僕の一番の宝物
「クソ人間が、用が済んだらとっとと失せやがれ!」
もう三度目になるというのに、相も変わらず冷たい扱い。
ちらほら気の早い雪がふり始めたスリザの通りに蹴り出され、顔から着地してしまった僕としてはいい加減文句の一つも言いたい心持ちであった。
親魔族派のアジト……と言うかたまり場の一つに、ボルト君からの情報を受け取りに言った訳だが、案の定の扱いでした。
まあ、一応正式なディアボロからの使いって事で、流石に無視とかはされてないけどさ。
彼は初日以降顔も見せてくれず、取次ぎの人からも手酷い扱いを受けていて、そろそろ僕の堪忍袋の緒もプッチンしちゃいそう。
なによなによ、子狐さんに言いつけてやるから!
ボルトきゅんめ、ツン期が長すぎるのよ! いつかデレたって相手にしてあげないもんね!
そんな風に毒づきながら、与えられた資料を懐にしまいこみ、お昼を食べに飯処に向かう。
はてさて、今日のご飯は何にしようかな。
リール・マールの食べ物は、アグスタの雑な味付けと違い、繊細な……素材を活かした味付けが特徴的だ。
これは獣人の嗅覚の良さに由来するものだろう。
しかしその所為だろうか、余り調味料の類は置いてなかったり、あっても塩とか香りの弱いハーブだったりで人間の舌にはちょっと薄味な気もするが、これはこれで味わい深いものがあるので、出されたものには手を加えずに食べるようにしている。
健康には良いのかもしれんね。この機会にダイエットしてスリムアップして、愛されボディを目指すのもアリかな。
アリだな。
……愛されボディ。
そんな単語からスタイルと言う言葉を連想してしまうと、思考がシフトして、自分の知っている女性の魅力についてつらつら考えてしまう。
男の子だもん。
……ガロンさんとかは、お腹の柔らかもち肌の下で腹筋が微妙に割れているのを気にしていたけど、その上に乗っかってる豊かな母性の塊が魅力的でね、しかもそのギャップを微妙にコンプレックスにしてる節があってね。
そそるよね。
ピュリアさんなんか飛翔種族の常なのか、すんごいスレンダーだよね。まあ彼女の魔法の特性もあるんだろうけど、軽い軽い。
お胸はそんなに大きくないけど、ラインがすごい魅力的なんだよね。さらっさらのショートカットも、ボーイッシュでコケティッシュで。
アロマさんはアロマさんで、微妙にむっちりしてて、ぽっちゃりって言うほどでもないんだけど、ほんとに女性的と言うか。
彼女のお尻はこう、何と言うか、見てるだけでお金払ってもいいかなって思っちゃうレベルの代物だし。
エルちゃんは、それこそお人形さんのような、未成熟な美がそこにあるというか、留まらないが故のうつろう芸術性が心に残るんですだよ。
烏の濡羽色と言う表現があるけど、まさにそう呼ぶに相応しい髪の毛は、年齢不相応に色気の塊だったり。
エヴァさんは意外と残念美人の気があるけどさ、逆にほら、ああいう知的美人が見せる駄目な部分って、庇護欲を誘うんだわ。
年増だけど、なんかほら、年増なほど可愛い。外ではキリッとしてる出来る女的な人のヒモになりたい。ご飯作ってあげたい。
アリスさんとかは、なんだ、小動物的な可愛さがたまらない。ビクビクしてるくせに強気に出たり、そうかと思ったらオドオド上目遣いで見てきたり。
情緒不安定可愛い。ペットにしたい。こっちの姿が見えなくなると泣き出しちゃうくらいまで懐いて欲しい。
セルフィさんとかは、男装なんてしてるしさ。サバサバ系かと思ったら中身はすごい女性的なんだよね。
それでいて、すごい深い色の瞳はとってもミステリアス。超フェティッシュ。
魔王様は、ええと、ほら、うん、アレだ。
まずは下着を一緒に買いに行こう。喜んで付き合いますから。だからあのベージュのおぱんつは捨てちゃおうよ。
……全く、クリスの所為で楽しい気分が台無しだい。隠れたところだからって気を抜かないで、もっと男の目を気にしろってんだ。王様の癖に。
シャイな愚息もしょんぼりだよ、もういいや飯にしよう飯。
そう思いながらもう三十分以上歩き回ってる訳だけれども、中々ピンと来る場所がない。
この店はゴミの出し方が汚い。店員の衛生意識の低さが伺える。
あの店はこの間行ったけど、肉の臭みが全然取れてなかった。ちゃんと下処理して欲しいよね。
そっちの店は店員がむさい男しかいないじゃないか。看板娘を出せよ!
