さくらんぼ狩り(健全)
「何やってんだよ、ナイン」
「お……おおぉふ……」
夜分、城内の廊下にて、脛を抑えて転げまわっていたところへのガロンさんの一言である。
ピュリアさんのお部屋を辞した直後、すごい顔をしたエルちゃんに弁慶の泣き所を蹴り上げられた。
何をする、と言いたいのは正直僕の方である。やはりあの子は恐ろしい。
それにつけても、クリスとの再会時を思い出す。
あの時は顎を蹴り上げられたのだった。まったく足癖の悪い姉妹である。
顔、足と蹴られてしまったので、後はボディを残すのみである。
戦慄した。ボディ処女は守らねば。
「みっともねえな……んなとこでいつまでも蹲ってねえでついて来いよ。ちっと話がある」
「し、心配してくれないんですね。そんな所も愛してますよぅ……」
「……いいから! とっとと来やがれ!」
……尻尾がバッサバッサ動いてる。頭の上にある耳も、真っ赤だ。
ガロンさんは、とても可愛い。
――ガロンさんの後をひょこひょこ着いて行く(未だに尻尾がアクロバティックな動きをしていたので、もこもこのそれで顔を何度か撫でられた。幸せな気分になった)と、おやまあ、ここは僕の寝室のある地下牢じゃああーりませんか。
元々もう寝ようと思ってたからむしろ都合は良いのだけれど、一体何の心積もりでしょうか。
二人して、ウィルソンが出迎えてくれるマイルームに入る。
その際、ガロンさんは嫌な顔をしてウィルソンを持ち上げ、その顔を壁側に向けた。
ごめんよウィルソン。僕は君の事、愛してるからね?
こころなしか切なげな雰囲気をかもし出しているウィルソンに向けて、心の中で謝罪していると、ガロンさんが口火を切った。
「……なあ。お前、なんかオレに言うことあるだろ」
お茶も出せないしょんぼりな僕の部屋に、二人して胡坐をかいて座り込む。
……ガロンさん。なんかその、チューブトップに、黒いスパッツとその上の丈の短いパンツ、お似合いなんですけど。
お似合いなんですけど、いつもよりその、隙間が見えやすいというか、ゆったり気味と言うか。
いや、見ちゃうのはしょうがないでしょ? でもさ。
ねえ、それ、なんか、おまたの所も、ちょっと形が浮かび上がっているような……。
まさかとは、うん、まさかとは思うんですけど……。
「おい、どうしたよ」
「い、いーえぇ、なんでもないっス」
ある程度知識は身についたから、彼女とのお勉強は最早毎日ではなくなったけれど。
彼女の部屋で未だに行われるそれ……アグスタでの常識とかを教授してもらえるのは大変有り難くはあるのだが。
……最近のガロンさんは、ティアマリアから帰還した後の初授業ほどではないにしても、どうもスキンシップが増えてきた。
勿論、ただ淡々と教えてもらい、そのまま彼女の部屋を出ることも多い。
でも、普段は机をはさんで向かい合うのがスタンダードスタイルなのに、時たま彼女が僕を胡坐の上に乗せてくれることもあった。
その逆もあった。
一度だけ、膝枕をしてくれたこともある。
その時、最初は流石に気恥ずかしく、上を見上げると豊かなぽよんぽよんが視界に入っちゃうから彼女の体と逆側を向いていたけれど、優しく、ゆっくりと、そして自分の爪で傷付けまいと思っていたんだろうか、恐々と僕の頭を撫でてくれたガロンさんがそこにいて。
彼女のその手が、僕になんかしらの情動を催させたのは全く持って自然なことである訳でして。思わず、そっちを向いて良いか確認してしまった。
彼女は、返事をせず、ただ撫で続けてくれた。
体を反転させても、全く抵抗はなかった。
無論その時に感じたのは劣情なんて言葉で表現できるほど生々しいものではなかったのだけど、彼女の無駄なく鍛えられた、それでも柔らかみを残す下腹部に顔を埋めさせてもらって。
安心する、優しい匂いだった。腐臭のするらしい僕とは大違いだ。
彼女のお腹に顔を埋める直前目の端に写った……無表情を装っていた彼女だけれど、少しだけ目が潤んでいたことを僕は見逃さず、そして今なお忘れていない。
すぐに「便所行って来る」と、逃げられてしまったけれど。
……彼女にある心の傷は、恐らくは……。
「……何チラチラ見てんだよ、助平野郎が」
そう言って、膝の前に片手を着いて少し居住まいを正しながらも、絶妙にこちらからは見えたままの角度が保たれている。
しかし、流石にここまで言われてガン見する度胸は僕には無い。
ピュリアさんだったら見ちゃうかもしんない。
……そろそろ、話を本筋に持っていこうか。
「……お母さん、お話があるんだ」
少し背筋を伸ばしてそう切り出すと、目の前の人狼少女の瞳は、やや蕩けた。
「おう、言ってみろ」
「僕、一週間後にリール・マールに行って来ます」
「……ああ。アロマから聞いた」
「結構危ない仕事みたいです。多分、この間のティアマリアよりはよっぽど」
「だろうな」
彼女は腕を組み、あごをしゃくって、続きを促してきた。
「魔王様が仰るには、人間の僕だからこそ出来る仕事だと」
「……ああ」
「アリスさんに、一応ある程度の心得は教わる心積もりですが」
「…………」
「エヴァさんも付いてくれますし、なんとか無事に……」
「……もういい。少し、黙れよ」
特に仕事については口止めをされているわけでもないし、自分の現状を先ずはつらつら話していくと、ガロンさんに留められた。
段々とまた彼女の足の付け根の方に下がってしまった目線を、彼女のそれと合わせる。
睨まれていた。
「そこら辺のことはもう耳に入ってる。余計なことは言わないでいいんだよ」
……他の女の子の名前出しちゃったのが、気に障ったのかしら。
この人、こういう傾向強いよね。
「オレの聞きたい言葉を、お前の頭で考えて口にしろや。そうすりゃオレも安心して部屋に戻れる」
……ひひ、ガロンさんも、ふふふ、女だってことかな。
そうだなあ、ある種、こんなに女の子らしい人もいないよね。
可愛いなあ。すっげえ可愛い。超可愛い。駄目だ、にやけそう。
愛してるよガロン母さん。お前、可愛い女だよ。
……分かってるよ。焦らすのはもう止めだ。僕も、お前のもっと可愛い姿が見たいんだ。
いい表情、見せてくれよ?
