゅぅうううう。


 熱に強い、自らの肉体に出来た傷を焼いて塞げる温度……『白炎』の二つ名に相応しい温度まで高めた魔法で、失血を止めた。


 ――じゅぅうううう。


 ……最早血液の喪失の恐れがなくなっても、ローグは魔術を使い続けた。


 ――じゅぅうううう。


 この痛みがなければ、あの屈辱こそが自分を殺しに、嘲笑いにやってくるから。



「だ……ぃ゛ん゛」


 血まみれの右手を、喉から、地面に。

 血まみれの左手も、その少し先に。


 手の平がざりざりと削られるのも気にせず、少しずつ、這いつくばりながらもローグは前に進んでいく。

 追いかけなくては。

 追いつかなければ。



 ――と、そこへ。


「こりゃまた手酷くやられたもんね」


 目の前に現れた女の細い二本の脚のみしか視界に入っていないが、視線を上げずとも声で分かる。

 相も変わらず神出鬼没を体現したようなその女――ニーニーナが、自分の目の前に立っていた。


「ぃ゛ぃ……ぃな゛」

「あーあー無理に喋んなくてもいいわよ痛々しい」

「ぉぇ゛ぉ……」

「アタシが余計なことしちゃったのもあるし……このままだと死んじゃいそうだから、回収してあげる。大人しくなさい」

「ぉ゛せ……ばな゛せ゛……」

「よせって言ってんでしょ。まだ分かってないならはっきり言ってやろうか」


 つい、としゃがみ込み、ミニスカートの狭間がローグの目の前に来ているのも気にせず、血走ったローグの目に視線を合わせる。

 そしてローグも、その様な物で紛れる程安いプライドで生きてきたわけではなかった。

 

「アンタ、負けたのよ。完膚なきまでにって言葉が相応しいくらい」

「……がぁ!」


 その言葉を耳にした瞬間、ローグは己の目から、血涙を零した。


「……負けた時は覚悟しとけとは言ったけどさ。流石にこんな状態のアンタに鞭打つほど、ウチは悪徳じゃないと思うわよ。人員不足だしね」

「ぐ……ぎぃ」

「暫く謹慎ってとこでしょうよ。イヴかロットン……どっちかに治してもらわにゃ」

「……!」


 だん、どん、だん。

 二度三度と地面に拳を叩きつけるが、それは最早駄々をこねる子供の所業と変わりはなかった。


「……そういう悔しさは、アタシには理解できないからなんも言わない。とりあえず、無茶がしたいなら体を治してからよ」


 だぁん! と、骨よ砕けろと言わんばかりにローグは強く地面を殴りつけ、そのまま全身を震わせる。


「な゛いん……!」


 ナイン。

 ナイン。


 テメェの名は覚えたぞ。

 この俺を見下しやがった。

 情けのつもりか知らんが、トドメも刺さずに、路傍の石ころみてぇに、無視して行きやがった。


 完璧な筈の俺の人生に、傷をつけやがった……!


 許せねえ。許さねぇ。


「ぜっだぃに、ぉ゛ばえ゛ば……!」


 今度こそ、この手で燃やし尽くしてやる――!













 ――――――――




「綺麗な満月だねぇ、お姉ちゃん」

「そうね、ナイン」




 ――アリスお姉ちゃん。


 一人には、もうなれないよ。


 君がいないと寂しがっちゃう弟が、ここにいるんだからさ。

 どうやったって、もう、一人にはなれない。

 逃がしは、しない。


 めでたし、めでたし。



 ……いひひ、いひいひ。

 きゃぁははっはは。


 ――ぎゃははははははは!


 ――ぎゃっはははははははははははははははははははははははははは!



「こぉら、ナイン。五月蝿いでしょ」


 こつん。


「きゃいん」


 ごめーん、おねいちゃん。


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