……んもう、苛々しちゃうなあ。こんだけ歩いて、一軒も良い店がないってのはどういうことなんだ。
……いや、焦るんじゃない。僕は腹が減っているだけなんだ。
目を閉じて深呼吸だ、心を水面の様に平らかにしろ、空腹だからこそ食への執着を捨てるのだ。
虚栄も欺瞞も捨て去った心で見れば、きっと僕の望むお店が見つかるはずだ。
ゆっくりと目を開けた時、道の真ん中でいきなり立ち止まって目を閉じてふーふー言い出した気持ち悪い人を見るような視線をあちこちから浴びていることに気が付いたが、悟りに近付いてしまった僕はそんなものに何の痛痒も覚えない。
視線をめぐらせると、ある一つのお店が目に入った。さして特徴のある構えでもないが、妙に心惹かれるものがある。
間違いない。僕の探していたエデンはきっとここなのだ。
全ての迷いを捨てて、僕はその店に突撃した。
カランコロン、と。
涼しげなドアベルの音がまず耳に届き、続いて、
「いらっしゃいませー」
と軽やかな女性の声が来店を歓迎してくれた。
店内は明るい色で統一されており、観葉植物のお花(しかも食欲を損ねないようにだろう、匂いのしないものが選ばれているようだ)も部屋の隅に飾られていて、目に優しく落ち着く風情だ。
そして、ふうわりと香る、蓮の葉で包んだ魚の焼ける匂い。食欲をそそるじゃないか。
この店は当たりかもしれない。
「初めてのお客さんですか?」
「はあい、左様にございますぅ」
「ふふ、面白い方。それではこちらにどうぞ。今日はいいお魚が入ってるんですよ」
そんな店員さんに従い、奥の方に向かっていくと、小奇麗な個室に案内された。
「メニューはこちらになります。お決まりになりましたら、お声をかけてくださいね」
「はいな……ああ、ここって喫煙席ですか?」
「あら、お吸いになられますの?」
「いいえ、逆ですぅ。煙草の煙が苦手なもんで」
「ならご安心を。ここ、『マーブル亭』は全席禁煙となっておりますので」
そう言って、店員さんはもふもふした尻尾をふりふり、さがって行った。
……ディアボロでは煙草を吸う人がいなくって助かったけど、この間なんかは酷い目にあった。
ご飯時にあっちこっちでモクモクモクモク、僕自身は気にしないけど、ティア様が大の煙草嫌いなもんだから、発狂しかけちゃって。
危うく大惨事になるところだった。目立つなって言われてんのにさ。
まあ、そんなことはいいさ。メニューはどんなもんじゃろな。
……とはいえ、ここに入った時点で決めてるんだ。僕はもうあの香りの虜になってしまった、魚の蓮の葉蒸し、是非ご賞味させてもらおう。
店員さんの言葉を信じるなら、お魚にも期待出来そうだし。
「すいませーん」
「はーい、少々お待ちください」
先ほどと同じ店員さんが、メモを片手にちょこちょここちらにやってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「ええ、先ほどから厨房で作っている奴を。気になっていたものでして」
ぴくり、と店員さんの眉が動いた。
「……つまり、本日のオススメでよろしいんですね? 味付けはどの様になさいますか?」
「出来ることなら、素材の味を殺さないようにお願いします。先のお話だと鮮度も良さそうですし」
「……しばしお待ちを」
「ええ。いい香りですからね、楽しみです」
その言葉を受けて、店員さんは早歩きで奥に引っ込んでいった。
なんだろう。なんか妙な感じ。
僕、そんな変なこと言ったかなあ。言ってないよねえ?