僕は口を開いた。彼女の為だけに、言葉をつむぐ。
それがきっと、いや、間違いなく彼女を喜ばせると分かっていて、それでも躊躇無く口に出来る僕は、今この瞬間間違いなく世界一の不誠実な男だろう。
「必ず生きて戻ってきます。貴女の為に、戻ってきます」
「………………えへへぇ」
……たまんねえ。
えへへ、だってよ!
たっまんねえ! 食べちゃいたい!
貴方の為だけに、とは言ってねえけど。
言えねえけど……それでも僕、貴女の事、ほんとにほんとに大事に思ってますよ。
お前、本当に愛くるしいわ。
いい『お母さん』捕まえたよ、僕ってば。
「……まあ、見ててくださいな。ここは僕の居場所ですからね、母さんが前にそう言ってくれましたから、ちゃんと帰りますよ。僕の帰るところはここだけなんですから」
ここ最近は濃密な日々であったからだろうか、そんなに昔のことでもないが、懐かしく感じるのはティアマリアに出立する前のことだ。
ガロンさんは、言ってくれた。
僕の居場所が、このアグスタにあるかもしれない、と。
深読みするなら、ガロンさんが、僕の帰る場所になってくれる、とも。
……お前に抱きしめてもらえるんなら、そこはきっと天国だよ。
なあ、母さん。
――自分でも、少々恥ずかしい声が漏れたことを自覚しているのだろう。
コホン、と仕切りなおすように咳き込んで、次いで彼女は声を出した。
「……なあ、少し後ろ向いてろ」
「はい? まあ、いいですけど。まだ部屋にお戻りになられないので?」
「いいから」
良く分からないが、仕方なく言われたとおりに体ごと壁際を向く。
孤独感あふるるウィルソンを抱き上げ、その頭頂部を撫でていると、もう振り向いていい、と声がかかった。
不実者の僕であるが、誓って正直に言おう。
僕はこの時、この状況になることを全く予想していなかった。
彼女は、上半身すっぽんぽんになっていた。
「ちょちょちょちょほあー! ほああー!」
「さ、騒ぐなよ。誰かに聞こえたらどうすんだ!」
ガロンさんは声を潜めて、そんな事を言ってくるが、こっちとしても困惑しきりであるのだ。
何いきなり脱いでやがる。
痴女はピュリアさんだけで十分だろうが!
お前、いや、お前、まさかと思ったけど今確信したわ!
スパッツの下も、なんも履いてねえだろう!
何考えてんの?
ピュリアさんに限らず、魔族ってもしかしてみんな痴女なの?
嬉しいじゃねえか!
少々混乱が激しいのはいたしかたあるまい。
ムチムチのプリプリが目の前にあれば、経験のない男なら誰だってそうなる。
しかもそんじょそこらのムチムチではなく、並みのレベルを凌駕したプリプリである。
「とりあえず静かにしろよ! こんなとこ見られたら、オレだってヤバいんだ!」
「じゃあなんで脱ぐの? ねえ、何で脱ぐのよ! 説明してみなさいよ!」
「よせ、その喋り方! 気持ちわりい!」
もういい、と言わんばかりに。
最早言葉はいらぬ、とばかりにガロンさんは、僕の頭を抱き寄せた。
頬に感じるのは、柔らかく暖かな感触。
そして腰まで届く、彼女の性格に似て真っ直ぐな赤毛が、ふわり、と鼻先を撫でて。
相変わらず、優しい匂いがした。
と、なんやかんやがあって(本作品の内容は、18歳未満の青少年の方でも楽しめる健全なものです。ご安心ください)。
……後始末を終えた。
別れ際、彼女は自分の胸を隠すように、腕を組みながらも両手でその豊かな双丘を押さえ込んでいた。
が、さんざっぱら、普段感じたことのない触感を味わったからだろう、落ち着かなげにもぞもぞと手を動かしていた。
……僕の目が節穴でなければ、恐らくは頂点の部分に指先が触れるような動きであった気がする。
僕は僕で、お腹が減っているわけでもないのに、妙に口寂しく感じた。
さもありなん、先ほどまでこの世で最も尊いものの一つを含んでいたものだから、それがなくなればそのようになるのは、さもありなん。
……自分の指をしゃぶるほど、幼くはないと思っているが。
口に何かを触れさせたがるのは、幼児性の発露、というのを耳にしたことがある。
……母さん、か。
すごいどうでもいい事を思い出した。
僕のボディ処女は、初めてこのマイルームに蹴り入れられた時に、ガロンさんに奪われていたのだった。
本当どうでもいいな。




