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プロローグ

 あの日の夕方。まだ秋なのに、酷く寒かったことを覚えている。


「お待たせ。こんなところにいたのかい」


 これで最後。

 やっと見つけた最後の一つである、随分と軽いそれを僕は拾い上げた。

 その軽さがやけに悔しかったから、誰が見ているわけでもないのに、ことさら重そうに両手で抱え直してそれを運ぶことにした。


 昨日からずっと雨が降っていて。

 足元はぬかるんでいて、それなのに、まだ臭いが辺りには充満している。


 違うか。

 鼻が利かなくなっているだけだ。この血生臭さは、もう取れない。


 滑稽に、さも重い荷物を前に抱えているように仰け反って、がに股で歩く。

 何年も暮らしてきた村なのに、まるで別物のような様相を見せているこの場所で、それでも面影は残っているから、迷わず目的地に到着した。


「やっと父さんを見つけたよ。遅くなってごめんね、母さん」


 そう口にして、僕は共同墓地に、と言ってもただの穴だけれど、村の皆が先に入っているそこの中、母さんの隣に父さんの頭を優しく置いた。

 何度も踏みつけられ、蹴飛ばされたそれは、歪んで色々はみ出しちゃっていたけど、それでも僕の父さんだった。



 父さんは、まさしく英雄だった。

 真っ先にあいつらに向かっていって、真っ先に死んだ。

 十秒も持たなかった。

 英雄だった。



 穴の中を覗き見る。皆を見るのは、これで最後になるだろうから。


 先に見つけた人は、底の方にいるから重いかもしれないけど、ごめんね。


 最後まで、欠片も見つけられなかったユリィさん、ハンナさん、ガストさん。ごめんね。


 父さんだけはさ、せめて首だけは見つけてあげたくってさ。贔屓しちゃったんだ。


 皆、ごめんね。狭いけど我慢してね。


 でも、寂しくはないでしょう?


 そう思いながら、やっと墓の体裁を整えられることに安堵して、皆に土をかぶせ始めた。

 土で覆われて、皆の姿が段々隠れていっているのに、何故か彼らの姿が逆に鮮明に思い出されてくる。


「ミック、ナツは君の隣にしてあげたから。知らなかっただろうけど、ナツも満更じゃなかったのさ。ああ、僕は嘘なんかつかない」


「ティナさん、裸見ることになっちゃってごめんね。お風呂の途中だったのか、あいつらも間が悪い。でも、やっぱり貴女は今でも綺麗だ」


「ポーラ、結局貸した本、返してくれなかったじゃないか。まあ、僕も借りっぱなしになっちゃったけど」


「でも、皆に置いていかれちゃったなあ。精霊の傍にいけるなんて、羨ましいかも」


「……それでも、やっぱり早すぎるよね。トニーなんか、まだ産まれたばっかりじゃないか。順番ってものがあると思う」


 口数が多いのは僕の欠点だ。食事中にぺちゃくちゃ喋っては、父さんから拳骨を貰っていた。

 独り言の癖はなかったはずだけど。


 誰が聞いてるわけでなくとも、誰かに聞いて欲しかった。

 もう誰もいないけれど。


 ああ、それにしても指が痛い。農具とか使えそうなものはあいつらに根こそぎ持っていかれちゃったし、結局手で穴を掘らなきゃいけなかったから、爪なんか二枚しか残ってないし。

 腕にしたって脚にしたって、そこらじゅうから皆を運んできたから、筋張ってガチガチになっちゃった。


 雨降ってるし。


 寒いしさ。


「ああ、せっかくだからもっと早く雨が降ればよかったのに」


「そうすれば穴を掘るのも、もう少し楽だったのに」


「一人一人に、お墓を作って上げられたかも知れないのに」


「って言うか、寒いなほんと」


「ああ、五月蝿いか、ごめんね」


「いやさ、でも皆ずるいよ」


「ずるいってことはないか。ごめん」


「……なんか言いなよ。僕ばっかり喋って、馬鹿みたいじゃんか」


「誰でもいいから、なんか言ってよ」



 返事しろよ。聞いてくれよ。

 なんでいないんだよ。

 僕、頑張ったじゃないか。穴掘るのだってこの寒いのに大汗かいちゃったし、皆結構重かったんだぜ。


 褒めてくれよ。


 ……叱るのでもいいからさ。


 一人でぼそぼそ呟きながら、色々恨みながら、僕は、皆をきちんと大地に帰した。


 涙は出なかった。


 土をかぶせ終わった後、お墓の上に大きい石を転がして、皆の名前を彫った。

 そこに僕がいないのが仲間外れみたいで寂しかったから、僕の名前も彫った。

 ……いいさ。もう、僕の名前を呼んでくれる人はいないしね。


 ――村の人全員を見つけるのは、大変だった。


 気の滅入る作業でもあったし、一人見つけるたびに、吐いた。

 何より、あちらこちらに散らばっていたものだから、何も考えずにやっていたら、結局三日もかかってしまった。


 やっと一段落して、ああ、とりあえずはこれでいいかな、と思って。


 僕の家だった残骸の、僕のベッドだった残骸の上で、ぼろぼろの毛布に包まる。

 父さんや母さん、皆の残骸の臭いが残っていたけど、それを逃がしたくなくって、毛布を頭までかぶり直して。

 やっぱりその臭いは生理的に耐え切れなくて、吐いた。


 ……雨も凌げないし、やっぱり寒いや。


 お腹、空いたな。

 明日から、ご飯どうしよっかな。


 ねえ、母さん。

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