――と。
「おい」
一体このファンシーなお店のどこに隠れていたんだろうか、ごつい獣人のお兄さん方が五人ほどわらわらと現れて、僕の肩を掴み。
あれよあれよと言う間に厚手の布で出来た袋の中に放り込まれて縛り上げられ、わっせわっせと運ばれて、どこぞ見知らぬ廃屋の片隅に投げ捨てられて。
「どこの手のモンだ、答えろ。『鳩』か? それともまさか『虎』じゃねえだろうな」
顔に傷のあるむさくて熊っぽいオッサンに、こんな穏やかでない言葉をぶつけられてしまった訳で。
「お話が見えないんですけれど」
舞い上がった埃が鼻に入りこみ、むせながら問いかけてみるも。
「すっとぼけてんじゃねえよ。俺たちに用があるのはお前だろう」
「何のことだかさっぱりなんですけれど」
「……こっちも暇じゃねえんだ、くだらんやり取りで時間を取らせんな」
「ちょっと待ってくださいよ。話の分かる人を出してくださいな」
「……もういい、体に聞いてやる」
おい、と。
最早こっちも見ないで、顎で隣の獣人に指示をすると、つかつかと歩いてきたその人が僕のフードを持ち上げてきた。
「……てめえ、人間か! 一体どういうこった!」
こっちの方こそどういうこった、だあよ。
「なんだと、人間だぁ!?」
「どうやって暗号を知りやがった! まさか『鳩』の奴ら、『馬』の腰抜け共と手を組んだってのか!?」
「おい、どうすんだよ。もしそうなら俺たちやべえんじゃ」
「知らねえよ、これじゃあ計画が……」
…………どうもこれ。
なんか、複雑なことに巻き込まれちゃったのかな?
「……ねえ、すいません。もしかしたら不幸な行き違いがあったのかもしれませんよ? まずはこの縄をほどいてですねえ……」
「だぁってろボケ! こっちゃあテメェの所為で計画が台無しに……」
「つってもコイツ、人間だろ? 流石に俺達が殺す訳には……」
「待て。もしかしたらこれは悪くないかもしれんぞ」
「……どういうことだよ」
「『猫』との繋ぎに使えるかも知れん」
「……成程。あいつらに信用させる為にはもってこいか」
「だとしても、コイツが符丁を知ってた理由にはならんだろうが! もし『鳩』の奴らが俺達を謀ってたなら、俺たちゃおしまいだぞ!」
……意味分かーんなーい。
んもおぉやだぁあ! 助けてガロンたん、僕もうお腹がペッコペコリン。なぁんも考えたくない。
「おい、人間」
やっとお話終わったの? 僕もう疲れたよ……。
「一つだけ聞きたい。お前、あの暗号どこで手に入れた?」
「暗号?」
「これ以上とぼけないでくれ、俺たちだってお前を好んで傷付けたい訳じゃない」
「いやいや本当に分かんないんですが」
「……マーブル亭でお前、禁煙席か確認して、『本日のオススメ』を頼んだだろうが。メニューに載ってねえのに」
「美味しそうだったもんで、ええ、まあ。お店に入った時に香った料理が食べたくて。メニューについては見てもいませんが」
「……素材の味も殺すなって言ったろ?」
「愛されボディを目指してますんで、淡い味付けに慣れたいなーって」
「鮮度については?」
「お魚って新鮮な方が美味しいんじゃないですか? 種類によっては違うらしいですけど」
「……お前の注文を、こっちの暗号で読み替えるとな。『親人間派の勢力に乗り換えたい。命の保障さえしてくれれば、確度の高い情報を渡せる』だ」
嘘こくでねえよお前。
ななななんちゅうこった。こんな馬鹿なことがあってたまるかーい。
意味わかんない。意味わかんなーい。
これもみんなボルト・クラックスって奴の仕業に違いない。
これは陰謀だ! 僕は嵌められたんだ!
めんどくさいフラグが、フラグが立った!
立つな、立つべきは僕のジョニーだ、お前じゃねえんだ座ってろ!
「……体臭に変化はねえな。嘘ついてる訳でもなさそうだ」
「なんですかリーダー。じゃあ、コイツ本当に……」
「『偶々スリザに来て』」
「『偶々俺たちの縄張りの店で』」
「『偶々暗号を口にした』」
「『人間』」
「いや、怪しいよな」
「怪しいなあ」
「ありえねえべなあ」
ですよね。僕もそう思う。
「……最後の質問だ。なんでこのスリザにいるんだ、人間?」
そんな問いを、熊のオッサンは投げかけてきた。
……多分、ここが分水嶺だ。
さっきの彼の態度と、『人間を殺すわけにはいかない』って言葉。多分、彼ら、親人間派の一派なんだろう。
正直な話、上手い事やればここから脱出することは出来ると思う。どうも彼ら、お間抜けさんが多いみたいだし。
……でも。
ねえ、ティア様。悪くないかもなあ、この状況。
どうすれば良いと思う?
――貴方が望むようになさいな。私は貴方の望むがままに、です――
いけずぅ。こういうの、嫌いじゃない癖にぃ。
……でもまあ、いっか。
僕の仕事の本分は、親人間派の情報集め。
分かってるよおクリステラ。ちゃーんとお仕事、頑張るからさ。期待して待っててねぇ?
だからね、帰ったらね、もうちょっと可愛い下着を一緒に買いに行こうねー?
