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へるぷみー

 ――では、自分は一旦ディアボロに戻るよ。報告なりなんなり、やる事があるのでね。


 エヴァさんはそう言って、魔法陣のある部屋に消えていった。

 ここぞとばかりに、盗撮されてた仕返しにこっそり覗いてやろうと思ったけど、鍵がかかっていて脱衣シーンは見られなかった。


 畜生。


 ――それは良いとして、さて、これからどうしようか。



『猿』のリーダーである熊おじさん……マーチスさんからの指示通り、親人間派の『猫』と『馬』、そして親魔族派の『鳩』にはここ数日で既に接触している。

 そこでわかったのは、『猫』……この組織は、どうも人間がこっそり手引きして作ったものらしい、ということだ。だって、考え方が人間にとって都合が良すぎる人ばっかりだったし、何より人間が獣人に化けてる人もいたもん。僕には最初っから人間にしか見えなかったから、ティア様が教えてくれなきゃ多分最後まで首を捻ったまんまだった。

 彼らの一員とすこしばかりお話してみたのだが、ティア様曰くアビスさんと同じ感じの残り香がしたという事なんで、多分あのおっそろしい使徒……ローグって言ったっけか、あいつが関わっているんだろう。

 ……僕如きが考えてみたって、休むに似たりのなんとやらだろうが。

 素直に考えてみるなら、人間にとって都合の良い派閥、獣人にとっての内患といっても良かろうけれど、そんなものをリール・マールに作ってしまえば、情報操作なりなんなりは大変やり易かろうなあ。

 親魔族派の取り込みとかを急進的に進めていたのも、『猿』を警戒して連携をとらなかったのも、そう考えれば割とすんなりと納得できる。


 それにしても、いやらしいことするなあ。

 人間ってのは本当にいやらしいなあ。

 獣人さんみたいに素直な生き物を誑かそうなんて、なんて悪い奴らなんだろう。

 まったくもう、愛してるよ。汚い君らを、僕は愛してるよ。

 だって僕も人間だから。んふふ。



『馬』。


 彼らは大変不可解だった。


 人間主導の組織って訳でもないのに、えらく人間に肩入れをしていた……というか、人間に従うことに疑問を持っていない人たちの集まりだった。

 別にその事についてどうこう言うつもりもないのだけれど。気になるのは、なんで人間におもねってるの? とこちらが聞いても、自分達も理解できていないらしいことだ。


 何より、一番理解しがたいのは、下っ端の極みである僕に対して彼らのリーダーが態々接触してきたことだ。


 ……甲羅を背負った亀っぽい獣人の彼が口にした言葉は、まったく持って意味不明であった。



「誰が何を言おうと、我々はあなたに感謝しています」



 僕は、それに返事をしなかった。


 何故ならその言葉を耳にした時、妙に大人しかったティア様が震えるのを感じたからだ。

 きっと、僕に言われた言葉ではないのだろうと思ったのだ。


 僕には関係ないことのようであったから、彼にも、ティア様にも特に何も聞かなかった。

 何故僕の中にティア様がいるのか彼は僕に聞かなかったし、何故それが彼には分かったのか僕も彼に聞かなかった。

 だってそんなことはどうでもいいし。



 そう、僕には関係ない。

 関係ないのだ。



 僕の目的は最初から決まっていて、それはティア様の力を借りていることではあるけれど、彼女の過去に何があったかとか、そんな物は不純物でしかないのだ。


 僕は彼女が大事だし、彼女は僕を育ててくれた。

 そして今、僕の夢に協力してくれている。

 その事実があればいい。


 ……女性の過去にこだわらない僕。もうちょっとモテても良くない?

