悪魔の所業
『悪魔』と呼ばれる男、ナインがこの世で起こした事件……いや、災害は大小あれど、特に知られているものの例として、次のようなものが挙げられる。
一つ、最も不可解な集団拉致(後の調べで、悪魔の手引きによりアグスタにティアマリアの囚人が移送された事が明らかになったので、失踪ではなく拉致と表現される事になった)事件『笛吹き』。
一つ、最も卑怯な奇襲作戦『音楽隊』。
一つ、最も……いや、口にするにも憚られる『卵割り』。
一つ、最も残虐な人質作戦『方舟』。
一つ……そう、そして、最も狂気じみている暴挙『無条件降伏』。
これらは時系列順に並べられるも、その時代に生きていた人々に自覚は無かったであろうが、二つ目の『音楽隊』こそがその後の趨勢を決めた、との見方が後の歴史家の一般的な見解である。
正気であればいずれも行うことなど出来ないこれらの行為であるが、その中でも未だに理由が不明な事として、『音楽隊』の時点で自分の存在を世に明らかにしたことが挙げられる。
何故、かの悪魔はこの時に自分の存在をつまびらかにしたのか。
後の研究で、ナインは酷く臆病な性質であったことが推測されているが、その仮説とこの事実が一致していない事に、過去の歴史家は皆一様に首を傾げていた。
そうせざるを得ない事があったのは間違いなかろうが、では悪魔にそうさせる理由は一体なんであったのか。
これは、彼の側近、あるいは愛人であったことが知られている獣人の手記が発掘されるまで明らかになることは無かった。
通称『アリスの日記』。
ただ、ここに記載されている内容が事実であるかどうかは、未だ議論の余地を待つところである。
この『アリスの日記』は、発見された後、サリア教徒の妨害を受けつつも世間に公表された。
……この手記の内容を信じるのであれば、『音楽隊』とは、悪魔らしからぬ酷く人間的な理由によって行わざるを得なかったものであるようだ。
しかし、どうもそれは、今まで語られてきた悪魔像とはかけ離れていてにわかには信じがたく、また初期の記述内容が錯乱して書いたものとしか思えない事から(それが殊更この日記の信憑性を落としているのだが)、史書と対照してみても事件発生日等の記述は正確であり、また内部のものしか知りえないだろう内輪的な事柄も多数記述されていたため、重要な資料としての一定の価値は認めざるを得ないのが現状である。
かの悪魔を英雄視するものが未だにいる主な原因ともなっているこの『音楽隊』事件は戯曲や演劇の題材ともなっており、公演の度にそれらの興行団体がサリア教徒から抗議を受けることは最早お馴染みのエピソードでもあるが、私見を述べるなら……いや、歴史家として事実しか述べるべきではないか。
……結局、悪魔が関われば例外なく人は死ぬ。
それも大量に死ぬ。
その点についてだけは、かの者を知るならば異存はないところであろう。
……論点がずれた。
そう、上記のとおり、筆者は決してかの悪魔を擁護する意図でこの文章を記しているわけではない。
とまれ、皆も知るところではあろうが、『アリスの日記』によれば、ことの起こりは彼女の弟が原因であったとのことである。
――ある歴史研究家の著書より抜粋――