……それじゃ、ティア様。ちょっと分けてくださいな。
――いいわ、それじゃあ、一人分。残りは四十八人分よ。無駄遣いしちゃ駄目ですからね――
わぁかってますよぉ、ティア様ぁ。
大事に大事に取っておいたんだからさぁ。
うふふふふふふ。
くひひひひひひ。
「おい、質問に――」
「僕は、獣人の先祖がえりなんですよ。ほら、背中のところ見てくださいな」
熊おじさんの言葉を遮りそう言って、縄をほどいてもらった僕は、ほんの数分前までのつるつるお肌から変化した、鱗の生えた背中を彼らに見せ付けた。
「人間の里で生まれたんですが、この鱗が気味悪がられちゃってね。仕方なく隠しながら生きてきたんですが」
「今まで住んでいたところでも、鱗のことがばれちゃって追い出されてしまいまして」
「自分を受け入れてくれるとしたら、リール・マールしかないかなって」
「もし、こんな僕でもお仲間に入れてくださるのなら」
「喜んでなんでもいたしましょうや。ひひひひひ」
ちょっとばっかし、リスキーだけど。
少し彼らと一緒に、スリザ観光としゃれこもっかなあ。
ね、ティア様?
――――――――――
熊おじさんは、自分はマーチスだ、と名乗った。
「……手放しでお前を信用するつもりはねえけどな」
「でもコイツ、体とか調べてみてもなんも持ってねえですしね」
そんな仲間の言葉を受けて、彼もある程度こちらに対する警戒を緩めてくれたようだ。
ボルト君から預かった資料はちゃんとティア様に預けてるしね。見つかるはずがない。その代わり、まだ目も通せていないけど。
「しかしまあ、お前のへんちくりんな体を見たら、確かに事情は分からんでもない。聞いたことはあるけどよ、獣人への先祖がえりってのは俺も初めて見たな」
「ええ、ええ。手酷く苛められてしまいましてねえ。ほら、体、傷だらけでしょ?」
こんな時には大変便利な僕の体。
同情してちょうだいな。もっともっと。減るもんでもないんだからさ。
「……さて、とりあえずお前は、俺たちの信用を得る必要があるってのは……」
「勿論分かっておりますともー。なんでもお言いつけくっださいにゃー」
「話が早ぇな。じゃあナイン、早速だが……」
「おおっと、その前に一つだけお願いがございまして」
「なんだ?」
「小腹がペコマロなんです。なにか食べ物を恵んでくださいましぃ」
結局ご飯、食べ損ねちゃったからね。
……エヴァさんはちゃんとご飯食べてるのかな。
なんか不安になってきた。
――――――――
エヴァ・カルマは、午前中の診療を終え、自身の所有する小屋に戻って一息ついていた。
久方ぶりの来訪を里の者達は歓迎してくれたが、中々に大変な作業でもある。元々医学は己の本分と言うわけでもない。
太陽も既に南中に至り、集中が切れた今となって、栄養を体が求めるのは自然現象といえよう。
「おーい、誰か。ご飯は……」
そこまで口にして、エヴァは思い出す。今ここには、誰もいないのだ。
研究に身を捧げる自分の為に、他の些事に気を煩わせることのない様に普段は研究員が用意してくれるが、今は一人だ。
ナインがいた時はやや見栄を張って久しぶりに自分で手料理などをしてみたが、やはり所詮習慣づいた行動ではない。
既に彼と別れて四日目だが、このようなことを口にしてしまうのは、毎度のことであった。
「……ふむ」
エヴァ・カルマは古今東西の知識の集大成である。
ゆえに彼女は知っているのだ。
一食くらい抜いても、死ぬことはないと。
「あーあぁ、面倒くさいなあ。何でご飯を食べねばならんのだろうな」
「呼吸するたびに空気中からエネルギーが摂取できればいいのに」
「哺乳類に葉緑体による光合成を行わせる実験は……失敗したんだったな」
あーあ、嫌になるなあ。
そう呟いて、エヴァ・カルマは服を脱ぎ捨て、下着姿で小屋の中に寝っ転がった。
「おーい、誰か。自分の服を洗って……」
そこまで口にしかけて、再び思い出す。
最早現在、自分の面倒を見てくれるものはいないのだと。
エヴァ・カルマは衛生学の権威でもある。
ゆえに彼女は知っているのだ。
この里の環境では、一度ぐらい服を洗濯しなくても、致命的な病気にかかることなどないと。
他人の目のないところでは、どこまでも堕落していく女。