 そんな風に茶化してみたけれど。ティア様は返事をしてくれなかった。



 ――可哀想な、子たち――



 その代わりに、ただ、ぽつりと一言彼女は口にした。

 ……少しだけ、寂しそうだった。




 一番簡単だったのが、『鳩』。


 何せ、ボルト君がくれた符丁は、彼らが使用しているものと大体一致していた。割ととんとん拍子に話は進んだ。

 彼らは元々貧民層で構成されていたらしく、『猫』グループの羽振りの良さに釣られてひょいひょい親人間派に鞍替えしていたらしい。

 この人たちはどうとでもなりそうだから、放っておいた。


 お金っていうのは大切だけど、それに対する執着っていうのは、思いの外いじくりやすいし。



 ――マーチスさんの言っていた、親魔族派の取り込みっていうのは、要するに僕が最初に予想していたことと大して代わりはしない。

 親魔族派の主要グループである『狐』『虎』『鳩』。これらの上役が一堂に介する機会があるということで、まとめて始末しようという大層杜撰なものだった。


 ばっかじゃないの、と正直思ったが、成功すればこれほど効果的な方法もない。

 成功すれば、だけれども。


 ……まあ、現在の状況はこんなところなのだが、正直クリスから与えられた僕のお仕事は大体終わってしまった。


 原点に戻れば、僕がやることはあくまで親人間派の調査。これについてはエヴァさんにもうお話したので、後はエルフの里でのんびりしてても別に問題ない気がする。

 でも、こうなってしまっては流石に放っておくのもよろしくないだろう。ローグとやらの思惑でなんもかんも進むのは、ディアボロにとって良いことではないだろう。


 自分で考えて、自分で行動する。

 こういったことも、大事なんだよね。ガロン母さんがそう言ってたもん。自分で考えて、自分で決めろって。


 だから、僕はもうちょっと、自分に出来ることを探してみようかな。

 アリスさんもそろそろスリザ入りするだろうし、一緒にデートできたらいいな。





 ……そんなことを考えて、のこのこスリザに戻ろうとしたのが失敗だった。


 今の今まで過去に逃避してしまっていたが、目の前の男から発せられている殺気の所為で現実に立ち返ってしまった。

 背が高く、筋骨隆々なその体。真っ赤な髪に、ピアスを両耳に付けている、一見チャラそうなその男。

 でも、その目に浮かぶ殺意は、断じて常人に出せるものではない。


「よう。初めまして……でいいのか?」


 見たことのある顔だ。エヴァさんと一緒に、こいつが僕の身代わりになってくれた獣人さんを焼き殺すのを見届けたから。

 彼には悪いことをしてしまった。

 いい歳こいた大の男に、「マジカル☆チェンジ」なんて叫ばせてしまったのは、大変申し訳なく思っている。


「はあ、まあ、お会いしたことはありませんね」


 そう、出来る限り平静を装って口にするが、内心はドキドキである。

 ぶっちゃけ、超やばい。


「すっとぼけやがって。舐めたマネしてくれたじゃねぇか」

「なーんのことだか分っかりましぇん」

れんな。ウチにも似たような魔術を使う奴がいるからな、あんな事を間抜けなアグスタ側の奴がやるたぁ……思ってたより、やるもんだ」

「僕ちん、身に覚えがありまっしぇん」

「いい加減にしろよ、ナインとやら。お前の後をつけてる奴がいたからな……俺に捕捉された時点でお前はもう終わってんだよ」


 困ったなあ。

 どうにか逃げらんないだろうか。


 エルフの里からスリザに向かう途中で、いきなり誰かが進路に立ちふさがってきたと思ったら、ご覧の有様だよ。


「二度も自己紹介すんのも馬鹿らしいが、一応言っとく」


 目の前の赤毛の男は、じり、と一歩近寄りながら言葉を繋いできた。


「オレの名はローグ・アグニス。クソッタレな神とやらにしょっぴかれちまった、使徒の一人だ」



 ……ふうん?



「へえ、貴方とは結構気が合いそうですね」


「あんだって?」


「僕も嫌いなんですよ、神様とやらがね。物見高くて、訳知り顔で、人に不幸をなすりつけて、試練だなんだってのたまう存在……」



 ねえ、ティア様? 貴女を傷つけた神様なんてさ。



「まさに糞ですね。靴越しに触れることすら躊躇われる」



 そうでしょう? ねえ、ティア様?



「く、くく。アビスかムーの野郎に聞かせてやりてぇな。確かにお前とは気が合いそうだが……」


「ええ、残念ながら僕らは敵同士みたいですので」


「俺は別に残念じゃねえよ。今度こそ死ね」



 そう言って、ローグは今度こそ僕を殺す為、目を開ける事すら難しいほどの高温を右腕から放射して、こちらに叩き付けてきた。

 ああ、こりゃ死ぬなあ。


 まだ、死ぬのはやだなあ。ガロンたんに生きて帰ってくるって約束しちゃったし。

 人間に殺されるのは認めらんねーわ。



 ――ティア様、助けて?






 ――数日前、あっさりと見つかった標的に対してローグが名乗った瞬間、その男は逃げ出した。

 みっともない命乞いをしたと思えば、あまりにもあっさりと死んだものだから拍子抜けしたものだったのだが、ニーニーナから伝えられた予想外の情報が、自分を喜ばせた。


「ローグ。アンタが殺したの、あれ偽者っぽいわ」


 そんな事を悪びれもせず言うニーニーナに確認したところ、次のようなことだったらしい。


「死体を検分してみたんだけど、どうも幻術系の魔力を感じたわ。身代わりの作成とかそういうマジックアイテムでも持ってたのかしらね。ずっとフード被ってたから……ごめん、どっかで入れ替わるの見逃したかも」


 ……俺を、騙しやがったのか。魔族に尻尾ふった雑魚の分際で。


「変に思って再探知してみたら、まだ生きてたわよアイツ……悪いけど、もっかいお願い」


「へえ」


 面白い。



 今度こそ、ぶっ殺してやる――。





 そして、改めて自分の炎を相手に食らわせてやった。

 ニーニーナも確認済みだ、今度こそ標的本人に間違いない。


 ……煙の晴れた後、そこには、身代わりの獣人を殺した時と同様に死体も残っていなかった。

 地面の焦げる臭いと、肉の焼けた臭いの漂う中で、ただ左腕が一本、焼け焦げた肩口の断面をローグの方に向けて転がっていた。




 ……死んだ、のか。


「……マジか? 本当に何の力もなかったのかよ。なんでこんな奴がアグスタに」


 ……それも、よりによって人間排斥派最右翼のディアボロにいたんだ?


 ……腕しか残ってねえけど……まあいい、一応これだけ持って行くか。






 ――だあめ。これは私のものよ――





 ……いや、こんなもん持っていっても仕方ねえや。きたねぇし、別に誰も文句は言わんだろ。

 ただ、魔族に寝返った人間を始末したってだけだしな。



 あー、くだらねえ。



 そうぼやいて、ローグは立ち去った。




















 ……吐き気を催す臭いの中で、肉塊の断面から細長い何かが顔を出した。


 ちろちろと舌を出し入れするそれは、蛇。

 体をゆっくりとくねらせ、徐々に、徐々にその姿が露わになり、半分ほどが表に這い出す。




 ……世界に、声が響いた。





 ――起きなさい、ナイン――

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