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フォックステイル

 素直の権化たる僕は、魔王様の命令どおり、子狐さんからスパイ大作戦を成功させるための秘訣を聞きたくあります。

 ので、聞きに行きました。

 が、彼女が冷たいよう。


「アリスさんアリスさん」

「何よ」

「……痛いんですけど」

「そりゃあ良かったわ」

「貴女にぃー、引っぱたかれたおててがぁー、痛いのですけどぉー?」

「良かったってもう言ったじゃない。まだ言葉が必要? ……馬鹿じゃないの」


 ほら、なんてひどい子かしら。

 あたくし、貴女をそんな子に育てた覚えなくてよ?


「んもう、なんでそんなにキツイ態度取るのー? そんなにつれないと、オイラ切なくなってしまうでよお」

「……鬱陶しい。アンタが言ったんじゃないの、気を遣うなって」


 それにしたって、限度があるでしょうに。

 円滑なコミュニケーションって大事だよ? 生きていくうえでは、色々とさ。


「エヴァ……様に聞きに行けばいいじゃないの。あの人、そういった事は喜んで教えてくれると思うし。教えたがりだから」

「餅は餅屋ですよ、意地悪しないで教えてくださいな。それと、出発は一週間後ですって。アリスさんはいつ出るの?」

「言うわけ無いじゃないの。なんであんたに」

「同じお仕事する仲間じゃなーいですかぁ!」


「アンタと、あたしが? 仲間ですって?」


 中まで吸って?

 いやらしい子だなあ。やっぱり育て方、間違えたかな。

 ……いや待てよ、アロマさんが育てたようなもんらしいし、そうなれば僕の孫も同然だよね。

 じゃあ、アロマさんの所為だね。

 アロマさんが悪いね。お尻ペンペンかね。


「笑わせないでよ、なんでアンタなんかと……気持ち悪い」


 ……ねえティア様、ちょっとこの子、冷たすぎない?

 流石に僕、参っちゃいそう。泣きそうだよくひひへへへへ。

 

 ――その子、今調えている・・・・・最中なの。さっきはちゃんと貴方の指示通り動いてくれたんだし、暫く時間を置けば、もう少し貴方への当たりも柔らかくなるんじゃない――?


 ふーん。ピュリアさんはそんな事なかったのになあ。


 ……ティア様、もしかして子狐さんに何かしました?


 ――なんにも――?


 へえ。まあ、ティア様がそう言うなら、そうなんでしょうね。


 仕方ないなあ、いいよもう、暫く罵られるのを堪能するとしよう。

 ストライクゾーンは広いほど良いのだ。

 人生を楽しむには、こういう心構えも必要だろう。


「まあ、僕が嫌いなのは分かりましたけど。取りあえずは、僕を立派なスパイにしてくださればよろしいんですしね」

「……アンタ、間諜の仕事舐めすぎよ」


 浣腸の仕事か。

 おいおい、そこまでマニアックなのはちょっと厳しいんじゃないか。


 君、まだ未成年でしょ?

 そういうのは大人の僕に任せておきなさい。


「どうせ、一週間やそこらじゃ何も身につかないわよ。調べるべき項目と、最低限の注意事項だけ渡して置くから、自分で何とかして」

「はあい、了解ですよーだ」


 ぷーい、だ。

 いいもんねー。そんな悪い子には……。








 そんな悪い子には。


 変わり果てたアロマのザマを、目の前で見せ付けてやるからよ。


 泣きじゃくるお前の前で、涎と小便垂らしながら僕の上で腰を振る淫売……く、くふ、かはははひっひひ。

 

 想像しただけでイっちまいそうだぁ。


 僕がすっきりした後は、無様に貫かれて蛙みたいに股ぁ開いたまんまくびられる所をかぶり付きで見せてやるさ。


 こっちも楽しみにしていますから、貴様も楽しみにしていやがれ。


 ふ、ふふふははははは。







 ――駄ぁ目。それは駄目よ。やり直し――







 ――ぷいぷーい。


 いいもんだ、アリスさんの馬鹿。

 そんな悪い子には、後でお尻ぺんぺんしちゃうもんねーだ。





 ……んん? あれぇ?


 あれれ、なんか……変だな。変だよ。

 何か違和感がある、気がする。


 ティア様、まさか僕に何かしました?



 ――なんにも――



 へえ。

 まあ、ティア様がそう言うなら、そうなんでしょうね。


「じゃあ、ピュリアに資料とかは渡しとくから、後で受け取んなさい」

「はいはーい。それじゃあピュリアさん、よろしくお願いです」







 ――そう言って、人間と狐人は退室した。



 一人取り残されたハーピーが呟く。


「……いいけど」


 別にいいんやけど。

 

 いや良くないわ!

 

 なんでウチの部屋でそんな話してるんよ?


 意味分からんわ!