それが、エヴァ・カルマと言うディアボロ最高峰の頭脳を持つ女の正体であった。
そしてそれが、彼女が教育した魔王クリステラにも存分に受け継がれてしまったのは、余人の知りえぬ不幸と言えるのだろう。
「あー……掃除は……いいか、明日で」
明日から頑張ろう、と呟いて寝転がるエヴァ・カルマ。
まったく駄目な女であった。
――――――――
はてさてわとさっぷ。
にゃんにゃんだのハトポッポだの、良く分からない言葉が熊おじさんからしょっちゅう出てくるので、取りあえずは基本的な情報について教えてもらうことにした。
「……大前提として、俺達は親人間派だってのはもう分かってると思う」
「ええ」
「それでだな。親人間派と親魔族派でも、それぞれグループがあるんだよ。前者で代表的なのは、『馬』とか『猫』。後は、俺達『猿』とかな」
「ほほう、なるほど。動物の名前がグループ名になってるんですね」
「ああ。で、親魔族派の奴等は『鳩』、『虎』、それと……『狐』ってところか」
……『狐』ってのは、ボルト君のところのグループかな。そういえば、彼らのアジトでそんな会話が有ったかもしれない。
ボルト君も教えてくれたっていーのにね。ケチンボめ。
「んで……あー、どこまで話していいもんかな……」
「まあ、疑わしいですもんね僕。いーですよいーですよ、信頼していただけるように頑張りますんで、それからでも」
「……親魔族派の『鳩』の奴らなんだがな。どうも最近、俺たち側に鞍替えしようって奴らが増えてるらしくてよ、それでお前が……偶々口にしちまったあの暗号、極少数に伝わるようにリークしてみたんだ」
「あいやー」
また随分とはっちゃけたことするなぁ。大丈夫なのそれ?
僕が言えたこっちゃないけど、ちょっとばっかし杜撰じゃないかしら。
「奴ら親魔族派は、俺らと違って横の繋がりが結構強いからよ。もしかしたら『鳩』以外の奴が来るか、それとも逆手にとって、逆スパイでもしてくるか……要は、俺達が試金石になって、相手の出方を確かめようと思ってたんだよ」
「無茶しますねえ。言っちゃ悪いですけど、捨て駒だったんですかあなた方」
「まあな」
ご立派だねえ。信条の為に、命をかけられる人たちなんだねえ。
お馬鹿さんだねえ。
――ナインったら。貴方、人の事を言えないわよ――?
ティア様ってば、人の揚げ足取んないでよもう。
意地悪ばっかり言ってると、おっぱいに氷挟んじゃうぞ。
強制冬眠させちゃうぞ。
――いやあぁ、ごめ、ごめんなさい、それは勘弁して――!
ティア様ったら、話の腰を折らないでほしいよまったく。
……で、ええと、何の話だったっけ。
「……実際、『猫』の方に『鳩』の人員が結構流れてるってのは確からしいんだ。ここ最近は、特にそういうことが増えててな。賭けてみる価値はあるんじゃねえかと」
「ふむむ」
……絶対、人間側の手引きだよねえ。
獣人さんって、ガロンさんやアリスさん。それに、ボルト君を見てて思ったけど……やっぱりお間抜けさんが多いもん。
朴訥なんだよね、魔族も含めて、彼らは。人間に比べてだけどさ。
まあ、まだ情報が足りないし。決め付ける必要はないけれど。
「まあ、おおよそ分かりました。親人間派の派閥拡大が、こちらの当面の目的って訳ですね」
「いいや、そのもう一つ先だ」
「先……ですか?」
「俺達が考えてるのは、親魔族派の完全な取り込みだよ。それも、一週間以内にだ」
……うへえ、嫌な予感がぷんぷんする。
ずぅっといがみ合ってたあなた方が、そうそう簡単に一枚岩になれるわけないじゃないの。
誰だい、素直な彼らにこんな誇大妄想を吹き込んだのは。
――きっと、随分性格が悪い奴だね、間違いない。
――――――――
「へえっくしょい! ……うぇーぃ、チクショォ」
「汚いな! 何やってんのさ、ローグ」
「見りゃ分かんだろ。どこぞの誰かが、また俺に恨み言でも言ってんのさ」
「ふん、恨みばっか買うような真似してるのが悪いんじゃないのさ」
「けっ、恨むような人生を送る弱ぇ奴が悪い。テメェの愚鈍さを棚に上げてよぉ、精々吠えてろってんだ」
「……早死にするタイプだよ、アンタ……いや、そのお気楽さが羨ましいね」