――――――――――




 エレクトラは激怒した。


 必ず、かの邪知暴虐の魔王たる姉を除かねば……いや、それは多少に哀れであるから、一蹴り入れておこうと決意した。


 エレクトラには政治が分からぬ。


 エレクトラは、魔王たる者の妹である。多少学はあれど、適当に暮らして来た。

 けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 己の邪悪を棚に上げるのは得意であった。伊達に中二の病を患っていた訳ではない。


 今日深夜エレクトラは姉の部屋に赴き、ある決心をもっていくらか離れた自室へ彼女を誘った。


 エレクトラには父も、母も無い。齢十四の若年の故から、連れ添いもいない。

 妙齢の姉や彼女の部下達と、一つところと表すにはやや広すぎる城に住んでいる。


 この姉は、あるいは彼女の部下たる宰相と言う方が正しかろうが、彼女らは先日己の為に玩具を購入して迎える事を為した。


 そしてそれは面白い男であった。


 エレクトラは、それゆえ、その者と遊ぶ為に、もしくはその者で遊ぶ為に、はるばる図書館で市井しせいの者が戯れる遊戯を調べて来たのだ。

 先ず、それらの遊びに使う品々を遣いの者に集めさせ、それから彼からの誘いを心待ちにした。


 エレクトラは貴人ゆえ、自ずから誘うが如きはしたない真似をすべきではないと彼女の御付きから学んだ。


 彼女には己の身を思う忠義の者があった。

 人の血を啜り生きるはにかみ屋の鬼、セルフィ・マーキュリーである。

 今は恐らく舌を肥やした割には安っぽい甘さを好む姉に、夕食後のデザートを作っている最中であろう。

 先の淑女たる心得は、その者に教わった事である。


 その一環とはまた異なり、エレクトラは己の趣味として近頃かの吸血鬼から学び始めた茶の作法を披露せんと、サロンなる室を訪ねいったが、どうも中の様子を怪しく思った。

 騒々しくある。もう既に日も落ちて、廊下の暗いのは当たり前だが、けれども、なんだか、姉が日課として嗜むぬいぐるみとのお喋りの如きではなく、真面目腐った雰囲気がするようだ。

 暢気な思いであったエレクトラも、段々不審を感じていた。


 誰ぞ事情を知るものはいるまいか辺りを二、三度見渡したが、人影もありはしない。


 エレクトラは白々とした美しい手の平を己の頬に添え、首をかしげた後、横にした顔を扉に当て、次いで耳をそばだてた。己の、先端のなりが矢印に似た趣を持つ尾の、床をる音を抑える企てにも成功した。

 そこから漏れ出る声を聞くに、それが姉、宰相、女狐、師匠たる年増、そして近頃愛着を覚えてきた人間の物であると判ぜられた。

 内容に係るは今ひとつ理解の及ばぬところと聞き取れぬところはあれども、かのお気に入りを獣人の集まる場所、つまりは己の手から離れた所に追い遣らんとする思慮は心得る事ができた。

 

 彼らが出る気配を敏にして感じ取り、知られぬうちにそそくさとその場を離れた。





 ……のち、話も済んだであろう夜分に姉の私室を訪れ、先ほどの話題について尋ねてみた。


 卑しくも盗み聞いた事については謝罪する、と前置いた上で。



 あの人間を使って何をするつもりなのか、それは如何なる意図に因るのか、アレは己のものであるが、と質問した。


 姉は、首を振って答えなかった。


 暫く黙って彼女の目を見やり、今度はもっと、語勢を強くして質問した。


 姉は、答えなかった。


 エレクトラは両手で姉の体をゆすぶって質問を重ねた。


 姉は、辺りを憚る低声で、わずか答えた。





「……教えてあげないぞ、ジャン!」





 おって、姉は満足げな表情で紅茶に口を寄せた。砂糖を少なくとも四つは入れたであろうそれを啜り、幸せそうな顔をしていた。


 故に、妹は姉に蹴りを入れた。


 久方見られぬ暴力である、いわんやそれが、姉に振るわれた事例にいてをや。

 まさしくそれはDVであった。


 その衝撃により、姉は、それら液体を噴出した。


 淑女たらぬは明らかなれど、誰がそれを責められようか。

 口に物を含んだ際に打擲ちょうちゃくを受ければ、鼻から出るも道理なれば、口からのみで済んだ彼女は立派である。


 クリステラは激怒した。

 必ず、かの傍若無人な妹を躾けねばならぬと決意した。


 しかし、己は座り、己の背中に蹴り足を叩き込んだその者は我が横に立っていて、けれども姉妹と言う言葉面と反比例した彼我の力関係は頭の位置の高低差によってそのまま表現されているに等しい。

 向かい合うその者の目つきに因って、怒りを湛えた虎は猫に変わった。いやさ、戻った。


 所詮、根は小心者の姉である。

 生まれながらの龍には、虎の皮を被った猫ではかなうまい。

 どっとはれ。


「お姉様、一体どういうことかしら。おふざけが過ぎるんじゃないの?」

「お……おま、ぶふっ、おままま」


 クリステラは己の口を拭った。


「何よおまままって! いやらしい!」

「やかましい! お前な、いきなり何をするんだ!」

「……そこを論じる必要があるのかしら。人が真面目に聞いたのに……アレは無いわよ」

「な、なんだその目は。そんな目をしたって、お姉ちゃん許さないぞ」

「へええ、許さないって、お姉様が私を許さないなら、どうしてくれるのかしら」

「し、しっぺするぞ。余のしっぺは痛いぞ、アロマだってたじたじだ」

「どうぞ。知ってるでしょうけど、私に痛覚は無いわ」

「…………んむぅ!」


 その後、叩いても揺すっても、姉たるものの口から有益な情報は零れ落ちることは無かった。


 使えぬ、とやや品の無い言葉を投げかけ、最早この場に用を持たないエレクトラは退室した。


 姉の唸り声が聞こえた。

 恐れることは何も無い。所詮負け猫の遠吠えである。



 ならば、と、明日辺りエヴァ・カルマにでも尋ねてみるかと考え、自室に戻る際に、見つけた。


 雌鳥の部屋から出てきた女狐と、かの玩具の姿を見つけた。


 夜も更けた時刻である、エレクトラは大人ではないが、子供でもない。

 その意味を深く読む程度の知識はある。




 エレクトラは激怒した。


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